乙ゲーの世界に転生したけどヒロインぶっちした。
あー、ヒロインやりたくねぇな。
自分が生まれ変わってどこぞの乙ゲーの世界に居ると気付いて、まず最初に思ったのがこれだった。
前世ではゲームとかあんまりやったこと無かったのにふざけてる。
どちらかと言うとラノベとか漫画とか読むのが好きで、ゲームはパズルゲームくらいしか記憶に無い。ソリティア楽しかったな。
色んな乙女ゲームをやっていた友人達が居て、招待特典が目当ての子に付き合って何作かチュートリアルだけやった。乙ゲー経験なんてその程度だ。もうタイトルも覚えていない。
どうせならラノベか漫画の世界が良かった。
そしたら私でもワンチャンあったのに(ない)。チートになれたかも知れないのに(無理)。
死因は覚えていない。大学へ通っていたところまでは覚えている。
家族構成もあやふやだ。
それでもここは乙ゲーの世界だと分かったのは、友人の一人に頼まれてダウンロードした乙ゲーをやっていたのが最後の記憶だから。今思い出した範囲でだけど。
カフェのWi-Fiを借りつつダウンロード中、彼女が見せてくれた攻略情報で軽く流し見したヒロインの幼少時代の姿絵。それが今、目の前の鏡の向こうからこんにちは。
貴女は私ですか? 私ですね。
完全に詰んだ(別に詰んでない)。
悪役令嬢じゃなきゃ良いとは思えない。
だって、ひたすらタップしてタップしてタップしまくってスキップ出来る所はして、内容なんてまるで見もせずに飛ばして飛ばしてチュートリアルを終えたんだ。前世の私は。
友人達の招待特典の為に鍛えられた連打の速さは最早覇王の域に達していません。いなかった。すまんかった。ちょっと調子に乗って話を盛ってしまった。今では反省している。
今の私にある事前情報は、ヒロインの幼少期の姿とゲーム開始時の姿、それから攻略対象が五人と言う事。後はハッピーエンド以外だとヒロインは国を出なければならなくなるってこと。
それだけ。
これだけである。
学園風なのかヨーロピアンな感じなのか、はたまたはファンタジーなのか。
それすらも覚えていない。いや、そもそも友人の説明を聞いていなかった。いつものように聞き流してお礼にと奢ってくれた新作のフラペチーノに感動しながら連打神になっていた。
ああ、あのフラペ美味しかったな。
嘆いても仕方ない。分からぬ事は学べばいい。幸い私はまだ子供だ。
前世ではこうだったーとか、前世での常識が残っててーとか、そんな生温い事をほざくつもりは更々ない。
私はここで生まれてここで育っている。ここでの常識を学んで強く生きる。乙ゲーや前世は忘れないけど図太く生きてやるんだ。
国外追放? やれるもんならやってみな。
やられる前に出てってやっからよ!
「おとーーん!!!」
「やだ、うちの子が乱心」
そんなこんなでやって参りました国外。
言ってなかったけど我が家は商人一家。一応は私が生まれたあの国に住んでいたけれど、もっと良い環境があるなら幾らでも何処へでも行く。移住に何の抵抗も無い家生まれで良かった。
ただ、最初はやはり失敗した。
そんなアクティブな家だとは露知らず、勘当して下さい国外へ行かせて下さいと頭を地に付けて一家の主である父にお願いしたところ、七つの我が子を放り出す親があるかと断固拒否された。
まあ、普通はそうよね。
ありがとう、今世のお父さん。優しいお父さんで嬉しいけど理由くらい聞いて。聞かれても困るけど。
けれど私は諦めなかった。
今思えば冷静に家族の事や両親の仕事について考えれば良かったんだと分かる。
あの時は冷静じゃなかった。
あの頃を思い出す度にちょっと反省する。
何とかしてヒロインという枠組みから抜け出したいと、幼い私はもうそれしか頭に無かった。
乙ゲーや前世に振り回されてたまるかと誓ったのに秒でぶん回された私をどうか許して欲しい。偉そうな事をほざくけれど中身がまるで伴わないのは前世からだと思う。見逃してくれ。
何故そんなに乙ゲーのシナリオから外れたいのか。
そんなの見目麗しい攻略対象が相手とは言え、決められたストーリーに沿うよう人生が進んでいくなんて絶対に嫌だからに決まっている。ヒドイン化して悪役令嬢に逆ざまぁされる可能性だってある。
今から攻略対象者への対策を練ればいい? なんで? まるで乙ゲーの情報無いのにどうやって?
