半年後に女体化させられる僕 ~今までイジメたり無視してきた人たちが、女の子になるって知って急に優しくなってきたんですけど?~
書いてから調べてみると、似たような設定の“大人が読む薄い絵本”が結構出てきました。
考えることはみんな同じなんですね。
無事に高校に進学することが出来た僕。
乙倉 蒼
今までの環境を変える絶好のチャンス。
心機一転のつもりで臨んだ新生活。
だったのだが……
「おせーよ!」
「ご、ごめん」
夜中遅くに、中学校の同級生だった子に近くの公園まで呼び出される。
もう会うこともないと思ってたのに……
僕の中学生活、約三年間は地獄の日々だった。
入学早々に、不良っぽい生徒に目をつけられてしまい、お金を巻き上げられたり、パシリにされたり。
ようするにイジメられていたわけだ、僕は。
生まれつき体の弱い僕は、喧嘩しても負けるし、逃げても追いつかれるし。
自分でも分かってるけど、内気でおどおどした性格なのもあって、周りからイジメの対象になっていた。
他の生徒は見て見ぬふりだし。
先生に相談しても取り合ってもらえなかった。
でもなんとか3年間耐え抜いて、こうして中学を卒業することが出来た。
そして勉強も頑張って、少し遠くの進学高校に通うことで、今までの環境から離れることも出来た。
これで一からやり直して高校デビュー
……のはずだったのに。
結局は変わらなかった。
目の前には、僕よりも何倍も大きい体格のいじめっ子。
周囲には誰もいない夜の公園。
しかも一対一。
呼び出しに無視しても何されるか分からない。
逆らうことも出来ずにこうやって来たものの、怖くてどうしようもない。
「で、持ってきたんだろうな!」
「あ、あの……その……もう……お金は無くて……」
「はあああ!!!」
静まり返った住宅街に怒号が響き渡る。
「てめぇ! ふざけんなよ!!」
「ぅっ! ご、ごめんなさぃ」
胸ぐらを掴まれると、僕の体は簡単に宙に浮いてしまう。
これで何回目だろう、お金を要求されるのは。
どうしよう……
高校進学で僕の隠し貯金も底をついちゃったし……
「じ、時間を……ください……」
「あ!? いつまでだ!?」
「い、一週間……」
「絶対だな!?」
「は、はい……」
「必ず持って来いよな!!」
僕は地面に放り投げられ、ようやく解放された。
はぁ……
ダメもとで父さんに相談しよう。
僕はうなだれながら帰宅する。
すると父さんはいつものように、一人リビングでお酒を飲んでいるのだった。
いつも機嫌の悪い父さん。
でもこういう時は、もっと悪い。
口数少ない父親は、基本僕のことは放ったらかしだった。
そもそも日常で、父さんとコミュニケーションを取ったことがない。
生活で必要な最低限度の会話しかしたことがない。
どうやら父さんは僕のことが好きではないようだ。
ことあるごとに、
「お前なんて育てたくなかったのに……」
と言ってくるから、たぶんそれは本音なんだと思う。
きっとお金が欲しいなんて言ったら怒鳴られて、また殴られるだろうけど……
背に腹は代えられないので、おそるおそる話しかけてみる。
「あ、あの……父さん?」
「あ? なんだ?」
テレビを見たまま、素っ気ない言葉だけが返ってくる。
「あ、あの、高校に進学して……色々と物入りなんで……お小遣いを……」
「そうだな、お前も高校生になったんだから、バイトしろよ」
「えっ?」
「これからは、自分のことは自分でやれ」
「……」
「義務教育までは面倒見てやったんだ。あとは自分の力で生きていけ」
「…………」
「高校の入学費用まで出してやったんだ。感謝しろよ」
「……はい」
「なんで俺が、こんなやつ育てなきゃいけなーんだ」
「…………」
「男なんて育てたって、面白くもねえ!」
たしかに、ここまで育ててくれたの父さんのお陰である。感謝しなくては。
これ以上、親に負担をかけることもおかしい。
それに……
父さんは、僕の実の父親ではないし……
――数十年前。
この世界では生物的な人間の女は絶滅してしまった。
ウイルスが原因だったようだ。
仕方なく残された人類は、万能細胞から卵子を生成し、人工子宮によって人々を産んでいく手段を取った。
誕生する全ての赤ん坊は、やはりウイルスが原因で男である。
人類の出産には国が管理し、誕生する新生児の数や遺伝子情報なども、国が選定し調整していた。
そして育ての親となる男も、国によって選定されていた。
だから父さんは、無理やり強制的に僕を引き取ったような形なのだ。
嫌々ながらもここまで育ててくれたことには、本当に感謝している。
だからこれ以上迷惑をかけることは出来ない。
でも、こんな世の中だけど、まれに女性になりうるホルモンや染色体などを持ち合わせた人間が約5万人に1人の割合で誕生する、
……らしい。
そんな人は生まれた時に判明するか、強制されている学校の体力測定や健康診断で見つけられたりする。
そこでその素質がある人は、国策として強制的に女性に変えられてしまうのだ。
現在そのようにして女性となった元男性が、様々な分野で活躍されている。
そのほとんどが、若い時期にはアイドル活動を行い、世の中の男性の期待と憧れの的となる。
