初夜の最中に「白い結婚は無理だな」と言われて「愛人が二人いる」とも言われてしまった。
結婚式と披露宴が終わって、旦那様となったコグラント伯爵家の住人となった。
お腹がぽっこりしない程度の軽食をつまんで、初夜への準備に取り掛かる。
伯爵家のメイド達が結婚式の化粧を落としてくれて、衣服を全て剥ぎ取られて湯船へと誘われる。
我が家のメイド達とはまた違った手入れの仕方に身を任せて、全身をピカピカに磨きあげられる。
結婚自体は両家の父親同士の都合が良かったために結ばれたいわゆる政略結婚だったけれど交際期間は三年もあり、心の交流を育んできたと自負している。
旦那様になるシュベルトのことをアヴェンナは愛していたし、シュベルトも私のことを愛していると惜しみなく伝えてくれていた。
だから初夜に不安は何もなかった。夫婦としての第一歩だと胸を弾ませているくらいだった。
主寝室となる部屋で早くシュベルトが来ないかと待っているほどだった。
シュベルトが入ってきて、私の手を取り口づけてくれベッドへ誘われて素直に誘われるがままベッドの住人となった。
私の心も体もシュベルトを迎える準備が整って、シュベルトに愛されるのを待った。
あまりの痛みに体に力が入ったが「お願いだ。体の力を抜いて」とシュベルトに囁かれ「愛しているよ。これからは一緒に暮らしていけるね」など甘い言葉を聞かせれて体の力は抜けていき、シュベルトは自由に動けるようになった。
終わったと感じたのに息もつく暇もなく二度目が始まった。一度目のような痛みはなくただ翻弄されているとシュベルトが口を開いた。
「これで白い結婚を理由に離婚できなくなったね」
「えっ?」
私の体勢を変え俯かせて背後から押さえ込まれた。両方の手首を後ろ手にバスローブの腰紐で結ばれた。
「シュベルト何?!こんなの嫌だわ」
「ごめん。ごめん。でもちょっと聞いて欲しい話があってね。暫く我慢して」
「こんなことしなくても話は聞くわ!!怖いから止めて!!」
背後から押さえ込まれたままで恐ろしくてたまらなかった。私の体から血の気が引いたようになっていく。
さっきまでの幸せの波は一斉に体から引いていき、夫である男性からの突然の暴力に恐怖に体が震えた。
「実はね。私には愛人が二人いるんだよ。私が遊ぶことに、口を出されるのは嫌なんだ」
私はシュベルトが何を言っているのか理解したくなかった。
「うそ・・・」
「一応愛人達には子供が出来ないように処置はしてある。この家の跡継ぎを産むのはアヴェンナと決まっている。だから抵抗されるのも、面倒なことも嫌なんだよ。私が求めたら素直にベッドに上がって私を喜ばせなさい」
「嫌よ!!」
「なら、はい。と素直な返事をするまでだね」
シュベルトは私を仰向けてまた私へと暴力を重ねた。後ろ手に縛られた腕をベッドのヘッドにくくりつけた。
それから何時間責め続けられたのか、私は最後に素直に「はい」と言うしかなかった。
シュベルトの望みは、シュベルトの行動の一切に口を出さないこと、シュベルトの子供を少なくとも三人以上産むこと、夫婦仲がよいことだった。
それから私が月のものが来るまでは毎日私のもとに通い、月のものが来ると一週間は家に顔を見せなかった。
私の月のものが終わるとまた私のもとに通い、それが繰り返されて、そして私は月のものが来なくなった。
シュベルトは十日に一度帰ってくるだけで、それ以外はどこにいるのか尋ねることは私には許されていなかった。
帰ってきた日には私を本気で愛しているようなふりをして、私の腹を撫で「男かな?女かな?」等と笑顔で言っていたが、私の心はすでに凍りついていた。
お腹が大きくなってきて、安定期と言われる時期に来ると私の大きなお腹を見たがって腹を撫でた。
この頃にはシュベルトにどれだけ愛撫されても心を伴うことはくなっていたので、毎回溜息を吐かれて強引に事を終えていた。
「私を愛する努力をしなさい」と言われたが言われれば言われるほどに心は冷えていった。
女の子が生まれて、シュベルトは意外にも子煩悩で、女の子であっても子供をとても可愛がった。
