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ハイライト職人  作者: 千流
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雨と少女とバッドフレンド


 翌日の午前は十時過ぎ。俺は自宅の最寄り駅前広場において、のんびりスマホをいじくっていた。雨の中で。

 明らかに失敗した。日を改めたかった。しかし連絡手段がないので、すべてを諦めて駅前を見渡せる喫茶店に入り、珈琲片手に眺めていた。


 はぁ。なんでこうなった。俺が何したっていうんだ。健気な女子高生と共に一夜を明かしただけじゃないか。殺されてもおかしくないな、俺が悪かった。始発まで延々と時間を潰すのは中々の難業だった。

 かくして神の懲罰を甘受していると、背後に殺気を感じた。振り返ると、休日だというのに学ランを羽織った同級生が立っていた。彼は伸ばしていた手を何事もなかったかのように引っ込めた。


「何してるんだい? こんなところで」


「人を待ってる」


「へえ。彼女?」


「いや、知り合いだ」


「また人助け? 君も良くやるなぁ」


「詮索はよせ、祐樹」


「いいじゃないか。僕らの仲だろう」


 飄々とした態度を崩さぬこの男は、旭川祐樹という。北国に縁はないし勇気もない男だが、俺が訳の分からぬことをしても態度を崩さない強者だ。ちなみに俺も好き好んで奇行に及んでいるわけではなく、大抵不幸少女探しをしているだけだ。

 彼はにこりと笑った。腹が立つほど魅力的な笑顔だった。


「まあ暇なら付き合ってくれよ。待ち人にすっぽかされるなんて、君ならよくあることだろう」


「いいやあの子なら来るね。間違いない。一夜を共に歩いた仲だ。よくわかってる」


「それ彼女じゃないの?」


「違う。知り合いだ」


「面白くないなぁ。なんて名前? 知り合い?」


 祐樹になら言っても問題にはならないだろう。何せ口が堅い上に、あまり人付き合いを好まないからだ。ハードボイルド系ハスキーボイス青年という属性過多な輩だから、情報通の属性があってもおかしくはない。安芸の学校生活について知る良い機会か。


「安芸伏芽って名前、知ってるか」


「……あぁ、安芸さん? あのよれよれの制服の」


「そう。バザーで格安で払い下げられてそうな制服の」


「まぁ僕の学ランもだけどね。君のネクタイも古いのだろう」


「中古でも俺色に染めればいいからな」


「さすが、癖が強い回答だ。あ! そうそう。天嘉、君なんで数学の小テストやらなかったのさ。また青春の悩み?」


「そうだ。崇高な悩みだ」


「どうせモテたいとか彼女欲しいとかでしょ」


「じゃあお前にはそういう欲望がないのか?」


「ないよ」


 くぅ。モテる男は違うね。彼は今のところ物語に組み込まれていないが、素で整った顔立ちをしていた。いつの日か主人公になるべき人材と言えよう。ついでに俺を主人公の親友ポジで出して、最後には選ばれなかった方のヒロインとくっつくようにしてほしい。三日後には破局してそうだからやっぱなしで。

 祐樹は堂々と俺の隣に座り、俺と共に雨模様の街並みを眺めた。


「これ、来てもわからなくない?」


「ならお前が見つけてくれ」


「いいよ。善処しよう」


 彼は買ってきたケーキセットに視線を零した。当てにならない友軍を加え、俺は再び硝子の向こうに目を向けるのだった。そういえばこいつ、安芸について一言も喋らなかったな。


 雨脚は強まる一方だった。どうしようかな。困ったな。

 何故困っているか。硝子の向こうが見えなくなっただけじゃない。もっと深刻であほくさくて天気予報を見ていれば何とかなった問題だ。要するに俺は傘がなかった。ちらと隣を伺う。祐樹のビニール傘だ。略奪しても構わないだろうか。

 俺が悩んでいると、祐樹は朗らかな笑みで俺の視線の先を伺い、次に俺の所持品を伺い、最後に小ばかにしたように右側の口角を上げた。


「知らなかったなぁ、天嘉が折り畳み派になってたなんて。普段から折り畳みは面倒臭いって言って携帯してなかったのに」


 訂正しよう。小ばかじゃなくて大馬鹿にしていた。殺意を込めて睨みつけると、あっ! とこれ見よがしな声を彼は上げた。


「いた! 安芸さん!」


「それはどうせ釣りだろ! 見るけど!」


「ほらあれ!」


 どうせ嘘だろ。こんな豪雨の中でたかが一飯の恩義のために電車乗って出かける奴がいるわけがない。しかも女子なら猶更だ。今頃正気に戻った安芸は、よく知りもしない男の家に行くことについて嫌悪の情を発したに違いない。そう思わない女子がいたら俺はその子の貞操観念を心配する。