今、父さんが見ているテレビからも、“TSF28(ティーエスエフ トゥエンティエイト)”というアイドルグループが歌って踊っている映像が流れてきている。
女性になれば一生安泰だ。
国が全て面倒を見てくれるからだ。
無理して働く必要は無い。
でもその代わり自由が束縛される。
どこへ行っても監視されるし、恋愛も結婚も自由に出来ない。
お付き合いする人は、国の検閲やら選定が必ず入ってしまう。
女性は今や、絶滅危惧種の天然記念物の扱いをされるのだった。
もちろん妊娠も出来るけど、生まれてくる子どもは全て男になってしまうので、あんまり意味がない。
その身体測定が明日、学校で行なわれるんだった……
また一つ憂鬱なことを思いだして、胃が痛くなる。
スポーツ出来ない、体力も無い、こんな僕が、またみんなの前で恥をかいて笑いものにされてしまうのだ。
父親からの援助が期待できなくなり、僕はそのまま寝室へと向かう。
どうしよう。一週間後までにお金の工面しないと。
バイトも探さないと。
ああ、明日の身体測定、憂鬱だな……
こうして僕は……
不安の中、眠りにつくのだった。
――次の日――
今日は学校の身体測定。
高校に入れば、さすがに無いだろうと思っていたことが……
まさかの中学での悪夢がよみがえることに……
僕の体つきを周りの生徒がバカにしてくるのだった。
僕の身長は、150センチ程度。
腕も足も細いし、とても男らしい体つきとはいえない。
中学の体育の授業は嫌で仕方なかった。
どんなスポーツも下手くそで、皆よりも劣っていた。
何度もチームの皆の足を引っ張った。
僕と組まされた皆は露骨に嫌な顔をしていた。
人よりも小柄な体、そこに内向的な性格が災いして、みんなからの格好のいじめの餌食に。
高校ではそんな幼稚なことは起きないと信じていたのに。
だから必死で勉強を頑張って、地元から距離の離れたこの高校に進学したというのに。
体操着に着替え、学年全体で校庭に集合した僕は、さっそく周りからの注目の的になってしまう。
中学の時は見立たなかったけど、さすがにこの歳になると周りとの差がハッキリと分かってしまう。
しかも3年生と比較したら、大人と子どもくらいの体格差があった。
こうして僕は、さっそく体つきをバカにされるのだった……
「あいつ小さすぎじゃね?」
「小学生が迷い込んでんぞ?」
「身長があれなら、あそこのサイズも超ミニサイズなんじゃね」
「あいつ、本当に男なのか? 欠陥品じゃねーか?」
もう何度も聞いてきた悪口を耳にして、慣れたとは思っていたけど……
やっぱりいい気分はしなかった。
健康診断の後は体力測定。
劣っているのは体格だけじゃない。
スポーツ全ての種目でビリ。
握力ない。足も遅い。筋肉もない。持久力もない。
同じクラスの子は、すでに全種目測定を終えているというのに、僕だけまだ半分も終わってなかった。
お荷物状態の僕に、先生も呆れて素っ気ない態度。
「乙倉、まだ終わらないのか?」
「す、すみません……」
一つ一つの測定が終わるたびに、ゼーゼー息を切らしてしまい、休みながらで次の種目に移るので、僕だけ置いてかれてしまう。
「お前が終わらないと、次に移れないんだよ」
「急ぎます!」
測定が終わると、着替えて教室に戻ってくる。
今日の授業はこれで終わり。
そして終業のホームルーム。
とっくに皆は着替え終えて教室で待機して、ホームルームを待っている。
僕が返ってこないと始められなくて、早く下校するためには僕を待っている状態に。
結局、僕は遅刻して教室に戻ってくる。
そんな僕に皆も、先生も、冷たい視線で迎えてくれた。
高校生活始まってから、さっそく僕は最悪のスタートを切ってしまった。
――その次の日――
「おい、野球部の先輩が呼んでるぞ」
「え? 僕が?」
接点はないけど?
昼休み、クラスの子にそう言われ、校庭脇の野球部の部室まで来るようにとのこと。
野球部の3年生の先輩で部の主将。
見たことも聞いたことない全然知らない先輩?
なんで僕を?
……すごくやな予感がする。
中に入ると、体格のいい先輩が一人、僕のことを待っていた。
「あ、あの……乙倉です。呼ばれたみたいですけど……」
「ああ、呼んだのは俺だ」
「どういったことで……?」
「お前、野球部に入れ」
「えっ!?」
予想外の言葉?
てっきりまた、お金とか要求してくるのかと……
「あ、あのでも、僕、野球なんてやったことない、ですし……」
「選手としてじゃない。マネージャーとしてだ」
「えっ? マネージャー?」
見上げる様な巨体の先輩が、近寄ってくる?
そして、僕の両肩を掴む!?
す、すごい力!?
「君には、マネージャーとして俺の身の回りの世話をしてもらいたい」
「身の回り?」
見下ろす先輩の目が、なにやら怪しい。
これは……その……
同性を見る様な目つきではない?
よく父さんがテレビに映るアイドルを眺めている時のような目つき?
こ、こわい……
今まで感じたものとは別の恐さを感じる!
今すぐ逃げたいけど、抵抗しようがないくらいの力で締められる。
「ま、待ってください!」
先輩はもしかして男好き?
この世界ではその性的志向は珍しくないけど、残念ながら僕にはそんな趣味は無い!