家にいることが多くなり、三日に一度は帰ってきて子供を可愛がっていたが、その分私は子供に愛情を抱けなくて、乳母とメイド達に子育てを全て任せる格好になっていた。
それでも昼間は私の母乳を飲ませないわけにはいかなくて、腕に抱いているうちに愛情を抱くようになった。
医者に性交をしても良いと言われた日は、医師からなにか説明を受けたのか、浅いところをゆっくりとしたテンポで身動きして、心と体がずれた反応を示して私の心はほんの少し罅が入った。
それが妊娠するまで続いて妊娠したら、外の人に安らぎを求めているのか家に帰る日が少なくなる。
私はシュベルトが帰ってこない日は心底ほっとした。
同じことを繰り返して四人の子供が生まれたときにシュベルトへと伝えた。
「必要な子供はもう産んだでしょう?外の人と楽しむことにして、私に相手をさせないでちょうだい」
シュベルトはクスクス笑って「愛しているんだから抱きたいと思うのは普通のことだろう?」
「私はシュベルトに抱かれる度に強姦されている気持ちになるわ」
「あんなに感じているのに?」
私は真っ赤になって、体が心を裏切るのを許せない気持ちにさせられた。
「しつこくしなければ私を感じさせることも出来ないのに!!」
「嫌なら感じなければいいんじゃないか?」
「油を塗りつけなければ私の中には入れないでしょう?」
「入ったら直ぐに陥落してしまうけれどね」
夫ながら本当に嫌な男だと思った。
「まぁ、まだ若いんだし男が欲しくて仕方なくなるよ」
「それならシュベルト以外の人に可愛がってもらうわよ!!」
「それは許されないよ。変な噂でもたったら子供達が可愛そうだからね。良妻賢母でいてもらわないとね」
結婚してから二十年がたったけれど、シュベルトは変わらずに外に女がいるらしい。ずっと同じ人なのか、若い女に取り替えているのか、興味はないけれどとにかく外でよろしくやっている。
一番下の子供が成人して結婚するとシュベルトは家には殆ど帰らなくなり、勝手気ままにしている。帰ってくると私を嬲るので「帰ってくるな」と心の中で罵っている。
そんな時、シュベルトが女の下で倒れたと連絡が入った。
私は「その女のところで面倒を見てもらえばいいのよ」と言って迎えに行かせなかった。
執事が時折シュベルトの様子を見に行っているらしかったけれど、連れて帰ってくることはなかった。
義父母は数年前に死んでいるし、私に文句を言えるのはシュベルトを主としている執事だけだったが、執事は所詮執事でしかない。
シュベルトが今まで私にしてきたことを知っているので何も言えなかったのもあったのだと思う。
子供達は少し離れたところへ嫁入りや婿入りしていたので、私のすることに文句を言うのは居を同じくしている嫡男だけだった。
シュベルトが復帰する可能性もあったので私がコグラント家の差配をとり、嫡男がそれを手伝うという期間が二年間続いた。
シュベルトの復帰はもうありえないと判断して、私は嫡男へとコグラント伯爵家を譲り渡した。
嫡男はすぐさまシュベルトをこの家に引き取ると言い出したので、私は一人で領地に下がり人生で今までにない自由を味わっていた。
シュベルトが本邸に帰ってきたと嫡男から連絡があって「そう」とだけ答えて私は義父母がこの屋敷でしていたことを引き継いで悠々自適に暮らしていた。
嫡男からは『一度帰ってきて欲しい』と何度も手紙がやってくるが『シュベルトがいるなら帰らないわ。死んだら連絡してくれればいいから』と返事すると、嫡男が直接やって来た。
「母上、一度王都の屋敷へ戻ってください!」
「なぜ?」
「父上のことは心配ではないのですか?」
「ええ。心配したことはないわ」
「あんなに仲が良かったのに!」
「ふりをしていただけで、私達の結婚式の夜から二人の仲は壊れたままだったわ」
「父上が何を?!」
「それはシュベルトや執事に聞けば?私からは話したくないわ。私はここで一人でいられて今までで一番幸せだわ。シュベルトが倒れたと聞いたときはとても嬉しかったくらいですもの」
「父上は母上に会いたがっていますよ・・・」
「私は会いたくないわ。シュベルトを女のところに置いていたならばまだ王都の屋敷へ帰ることもあったでしょうけれど、シュベルトがいる場所には帰らないわ」
