お兄ちゃんと野球観戦!
「お兄ちゃん、野球観戦に行こう!」
「えっ、まだちょっと早くないか?今は全席指定だからそんなに急がなくても良いと思うぞ?」
興奮気味にそう言った私でしたが、お兄ちゃんに素っ気なく返されてしまいました。
むぅ……私はこんなに楽しみにしているのに!
なんでこんなに温度差があるのかというと、私はプロ野球を観に行くのが初めてだからです。お兄ちゃんはこれまでに友達と何度か行っているらしいのでそこまでテンションが上がらないのでしょう。なんでも初体験は興奮するよね!
まあ、お兄ちゃんと私の性格の差による部分も大きいと思うけど。
お兄ちゃんがはしゃいでる姿ってあんまり想像できない……。
ここは私が盛り上げていかないと!
「ほらほらそう言わずにさ~。善は急げって言うし、早くいけば何か良いことがあるかもしれないよ?」
「うーん……まあ久しぶりにバッティング練習とか選手紹介とかも見てみたいし……行くか!」
ふふふっ……やっぱりお兄ちゃんは私にあまいなぁ。態度はツンツンしてるけど、中身はデレデレ……お兄ちゃん、最高にかわいいよ!最近、お互い中学、高校に上がったばかりであることも相まってあんまり話せなかったからね。今日は思いっきり構ってもらおう!
●
「そういえば野球観戦って何持って行けばいいの?」
「あー、おれの場合は飲み物とタオルとユニフォーム……くらいかなぁ」
「ユニフォーム!着てみたい」
「もちろん。いいよ」
そんなわけでささっと着替えてみたわけですが……
「どう?似合う?」
「んー、ぶかぶか」
「別にサイズを聞いてるんじゃないんだけど。似合ってるかを聞いてるんだけど?」
「しょうがない、第一印象がそれだったんだから。まあ、普通じゃないか?」
「お兄ちゃん、そんなんじゃモテないよ?もっと女の子は喜ばせなきゃ!」
「……正直に言っただけで嫌われるならそれまでだろ。別にモテたくもないし」
「分かってないなぁ」
ホント、お兄ちゃんはこういうところ分かってないよね!
こういうのは言い方の問題なのに。
まあ、お兄ちゃんが急に褒め上手になってもそれはそれで気持ち悪いんだけど。
っていうか、何か忘れてる気がするんだけどな~。しかも致命的な物。
何だろ?
「そんなことより、そのユニフォーム着ていくのか?止めといたほうが良いと思うけど」
「えっ、何で?」
「そのユニフォームの選手、今日出ないから。そんなの関係なくお気に入りの選手として着ている人もいるとは思うけど」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ止めとく」
正直、プロ野球に興味持ち出したのも最近で、このユニフォームの選手のこともよく知らないしね。
お兄ちゃんの反応も良くなかったし。
●
「それじゃあ、出発!」
「はいはい」
球場には電車で行くので駅までは歩いていきます。
「そういえばお兄ちゃん、さっきスマホで何見てたの?」
「今日の試合の見どころとか予告先発が誰なのかとかを見てた。あと、それに対するコメント」
「へー、予告先発って何?」
「その日に投げる先発投手だけ前日に公表する制度が今のプロ野球にはあるんだよ。昔はなかったみたいだけど」
「何でそんなことするようになったの?意味わかんないじゃん!」
「おれも詳しい経緯は知らないけど……多分、特定の先発投手が投げる日に試合を観に行きたいって人が増えたからじゃないかな?他の選手と違って先発投手は日本では基本的に週に一度……つまり6試合に1回くらいしか投げないから。その割に先発投手は野球の花形で固定ファンも多いからね。先発投手の出来次第で試合が決まることも多いし」
「じゃあお兄ちゃんが持ってたユニフォームの選手も先発投手だったの?」
「そうだよ。今日の試合で投げないことを知ったのはついさっきだけど」
あれ?予告先発が分かるのは前日じゃなかったの?言ってることと違くない?
「先発予定の選手が体調不良になっちゃったんだ……」
「あー」
体調不良なら仕方ない。
コロナとかまだ結構流行ってたりするもんね……。
「まあ代役の投手も観てみたかったし良いんだけどね。相手も初物左腕に弱いってコメントしてあったし」
「ハツモノ……って何?」
また知らない用語が出てきた!