「わ、分かりました、分かりましたんで……」
僕がそう言って、ようやく力を緩めてくれた。
「よし、じゃあ、よろしく頼むぞ」
「は……はい……」
――放課後――
僕は入部届の書類を担任の先生へと提出しに、職員室に向かった。
「失礼します」
中に入り、机の前で座って作業をしていた先生を見つけ、歩み寄る。
「先生、あの、入部届の件なんですが」
「…………」
「あの、先生?」
「…………」
「……先……生?」
「…………あ? 乙倉か? 小さかったから気が付かなかった」
「…………あの、これを」
僕は入部届を差し出す。
「野球部? お前、野球なんてできるわけないだろ?」
「いえ、あの、選手としてではなくて、マネージャーとして……」
「そんなもん、部活動として認められるわけないだろ」
「で、でも先輩が……」
「やめろやめろ。こんなことして怪我でもされたら、俺の責任になってしまうだろうが」
「でも、先輩が」
「それは個人的に頼んでるだけだろ? それはお前の好きにすればいいだろ?」
「…………」
「お前は適当に……園芸部とかにしておけ」
「…………」
「なんだ? なんか文句でもあるのか?」
「……い、いえ。ないです」
「そっか。じゃ、こっちで適当に修正しておく」
「……はい、ありがとう……ございます」
はぁ……
どうしよう。
先輩になんて言えばいいんだろう。
それに、マネージャーの仕事は個人的にやれって。
それこそ何かあったら、全部僕の責任ってことにされちゃうんじゃないか?
どうするんだよ、先輩に体の関係を迫られたら……
僕じゃあ、なんにもできないよ……
――次の日の放課後――
今日の放課後、僕は駅前のコンビニの面接に行く予定だった。
なんとか自分の力でお金を稼がなくては。
でも僕は、そこでも酷い対応を受けるのだった。
店内奥の控室で、店長と僕、机を挟んで向かい合って面接をするのだが……
「……君ねぇ、その体で、なにが出来るの?」
「なんでもやります!」
「そうは言ってもね。納品とか陳列とか、体力必要なんだよ?」
「がんばります!」
「高い所、どうすんの?」
「踏み台とかで!」
「ふぅ~~ん」
「一生懸命やりますので!」
「でもね~~」
「お願いします!」
「もし君に何かあったらどうすんの?」
「えっ?」
「怪我とかされたら困るんだよ」
「そ、それは……注意します!」
「倒れたりとかしたら、労基がうるさいんだよ」
「体格はあれですけど、健康です!」
「でさ、君みたいな子がね、店番しててもさ。客になめられるだけなんだよ」
「えっと……」
「万引きとかどうやって止めるの?」
「…………」
「強盗とか?」
「…………」
結局、僕は採用してもらえなかった。
次の日……
僕は学校をさぼった。
意味もなく歩き回って、気が付いたら河川敷までたどり着いて、そこで半日、ボケーっと川が流れる様子を眺めていた。
最悪だ。
同級生からはバカにされ、
先輩には変な目で見られ、
元同級生にはせびられ、
親には見放され、
先生には無視され、
仕事には雇ってもらえないし、
僕はこの世に必要とされてないんだ。
生きていてもしょうがないんだ。
このまま辛いことが続くのなら……
いっそのこと、このまま……
気が付いたら日が暮れて、あたりは真っ暗になっていた。
光に吸い寄せられる虫みたいに、ネオンの輝く繁華街を彷徨っていた。
車が行き交う横断歩道の前で、僕はあることを考えていた。
このまま飛び込んだら、楽なんだろうな……
……でも最後に、自分の部屋を片付けて、父さんに挨拶してからにしよう。
今まで育ててくれた感謝を伝えて……
そう思い、僕はいったん家に帰ることにした。
帰る途中、今までの携帯の履歴などを消そうと思い、僕はポケットからそれを取り出す。
そしてその時初めて、父さんから着信が来ていたことに気が付く。
しかも何件も……鬼のような着信履歴? 5分おきに?
あっ!
今も電話かかってきた。
どうしたんだろう?
父さんが電話してくるなんて。
しかもこんな回数、尋常じゃない。
僕はすぐさま電話に出る。
「もしもし」
「蒼か!? 今どこにいるんだ!?」
「え? えっと、駅前……だけど?」
「早く帰ってこい!」
「え? どうしたの?」
「いいから早く!」
「は、はい」
「急いで真っすぐ帰ってこい! 変な奴に関わるなよ。今すぐだ!」
そんなに慌ててどうしたんだろう?
家のマンションの入り口に着くと……数台の黒い車が、路駐していて……
え?
パトカーも警察も?
何か事件でも?
父さんに?
不安になり急いで中に入ろうとすると、警察の人に呼び止められる。
「君、乙倉蒼さんかね?」
「え? ええ、はい、そうですけ……」
「確保――!!」
え?
なになに!!
いきなり数人の体格の良い警察官に囲まれて……
「対象者、たった今確保しました!!」
そう叫んだ警官の人たちに僕は意味も分からないまま担がれて、そのままマンションの中に連れ込まれ……
考えをまとめる余裕もなく、気が付いたら家の中に運ばれていた。
中には父さんと……
知らない黒スーツの人たちが数人?
「蒼!!」
「と、父さん!?」
父さんは無事のよう……って、え?
駆け寄って僕のことを抱きしめてくれた???
「大丈夫か!? 体は?」
「え? う、うん。普通だけど」
「よかった……よかった……」
「どうしたの?」
突然その場で泣きじゃくって、座り込んでしまった?
こんな姿の父さん、初めて見た。
理由も分からず、座り込んでいる父さんの代わりに、黒服の人たちが僕の前に来て説明し始めた。
「突然のことで驚かれたでしょう。私たちは政府から派遣された保護観察官です」
「ほ、保護……観察……官?」
そう言うと一人ずつ名刺を差し出し名乗り始める。
「私は厚生労働省の鈴木と申します」
「はあ」
「私は文部科学省の佐藤です」
「どうも」
「総務省の田中です」
「はい」
「自分は公安の山本と申します」
「こ、こうあん?」
全然思考が追い付かない?
