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ぬくもりの香り  作者: noi
香りとの接し方を
12/33

11月22日 金曜日 湿り気の香り②

 先輩に言われたとおりに隣に座ってドラマを観始める。ドラマ自体がミステリードラマということもあり、観ていると自然と物語に熱中していった。僕は物語上の謎について考えながら観ているから無言になっていき、先輩は先輩でドラマ初見の僕の反応を眺めながら静かに観ていたからお互いほとんど無言の数時間が流れて行った。


 全12話のうち9話まで観終わった時に一休憩することになった。


「どんどん集中して見入ってしまいますね」


「そんなに面白いと思ってくれたのなら勧めたかいがあったよ。まだ、雨も止みそうにないから一緒に最後まで観れるかもね」


「今日、雨が止んでも最後まで観ましょうよ。見終わった時に感想を言い合ったりしたいので」


「そうだね。最後まで一緒に見よう」


 先輩と共に居ることのできる時間が増えたことに素直な喜びを感じる。


「あ、お腹の減り具合は大丈夫ですか?もうお昼の時間は過ぎてしまいましたけどパスくらいなら作れますよ」


「実はお腹が減っていたからお願いするよ」


「じゃあ、作りますね。リモコンはここにあるので適当に観ていてください」


 パスタを作り始める。作ると言っても麺を茹でて温めたソースに絡めるだけだからすぐにできる。


「カルボナーラ、ミートソース、明太子、たらこ、和風があります。どれにしますか?」


「カルボナーラでお願いするよ」


「了解です」


 自分と先輩の分のパスタを作り終える。


「良い匂いで美味しそうだね。ありがとう」


「まあ、もともとあったものを茹でただけなんですけどね」


「それでもありがたいんだよ」


 パスタを食べ始める。優しくゆったりとした空間で食べるパスタは本当に美味しい。


「そういえば、土曜日に食べたのもパスタでしたね」


「本当だね。でも、お店のパスタとは違う美味しさでこのパスタも好きだよ」


 こういった先輩の言葉が身体に染みる。片思いをしている先輩と僕の部屋で2人っきりでご飯を食べている状況。もっとドキドキとして緊張していても良いはずなのに不思議と穏やかな気持ちになる。


「ごちそうさま。お腹いっぱいになったよ」


「良かったです。軽く片付けてきますね」


「じゃあ、私は自分の食器くらいは下げようかな」


「僕がするので先輩は座っていてください」


「わかったよ。私は座って待っているよ」


 使った食器類を軽く洗っておく。


 「さっそくドラマの続きを観ましょう」


 「見終わった時の君の反応が楽しみだよ」


 10話からドラマの続きを観始める。もうそろそろ物語は終わりに向かっていく。いままでの謎が解き明かされていく。


 時間を忘れて観ているとふと隣にいる先輩の体温が薄れた。隣を見てみると僕のいない方のソファーのひじ掛けにもたれて寝ているようだった。このまま休んでもらおうと思いブランケットを寝ている先輩にかけてドラマを観る。ブランケットをかけたときに先輩から僕のシャンプーやボディーソープの香りが漂ってきた。でも、理性で抑え込んで耐える。そういえば、男性用のシャンプーだけど髪の毛が痛んだりしていないのかな。


 結局、先輩は最終話を見終わるまで目を覚まさなかった。朝から雨のせいでよっぽど疲れていたんだろう。あまり身体を触るのもはばかれるので本当に軽くだけ姿勢を動かして楽な姿勢で寝ていてもらおう。


 外がじわっと薄暗くなってきた頃に先輩が目を覚ました。


「ごめんね。寝てしまってたよ」


 寝起きの少し低い声で先輩が喋っている。聞いたことの無い声色と開ききっていない瞼。特別な先輩の姿を見ていることに背徳感を覚える。こんな先輩の姿を見ることができる人間がこの世に何人居るだろうか。


「おはようございます。少し前から雨が弱まってきて電車も動き出しましたよ。」


「私も帰りたい気持ちはもちろんあるんだけど、少し熱っぽくて軽く風邪を引いてしまったかもしれないんだ」


「体温計と水とマスクを持ってきますね。動けそうで嫌でなければベッドに横になっていてください」


 目の端で先輩がノソノソとソファーからベッドまでの1m弱の距離を時間をかけて移動している様子が見える。いつもしっかりとしている先輩の弱っている姿を見ると不安になってくる。


「まず、水を飲んでから体温を測ってください。息苦しいかもしれませんがマスクもつけてください」


 ピピッピピッピピッと音がして体温を測り終わる。結果、37.4℃。微熱があった。


「ごめん。今日は動けそうにないや。熱が低くても体がだるくなって動けなくなっちゃうんだ。よく体調を崩すから風邪薬は持ってるんだけどね」


「大丈夫ですよ。ゆっくり休んでいってください」


 もし、熱が上がりそうだったら病院に連れて行こう。


「いやー、本当にごめんね。最近、私は君にわがままを言ってばかりな気がしてきたよ」


「僕は先輩の面白い部分が見ることができて面白いと思ってますよ。普段からは想像できない弱々しい姿も見れましたし」


「本当に君と会えてよかったよ」


 そう言ってまた眠ってしまった。その言葉の意味が裏表の無いものであることを祈る。この考えが浮かぶ時点で僕が変わってしまったと改めて実感する。


 先輩が穏やかな顔をして寝ている。先輩が僕のベッドに寝ている。その様子を見ていると不思議と涙を零しそうになる。苦しい。


 僕は今まで人を信じ切ることは無かった。思春期特有の拗れた考えが抜けていないのかもしれない。それでも、自分はこうして生きてきた。人の考えや態度はすぐに変わる。仲の良かった友達とも少しの行き違いで関りを失った。


 顔が良いからってだけで勝手な噂も流された。ちゃんと言葉を尽くせば間違いに気が付いてもらえたかもしれない。だけど、その関係性の変化に僕が追いつけなかった。疲れてしまって耐えられなくなってしまったんだ。


 自分で自分を守るために広いコミュニティーを持たないようにした。楽斗のように本当に深く関わっていきたい。そう思える人間とだけ仲良くやってきたつもりだった。その生き方で問題は無かった。先輩に出会うまでは。


 少し前から自覚していたけど先輩に片思いをしている。この人に想いの全てを預けたい。信じ切ってしまいたい。楽になりたい。


 恋愛感情を向ける相手なんて現れると思っていなかった。普段の友人関係でさえ上辺で取り繕っている人間が恋愛をできるはずが無い。


 その思いがあるからこそ逃げれば良かった。でも、向き合ってしまった。僕の選択肢の中に松村先輩から離れる事が存在していなかった。


 なんでだろう。何となく香りが良いなと思ってただけなのに。少し関わっただけなのにあの人が身体に心に馴染んでしまった。心地の良い香りから抜け出せなくなってしまった。


 考え事をしていたらもう18時になってしまっていた。夕食もパスタで良いや。1人で食べたからかお昼に食べたときよりも美味しくなかった。


 それでもお腹が膨れたからか眠くなってきた。こんな時間に眠くなることなんで無いのにな。僕も気づかない間に疲れてしまっていたのかもしれない。


 ソファーに横になる。まだ、先輩が眠っていた残り香がある。すぐ隣のベッドで寝ている先輩の事を想いながら眠りについた。

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