そもそも攻略対象的な奴らが私は嫌いだ。
悩みなんて誰にでもあるだろうに、自分が特別大変だなんて悲劇ぶってぽっと出のヒロインに慰められてとか、もう本当に無理なんでいくら私がヒロインだからって私にヒロインを求めないで欲しい。
他人に慰められなきゃ立ち上がれないなら一生寝ていれば良いんだ。私はお前の脚でも杖でもない。
自分の事で手一杯なのに人の事まで面倒を看てられるか。
悩みを相談できる相手が居なかったって、相談できるくらい他人と信頼関係を築けなかった責任転嫁と言い訳おつ。それを悪役とは言え同年代の令嬢に押し付けるかっこ悪さよ。けっ。
閑話休題。脱線しました。失礼。
父に断固拒否されても私はめげずに家出を繰り返し、何故そんなに国外へ行きたいのかと両親に泣きながら問われたある日。
乙ゲーが始まったらどうストーリーが進むのか警戒しながら過ごす毎日が嫌だから、なんて言える筈も無く、けれども他に言い訳なんて思い付かずひたすら黙り込む私。泣き崩れる両親。
そんなに国外に行きたいのなら皆で行きましょうよ、隣の隣の国で最近珍しい果物が流行ってるらしいですよ、と言うとても冷静な意見をくれた従業員の息子さん。
「え、果物? 我が家に関係あるんですか?」
「あらゆる食品という食品を取り扱ってる大商人の家の娘とは思えぬ発言」
「なんてこと! 我が家は商家だったのね!」
こいつ頭は大丈夫かなと心配を通り越して呆れられた。チベスナ顔は止めてくれ。
けれども、これは朗報。
隣国じゃいつどんな理由で連れ戻されるか分かったもんじゃ無かったから、更に一つ隣の国に移住とかシートベルト並みの安心感だね。ビバ移住。
従業員の息子さんが教えてくれた果物がどう見ても食べても完全にトマトだったので、これは野菜ですと伝えてサラダにしたりパスタソースにしたりスープにしたりと料理無双。楽しい。
チートとまではいかないけれど美味いは正義だ。あと、正直に言うと料理無双なんて微塵も出来ていない。相変わらず話を盛ってすまない。許してくれ。
記憶にあるトマトより味が良くないので品種改良にも手を出してみた。中々上手くいかない。それがまた楽しい。
いつかペスカトーレが食べたいな。
従業員の子供達と学校みたいな所に通いながら、商人としてのイロハを学ぶ日々はとても楽しかった。
元居た国にも支店があるので、そこを通して情報を仕入れるのも忘れない。
そもそも攻略対象どころか乙ゲーのジャンルも舞台も分からないので、ぶっちゃけどんな情報を仕入れたら良いのかすら分からないけどな。面白そうな事は何でも教えてとは言ってある。
魔法は無い。ヨーロピアン的な感じではある。でも電気もガスも無いのに治水対策ばかりは物凄くされまくっている。学園もあった。
そしたら私は平民なのに貴族ばかりが通う学園に、ひょんな事から通う事になった系のヒロインではなかろうか。
ひょんってなんだ、ひょんって。ふざけやがって。お前は一体なんなんだと、ひょんを相手に小一時間問い詰めながらどつき回したいしぬらりひょん様に土下座しろと言いたい。されても困るけどな。ひょん。
「お嬢様、人を殺しそうなお顔になってますよ」
指摘されて慌てて両手で顔を覆う。
殺人鬼のような顔とは、それヤバい。商人としても子供としてもヤバい。
そのままぐにぐにと顔を揉んだ。
「……どう? 治った?」
「はい。いつものお可愛らしいお顔です」
「凄い。これが商人か」
彼は私より三つ年上の従業員の息子さんだ。そう、この国に来る切っ掛けとなったトマトの情報をくれたあの子。
少し天パの栗色のふわっふわな髪と、その髪と同じくらいふんわりとした笑顔と雰囲気の男の子だ。
その優しい空気を纏ったままさらりと口説き文句を口にする恐ろしい十歳児である。凄い。
面倒見が良いのか割といつも側に居てくれるし、困ったり悩んだりしたらすぐに気付いてくれる。接客ばっちりじゃんね。素晴らしい。うちは従業員のお子さん達までもが素晴らしい。
「許されるのでしたら本気で口説き落としたいと思っています。許可を頂けますか?」
本気か?