いったい何が起こってるの??
「では、私が分かりやすくご説明しましょう」
厚労省の鈴木さんが話す。
「突然のことで驚きでしょうが、単刀直入に申します」
「はい」
「蒼さんには、女性になっていただきます」
「……」
……え?
…………ええ?
…………??
???女性に???
「蒼さんはこの度、女性保護制度のもと、女体化の対象者として選出されました」
「え―――――っ!!!」
ぼ、僕が―――――!!!
お、女の子に―――――!!??
―――そして、次の日から、僕の生活は一変した。
マンションの入り口に警察官の詰め所が設置された。
女性になれば別の専門の施設で生活することになる。
そこなら警備体制も万全。
女性に必要な設備も整っているので、ほとんどの女性はそこで生活しているという。
その引っ越しの間の一週間近くは、しばらくここで変わらず生活する。
そのために家の近くは、24時間体制で警察官が警備している。
僕が行くところには、護衛が付いて回る。
最初はそんな大げさな……
と思ったけど、確かにすごい反響だ。
警備を付けないと危険なくらいの熱狂ぶり。
窓の外を開けると、野次馬や報道関係者の群衆で埋め尽くされていた。
これって、みんな僕のせい?
そりゃあ、近所に女の子がいるってなったらね。
まだなってないんだけど……
テレビではワイドショーやニュースでも僕のことは報道されていた。
僕の顔写真が大きく画面に映ってる。
なぜか市長もインタビューに出てて
「わが市内で初の女性選出で、非常に喜ばしい思いがしております。
乙倉蒼さんは成績もよく、とても可愛らしい子で、将来私たちの希望の星となってくれることでしょう」
とか答えてる。
市長とは会ったことも話したこともないのに……
「蒼、大丈夫か? 調子は? 一人で学校いけるか? 送ろうか?」
「だ、大丈夫だよ」
今までそんな優しい言葉をかけてくれたこと無い父さんなのに、急に僕の体を心配しはじめて。
風邪引いたときだって、寝てれば治るだろって、ほったらかしだったのに。
僕はいつも通りの仕度をする。
玄関の外には既に警備の人がスタンバっていた。
学校の登下校は車で送迎してくれるらしい。
厳重に隔離された送迎車に乗り込み、そのまま出発。
送迎の車から外を見ると、沿道には駆けつけた人たちでいっぱい。
「情報が漏れるのが早いな」
「総務省は何をやってるんだ」
「公安に人員増強を打診しておけ」
などと、一緒に車に乗りこんでいるSPたちがささやいている。
備え付けのテレビを見せてもらうと
ニュースに僕の顔と名前やプロフィールが勝手に出てる?
どこで調べたの?
趣味、洋菓子作りって、作ったことないんですけど??
なんかもう、人気者というよりも指名手配犯みたいな感じ。
なんか凄く居心地が悪い。
学校に付くと、僕の乗った車に待ち構えていた人たちが一斉に押し寄せてくる。
それをSPの人が必死に押し返す。
僕はその隙に昇降口へと向かう。
そこでも大勢の生徒や教師たちが待ち構える。
今まで軽蔑の目で見られていた僕が、一変して憧れと羨望の眼差しを受けることに。
SPに付き添われて校舎へと入る僕。
周りの生徒は話したくて近づきたくても、ガタイの良い強面の黒服SPに阻まれる。
ん~~
なんか変に有名人みたいになって、恥ずかしいというのか気まずいというのか。
と、そこに、後ろから悲鳴や怒号が聞こえてくる?
大勢の人が廊下を走ってここまで向かってくる!?
校内まで報道記者が入り込んできたようだ!!
「蒼さん! 女性に選ばれた今のお気持ちは!」
「どうか、我が社のCMに出演していただけませんか!」
「我が事務所で、アイドルデビューしてみませんか!!」
「グアムでのグラビア撮影を!」
「今度、ファッションショーに」
「今夏のビールのキャンペーンガールに!!」
「私の手掛けたデザインの衣装を!!」
あわわわわわ!!
凄い数の芸能関係者が!
雪崩のように!
警備の人と押し合いになってるが、じょじょにこっちに押し返されて来て、僕のところに迫ってくる。
ここは……
……逃げよう!!
僕はこの場をSPの人に任せて逃げるのだった。
教室ではみんなの視線が全部僕に向けられているのが分かった。
担任の先生もソワソワしてる。
そして先生が、
「みんな知っての通りだ。今回、乙倉さんが、女体化対象に選出された
もうすぐ転校してしまうが、短い間だがいつものように変わらずに接するように」
いつもと変わらずに……
いつもは先生にも無視され、周りからは馬鹿にされていたんだけど。
明らかに僕を見る目が今までとは違う。
いつもと変わりすぎなんですけど!?
そして臨時の全校集会。
教室前方のスクリーンに校長先生の姿が現れる。
「皆さん知っての通り、本校に通う1年生の乙倉さんが、この度女性化プログラムの対象者として選定されることとなりました。本校初の大変名誉なことです」
……などと、ながーい話が始まる。
その話を他人事のように聞いていると、
「では、今から一言、乙倉蒼さんに挨拶があります」
え?
いきなり、モニターの画面が校長から僕に!?
カメラが僕に向けられた!?
「あ……えっと、その……
乙倉……蒼……です。
よろしく、
お願いします……」
割れんばかりの拍手喝采!!
