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3 花の魔女、南に向かう

 門番に名前を告げると、すぐに中に入ることができた。

 招かれた場所は要塞の中ではなく、外の訓練場だった。

 そこに、ここの責任者であるグレゴリオ「閣下」がいた。会う前から「閣下」と呼ぶよう、指示されていた。

「おまえが花の魔女か」

 旅姿のまま、荷物を足下に置いて礼をする。

「花の魔女、フィオーレにございます」

 普通、着替えたり、荷物を置くくらいのことはさせてくれるのに。すぐに追い返そうと考えているのは見え見えだった。

「来て早々だが、おまえの魔法を見せてみろ。役立たずはこの要塞にはいらん」

 こういうのは、よくあるパターンなので、別に驚かない。

 ただし、他の魔法使いと同じと思われていたら困る。

「私の魔法はご存知でしょうか。花がないと魔法は発動できません」

「この北の地に花を所望するか。今は冬だぞ。冬は魔物が来ないとでも思っているのか」

 そんなことは、北の地に派遣したバカに言ってほしい。

 そう思ったところで、問答無用だった。

 目の前にいた魔法剣士二人が突然攻撃を仕掛けてきた。

 こういうこともあろうかと、手に持っていた花を一つ口に含み、反射の防御。

 ちょっと強すぎて、剣に水の魔法を乗せてきた男が、自分の勢いの二倍の力で跳ね返されて、宙を舞った。

 まずい。

 もう一つ花を口に含み、剣士の着地点に上昇の風を起こし、ダメージがないようにした。

 その間にもう一人が竜巻を飛ばしてきた。

 花を咥えて、同じく竜巻を出し、相殺する。

 もう一人の、怪我なく着地した男が切り裂く風の刃を投げてきた。やっぱり助けるんじゃなかった。

 まずいな、花のストックがあまりない。何とか防御し、次は炎技で、と思っていた時、うっかり花を落としてしまった。

 そこに次の風の刃が来て、髪が頬の血と共に風に舞った。

「それまで」

 目の前の男は鼻で笑い、落とした花を踏みにじった。私を仕留めた後ろの男は、勝ちながらも、ばつの悪そうな顔をして目をそらせた。

「ふん。花がないとろくに戦えんとは。ここ、北の地に花を求めるなど、阿呆のすることだ。おまえ程度の魔法使いなどいらん。とっとと帰れ」

 そう言うと、赴任の書類に「不採用」と書かれて、手渡された。

 私はそれを受け取り、一礼をすると要塞から立ち去った。


 無職だ。

 …自由だ!

 初めはちょっとくやしかった。でもよく考えると、この北の要塞に来たくて来た訳でもないし、今まであちこちの戦いに派遣されていたのも、私の力を知ってる人に便利に使われていただけだ。


  魔法使いなら当然。


 こき使われるたびにそう言われていたけど、フリーの魔法使いだって世の中にはたくさんいる。

 薬作っている人も、治癒してる人もいる。誰もがみんな戦いの場に駆り出され、戦闘魔法を使わされている訳じゃない。

 婚約もなくなり、赴任もなくなり、さあ、自由だ。

 まずは、花のある所に行く?

 それより、もう魔法を使わなくていいように、花の咲かないところに行く…?

 

 ふと足下を見ると、この寒い中、小さな花が咲いていた。

 どこに行っても、花は咲く。

 魔法から逃れることはできない。

 だけど、どんな風に魔法を使うかは、自分で考えていいんだ。

 王様に見つかってまたこきつかわれる前に、そっと暮らしていける場所を探そう。この国を出てもいいかもしれない。

 先ずは駅馬車に乗ってここを離れようとしたけど、次の駅馬車は二日後。

 やむを得ず宿を取り、駅馬車が出るまでの間、この街で過ごすことにした。


 アイセル君と旅していた時も宿では部屋は別々だったけど、こんなに殺風景だったかな。

 一人で食べるご飯。慣れてたはずなのに、ちょっとつまらない。

 でもまあ、すぐに慣れるだろう。いい出会いだったことに感謝し、次行く街をどこにするか、いろいろ考えを巡らせていたら、いつの間にか眠っていた。


 明日からの旅にそなえて、花を探し、食べ物を買い、地図を買った。街にはギルドなるものがあって、登録すると街の求人情報も教えてもらえるらしい。次に行った街ではそういうのに入ってもいいかもしれない。

