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ハイライト職人  作者: 千流
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不幸な女の子はそうそういない。


 俺は神に任じられしハイライト職人だ。女の子の輝きを失った瞳に光を灯し、生きる情熱を与え、そして誰かの物語に組み込まれ……手塩にかけて笑顔を取り返した女の子を寝取られる仕事をしている。

 アホか。こんな仕事やってられるか。しかしこれを望んだのは俺自身であり、また実際の勤務経験もゼロだった。ここ現代日本において、目のハイライトが消えるほど深刻に不幸な女の子など早々いない。不幸のどん底にいる少女を見つけたことは一度だけあったが、本当に悲惨だったので彼女のためを思って施設に送ってしまった。時々彼女から手書きのお手紙が届く。中身は恋文だが他人への恋心を綴ったものだった。脳が壊れた。


 かくて俺は将来も人生も恋愛も使命も目の前のテストも投げ出して、茫洋たる前途を暗中模索していた。差し込む西日が眩しい。俺が主人公なのは席だけか?

 すると、老年の数学教師が睨んできた。


「神戸。お前、どうせテストを投げ出すなら居眠りくらいしろ」


「先生、私語は禁止です」


 俺の時間だ。何に使おうが構うまい。

 だいたい、俺は知っているんだぞ。この人の良い老教師が主人公の物語が構築されたことがあり、若い日は相当なドラマを乗り越え、大恋愛の果てに妻と共に大往生を迎えんとする輝かしい未来が待っていることを。

 また三クラス隣の話したこともないイケメン野郎には、異世界転移の相が出ていた。きっとハーレムだ。そうに違いない。それも寝取られない無敵のハーレムだ! 主人公とイケメンと異世界と言えば、それは聖なる三位一体を形成し立ちどころに女が溢れ出すと相場が決まっているのだ。羨ましいったらありゃしない。


 それと引き換え、俺は何と悲惨なことか。この世界には縦横無尽の物語が張り巡らされ、犬も歩けばフラグになるこの御時世、従容としてモブに徹することを強いられていた。物語はいつ何時、誰に起こるかわからない。君の物語とか君の人生の主人公は君とかは嘘である。もっと普遍的に言えば、君は誰かの物語の登場人物だ。

 この世界の物語は千差万別。ただし大抵主人公がいて、ヒロインがいる。そして役柄が定められると、怖ろしいことに我々の思考はそちらに何となく誘導されるのだ。それは行く手を決めずに歩くY字路で十回に九回右を選ぶような強制力で、曲がった先の右手に主人公、左手に俺、結局主人公は両手に華というのが世界の真実だ。


 俺が名誉もへったくれもないハイライト職人を務めながら職務懈怠の限りを尽くし、青春放棄罪に問われているのもこのためだった。

 気になるあの子、愛するあの人は、容易く誰かの物語に組み込まれてしまう。すでに恋仲になっていたって関係ない。偶然と偶然が必然に変わっていき、物語から弾かれたモブの出番は失われ、やがて彼女の頭の中で思い出となってしまう。バッドエンドだ。癪に障るが大抵当人たちにとってはハッピーエンドである。


 では盛大に自由恋愛を楽しんだ後、捨ててはどうか。女など消耗品、愛などいらぬ。一理あるが俺にそんな魅力はない。ある奴は主人公をやっている。下手をすれば誰かの物語に敵役として組み込まれ、俺が半死半生になる日は遠くない。ナンパ男からヒロインを救う主人公のシーンの舞台装置になってしまうだろう。

 老教師の檄が飛んだ。


「神戸ぇ! なんか悩んでるなら保健室行ってこい!」


「先生……」


「俺も若い時は散々悩んだ。女房がいなければ大変だったよ。お前も、そういう人を見つけられるといいな」


 わかっとるわそんなもん! その方法がないんじゃ! 俺を裏切らない! 寝取られないヒロインが欲しいんじゃ!