隣のクラスから雄叫びとも悲鳴ともつかない声が響き渡る。
ああ……
なんか、恥ずかしいなあ……
その日から教室では、授業どころではない。
四六時中、誰かしらの視線が僕に向けられていた。
常にだれかが近くにいる感じ。
プライバシーも何もない。
僕のすること全てが注目の的。
トイレに行くのだって、一苦労。
みんな何故か一緒についてくるからだ。
学校では通常の授業とは別に、女性として生きるための知識や技術を学ぶ講義が行われる。
放課後、僕のみの強制参加だ。
特別教室で女性化された講師の人が講義を始める。
「まずは女性としての言葉使いと所作を学びましょう」
「はい」
「一人称は“私”にしてください」
「え? 僕じゃ……」
「“私”です」
「は……はい」
そ、そうなんだ。
言葉使いも違ってくるんだ。
「では、身体の仕組みについて学びましょう」
「はい」
「生殖器官についてです」
「は、はい」
「女性になると、生理が始まります」
「はぁ……」
「痛みを伴いますが、これには慣れてもらうしかありません」
「ん~」
その前に、女の子になるってことは、あそこを切っちゃうんだよね。
…………そっか、なくなっちゃうのか。
寂しいなあ。トイレとかどうするんだろう……
「今日の実技は、歩き方について学びます」
「あ、歩き方?」
「女性は“足”で歩くのではないのです。こうやって“腰”をつかって歩くのです」
「腰? え? 腰で歩く?んですか?」
……こうして、
食事の取り方について。
服や下着の身に付け方。
身だしなみ、化粧の仕方……などなど。
勉強すること、いっぱいあるんだな。
女の子になるって、大変なんだぁ。
一度は死を考えた僕にとって、男から女に変わることなどは抵抗はなかった。
ただ、女の子がどんな生き物か分からないし、そこが不安だった。
自分がどう変わってしまうのか?
どう変わらなくてはいけないのか?
女の子としてやっていけるのか?
あとは、異様なまでの周りの視線。
環境の変化がすごかった。
クラスのみんなも、やたらと話しかけたり、接してくるし。
「あのさ、蒼さん? 今度どっか一緒に買い物にでも、行きませんか?」
「今度、一緒に食事にでも?」
「蒼さんは、どんな映画、見るんですか? 週末、見に行きませんか?」
「……えっと、その、ありがとう。でも、予定が、ちょっと……」
「蒼さん! 甘いもの食べますか!?」
「喉、乾きませんか?」
「荷物重いでしょう? 俺、持ちますよ!」
「あ、ありがとう……」
今までは、そんなことなかったのに。
放課後、僕は野球部の先輩に呼び出される。
前回と違い、今回は僕の両脇にはSPが2人ついている。
だからあまり恐怖心はない。
それと、先輩の様子がこの前とは全然違うこと。
この前は男らしく堂々としていたのに、今日はやけにはっきりしない、なよなよした印象がする。
「あの、その、この前は、その、悪かった、です」
「あの……もう大丈夫です。気にしてないんで」
「そ、そこでなんですが、正式に、野球部に入部していただきたく……その……」
「でも、僕、女の子になるから、スポーツは」
「選手ではなく、マネージャーに」
「先輩直属のマネージャーですか?」
「な、なにを!? 誤解される様なこと……野球部のですよ」
「でも先輩は、かわいい男の子が好みじゃ……」
「なななな! そんなことないです。自分は女性が好きです。はい」
その返事を聞いたSPが僕を外へと連れ出す。
「あ、蒼さん! どうかご検討を!!」
専門の施設に行くことが決まってる僕は、たぶんこの学校の野球部のマネージャーにはなれないと思うけど……
学校からの帰り。
送迎の車でマンション前まで着くと、一人の男が警備の警察官数人に取り押さえられているのが目に入ってきた。
えぇ……今度はなにが起きてるんだろう?
それを大きく避けながら、僕はSPに連れられて中へと入ろうとする。
すると……
「あ、蒼!!」
僕の名を叫ぶ声、その声は取り押さえられてる男の声だった。
しかもその声の主は、あの中学時代のいじめっ子。
「蒼! は、話だけでもさせてください!」
そう言われたので僕は立ち止まって、その場で振り返る。
「蒼! すまなかった! 本当に悪かった。俺が悪かったから、反省してるから!」
いじめっ子は急に生まれ変わったかのように、僕に対する贖罪の言葉を並べてきた。
急にどうしたの?
さんざん酷いことして、お金まで取ってたのに?
「本当はお前……蒼さんのことが好きだったんです。だ、だから!!」
「…………」
「お、お金は返します! だから、その、俺たち、友達……ですよね」
「ん~~まぁ~~」
突然、好きですとか、友達ですとか言われても……
一時は凄く恨んだり憎んだりしてたけど、今は自分のことで精いっぱいで。
正直、なんとも思っていないというのか……
「ごめんなさい! 許してください! だからこれからも友達でいてください!! お願いします!!」
この変わり様は一体?なに?
もしかして、僕が女の子になるってだけで?
女の子と仲良くしたいがために?