「母上・・・父上は本当にもう時間がありません。母上に会いたがっています。お願いです。一度でいいので帰ってきてください」
「残念だけど、私は葬儀にも間に合わないわね。ここから王都の屋敷まで時間がかかるから。そちらで全て段取りを付けて勝手にやってちょうだい。私に会いに来てくれたのではないなら、帰ってちょうだい」
肩を落として帰っていく後ろ姿はどこかシュベルトに似ていて、私を苛立たせた。
二ヶ月後『シュベルトが亡くなった』、『葬儀が終わった』と続けて私の元に手紙が舞い込んできた。
『寂しい葬儀だった』と書かれていて私はそれで満足するしかなかった。生きている間にもっと嫌がらせをしたほうが良かったかもしれないと少し後悔した。
側に行って、嫌がらせや罵り言葉を聞かせることも考えたけど、謝られても腹が立つし謝られな
かったらもっと腹が立つので、会わないことが一番の復讐だったと自分に言い聞かせた。
一月後、王都の屋敷の執事が何の連絡もなしにやって来た。
シュベルトからの手紙だと渡してきたが、私は燃え盛る暖炉の中に封も開けずに放り込んだ。
執事は悲しそうな顔をして「奥様・・・」とつぶやいた。
「他に何か用はあるのかしら?ないのなら、あなたはあなたの身の振り方を考えた方がいいではないかしら?」
さっさと帰って欲しいと執事に背を向けると腰に衝撃を受けて執事が耳元で言った。
「旦那様がお呼びですのでいらしてくださいませ」
火の棒を押し当てられたように熱さを感じてそれから痛みが襲ってきた。
背後を振り返ると執事が私の腰に刺したナイフを抜いて、今度は正面から心臓をめがけてナイフを振り下ろした。
我が主であるシュベルト様は死の間際、私を側に呼び、回らぬ舌で「アヴェンナを傍に」と最期の言葉を残して亡くなった。
旦那様は子供の頃から何でも自分の思う通りにしてきた。それをなし得る才覚もあった。
けれど、その才能を女性に使うという無駄遣いをされてしまって、仕事は二の次だったのは残念でならない。
唯一ままならなかったのは奥様なのだろう。
自分の思うようにならなくて内心腹を立てて、それでも奥様を己の思うがまま操ってこられた。
奥様の心は旦那様に何度もへし折られただろうに、毎回最後は旦那様に反発してみせた。
思うようにならないから余計に旦那様は奥様に執着していたのだろうと思う。
倒れたとき、本邸に戻ると言った旦那様の言葉を奥様は絶対に受け入れなかった。
実際問題、動かせないという理由もあって私は泣く泣く奥様の指示に従っていた。
動かせるようになったら、直ぐにも戻すつもりだったのに、旦那様のいないコグラント伯爵家は奥様を中心に回っていた。
二年、旦那様を本邸に入れなかったことで満足したのか、奥様は坊ちゃまに家督を譲る決心をした。
奥様は坊ちゃまが旦那様を屋敷に引き取ると言い出すまで王都の屋敷にいらしたのに、旦那様が帰られる前に領地へと引っ込んでしまわれた。
さすがに旦那様の体調を考えて、領地までの移動は認められなかった。
旦那様は坊ちゃまに奥様に会いたいと何度か伝え、坊ちゃまは奥様に何度も手紙を送っておられたけれど、返答は芳しく無く坊ちゃまが直接迎えに行ったにも関わらず奥様は旦那様に会いには帰ってこなかった。
その時に言われたのが、葬式にも間に合わないから坊ちゃまにすべて任せるとおっしゃったそうだ。
旦那様が亡くなられた頃、奥様は近くの奥様達と毎日楽しくお茶会をしていらしたそうだ。
旦那様から離れて自由になった、奥様は花開いたように美しくなっておられた。
この奥様を一目見られなかった旦那様はさぞや無念であっただろうと思う。
奥様はまだ四十代前半だ。これから再婚することを望まれるかもしれない。
旦那様はそれを決して許さないだろう。
旦那様がご一緒に居たいと望んでいらっしゃった。
それをわたくしめが叶えて差し上げなければならない。
奥様を旦那様の下へとお送りしなければならないと覚悟を決め、ナイフをしっかりと握りしめ何度も振り下ろして、奥様に抵抗されないその瞬間まで、待った。