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ハイライト職人  作者: 千流
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家出少女の不幸仕立て


 安芸に再会するとは、夢にも思っていなかった。彼女は誰かの物語のヒロインで、俺には関係がない存在だと考えていた。だから深夜の繁華街で彼女を見かけた時、その顔が間違いなく彼女だと認識した時、俺は声にならない叫びを上げそうになった。

 何してるんだこんな時間に! こんな場所で! 補導されるぞ! というか、酔漢に絡まれてテイクアウトされてしまうぞ!

 俺は一目散に駆け出した。


 俺は不幸な女の子を餌にして生きている。しかし今のところ十数年ほど絶食状態なので、食糧を求めて夜の繁華街を歩いていた。こういう場所には目にハイライトのない女の子が多い。ただしホスト狂いやらヤク中やらは救いようがないので放置している。倒れていれば警察を呼ぶくらいだ。一概の高校生には身に余るのだ。


 泥酔したサラリーマン、人を呼び込むキャッチの声。喧騒が耳に悪い。不幸そうな女も男も酒で幸福のベールを纏っている。美味いのだろうか。

 路地裏を覗くと、吐瀉物に塗れた女性が倒れていた。なんて不幸な人だろう。それでも何というか、ピンとこなかった。手に汚物がつかないように助け起こし、座らせてから立ち去った。

 無償の人助けをする趣味はない。そんな善人であればとっくに主人公になっている。そして主人公になるために善人ぶって偽善を行えるほど、俺は素直になれなかった。


 今日もダメか。終電が迫る中、そろそろ帰ろうかと駅に足を向け、顔を百八十度ばかり曲げた。その九十度地点で、俺の顔は固定された。路地裏に、何だか見覚えのある黒髪にぼろい私服の女性がいるではありませんか。それは安芸に似ていた。安芸以外何者にも見えなかった。安芸そのものだった。


 なんでこんなところに。主人公はどうした。

 彼女は泣きそうな表情をしていた。いや、はっきりと言おう。目にハイライトがなかった。放っておけば自殺……というか、売春でもしそうな雰囲気だった。というかそれにしか見えなかった。これを主人公に任せて放置しようものなら、取り返しのつかないことになる。路地に入った。


「ねぇ、君」


「あっ、は……え?」


「安芸さんだよね。何してるの、こんな場所で。あ、俺のこと覚えてる?」


「下駄箱で」


「そうそう。で、どうしたんだ。ここは花も恥じらう女子高生が来る場所じゃない」


 俺は良いのだ。魂まで汚れているから。盛大なダブルスタンダードを彼女に食わらせていると、彼女は腹で応じた。ぐぅぅう。という、サイレンみたいな音だった。可愛らしい女の子というより餓死しそうな人の音だった。


「あ……」


「俺は今何も聞いてないんだけどさ、この後暇? ちょっとご飯食べたいんだけどさ、付き合ってくれない?」


「はっ、えっ、はい。暇です」


「それは良かった。で、どう? 終電逃すだろうけど、俺も安芸さんも高校生っぽく見えないし。大丈夫でしょ」


「でも、お金」


「いいよいいよ、奢るから」


 安いファミレスくらいしか連れていけないが、それは許してもらうとしよう。俺をちらちらと見ながら手を伸ばしたり引っ込めたりする彼女の手を取って歩いた。


 客はほとんどおらず、静かな店内で四人席に腰かけた。安芸は緊張した様子で挙動不審だ。


「安芸さん? どうしたの?」


「い、あ、はい」


 会話が通じなかった。しかし何となく話が読めてきた。なら俺のする対処法は一つだ。満漢全席の勢いで料理を注文しまくった。彼女に任せたら遠慮してしまう。食べられない物がったら俺が食おう。メニューのここからここまでの勢いで注文する俺に、彼女は面食らっていた。