ふぅ~ん。
なるほどね。
でもきっと、こんな状況になっちゃったら、友達以前に会うことも出来ないかもね。
僕はこれ以上、彼のことには深く考えないでおくことにした。
僕にやることはいっぱい残っていたから。
その場を僕が後にすると、いじめっ子は悲痛な叫びと共に、周りの警備の人に連れ去られてしまった。
その後、彼がどうなったかは僕の知るところではなかった……
部屋に戻ると、いつも以上に父さんが話しかけてベタベタ接してくるのだった。
「蒼、今度、服買いに行こう!」
「うん」
「女物の服ってどこで売ってんのかな?」
「当分は監察官が用意してくれたものを着るよ」
「生活用品も変えないとな」
「あ―― 化粧台? とかも必要なのかな?」
「模様替えもしないとな。壁紙も花柄か、ピンクに……」
すごく楽しそうに話す父さん。
今までこんな接してくれなかったのに。
でも、僕は嬉しかった。
初めて親子みたいな会話が出来て。
嬉しかったのだが……
「あの、父さん?」
「どうした?」
「あ、あの、僕は……ここでは住めないんだよ」
「そこは政府と掛け合って、だな。ここで暮らせるように……」
「どうやら僕は女性になったら、専用の施設で暮らすみたいなんだ。聞いてるでしょ?」
「な、なら父さんも一緒に……」
僕は静かに首を横に振る。
「なんでだよ! せっかく娘と一緒に暮らせるようになったと思ったのによお!」
「父さん……しょうがないよ。決まりなんだから」
ルールじゃなくても、いずれかは僕はここから離れるつもりではいた。
独立というのか、独り立ち? 親離れ? というのか……
それに女性化したら、ちょっとこの環境では暮らしにくいかもしれない。
設備や環境もそうだけど、今までの流れを見てたら、周りとの関係で上手く距離感を保たないと、危険な気がしてきた。
「父さんを置いて行くつもりなのか!!」
「そんなつもりは……」
「定期的に戻ってくるんだよな?」
「…………分からないけど」
「二日に一回!」
「…………」
「一週間に一回!!」
「…………」
「一ヶ月に一回!!!」
「……連絡は、ちゃんとするから」
「蒼――!!」
そう叫んで父さんは僕を強く抱きしめてくれる。
でも……
できればもっと早く、
その言葉は聞きたかったなぁ……
専用の施設には学校もある。
引っ越すまでの間は、今通っている学校に毎日車で送り迎え。
その沿道にはどこから集まって来るのか、いつも人がぎっしり。
一目僕を見ようと朝早くから待ち構えているのだ。
学校内ではSPが、常に僕の横で行動を共にしている。
校内でも僕に近寄って来る生徒が多いため、常に警備しているのだ。
そんな中……
「乙倉さん?」
「は、はい?」
担任の先生。
いつも僕のことを、面倒くさそうに腫れ物を触れるように扱ってた。
でも最近なぜか妙に、向こうから話しかけてくることが多くなった。
特に用事もないのに……
「今日の放課後、進路指導室に来てくれるかな?」
「え? はい」
僕の進路?
僕の将来は、こうなった今、国が決める事なのに?
どんな話なんだろう?
放課後になり僕は指導室へやって来る。
もちろん、付き添いのSPも一緒に。
しかし先生は、それを外に追い出そうとする。
「ここは私と乙倉さんの二人にしてくれないか?」
「無理です。我々はSPです」
僕の目の前で押し問答が始まったので、
「あ、あの、僕なら大丈夫なので、外で待っててもらえますか?」
そう言って不満そうなSPを外に出てもらう。
「で、乙倉さんは、進路はその……決まっているのかな?」
「まだ……ですけど?」
「そうだろうな。色々あっただろうからな」
「はい。でも女の子になったら、進路もなにも決められた……」
「そこでなんだがな」
「え? はい?」
「いまから、その、だな?」
「……?」
「よかったらだが……」
「…………?」
「将来、先生と……」
「…………??」
「けっ、結婚しないか?」
「…………??」
ええ――――!?
「な、な、なんで? せ、先生、どうしたんですか!?」
進路指導って、そういうこと!?
「じつは先生、乙倉さんのこと初めて会った時から、好きだったんだよ」
突然! なに言ってるんですかあ!!
そんな素振り一切見せてなかったじゃん!
急にどうしたって言うのさ!?
「悪くない話だろ? これから高校生活三年間、一緒に過ごすんだからその延長線で私生活も……」
「ちょっと、そんなこと言われましても……!!」
「なあ、乙倉さん!!」
先生がいきなり両腕を掴んで、迫ってきた!!
「ま、待って下さい先生!! だ、誰か! 助けて――!!」
その瞬間、外で待機していたSPが突入してきて、あっという間に先生を拘束!!
「乙倉さん! せ、先生はな! お前のことを思って……!!!」
先生は何かを喋りながら、SPに連れられていってしまった……
はあはぁ……
ビ、ビックリした……
まさか、先生が告白してくるなんて……
あ――驚いた!!
そして次の日、どんな顔して先生と向き合えばいいのか分からないまま、僕は登校するも……
担任の先生が変わっていた。
その後、あの先生の姿を見たものはいなかった……
―――下校中の車の中。
変わりゆく日常に、疲れながらも適応しようとする僕は、つい居眠りをしてしまった。
……
……ん?
電話?
携帯の振動で目を覚ます。
知らない番号だ。
……いや、これは覚えがある。
たしかコンビニの……
試しに電話に出てみる。
「もしもし、乙倉さんですか?」
「はい、そうですけど」
「私は以前、バイト採用で面接させていただいたコンビニの店長です」
「あ~~ はい。先日はお世話になりました」
「採用です」
「…………は?」
「ぜひ、うちのコンビニで働いてください」
「え~っと、でも確か、体力的に……」
「乙倉さんには、店頭に立っていただけるだけで構わないのです」
「え?」
「制服を着て、店頭でお声掛けしていただけるだけで構わないのです」
「でも、納品とかの仕事は……」
「それは別のバイトがやります」
「…………」
「乙倉さんには、居てくれるだけでいいんです」
「えっと、ちょっと、バイトできなくなりまして、すみませんが、今回は……」
「え? あの、では乙倉さん? あの……」
電話の途中で申し訳ないけど、切らせてもらった。
女の子になったら自由にバイトもできないから。
それに僕は施設に行くため引っ越さなくてはならないから。
それにしても女性だからって、働かないでいいっていう訳いかないよね。
立ってるだけでいい仕事なんて。
そんな仕事をするわけにはいかないよ。
この一週間、僕が経験してきたことは、今までの待遇と全く逆のことばかりだった。
戸惑うことばかり。
ただ僕が女性になるというだけで。
そんなに?
