3話 ふたりのデート
ラファエルとリリーは領城から少し離れた街へ視察という名のデートへ赴いた。
仲睦まじい様子で歩くふたり。そのまわりには武装した護衛たち。波が引くように道脇へ人が避けていき、中には一行が通り過ぎるまで頭を深く下げる人もいる。
「街のみなさんはとても丁寧なんですね」
ちょっとだけ怖がられているような気がしないでもない。確かにこんなに護衛がたくさんいては圧倒されるのかも。しかしそれが彼らの仕事なので、常日頃お世話にリリーとしては感謝感謝である。
「この辺りは分家のなかでも特に忠誠心の高いゼッカ家のシマなんだ。ブルーノの出身もこの街でね。ゼッカ家はうちで流れてるヤクの元締めでもある」
土地柄なのか、よそでは見られない病がこのトランバル領にはある。特に北地区に多くみられ、その予防薬や治療薬の製造と販売を任せられているのがゼッカ家なのだそうだ。誰にでも薬が行き渡るようトランバル家からも補助金をだして価格を低くしていると聞き、リリーは感嘆の息をもらした。
「すごいです」とラファエルへ尊敬の目を向ける。すると彼は照れた笑みを見せてくれた。その姿はきらきら王子さまそのものだ。
なんて素敵な旦那さまだろうかとリリーが目をうるうるさせていたその時、城からの伝令をもってきた部下がラファエルへと近づいた。
「ポトスカの奴らがなき入れてきたそうです。どうなさいます」
「わざわざ相手してやることもない。外若にやらせろ」
「はっ」
リリーにはあまり見せてくれない厳しい表情もギャップがあっていい。
ラファエルたちの話す言葉は時おりわからないものが混じる。こんなときは違う土地に嫁いだんだなあと実感するけれど、疎外感を覚える前にブルーノが察して通訳してくれるから特に困ることもない。今回も「なきを入れる」は謝罪や詫びのことで、「外若」は領軍には在籍していないものの面倒を見ている配下のことだとブルーノは教えてくれた。
優秀な頭脳を自負するリリーは「日々勉強ね」と己を鼓舞した。
その頭脳はさして優秀でもなくむしろ脳筋よりであることを本人はしらない。
そのあとも商店街を歩き、あちこち店をのぞきながら楽しいひと時を過ごした。この地方では「とてもよい」を「極道」と表現することがあるらしく、あちこちの店が名物商品として極道の名を冠するものを売っていた。
「旦那さま、極道ヤキ入れケーキですって! わ、あっちの極道地獄蒸しパンはすごい湯気!」
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
街歩きがとっても楽しい。これがデートというものなんだと、リリーは嬉しくてたまらなかった。人から聞く恋の話が大好きで、聞いてるだけでワクワクして、いつかは自分もできたらいいなと思っていた。
その夢を叶えてくれたラファエルには感謝しかない。優しくて、爽やかで、王子さまみたいな人が自分の夫だなんて、それこそ夢のようだ。まさか望まれた花嫁だったとは思いもせず、こんな幸せをもたらしてくれたトランバル家へ誠心誠意尽くそうと改めて思った。
そんな妻を優しく見つめるラファエル。
「……昔から豆泥棒にはいい感情を抱いていなかったけれど、リリーと一緒にいると余計にそう思うよ。理性ある人の所業ではないね。そこらの土以下だ。いや土のほうが有益だな。土へ還そう」
「え?」
リリーはひよこ豆が好きだ。あのほくほくした食感が楽しくて、つい手が伸びてしまう。えんどう豆に赤豆も好き。そんな豆を盗んでしまうなんて、育てた人や商人が悲しむだろう。けれど突然なぜピンポイントで豆泥棒。この通りに豆の要素があっただろうか。いやない。ブルーノも何も言わない。
「豆泥棒には厳しい罰則を設けてもいいのかもしれない。いや、豆泥棒に対する加害は当事者にかぎり罪を問わない方がいいか……しかしそれだと」