「初物って言うのはそのチームにとって初めて対戦する投手ってことだよ。わざわざ調べたことはないから多分だけど。そういう投手はデータがあまりないから打たれにくかったりするらしい」
「へー、あっ!私今日は大人料金だよ。大人としての初(乗り)物だね!」
「……ソウダネ」
ツッコミ放棄された!
●
「あ!分かった」
「何が?」
「何か忘れてると思ってたんだよ。早く取りに帰らないと」
「だから、何を」
間抜けなお兄ちゃんに天啓を与えてやらねば!
「チケットだよ。お兄ちゃん、前売りのチケット買ったんでしょ。今から取りに帰ればまだ間に合うだろうから早く帰ろう!」
早めに出発しておいて良かった。
危うく入れないところだったよ。
「いや、大丈夫大丈夫。ちゃんとチケットはあるから」
「嘘だ!さっき見た時無かったもん」
「でもおれ、スマホ持って来てるから」
「??」
「おれはデジタルチケットで取ってたから。心の方に自分の分は送ろうか?」
「う、うん」
そこで送られてきたURLをタップするとQRコードが表示され、たしかにデジタルチケットと表示されていました。
「こんなのあったんだ……」
「紙のチケットの発行もできるけどな。わざわざコンビニ行くのも面倒くさいし、おれはこっちにしてる」
スマホにはいろんな使い方があるんだなぁ。私はまだ買ってもらったばかりで、友達との連絡とゲームくらいでしか使っていんだけど。
あ、ゲームといえば!
「お兄ちゃん、たしかこのアプリゲームやってたよね?」
「ああ、やってるな」
このアプリゲームとは、実在のプロ野球選手を集めて疑似的に野球で対戦することができるもののことです。私が知ってる選手は大体このゲームで知った選手だからね。
「勝負しよ!まだ時間あるでしょ?」
「あるけど……まあいいか。やるか」
「やろうやろう」
――
「まあ、年季が違うよな、うん。一応レベル差は関係ないように設定したんだけど」
「……」
試合は0対4で完敗でした。
ちょっとくらい手加減してくれても良いのに……あの野郎、マナー違反ぎりぎりのことまでして勝ちに来てました。無意識かもだけど、ちょっと大人げないと思いましたね、あれは。
「大丈夫だって、本戦はこんな試合にはならないはずだから!」
「それ、フラグでは?」
●
「スタメン発表されたみたいだけど大体予想通りだった?」
「ああ。予想通り」
おおー。さすが、ほぼ全試合観てるだけあるなぁ。
「全然当たらん」
「えー?いつも観てるんじゃなかったの?」
「観てるけど、いつも違うから全然わからん。実際、このチームはほぼ毎回スタメンが違うらしいからな」
「そうなんだ。そりゃ当たらないね」
いつも同じメンバーで戦ってるのかと思ってた。
「あっ、そういえばこれ何なの?」
「ああー、来場者プレゼントのやつな。それハリセンだよ」
「ハリセン……?頭叩くやつ?」
「違う。いや、違うくないけどそれも応援グッズだから。この折り目に沿って折っていくとハリセンになるから」
そう言ってお兄ちゃんはハリセンをさくさくっと折って完成させてくれました。
「ほい、これ心の分」
「おー、じゃあ点が入った時とかはこれを叩けばいいんだね」
「そうだけど、自分の手をたたけよ」
「!?」
なぜにバレたし……。
●
「ねえお兄ちゃん、さっきもこれやってなかった?」
「さっきのは特別始球式。今のがちゃんとした始球式」
「……なんで2回もやるの?」
「知らん。多分スポンサーが増えたからとかじゃないのか?」
そんなのありなの?と思わなくもないけれど。
他にも疑問点はある。
「じゃあ何でバッターの方はあんな絶対に入らないボール球を振るの?何でピッチャーはあんな山なりかワンバンボールしか投げないの?」
「お前、そんな好奇心旺盛なやつだったっけ……?別にいいけど。始球式でバッターがどんなボールでも空振りするのは投げてくれた人に敬意を表すためって聞いたことがある気がする。っていうか気になるなら普通にネットで調べればよくない?」
「お兄ちゃんに聞くからこそ意味があるのです」
一人で黙々と調べるなんてつまんないもん!別にそこまで気になるというわけでもないし。
「あっそう。じゃあ答えるけど、始球式投げる人がストライクをあまり投げないのは単純に難しいからだと思うぞ。マウンドって独特の傾斜があるから野球のピッチャー経験者じゃない限りいきなりストライクを取るのは難しいと思う。多分」
最後に多分とか付けたのはお兄ちゃんがちゃんとした野球経験者というわけじゃないからだと思う。それでも言葉だけはスラスラと出てくるのは良いところのような悪いところのような……。
「あとは、もしぶつけて選手を怪我でもさせたらヤバいから緩く投げる人が多いんじゃないか?