変わるもんなのだろうか?
未だに自分が、男から女へと変わるという自覚が出来きない。
心の整理も追いつかない状態だけど。
分からないことだらけで。不安も恐怖もいっぱいあるよ。
でも、一時は死を選んだくらいだから。
あの苦しい期間に比べたら、今の環境は……
……とその時、家に向かっているはずの車が急に停車する?
不思議に思って窓の外を見ると、この車が大勢の人に取り囲まれていたのだった。
なんだろう?
また僕のファンですって、人達かな?
でも隣にいるSPの人たちの顔はいつも以上に険しくなっている?
「あ、あの……どうしたんですか?」
「乙倉様、外は危険ですので、絶対に出ないでください」
「え?」
「こいつらは男性至上主義者の危険な集団です」
えっ? なにそれ?
「この世界は男中心で形成れるべきであって、女はその配下となって一生男のために尽くさなくてはならないという、危険な思想を持った連中です」
うわぁ……
「捕まりでもしたら、なにをされるか分かりませんよ。気をつけてください」
ひえぇ~~
目の前では警備の人が、強引に道を開けようとしている。
すると今度は前方からまた別の集団がやって来た?
そして男性至上主義者団体にぶつかり……
小競り合いが始まった!!
「こ、今度は何が起きてるんです!?」
「あれは聖母マリア新教の教団者です」
また変なのが出てきた!?
「あの教団は、女性こそ敬い尊ぶ偉大なる人種として崇拝する者たちです。母なる大地と、聖母マリアと、天照大御神を神とし、その化身として女性を敬うのです」
……なんだか難しい話になってきたぞ。
「気をつけてください。やつらも乙倉様を狙っています。生き神様として拉致されますよ」
ひぇ――!!
二つの集団がぶつかり合っている間に、僕たちの乗った車は別の道へと抜けて、なんとか脱出するのだった。
しかし安心するのも束の間……
今度は、僕たちと同じような黒塗りの車が数台前方からやって来たかと思えば、進路を塞ぐ形で止まった!?
こ、今度はなに!!?
大勢の黒服たちが降りてくると、その中心には一人の年配の女性が?
どこかで見たような気がする人だけど……?
「今度は井上議員かよ!」
SPが舌打ちをしながら叫ぶ!
「井上……議員?」
「女性真党の党首、井上代表です。女性化した人たちの権利を守ると唱える政党の一つです」
えぇ……今度は政治家の人が出てきたの?
その井上議員さんは、とツカツカとこちらまで歩いて来ると、普通に扉を開けて入ってくる?
SPの人も手が出せない?
議員だから?
それとも女性特権だから??
井上議員が目くばせでSPや運転手を車外に追い出すと、僕の横に座り二人っきりになってしまう。
「あなたが乙倉 蒼さんね? 初めまして。私は女性新党代表の井上です。よろしくね」
「え、あ、はい」
「突然こんなことして、驚いたでしょうけど、ごめんなさい」
とても優しく紳士的……いや、淑女的な対応をしてくれる。
「早速で申し訳ないのだけれども、乙倉さんには我が女性新党に入党してもらいたいの」
「ええ?」
「女性化するあなたには、これから多くの災難や困難が待ち受けてるの」
「は……はぁ……」
「女性になった後でもそれは続くものなの。この世界では女性の立場はまだ低いままなのよ」
「……」
「理不尽なことも続き、虐げられる毎日……」
「…………」
「国政の保護もと、私たちの権利は……」
「…………?」
「一部の政治家や男性に既得権益として、この制度は利用され……」
「………?………??」
「圧倒的少数の女性にとって、多数決原理では男性が最大多数の最大幸福を……」
「……?……??……」
「あなたも貴重な一人の女性として、我が党に協力してもらいたくて……」
「??????」
分からない?
もうなにを言ってるのか?
この状況も?
僕の置かれてる立場も?
なんなの?
何が起きてるの?
「あ、あの――すみません。今日はもう帰ります」
もうわけが分からなくなって、僕は反対側の扉を開けて逃げ出した!
「ああ!! お待ちなさい!!」
僕はSPの隙をつき、股の下を潜り抜け、そのままダッシュして商店街の裏道へと走って逃げた。
もうなんなんだよ!
僕はただ普通の生活を送りたいだけなのに!!
わけが分からないよ!
みんな勝手なことばっか言い出して!!
「乙倉様!! 外は危険です! お待ちください!!」
SPがもう追いついてきた!
「乙倉様ー!!」
「もう、どこにいたって危険じゃないか――!」
ビルとビルの隙間を潜り抜け、狭い場所をすり抜け、SPとの距離を離していく。
このまま道に出て、タクシーでも拾って帰ろう!!
そう思った瞬間、目の前のビルの裏口が急に開いて、進路がふさがる!?
立ち止まった僕に、ビルの中から、
「蒼ちゃん、こっちこっち!!」
と声をかけられ、急に手を引っ張られる!?