お主、攻略対象じゃあるまいな。
そう疑って半目で顎をしゃくれさせながらじろじろと色んな角度から眺めていると、従業員の息子くんは困ったように小さく笑った。でも、動かず眺めさせてくれる。
許容量ハンパないな。お主がヒロインじゃなかろうな。突然の上位貴族からのアプローチに戸惑う程度で受け入れるヒロイン並みだぞ。凄い。
とびきりの美形ではない。乙ゲーで攻略対象になったら、十人中百人に「なんで?」って言われそうなモブさ加減だ。けれど、そのいっそ地味とも言えるくらいの大人しい雰囲気は安心する。とても安心する。
近くに居て、一緒に居て安心できるって良い事だよねと、誰に言うでもなく一人納得して思わずうんうんと頷いた。
しかもとっても清潔感がある。
姿勢もいい。流石は商人。
あと、さっきのくすって効果音が付きそうな笑い方は気品があった。柔らかい表情も素敵だ。
「うちはお兄ちゃんが優秀だから後継ぎは無理だと思うよ」
「いつか独立したいと思っておりますのでご心配なく」
「トマトレシピは非公開だよ」
「特許は貴女にあります。例え運良く夫婦となれたとしても権利を侵害するつもりはありませんし、我が物とするつもりもありません。貴女の物は貴女の物のままです」
「この斬新な発想が欲しいか」
「一緒に商売が出来たら楽しいと思いますが、働かず家に居て頂いても構いません。お好きなように」
「……何が目当てなの?」
大商人の後継ぎの地位でも無く、転生者故の知識が目当てでも無いとな。
ヒロインのくせに特別な可愛さすら無い私だぞ。気は確かか。
「ただ、一番お傍に居られたらと」
少し頬を桜色に染めてそんな事を言う彼のその姿は完全にヒロインだった。
謙虚過ぎやしないか。びっくりだ。
本当に貴方がヒロインなんじゃないの? 傍に居られたらそれで良いとかめちゃめちゃ色んな乙ゲーで聞いた事あるしラノベで読んだし漫画でも見た。
「分かった。じゃあ、好きだなと思えるようになったら付き合う。結婚しても良いと思えたら結婚する。浮気は許さない破滅だ破滅。本当に好きに生きるからね」
「はい。承知致しました。自由に責任を持って好きに生きているあなたが好きです」
割と心にきた。これは素晴らしい。
これがきっとトキメキだよ。皆、見た? これが乙女力だよ。私にハウスダスト程も無い乙女力はこういうのだよ。
素晴らしい。テンション上がる。
ヒロインの近くに居ると安心するって言う攻略対象達の気持がちょっと分かってしまったよ。これは良いね。
「分かった。好きに生きる!」
「お供します。本日のご予定は?」
「トマトの収穫!」
「はい。行きましょう」
そうだ、彼の紹介をしなきゃね。
彼はお父さんの学生時代の後輩でもある従業員の息子さん。従業員と言っても只の従業員ではない。右腕とも言える程の人だ。
そんな人の息子さんだからか。あの物腰の柔らかさや、するすると出てくる口説き文句は。私がチョロインだったらあっさり惚れていたぞ。恐ろしい。
名前は……。
あれ? 名前は?
「ねえねえ」
「はい。お嬢様。なんでしょう」
「貴方のお名前は?」
「…………これは、えっと……え、名前……ですか」
しまった。物凄いショックを受けさせてしまったようだ。
いつもの柔らかい微笑みは硬く引き攣って、顔色も一瞬にして真っ青になってしまった。本当に申し訳ない。
「ずっと頭の中でトマトの人って呼んでいてごめんなさい」
「いえ。それはそれで可愛らしいです」
強いな?
そしてチョロいな。やはり君がヒロインか? チョロインだな?