 ……実はその方法はあるのだが。続きは保健室において考えるとしよう。


「先生。人生の岐路に立っているので保健室に行っても良いですか」


「許す。小テストは零点になるが、良いな?」


 俺は頷いて、教室を出て行った。


 午後十時半の廊下にフラグは転がっていなかった。恋の赤い糸もない。“女友達のサボり仲間”という至高の存在もいなかった。悄然として歩いていると、ふと直感に誘われた。

 屋上! 屋上に行くのだ!

 屋上と言えば都合よく毎回扉の鍵が壊れていたり錆びていたりする青春ベストスポットである。昼休みと放課後に行けば誰かの恋路を邪魔してしまうが、今ならば大丈夫なはず。俺は颯爽と階段を駆け上がり、ドンと屋上に繋がる扉に手を着くと開かなかった。階段に座り込んで何万遍も繰り返した思考の続きを行った。


 十人の不幸な女の子を救う。この条件を満たせば寝取られず、誰かの物語に組み込まれず、真実対等で洗脳じみた物語の効力に縛られず、ついでに言えば可愛らしく俺との相性も悪くない女子が現れるのだ。この奇跡の聖女となら、俺も安心して恋愛できるというものだ。


 ただし、不幸と言っても並大抵の不幸ではない。少なくとも目のハイライトが消えるくらいの不幸だ。ただ根暗とかではいけない。もっとこう、主人公が救いそうな感じの悲劇的な子じゃないといけない。

 そう。主人公が救いそうな子である!

 即ち俺とバッティングする上に、物語から弾かれる俺は必ず負ける。これが職務放棄第一の理由である。

 第二の理由は、大体そんな不幸な女の子が誰にも救われないとして、俺にできることなどない問題である。俺には頭を撫でただけで心を満たす異能力はない。通報されるだけだ。もちろん資産家や天才でもないし、女心の教科書を購入しようか書店で三十分は悩む男だ。


「やっぱ無理では?」


 心の声が漏れた。弱気ではいけない。弱気になってもヨシヨシしてくれるお姉さんはいないのだ。畜生!

 俺に出来ることは一つだけ。全世界の主人公が見捨てた、見落とした女の子に寄り添って、目に眩い光を取り戻すこと。その過程で役得があるかもしれないが、どうせ数年後には消えている。虚しくてたまらない。


 賽の河原に万里の長城を建設する難題を前に、嘆きの滝が階段を伝って流れ落ちた。

 それが呼び水となったのか。足音が近づいてくる。ローファーの音、ちょっと丁寧な歩き方。さては女子か。始まるのか、俺の物語が。いやどうせ悲劇だ。それに物語の終幕後はどうなるかわからない。そのまま別の人の物語で第二部が始まるかも。あるいは二次創作というのかもしれない。ハッピーエンドのその後で地獄が待っている。


「……ぁ」


 鈴虫が息を殺したような声だった。階下を覗くと、薄汚れたスカートを履いた女子生徒が見えた。名前は、そう、なんだったか。隣のクラスだ。こちらを見ていたので、何も言わないのも変かと思い声を掛けた。


「こんにちは。安芸さん、か?」


「ご、ごめんなさっ」


「ちょっ」


 安芸は走り去った。安芸伏芽さん。明らかに幸が薄そうな少女だが、多分あれは化ける。いつか誰かが救うと思っていたが――もしかして、俺やっちまったか?


 もしかして彼女がヒロインか主人公の物語が、これから屋上から始まるところだったのではないか!?

 だってそうだろう。彼女が特別不真面目と聞いた覚えはない。保健室登校でもない。なんで彼女が屋上に来たのか……イベントに違いない。予習用の十八禁ゲームで見た。


 最悪だ。彼女の救いを潰してしまったかもしれない。俺は不幸な女の子を救いたいが、マッチポンプに励むほど落ちてはいない。彼女を不幸にするのは俺じゃなくて世界でなくてはならない。

 恐らく物語は既に始まっているから、主人公とは放っておいても出会うはずだ。しかしこのわずか数日の差でイベントチェーンが崩れ、バッドエンドに突入したらどうする。あんな幸薄そうな子。自ら命を断ったとしても何らおかしくない。

 立ち上がり、安芸の後を追いかけ始めた。


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