え?
なに? 誰なの?
わけの分からないまま、深くフードを被って顔が分からない小柄な人に手を引かれながら駆け足でついていく。
雑居ビルの裏口に連れ込まれ……
階段を上り……
廊下を走り……
そして気が付くと僕は、薄暗くて広いホールのようなところに居た。
乱れた呼吸を整えながら周りを見渡すと……
同じような黒服の人……SP?
それに、何人か僕と同じくらいの歳の女の子!?がいた!?
そして僕の手を引っ張っていた人に視線を向けると……
その人はゆっくりと被っていたフードを脱ぎ捨て……
そこから……
かわいい女の子の顔が現れた!!
「お、女の子!!」
「初めまして、乙倉 蒼ちゃん!」
透き通るような声!
小さくも整った顔立ち!
白くツルツル出柔らかそうな肌!
そして細くてサラサラな、肩まで伸びる髪の毛!
その乱れた髪を整える仕草!
今まで握っていた小さく細い手!
胸のふくらみ!
腰のくびれ!
ムチムチの太ももから、スッと伸びる足先!
女の子だ!!!
本物の!!!
初めて見た!
初めて触れた!
初めてお話した!
しかもどこかで見覚えのある顔……?
も、もしかして?
あのアイドルグループの?
TSF28の?
センターを務めてる、あの!?
「み、ミズキちゃん!!?」
「そうよ。よろしくね」
と、ニコッと笑顔で返してくれる。
おおお―――!!!
本物のアイドルだ―――!!
あっ、なんか恥ずかしい!
嬉しいし恥ずかしいし、どうしよう?
あまりの突然のことで?
えっと?
なにをどうすればいいんだろう?
さ、サインもらえばいいのかな?
「逢いたかったわ! 蒼ちゃん!」
とミズキちゃんが、なんと!
僕を抱きしめてくれる!?
あっ、あっ……?
や、柔らかい!
いい匂いがする!
す、凄い!
女の子ってこんなに気持ちいいんだ!
……あっ、でも、彼女も数年前は男の子だったはず。
そっか、女体化すると僕もこんな風になっちゃうんだなぁ――
ここで少し冷静さを取り戻した僕は、あたりを見渡す。
よく見ると、グループのほかのメンバーの女の子もいるし、そのSP達もちゃんと護衛している。
でも、なんでこんなところに居るんだろう?
僕はたまたま助けられたの?
「あ、あの、これは一体……?」
「これはね、一刻も早く蒼ちゃんに逢いたくてね」
「ぼ、僕に? ですか?」
「さあ、行きましょう!」
と説明もなしに、またもや手を引っ張られる僕。
「あの……どこに、ですか?」
「もちろん、手術しに、よ」
「し……手術?」
「そうよ。性転換の」
「え? っちょ、まだ早く? 急じゃ?」
「今すぐ男なんて捨てちゃって!!」
えぇ……?
どういうこと?
「今年の女体化候補者の見てて、蒼ちゃんが可愛くて、待ってられなくて迎えに来ちゃったのよ」
「は、はあ」
「で、すぐにでも私たちの仲間になってもらいたいの」
「で、でも……」
「穢く汚らわしい醜い雄なんてやめて、今すぐにでも綺麗で美しい女の子になって欲しいのっ!!」
「……」
「雄なんて、この世から消えちゃえばいいのよ!」
「…………」
「私たち女の子だけの世界にして、楽しく生きていきましょうよ!!」
「…………」
なぜか周りの人たちも、そうだそうだと言わんばかりに頷いてる。
「ねっ? 早く女の子になって、楽しいことしましょう?」
「ぅ……」
「私がいろいろと教えてあげるからっ」
「ぅぅぅ……」
「女の子の身体って、すっご――く、気持ちい・い・ん・だ・よ!」
「ぅぅぅぅ……」
そりゃあ、女の子と仲良くしたいって気持ちはあるけど……
急に今すぐ女の子になれってのは。
しかも女の子になったのに、女の子と仲良くするって、え?
どういうこと?
アイドルって、たしか世の中の男性に夢と希望を与えるための仕事だって……
それが、雄なんていなくなっちゃえばいいだなんて。
もう、わけがわからないよ……
「乙倉様!!」
そこに、僕のSPたちが場所を突き止めてくれたらしく、ドアを蹴り破って侵入してきた!
「キャ――!! 男よ――!!」
女の子たちの悲鳴が飛び交う。
そして待機していたSPが前面に出てくる。
そんなに男が嫌いなの?
って、SPの人も……?
「男なんじぁ……」
「我々は去勢をしたミズキ様の親衛隊! 醜い雄どもには退場していただきます!」
まだ変な人たちがいた――!!
なにこの展開?
なんなの?
「乙倉様を返していただきます!!」
「いやよ!! もう蒼ちゃんは私のものなんだから!!」
い、いつから僕はミズキちゃんの所有物に?
抱きつくミズキちゃんの腕が首に絡まり……
ぐうぇ……
く、首が締まって……
も、もしかして、
力は男のまんまなんじゃないの?
「た、助けて……」
「乙倉様! 今すぐお助けします!!」
「蒼ちゃんは私が守ってあげるから!!」
ぼ、僕は……
普通の生活が……
したい……
だけなのに……
―――こうして僕の、
女体化までの激変の半年間と、
女体化した後の怒涛の半年間という、
波乱の一年間が始まるのだった―――
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
文字数が増えすぎて、短編に領域を超えてしまいました。
ちょっと詰め込み過ぎましたね。
ではまた別の作品でお会いできることを楽しみにしてます。