晴れる香りのあの子②
● 12月23日 土曜日
朝起きると体調も良くなっていた。完全に治った訳じゃなくて喉が痛かったりするけど熱が収まって身体も動く。
すぐ横のソファーで陽介君がスヤスヤ眠っている。お湯を借りて温かい飲み物を飲もう。
水を入れ替えてケトルのスイッチを入れて待つ。段々と小さな泡が浮かんでくる。そして、コポコポと音を立ててお湯が沸いてくる。
もう少しだなと思っていたところで陽介君が目を覚ます。
「あ、起きたね。おはよう」
「おはようございます......」
髪の毛も乱れて目も開ききっていない。可愛いね。
「あれ、先輩......体調はもう大丈夫なんですか?」
寝ぼけた様子で心配をしてくれる。
「はははっ。まだ目が覚め切って無いんだね」
「そうですね。まだ、ぼんやりとしていて」
「ゆっくり起きようよ。今日も休日なんだから。それより、君は何を飲む?」
「僕はココアをもらいたいです」
「わかったよ。少し待っててね」
2つのマグカップを並べて両方にココアの粉を入れる。ソファーで身体を起こして座り、眼を軽くこすっている。
陽介君の隣に座ってゆっくりと2人で話す。穏やかすぎる朝。昨日、観ていたドラマの感想を言い合ってこの後の事を考える。自然と今日も一緒に過ごす流れになっていることにこの子は気づいていないな。
私の好きな恋愛映画を2人で見ながら陽介君の反応を楽しむ。この映画が恋愛ものだと気づいた時の反応が愛おしいものだった。
夕方になると映画も見終わり、晩御飯の事を考え始める。さすがにスーパーに行かないといけないらしく2人で買い物に行こうとする。でも、
「それはめっちゃ嬉しいんですけど、もう食材が無くて。スーパーに買いに行ってきますね」
「何で1人で行こうとしてるの。私も行くよ」
「大学の近くのスーパーですけど僕といるところを知りあいに見られても大丈夫なんですか?」
この子はなんでそういう所を気にするのかな。
「先週は2人で遊びに行ったし、今なんて2人で君の家に居るんだよ。いまさら気にしてももう遅いよ」
一応、納得してくれたらしく一緒に行けることになった。もう既に暗くなった空の下をこの子と歩く。別に手をつなぐでも寄り添いあって歩くでもない。何気ない会話をしながら、ただ歩く。
陽介君は少し周りを気にしているようだけど。
スーパーに着いて買い物を始める。結局、食べるのはお鍋になった。シメにラーメンだけは入れたいな。頭の中に買わないといけないものは浮かんでいる。後は買い物かごに食材を入れてレジを通すだけだ。ここは私がお金を払おう。
レジに並んでいるとき、別のレジでバイト中の楽斗君をを見つけた。あっと思っていたら偶然、目が合った。まだ、陽介君は気づいていない。お互いの目くばせでこの子には教えないことにした。教えたと途端に大分と驚きそうだからね。
買い物が終わってアパートに戻る途中、2人で買い物袋を持ちあった。よく、恋愛ドラマであるような2人で1つの買い物袋を持つような物では無い。ただただ、買い物袋が2つだったからお互いに持ち合っただけの話。
この距離感が私たち2人の距離感。今はこれが心地良い。
アパートに着いて食材を切ったりして準備する。お鍋を完成させて鍋敷きを置いてからテーブルまで鍋を運ぶ。
2人で鍋をつついて食べる。陽介君は鍋の具材の中で豆腐が一番好きらしい。2人が満足するためシメのラーメンまで堪能する。
食器洗いを2人で手分けしてすぐに終わらせる。
そろそろ帰らないといけない時間になったから帰ろうとすると陽介君が駅まで送ってくれることになった。
お言葉に甘えて送ってもらうことにして、また夜道を2人で並んで歩く。世間話をしながら歩いているだけなのに時間がたつのが早い。もう駅に着いてしまった。
「じゃあ、また月曜日にね」
「はい、さようなら」
電車に乗ると不意に孤独感が襲って来る。この2日間が当たり前に感じてしまっていた。大丈夫、月曜日になればまた会える。
● 11月24日 日曜日
スマホを触っていたら衣緒からメッセージが来ている事に気づいた。
『ねえねえ、楽斗がさ4人でスキー旅行に行きたいって言っててさ。もう1人はもちろん陽介君だよ。できれば12月の中旬くらいに行きたいって。どうかな?』
『行きたいな。その頃はまだ時間もあるし。みんなの予定が合いそうだったら行こうよ』
『OK。グループ作るから参加してね。そこで予定決めてくから』
そのメッセージが送られてきてすぐに『冬旅行』という名前のループに招待された。
当たり前だけどメンバーは私、衣緒、陽介君、楽斗君の4人だ。この4人で旅行に行けることが本当に楽しみだ。
陽介君はスキーに言った事が無いらしい。なら、私が手取り足取り教えることができる。
あの子はすぐに滑れるようになるんだろうか。それとも、全く滑れずにコケ続けるのだろうか。どっちだって良い。きっと楽しい思い出にすることができるんだから。
それに、ゲレンデマジックという言葉がある。普段とは違う私を陽介君に魅せる事で好意を持ってもらえるかもしれない。
陽介君と一緒にいると男性への恐怖が薄れてくる。もしかしたら、陽介君に対してだけの安心感かもしれないけどそれでも良い。
私を暖かい香りで包んでくれる様なあの子に心を溶かされている。
ワクワクとした気持ちでベッドに潜り込む。このベッドからはあの子の香りが漂ってこない。それでも、心のざわつきなんて無く心地よい感覚で眠っていった。