「それがホントの死球式!」
「縁起でもないこと言うな!」
お兄ちゃんがツッコんでくれました!
●
「よしっ、何とか抑えた」
ピンチを切り抜けたことで場内が拍手で包まれる。
試合は5回。
初回からヒットとエラーで失点を許し、一方でこっちのチームは未だ無得点。劣勢のまま後半戦に入ろうとしている。
「ねー、お兄ちゃん。相手チームはこっちのピッチャーが苦手なんじゃなかったの?」
「まぁ、2失点で抑えたわけだから打ち崩されたってほどでもないんだけど……まだ新人投手だからね。相手はエースが投げてるわけだし、これ以上失点できないと思ったんじゃない?交代もやむなし」
「そっかー」
とはいえ、あまり面白い展開とは言えない。
何とか得点してくれないかなー。
「……こういうロースコアの投手戦の時は守備側の時に応援すると良いかもよ」
「守備側の時の応援は基本的にマナー違反だって言ってなかった?」
「相手の応援を遮るような感じじゃなければOKだよ。基本的に野球は0で終わる回の方が多いし、打者だって7割くらいの確率でアウトになるんだからそっちで応援する方がお得な感じするでしょ?」
「ふふっ。そんな考え方するのお兄ちゃんくらいじゃない?」
「そうかなぁ。結構いると思うけど」
そんな感じでぐだぐだとしゃべっているうちに5回の裏の攻撃が終わってしまった。
「じゃあおれ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
え!?
守備側の時を観るのも楽しいって話をしたばかりじゃなかったの!??
●
「くそう、絶対にあいつのせいだ……」
結局、最後まで相手エースを打ち崩せず、最後にはとどめの満塁ホームランも浴び、10対0という大敗を喫してしまった。良いところなしの最悪の試合だったと思う。それもこれも初回からエラーで先制点を献上し、打撃でもノーヒットだったあいつのせいだ。
そんな負の感情が渦巻き思わず愚痴をこぼしてしまった。
そんな私をお兄ちゃんがなだめてくれる。
「まあまあ、こういう試合もあるって。たしかに初めての観戦でこの結果はちょっと気の毒だなとは思うけど。それに、心の言ってる選手も最近外野にコンバートしたばかりでしょうがない部分もあったし、2つ四球を選んでたから全く貢献してないわけじゃなかったしね」
「じゃあ誰のせい!?」
「誰のせいって……そりゃあ、変なフラグ建てたやつのせいじゃないか?」
最初お兄ちゃんは困ったような顔をしていたけれど、突然何かを思い出したようにしてニヤニヤしながらそう言ってきた。
むかつく。
フラグって何のことだろう……あっ!
「いや、私じゃないでしょ!お兄ちゃんが言ったんだよね!?」
思わずそうツッコんでしまった。
「いやー、どうだったかなー。心が余計なこと言ったせいの気がするけど?」
「絶対違うし!絶対お兄ちゃんのせいだし!」
そんな感じでいつもの楽しい会話にいつの間にか戻っていた。危うく楽しい野球観戦がイライラするものになってしまうところだった。
「お兄ちゃん、絶対今度またいつか行こうね!」
つい上機嫌になってこんなことを言ってしまうと
「そうだな。次は今日よりはましな試合展開になるはずだから!」
「お兄ちゃん……」
全然反省してないじゃん!
今日は日本シリーズ第3戦!今からとても楽しみです。現地で観られないのは残念ですが、テレビから応援してます。好ゲームを期待しましょう!
最後まで読んでいただきありがとうございました。