氷点下のエールー恵太と理沙ー
氷点下の空気が頬を刺す朝、恵太は野球部の朝練のため、グラウンドに向かっていた。手にはスポーツバッグ、頭には毛糸の帽子を被り、耳まで覆うサングラスをかけている。季節外れの装いだが、視線を隠すことで心の不安を隠していた。
今日が最後の練習試合だ。この試合に勝てば、来年の全国大会への切符を手に入れられる。だが、心にのしかかるのは期待以上の重圧だった。チームメイトが次々と声をかける中、恵太はただ黙ってグラウンドへと歩き続ける。
そんな彼の後ろから、小さな声が聞こえた。
「頑張ってね、恵太君。」
振り返ると、デリカテッセンでアルバイトをしている理沙が、薄い笑顔を浮かべて立っていた。彼女の手には紙袋があり、中には温かいサンドイッチとアイスクリームが入っているのが見えた。
「これ、練習の後で食べて。」
恵太は思わずサングラスを外し、理沙の真剣な目を見つめた。彼女の顔はほんのりと頬が赤く染まり、寒さの中でも彼女の優しさが伝わってくる。
「ありがとう。でも、練習中にアイスは無理だろ?」
理沙は少し照れたように笑いながら答えた。
「アイスはお守りみたいなもの。冷たいものがあると、なんだか気が引き締まるでしょ?」
その言葉に恵太は少しだけ肩の力が抜けた。いつも強弱のある言葉で励ましてくれる理沙の存在は、恵太にとってまるで王冠のように心の支えだった。
午後、試合が始まると、彼は自然とリラックスできている自分に気づいた。氷点下のおとぎ話のような試合展開――予想外のプレーが続く中でも、彼は冷静だった。理沙がくれた「冷たいお守り」のおかげかもしれない。
結果は劇的な逆転勝利。ベンチで理沙の紙袋を見つけた恵太は、試合後、彼女にメールを送った。
「ありがとう。君がいなかったら、俺、もっと迷ってた。」
理沙からの返事は短く、けれど心に残るものだった。
「恋とはどんなものかしらね。でも、きっと君にとって、それが答えだよ。」
その言葉を胸に、恵太は王冠を手にしたかのような達成感を噛み締めながら、夜の静けさの中でそっと微笑んだ。