これはリリーに言っているというよりも思考が口から漏れている感じだろう。こんなに豆泥棒へ強く憤るのだから、きっとラファエルは豆が相当好きに違いないとリリーは納得した。
ちなみに豆泥棒とはこの辺り独特の言い回しで「他人の妻や恋人を奪うこと、奪った者」というものである。
そんなこととはつゆ知らず、リリーは夕食には豆のスープを頼んでみようかと明後日の方向に考えを飛ばしていた。
◇
街歩きも終わりに近づいたころ、何やら幼い少女と少年がリリーたちの前へ飛び出してきた。護衛たちがすかさず前へとでるが、十歳にも満たないであろう少女は護衛たちをキッとにらみつける。
「ダニー、イモ引いてんじゃないわよ!」
「は、はい親分!!」
少女に従う幼い少年。なみだ目になりながらも少女の喝へ応えている。
リリーは何を思ったのか、護衛たちを手で制して少女たちの前へと出た。それから地面にひざをつくと少女たちと目線を合わせる。小さな肩がぴくりと跳ねた。
「あ、あの、姐さま!」
目的はリリーのようだ。
少女が差し出したのは野で咲いている花をいくつか束ねたもの。黄色や白の素朴な花がとてもかわいらしい。顔を真っ赤にさせた少女。その手は小さく震えている。
「これ、どうぞ」
リリーはその花束をそっと受け取る。
摘み立てなのか、瑞々しい草花の匂いがした。
「結婚、おめでとう、ございます」
そこでリリーの涙腺が決壊した。だばだば涙があふれだし、「あ゛りがどぉぉお」と声をしぼりだして少女と少年をまとめて抱きしめる。
少女はゼッカ家の分家筋にあたり、名をロゼットというらしい。自分はダニーの親分で、親分は義理事を大切にするもので、目上にはきちんとスジを通すものだから、と困惑しながらもずびずび泣くリリーへ説明してくれた。
「う゛れしい……っ」
ぎゅーっと抱きしめると腕のなかの少女たちは嬉しそうにほほ笑んだ。いまだにずびずびと鼻をならすリリーの肩へそっと乗せられる大きな手。リリーが大好きになってしまった夫の手だ。
「ラファエルさま……わたし、嫁いできてよかった。本当にしあわせです」
ここは何もかもが温かい。
素朴な野花のブーケがそよ風に揺れた。
そしてこれを見守っていた屈強な強面どもも涙を流さずにいられなかった。中には嗚咽を漏らすまいと口に手を当てている者もいる。多くの者から望まれ嫁いできたトランバル侯爵家の若奥さま。プレッシャーもあっただろうに、この地へ来てよかったと。嫁いできてよかったと言ってくれた。あのブルーノさえも鼻先を赤くし唇をわなわなと震わせており、大男のガスにいたっては泣きながら神へ感謝を捧げていた。
それを見たリリーが「みんなもらい泣きしちゃったのね」と明るく言ってくれたおかげで、強面男たちのメンツは少しばかり保たれたのだった。
トランバル家はこうやって愉快に、ときに少々物騒に日々を積み上げていくようだ。
願わくば、その道が幸福と笑いに満ちたものであらんことを。
余談だがこの日城へ帰るとトリッシュ名義で贈り物が届いていた。中身はうさ耳フードのついた夫婦お揃いのもこもこパジャマ。
「かわいい!」と目を輝かせるリリーへ、いつも以上に王子さまスマイルを浮かべるラファエルであった。
主人公:リリー
父親から引き継いだピカイチの運動神経&動体視力&自在に操ることができるしなやかな筋肉を所持。軽い樽くらいなら蹴りで粉砕。本人いわく少々おてんば。
当主:ラファエル
危険思想がうかがえる。
ラファエルの友人:トリスタン
特殊な環境下のなか友情を育んだ幼なじみであり盃を交わした兄弟。この国の第二王子であり外面をいろいろ使い分ける器用さがある。正直性格悪いと思う死ね(ラファエル談)
旦那さまの大親友:トリッシュ
美しく気品のある女装男子。旦那さまの親友でリリーの恋愛相談に乗ってくれた優しい人。夫婦仲をよりよくできるようなプレゼントをたびたび贈ってくれる。その気遣いといい凛として美しい佇まいといい、目標にしたい女性像ナンバーワン。(リリー談)