 はしゃぐ子供、物を売る人、行き交う旅人。

 普通の平和な街。

 私が壊してしまったフロレンシアの街も、少しは元に戻ってるといいな。


 次の日、駅馬車の時間に合わせて宿を出て、馬車がくるのを待っていた。

 ここ、北の要塞近くの街が始発らしく、待っているのは二、三人だった。

 この日の駅馬車は山を越えない路線で、西寄りの街道から南西の街に行くらしい。どこで降りるかも決めてない。どこまで行くかもわからない、ちょっとわくわくする旅。

 待合の席に座っていると、

「どこに行くんですか?」

と声をかけられた。

 顔を上げると、目の前に人が立っていた。何の用だろう。

 ぽかんとしていると

「私です。アイセル・アイスバーグです」

「アイセル君?」

 二日ぶりに見た彼は、髪を切り、ちゃんと目があった。

 騎士隊の格好ではなく、いいところの坊ちゃん風の服を着てる。やはり金持ちだったんだ。

「風邪、治った?」

「おかげさまで。…お出かけですか? 駅馬車で?」

「いやあ…、せっかく送ってもらったのに言うのも恥ずかしいんだけど、北の要塞、私はいらないって言われたもんで、これから南の方に行こうかなって」

 途端にアイセル君の表情は厳しくなった。

「花の魔女たるあなたを、いらないと…?」

「そりゃそうでしょう。花がなければ役立たず。ここを守るには私は役不足だもん。わかってて王子も私をここにやったんだと思うよ。おかげでようやく自由に…って、て?」

 気がついたら、自分の荷物を持たれ、手を掴まれてぐいぐいと引っ張られた。近くに止めてあった馬車まで行くと、お付きの人が開いたドアから、まるで子供を乗せるかのように脇をつかんで持ち上げられ、座席に乗せられた。

「いや、ちょっと、あの、もうすぐ駅馬車が…」

「送りましょう、どこへでも」

「いえいえ、そんな近所に行くつもりじゃないんで。もう、要塞まで連れて来てもらっただけで充分なので。…おうち、堪能した?」

「家はここじゃありません。ここには母方の祖父の家があるんです。氷魔法が使えると北の出身と思われがちなんですが、私の家は南部のフロレンシアにあります」

 フロレンシア

 その地名に、心が冷えていった。

 守るために行って、荒らしてしまったフロレンシア。

 近くにあった花を食い荒らし、地面に魔法を打ち込み、敵は去ったけど、街は…

 私が俯いたのを見て、アイセル君は何かを察したのだろう。

「フロレンシアの者は、あなたに感謝してます。一時はあなたを誹謗した者もいましたが、一月もすれば、誰もがあなたが花の魔女だという意味を知りました」

 それは、どういう意味だろう。

「是非、あなたにはフロレンシアを見ていただかなければ。よし。それじゃあ、あなたをフロレンシアにお連れします。旅の準備を急ごう」

 有無を言わさず馬車は動き、私とアイセル君を街中のでっかい家へと運んだ。

 

 驚いたのは、あんなに無口だと思っていたアイセル君が、結構普通にしゃべることだ。

 前髪を切って目が出たら、口も出るようになったのかな。はて。


「私の祖父はこの付近の領主をしています。時々遊びに来ていたので、王都から北の要塞までの道はよくわかっていました。あなたを北の要塞に連れて行く案内役を探していると聞いて、自ら立候補したのです。フロレンシアの恩人に対して、何かしたかった」

「恩人? むしろ罪人でしょ?」

 そういう私に

「それは、是非、街を見てから判断してください」

 そう言って、安心させるように笑顔を見せた。

「王都の騎士隊には一年契約で傭兵として雇われていて、ちょうど契約が切れたところでした。あなたを送る役を引き受けるには絶好のタイミングで、更新せず、家に帰るついでと言えば、即私に決まりました。今なら神様がいるって信じられそうだ」

 そんな、私を送るごときで神の存在まで語られても…。でも、確かになかなかのタイミングだと思う。

「私も、連れて行ってくれたのが、アイセル君で良かった」

 そう言うと、

「ほんとですか??」

 目をキラキラさせて、こんなに表情豊かな子だったんだなあ。何で前髪伸ばして顔を隠してたんだろう。

「あの…、ここまで来た時の荷馬車、まだある? あったら、それを借りられたら、それで何とかするし」

「まさか。祖父の家の馬車を使いますよ。私もフロレンシアに戻るところですし、今度だってついでと思って甘えていただければ。花の魔女様にあんな兵を送るような旅をさせるなんて、王子の所業には怒っていたんです。…でも、あなたとあんな風に旅ができて、とても楽しかった」

