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4 氷の騎士、花の魔女を信奉する

 アイセルが花の魔女を初めて見たのは、ここフロレンシアに敵国が攻めてきた時だった。

 アイセルはフロレンシア軍の魔法騎士として参戦していた。氷魔法では周囲の者より秀でていると自負していたが、かの魔女の力は、そんなものではなかった。

 花を()みながら全方向に向けて攻撃、防御、時には治癒の力まで発揮し、不利な人数差を一人で覆していく。時には地面に伏して息を荒げながらもその手を休めることなく、花を魔法でかき集め、口に含んだその力でフロレンシアを守ってくれた。

 見た目以上に苦しい状況だった。花の魔女がいなければ、敵国に侵略されていたかも知れない。

 それなのに、誹謗する者達が信じられなかった。


 その後、フロレンシアの領主である兄ライノから王都の戦力の状況を探るよう命じられた。姿を変えて幼く見せ、王都の騎士隊の傭兵に志願し、一年契約で魔法騎士として国のあちこちに派遣された。

 時々、花の魔女と共に戦うこともあった。

 強く美しい魔法を目の当たりにし、心を奪われ、密かに花の魔女の信奉者となった。

 控えめに打つ氷魔法を「とてもきれいな魔法だ」と褒めてくれた。しかし、偵察している自分は目立たないよう振る舞っていて、名前さえも覚えてもらえなかった。

 本気の一撃を放ったら、どんな風に評価するだろう。一度聞いてみたかった。


 しばらくして、花の魔女が王子の婚約者であることを知った。有名な話だったのだが、その手の話にいかに興味がなかったかがわかる。しかし、興味を持てば、聞こえてくる噂は王子の信じられない対応ばかりだった。王子は花の魔女をあまりに蔑ろにしていた。

 ライノは、花の魔女が王家から離れるならフロレンシアに招喚したいと言った。しかし、そんなことは夢物語だろう、と思っていた。王子の代になればあり得るかも知れないが、今の王は花の魔女を手放す気はない。

 しかし、アイセルの想像を超えて、王子はバカだった。

 王子が魔女へ突きつけた婚約破棄の書類。王が知らぬとは言え、こうもはっきりと書かれていれば、覆すことはできないだろう。

 この国での花の魔女の立場は、王子の婚約者である以外は意外とあやふやだった。それを王子が王家から追いやり、北の要塞へと手放したのだ。


 北の要塞まで確実に送る。その旅は命令でありながら望んだものだ。行き先は知っている場所、自分の任期が切れるタイミングで湧いた話。運命としか思えなかった。

 偉大な魔女は面白いくらいに普通の人だった。魚を素手で捕るあたり、もはや普通以上だ。話す言葉も気取りがなく、やがて恐れ多いという気持ちはなくなり、ずっと身近に感じられた。そうなると、見守るだけでは物足りなくなっていった。


 花の魔女に北の要塞は合わない。それはわかりきっていたことだった。北の要塞が引き取るのを拒み、花の魔女と国をつなぐものはなくなった。不採用のサインは、たかが一枚の紙とは言え、その意味は大きい。


 彼女は自由になった。

 そしてもう一度、アイセルは魔女の手を掴むことができた。

 これは運命だ。もう手放さない。


 世間知らずな花の魔女は、あまりにチョロい。

 心優しく、警戒心が薄い。アイセルが病気にかこつけて愛おしさに思わず抱きしめても、それを許すほどに。

 自分以外の人間が、彼女の隙を突くなど、許せる訳がない。

 よくぞこれまで何もなかったものだ。王子の婚約者の地位が守っていたとしたら、それだけは唯一感謝すべき点だ。


 花の魔女の力は想定外が多く、底知れない。魔物の瘴気を封じ、鎮魂を祈れば、弔いの花の魔法を受けて魔物の核が輝きを増した。それを売れば、通常の三倍の値がついた。その金を服の支払いに当てても、金は倒した者のものだ、と言う。

 あまりに欲がなく、自分を知らない。もし強欲な者にその力が知れたら…。


 知れば知るほど、危なっかしくて、放っておけない。

 だからこそ、守らなければいけない。

 花の魔女を守るのは自分だ。



 花の魔女フィオーレから預かった王家や北の要塞の書類をまとめると、アイセルはアイスバーグ家の魔法鍵のかかる書類棚にしまった。

 王家が花の魔女との関係を絶った証拠だ。いざという時に役に立つだろう。

 こうした書類をやけを起こして捨てもせず、きちんと持っていてくれた花の魔女に感謝した。


「よく花の魔女を手に入れられたもんだな。よくやった」

 弟アイセルが花の魔女を自領に連れ帰ったのを見て、ライノは満足した。

 一年前に敵国が攻めてきた時、ライノは父の跡を継ぎ、アイスバーグ家の当主になったばかりだった。国王の軍を派遣してくれたのはありがたかったが、王子のあの花の魔女への当てつけで行った采配で、危うく敵に攻め入られるところだったのを苦々しく思っていた。

 その後も ライノは何かと無理難題を押しつけてくる王家に嫌気がさしていた。

 ライノは、アイセルが自分の欲したまま、王家を牽制する道具として「花の魔女」を招喚したと思っていた。

「まだ手に入れた訳ではありません。ようやく、近くにいられるようになっただけです」

 ライノの「手に入れた」と、アイセルの「手に入れた」は違っていた。

 フロレンシアに招くことくらいで満足できる訳がない。

「彼女に手出しは無用に願います。彼女を利用しようとするなら、例え兄上でも、容赦はしませんからね」

 弟の凍り付きそうな視線と、冷たい笑顔に、ライノは驚いた。今まで兄に忠実な弟として、手足となり働いてくれていた。兄弟と言うより信頼できる部下くらいに思っていたのだ。

「ノストリアの祖父も、花の魔女に興味を持っています。私共々、受け入れてもいいと言っている。私は、彼女には北の地ノストリアよりも花の都フロレンシアが合っていると、今は思っています。ここにいることを牽制に使うのは構いません。でも彼女の力を狙っているなら、フロレンシアは花の魔女と氷の騎士を失うことになるかもしれない…」

 これは、交渉だ。

 従うのが当然の弟ではなく、フロレンシア随一の魔力を持ち、花の魔女ともつながりを持った氷の騎士との。

 あまりに天秤の傾きが明確で、迷うこともないが、ライノは

「まあ、おまえが振られない限り、おまえに任せるよ」

と答えた。

 一番痛いところを突かれたアイセルは、じろりと兄を睨んだ。


 ようやく敬語を使わずに話せるようになった。

 名前で呼ぶことも許されている。

 自分への君づけも何とかしたい。

 次は…


 アイセルの想いは、そう遠くなく叶うだろう。恐らく、次の花の季節には…




お読みいただき、ありがとうございました。


ちょっとした書き漏れを補おうとしたら、思いのほか長くなり、

Supplementを追加しました。


https://ncode.syosetu.com/n5182hq/

完結詐欺ですみません。


作者の気持ち(書き足りん系)の問題で、作品自体はこれはこれで完結してます。


「良かったら、ご一緒に補遺もいかがですか?」

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