 へらへらと視線を向ける。すると、何だか概ね限りなく広い範囲においても狭義においても安芸伏芽さんとしか思えない人物が雨の中を歩いていた。傘は差していた。


「……え、マジ?」


 俺は珈琲を飲み干して、席を立った。会計は既に済んでいるし、問題はない。ないのだが傘がない。奪うか。こいつどうせ折り畳み持ってるだろ。手を伸ばした途端、手首をつかまれた。


「僕も行こうじゃないか。なあに、相合傘さ」


「男となんて嫌だね」


「じゃあずぶ濡れか。せっかくセットしたと思われる髪がぐしゃぐしゃだあ」


 ふざけた野郎だ、生かしておけぬ。家でしばいてやる。俺は彼の手を取って、店外に向けて駆け出した。


 横殴りの豪雨は揺れるスカートの裾を見る余裕すら奪うほどに強烈だった。というか前が見えねえ。


「祐樹! 安芸さんは!」


「こっちだ! ついてきて!」


 彼が勢いよく走り出す。大馬鹿野郎。俺が濡れるわ。ロープなしの二人三脚は地獄のような難易度で、安芸の元に巡りつくころ、俺たちは全身の水分よりも多いほどの水分を蓄えていた。

 一方安芸さんは足元こそ酷いことになっているが、胸とか腰とかは透けていなかった。

 彼女は俺たちを見つけると、ぎょっとした表情を浮かべた。俺は叫んだ。


「行こう!」


「え、あ、はい!」


 叫び返してくれる彼女。何せ雨音がうるさすぎて、叫ばないと聞こえない。彼女は俺たちに並走してくれた。ちょうど傘の無い俺を挟んで、家目掛けて突っ走る。


「いや濡れるが! 両方からの雫が垂れてくる! ありがたくないぞこれ!」


「黙って走れよ傘持たず!」


「なんで傘持ってないんですか!?」


「忘れた!」


「アホなんじゃないですか!?」


「知らなかったのかい、生粋の馬鹿だよ天嘉は!」


 まさか、あの安芸から罵倒されるとは思わなかった。俺は悲壮感をエンジンにぶち込み、フルスロットルで駆け出した。我が青春は雨の色をしていた。飴色であってほしかった。


 俺の家は駅から徒歩十五分程の所にある、小さなアパートの一室だ。別に三人入ったからって問題になる大きさではないし、壁や天井が薄くもない。良好な物件と言えよう。俺はここで一人暮らしを敢行していた。その方が我が使命に都合が良かったためである。

 そこに全身びしょ濡れの高校生が三人飛び込んだ。

 全員息を切らしていたし、安芸さんも結局濡れていたし、俺なんかもう、髪とかそういう問題ではない状態だった。


「いい汗かいたなぁ! それじゃ家主、風呂沸かして」


「……よかろう。ただし風呂掃除を手伝え」


「いいよ。えーっと、安芸さん? で良いんだよね?」


「あ、は、はい。えっと」


「僕は旭川祐樹。君のことはほとんど天嘉からは聞いてないけど、よろしくね」


「え、あはい。よろしくお願いします、旭川さん。それで、天嘉というのは神戸さんで良いんですか?」


 祐樹は目を丸くした後、蔑んだ目を向けた。


「たまげた。君、名前すら言ってなかったのか」


「会ったの昨日だからな」


「普通は最初に名乗るけどね。まぁいいか。安芸さんは女子だしあれだから、ちょっと待っててよ。僕ら二人でお風呂の準備するから。あ、それとも安芸さんは入りたくない感じ? 警戒するよね、気持ちはわかるよ」


「えっと。まあ、はい。そうですけど、このままって言うのもあれですから。お風呂、頂けるならありがたいです」


「まさか天嘉、このために傘を? なかなかの策士だね、恐れ入るよ。貞操の心配をしたくなる」


「安心しろ、俺に男の趣味はない。行くぞ」


「男も案外悪くないけどなぁ……」


 背後から恐ろしい言葉が聞こえた気がしたが、何も聞こえなかったことにした。

 俺と祐樹は風呂掃除を始めた。


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