 オーダーを終えると、彼女はおずおずと口を開いた。


「あの、私、本当にお金ないんです」


「だから奢るって。財布に三万くらい入ってるし。あ、何か頼みたい物でもあった?」


「いや、そうじゃなくてです。えっと。そういうこと、で良いんですか?」


「どういうこと」


 うっすらわかっているが、敢えて尋ねた。彼女の口から明確に発して貰わないと、こっちからは言い出せない話題だからだ。彼女は頬を赤らめて、俯いた。


「その、ご飯を頂く代わりに……え、えっちぃこと」


 やっぱりな。

 恐らく彼女は金がない。食うに困るほど。その理由についてはわからないが、最終的に見つけた解決策が売春とは……不幸ポイントが高い。俺は首を横に振った。


「そういうつもりじゃない。見知った人が“そういうこと”をしそうだったから、止めただけ」


「あの、あなた? は、そういうのに詳しいんですか」


「名乗ってなかったね。俺は神戸。街じゃないぞ、苗字ね。出身は東京。1A」


「あ、安芸伏芽です。1D。出身は――」


「それよりも。率直に聞きたいんだけど、俺にできることはあるかな」


 彼女の言葉をさえぎって踏み込んだ。彼女の目のハイライトが一瞬点灯し、再び消えた。今ちょうど彼女は精神崩壊の瀬戸際にいるのか。だから学校では気付かなかった。恐らくこのまま彼女の望む通りの展開にさせた場合、明日手遅れになってから気づいただろう。


 もちろん俺に都合が良いのは、こんな余計なことはせず明日になってから声を掛ける方だ。それならば十人のうち一人が埋まるが、これだけはできない。

 俺の無為で救わなかったのなら、それは俺が不幸にしたと言っても過言ではない。

 彼女はぽつぽつと事情を語り出した。


「私の家、お金なくて。私ダメで、あの、お父さんに、嫌われてて」


「うん」


「それでもう、何も食べてなくて。家にあるパソコンで、調べたんです」


「で、こうなったと」


「……うん」


 やけに素直なのは心を開いてくれているのか。そんなわけがない。自棄になっている。

 救わねば。一人の男として、何かが奮い立たっている。いきり立っているわけではない。性欲ではない。断じてない。ないったらないのだ。


「ちょっとさ、俺にも事情があるんだけど。良ければ手伝う……手伝う? なんだろう。何を手伝うんだ」


「……助けてくれるの?」


「助ける。そう、それだ。うん。助けたい。なぜかは言えないけど、俺にも厄介な事情があってね。安芸さんを助けると多分、まあ、うん。練習になるから」


 正直に言えば今の彼女を助ける理由なんて、合理的にはない。しかし人間が不合理な生き物であることは疑いもなく、恋もまた不合理なものと相場が決まっている。そして不合理と不合理の掛け算は合理的な結婚を導く。人生も恋も負数だ。畜生。神様の大馬鹿野郎。練習相手じゃなくて本命相手を寄越せ。見過ごせないじゃないか。


 内心荒れ狂っていると、安芸はおずおずとメニューを手に取って眺め始めた。こういうところに来たことがないのだろう。楽しそうにかつ残念そうにしているので、哀愁を誘う。


「あー、安芸さん。明日土曜日だけどさ、帰らなくていいの?」


「うん。あ、でも、ご飯の支度しないと、また怒られる……」


「そっか。電車は?」


「定期持ってます。あ、始発っていつかわかりますか?」


「五時くらい」


「なら大丈夫です。ありがとうございます」


「……一応聞くんだけどさ、スマホは持ってる?」


「いえ」


 そうだろうな、スマホがないから家のパソコンで調べるんだもんな。涙が出そうだ。なら電話……家電に掛ける訳にはいかない。どうしようか。あ、そうか。彼女の定期券の範囲を聞くと、範囲内に俺の家があった。


「もしよかったら、俺の家に来ない?」


「えっと、朝は支度が」


「それが終わったらでいいから。定期の範囲内だから、電車賃も気にしなくていい」


「……良いんですか?」


「言ったでしょ、俺にも事情があるんだ。海よりも高く山よりも深い深刻な事情が」


「逆では?」


 逆だ。彼女はくすっとはにかんだ。

 俺も興奮――あいや、テンパっているらしい。興奮っていうと性的な趣を感じざるを得ない。自制しよう。俺は獣ではない。彼女を家に招くのは、彼女を助けるためだ。やましい目的はない。


「えっと、駅前で待ってるから。夜になったら帰るけど」


「はい。お父さん、昼はパチンコ行くから……大丈夫です」


 おお。もう。こらえきれなくなって涙が出た。

 そこでちょうど料理が届き、店員が引きつった顔を浮かべながら料理を置いていった。

 安芸は料理に目を奪われていた。普段の弱々しい雰囲気が打って変わり、飢えたポメラニアンのような表情を浮かべていた。


「食べても良いんですか。良いんですよね」


「もちろん。俺一人でこれ全部は食えない」


「あの、ありがとうございます。いただきます!」


 合掌。さて、俺も食べよう。彼女が興味を示さなかった料理を見定めて、俺は皿を引き寄せるのだった。


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