「ジルドです。お嬢様」
「ジルド、ジルド、ジルド。覚えたわ、ジルド。ジルでもいい?」
「はい。勿論。とても幸せです」
「幸せの安売りは止めなさいな。私はルリメルよ」
「はい。存じております。……お名前でお呼びしても?」
「良いよー」
父親の上司の娘とは言え我年下也。名前くらい好きに呼べば良いのに律儀である。
こうして私はジルに口説かれながらトマトレシピの考案と品種改良をしつつ、乙ゲーの国の隣の隣の国で楽しく生きた。
そう、とても楽しく生きていた。
毎日が楽し過ぎて乙ゲーの事などすっぱりさっぱり忘れてしまっていたのだ。
言い訳だが聞いて欲しい。忘れていた原因は他にもある。
かの国からの報告書を何時の間にかジルが見て判断してくれるようになった。それが変に乙ゲーのストーリーを警戒しなくて良い状況を作り出してくれて、気分的にとても楽になってしまったのも大きいのだ。心配事が無い毎日って素晴らしい。
商売の大きなチャンスがあって更に隣の国に移住した事が一番大きかった。
毎日あくせくと働いて新事業を軌道に乗せる事に夢中になって、そして私は乙ゲーを忘れた。
だから、かの国の第一王子が学園へ入学と共に立太子したとかで絵姿が出回り、三ヶ月遅れで異国に居た私もそれを目にした時は心臓が口から出るかと思った。
絵姿を見て思い出したよ。
乙ゲーのアプリのアイコンこいつだったわ。
メイン攻略対象の王太子。やば。
そして思い出した。ヒロインは遠い異国からの編入生だったよ、そう言えば。
「ジル、ジル、ジル!」
ふざけんな、くそ! 遠い異国に居ますよ私はヒロイン。なんてことだ。
逃げたつもりが完全に物語通りにいってないかこれちくしょうシナリオライターてめー只の人間のくせに神のつもりか禿げろっ!
「はい。ルリメル様。ここですよ」
「ジル! 結婚しよう!」
あれから八年。
変わらず優しいまま口説き続けてくれているのに、付き合ってもないのにごめん。ごめん。ごめんなさい、ジル。
この八年でとても仲良くなった。色んな事を一緒にして、色んな物を一緒に見てきたけれど、初めて見る驚きで時間が止まったような様子のジル。罪悪感で呼吸が止まりそう。
ハッピーエンド以外だとヒロインが国を出るのは異国人だからで、でもそんな事になったら絶対に商売人として終わる。
あれだろ? どうせ断罪的な理由だろ?
そんなの御免だ。
私には私以外にも大切な人が沢山居る。両親や歳の離れた兄、優しい兄嫁に可愛い姪っ子。しっかりした従業員達とその家族。
軽く三桁は居る大切な人達を路頭に迷わせてたまるか。
いや……でも、既婚になってしまうのが一番良いと閃いた瞬間にプロポーズしたものの、幾ら早くした方が良いとは言えこれは無い。無いな。モラルも情緒も何もあったもんじゃない。
流石にこれは無かったと今では反省している。
たっぷり五分はぴくりとも動かないほど固まったままのジル。
ようやく動いたと思ったら小さく息を吸って、また固まった。
本当に凄いごめん。
「ジル、あの……だめ?」
「…………え、可愛い」
「え」
「いや、だめじゃないです」
呆然としたままでも了承してくれた。
こうなったら突き進むしかない。ジルは十八歳、成人済み。私は十五歳。先月に成人したばっかだけど成人済み。
この国で結婚は教会で誓約書を書けば良かった筈だ。
「ジル、教会行こう」
そう言った瞬間、ジルはばんっ! と人体からしたとは思えないような打撃音を響かせて己の頬を己で叩いた。
ぱんっとかじゃない。ばんっ! だった。めちゃくちゃ重く響く音だった。
「何をしているの!?」
「あ、痛い」
「そりゃ痛いでしょうよ」
「痛い……と言う事は夢か。なんだ夢か。びっくりした」
「現実! ここ、現実! しっかり、ジル、しっかり。急にごめんね本当にごめんねでも教会行こ」
「はい、喜んで」
居酒屋か。
珍しくぼんやりとしたままの片頬が赤いジルを引っ張って、その日私は飛び込み結婚した。
誓約書は全部で三枚。一枚は教会が、残り二枚は夫婦がそれぞれ持つ。教会どこに誓約書を保管してんの? 大量じゃないかな。大丈夫か? いざと言う時の切札となるかも知れない我らの婚姻誓約書は大丈夫か?