 社交辞令でも楽しいと言ってもらえて光栄だけど、別に話は弾まないし、猪の魔物は出るし、風邪まで引かせたし、寒いところに行くのにろくろく服も持ってない女に服の世話までして、むしろ大変だったんじゃないかなあ。

 …なんて邪推を許さないくらい、アイセル君は満足げな笑顔を浮かべている。

 何か、「花の魔女」が一人歩きしているような、変な誤解があったり、しないよね…?

「あなたが魚を素手で掴んだ時は、びっくりしました。木に登って木の実を取るのも。キノコを見つけるのがうまいのも」

 そ、それは、田舎者だから…

「すごくおいしいスープも、まずいけど良く効く薬草も。それを飲むのを見たあなたの反応も、とてもかわいくて、花の魔女様と聞いてもっと近寄りがたい人を想像していたのですが、あなたのような人で良かった」

 …ああ、そうか。初めは構えてたけど、実物はとっても庶民だったので安心したという事ね。立候補したとは言え、花の魔女を送るなんて、緊張したんだろうなあ。粗相があったらまた土地を荒らされるくらいのことは思ったかも。そんなことしないけど。

「あなたが望まれるなら、この前のような旅にしてもいいですよ。ただ、今度の街道は野宿する必要はないですが…」


 その日はアイセル君のおじいさまの家で過ごし、おじいさま、おばあさまにも歓迎を受け、珍しい北の料理をごちそうしていただいた。

 翌日、ほどほどのランクの馬車をアイセル君のおじいさまからお借りし、この前頑張ってくれた馬を連れて、アイセル君の故郷にして、私が一年前にぼっこぼこにしたフロレンシアへと旅だったのだった。


 ここ、だったっけ??

 馬車から降りて、広がる光景に、ただびっくりした。

 温かい南部とは言え、季節は冬。

 それでも少ないながらも花はある。

 私が火炎攻撃&雷撃を放った、敵がいた平原には、一面に畑ができていた。

 私が崩した建物も、守れず崩された建物も、がれきは撤去され、既にその姿はなかった。

「適度に大地がほぐれ、花の魔法の加護なのか、試しに野菜を植えたら何でもよく育つようですよ」

 し、知らん。私は知らん。

 こんなことになってるなんて。

 私が食い荒らした花たちがあった辺りは、あの頃とさほど変わらない。季節のせいで咲いてる花は少なかったけれど、あるものは葉を失わず、あるものは枝を見せて新しい葉を待っている。

「あなたが食べたのは、咲き誇っている花だけ。つぼみを残しておいてくれたでしょう? あの後すぐに次の花が咲きましたよ。それに、咲き終わった花も傷めてなかったので、実も採れました。建物はいくつか使えなくなりましたが、人にはほとんど被害はありませんでした。ただ、それに気がついた頃には、もうあなたは王都にお帰りになっていて、お礼も言えず…」

 どんな戦いに行っても、戦いが終わればすぐに移動、そして次の場所へ。

 後を見守った事なんて、なかった。

 王子の所には報告があったかも知れない。でも、私の所には何の報告もない。

 立ち去る前の、人々の嘆き、悲しみが、ずっと心に染みついていた。

 アイセル君が、私の髪に黄色の花をそっと挿した。

「フロレンシアを守ったのは、あなたですよ」

「良かった…。よかっ… わああああんっ」

 声を上げてわんわん泣く私を、アイセル君と、フロレンシアの皆さんは笑って見守ってくれていた。

 いつの間にかアイセル君の胸を借りていて、服に涙と、もしかしたらちょっと鼻水もつけてしまったかも知れないけど、文句一つ言わず、少し落ち着いたらハンカチを差し出してくれた。

「王家から解き放たれたんですから、ここで暮らしてもいいんじゃないですか? 何ならお仕事見つけますし。ご希望のお仕事、ありますか?」

「できれば、あんまり戦わずに、魔法をもっと別のことに使えたら、いいな…」

「時間はあります。じっくり探しましょう」

 そして私はフロレンシアのアイセル君ちでしばらく世話になり、今後の身の振り方を考えることにした。


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