そして、乙ゲーのシナリオぶっ潰してやったぜと満足感と安心感でほっとして、まったりと帰路についていた頃になってジルはようやく覚醒した。
ちなみにぼんやりとしていた筈なのに手はがっちりちゃっかりしっかり貝殻繋ぎになっている。意外とごつごつと骨張った手に痛くない程度に握り締められていた。
不意に男らしいときゅんとしてまうやろ。
「……頬が痛い」
「いやまあ、それはそうでしょうねえ」
「夫婦、ですか……今日から、僕たちは」
「はい。つい先程から夫婦です宜しく」
「痛いのに夢ではないとはこれ如何に」
「痛いのなら現実ですよ、ジルさんや」
「夢のようです。この八年、仲良くはなれたと思っていましたが、男として好かれているとは思えませんでした。……今でもですが」
なんて恐ろしい。彼はとても正確に私の心の内を把握している。
下手な嘘は止めておこう。
「正直、仰る通りです。でも、先々の事を考えたらこれが最善の道だと思った。そう思えた。そしたら勢い余って今に至る」
「勢い余ってくれて幸いです。夫婦である事を盾にこれからは口説きましょう」
「怒らないの?」
「何故怒る必要があります。口説き落とせなかった不甲斐なさはありますが、結果として貴女の唯一になれたのならこれ以上の幸福はありません」
「ありがとう。とりあえず、三年後に無理そうだなって思ったら離婚でも良いから。でも、お願いだから三年は夫婦でひいいいいいい」
般若が居た。
こんな恐ろしい顔のジルは初めて見たし、繋いでいる手が痛いくらい握り締められている。
「離婚はしません。絶対に。しません。絶対に離さない。ダメです。それはダメです。離婚と別居は認めない。今後一生、貴女は僕の妻ですし僕は貴女の夫です。生涯夫婦です」
「よしなに」
私の事情を話しもせずに彼の人生を貰ってしまったのだから、乙ゲーのエンディング後は解放されてくれと思ったんだけど怒らせてしまった。
何があったのかとか聞いてくれても良いのに。聞かれたら聞かれたで困るけど。
面倒になったら私から解放されれば良いと思ったのだが、逆に離れないようにされている。まあ、願ったりだ。
「私が嫌になったら浮気するんじゃなくてちゃんと言って。そんで、話し合って、その結果的に離婚なら離婚でしょうがないかなあって。でも三年は我慢してね、って意味で言いました」
「何故そんなに三年に拘るのか分かりませんが、嫌にならなければ良いだけの話と言う事ですね。分かりました」
「別居もダメなら今夜からそっちに住むべき?」
「こちらは構いませんが……良いのですか?」
「え、何が? あ、初夜? 良いよー」
「あ、良いんですか。そこは想定外でした」
「止めとく? 今度でもずっと無くても良いよ」
「止めません今夜頂きます」
頂かれました。
ちなみに、両親家族には次の日の昼に報告をした。昼になってしまったのは私が起き上がれなかったからだ。
「お前は!! 昔から妙な事をしでかすとは思っていたが真面目に働いていると思ったら交際0日婚だと!? ジルド君に謝りなさいっ!」
「ジル君がお婿さんになってくれるのは嬉しいけど……その経緯は無いわ、ルリメル」
「ルリメル、お前、自分が何したか分かってんのか?」
事の経緯を聞いた私の家族は物凄い勢いでジルに謝罪して、私はとんでもなく怒られた。
思い付いたその瞬間に従業員子息を教会へ引き摺ってった経営者息女とか、世間一般的にそらやべーだろな。そら怒るよなそーだろなと思って甘んじてお説教を受け入れている。
これ、男女逆だったら本当にやべーな。逆じゃなくても十分ヤバいけど。
「謝罪は必要ありません。むしろ昨日の内にご挨拶に伺わずにいたこちらの方こそ謝罪をせねばならないくらいです」
「とんでもない! 小さい頃から本当にこんなのによく付き合い続けてくれて……結婚まで……そこまでしなくとも、うおお」
「ずっと望んでいた事ですから、勢い余ってくれたルリメル様には感謝するばかりです。変に交際期間を挟まず最速で最も善い関係を結んで下さって有難く思っております」
「ジル……」
「大丈夫ですよ、ルリメル様。貴女はそのまま、自由でいて下さい」
隣に座っているジルが全力で庇ってくれる。優しい。うっかり感動した。
ジルの両親は盛大に笑った後、ジルを良かったなと讃えていた。何ならちょっと泣いているくらいだ。そして私は感謝されてしまって逆に恐縮している。
そうか。そうだった。
ジルはずっと好きでいてくれているんだ。八年間ずっと。
一途なのが有難いやら照れくさいやらで、生まれて初めてジルに関して照れた瞬間だった。
もしも子供が生まれたら、かの国へ行くのもありかも知れない。
生まれ故郷だ。
住みやすくて悪くない国だった。
「ジル。ジル」
「はい。なんでしょう、ルリメル様」
「ねえ、ルルって呼んで。旦那様」
「……なんて事だ、可愛い…………」
なんて事だ。私の夫がちょろ過ぎる。
両手で顔を覆っているけれど耳や首まで真っ赤になっている。なんだこれ。可愛いな。
夫に可愛さで完全に敗北していると理解した瞬間だった。
やはり貴方がヒロインだな?