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ユージーン・エヴァンズは勇者になりたくない

作者: トミーL

頭空っぽにして楽しんでいただけたら幸いでやんす。

 ガヤガヤと夕方の活気に満ちた市場を歩く。

 すぐ側を競争するように小さな子供が二人駆け抜けて行った。

 幼い突風に、羽織っている黒い上着の裾が舞い上がり、俺は思わず深く被ったフードを軽く引っ張る。

 フードの端に付けられた小さな金属飾りのお陰で、そう簡単にめくれたりはしないってのに。

 この世界に生まれて今日で十二年、すっかりこの仕草が癖になっている。


 そう、十二年前。

 夏山で凍死した、と思ったら何故か異世界で転生していた。

 何を言っているのか分からないと思うが、俺も自分の身に起こった事が今でもちょっと信じられない。



 俺が通っていた高校の、一年生の夏の行事である登山中に、俺はバカヤンキー共の小競り合いに巻き込まれて川に落ちた。

 流されながらも何とか川からは這い出たものの、更に雨が降ってきた事で体温を奪われてそのまま死んじまったらしい。


 ――クソッ江口と隣のクラスの問題児め! 死んだならせめてアイツ等の所に化けて出てやりたかったのに! 枕元どころか夜中のトイレまで憑いてって怨み言呟き続けてやりたかったのに!

 ……あ、やっぱトイレは無し。男のトイレシーンとか俺が見たくない。


 え、つかそもそもの話、名前書けば受かるようなバカ校に入ったのが悪いんじゃないかって? ……ボクハナニモキコエナイ。


 寒さに震えながら川辺で意識が途切れた後、白い空間で髭の長い爺さん神や際どい衣装の美女神、のじゃロリ神に会うこともなく、俺が次に目を覚ました時には身体はもう赤ん坊になっていた。


 最初は意識がはっきりしなかったし五感も鈍かったから、てっきり何とか助かったんだと思ってたんだけどな? 手足はちっこいわ、両親と思われる人達はどう見ても外国人だわ。あ、これ転生したな、と察した訳で。

 言葉が分からないし文化も違うから、生まれ変わった先が日本でない事はすぐに分かった。

 文明レベルもちと低そうで、現代ではなさそうって事も。

 あーあ、俺のお気に入りのチーレム系ラノベ、まだ連載中だったのにな。他のタイトルは諦められても、あれだけはもう二度と続きが読めないのかと思うと……ぐぅぅぅ。


 ――確かに今生の母ちゃんは、どんなラノベヒロインも目じゃないぐらい美人だよ!? マジ天使で母親じゃなければ微笑まれただけで惚れてたとこだったって位の極上の母上様だよ!?

 今生の父ちゃんぐっじょぶ!!!


 ……話が逸れた。


 それから、父ちゃんが一度家に戦闘職っぽい人を連れて来た時にその人の腰にぶら下がった剣を見て、あっそういう時代だったかー、と気付きまして。

 たぶん中世ヨーロッパと呼ばれる辺りなんだろう。


 ――あれ、中世っていつ頃を指すんだっけか? ま、まぁいいや。


 そう、だから俺は過去のヨーロッパ辺りに転生したのかな、と思ってた。

 いんや、訂正しよう。思おうとしてた。

 だってさ、ラノベ好きなだけでなく中二病が死んでも治らなかった俺の頭にアレが(よぎ)らない訳があるか!? いや、ない。(反語)

 けど、神様にも会ってないし今の所チートも見当たらないから、期待しないでおこうと思ってたんだ。


 そしたら天使な母上様が目の前で魔法を使った。

 日が落ちて暗くなった部屋で、壁に取り付けられていた道具へとかざした掌から見えない何か(・・・・・・)が放出されたと思ったら母上様が何やら呟いて、その道具に光が灯った。


 剣と魔法の(ファンタジー)世界に転生いぇえあああぁっ!!!!


 ……じゃなくて。

 母上様のお陰で異世界転生を確信した。さすが天使、略してさす天。

 みんな結構日常的に魔法を使ってるみたいだから、魔法がかなり普及してる世界なんだと思う。


 母上様の掌から出た見えない何か(・・・・・・)は恐らく魔力。

 目には見えないのに何となく見えるような、その存在を感じ取れるような。感覚器が一つ増えたみたいな、何とも言えない妙な感覚で分かるのだ。

 で、この魔力だけど、俺以外の家族はどうやら分からないようなのだ。これぞチートか!?


 とか思ってた時期が俺にもありました。

 聞きましたー? 奥サーン、俺の家庭教師も魔力を感知出来るんですって。


 ――……普通に身近に同じような人居たわー。萎えるわー。はぁ。


 まぁその代わり分かったのが、魔力感知は魔術を上手く扱えるようになる人の特徴らしいという事。

 俺は将来優秀な魔術師になれる、と家庭教師のイゴール先生に太鼓判を押された。

 嬉しいんだけど、微妙に嬉しくない。

 俺のチートは一体どこにあるんだ!?



「――……ーン? ジーン! ユージーン!!」


 名前を呼ばれてハッと意識が現実に戻ってきた。

 考えに耽りすぎて、市場の喧騒が遠く聞こえる所まで歩いて来ていた事に気付いていなかった。


「ジーン、何呆っとしてるのよ? うちに用があるんじゃないの? あたしが声掛けなかったらどこまで行くつもりだったのかしらね!」


 それどころか目的地を通り過ぎそうになってたみたいだ。

 パンが描かれた看板を下げる石造りの店の前で、バンダナを頭に巻いた勝ち気そうな少女が両手に腰を当ててこちらを軽く睨んでいる。


「ジェシカ、なんで店の外に出てきてるの?」


 ジェシカは俺の目的地であるパン屋の看板娘である。

 夕食前の最も忙しい時間は外して早めに来たとは言っても、店の外をうろついてられる程暇ではないはずなんだけど。


「ジーンを待ってたのよ。今日はあんたの祝福の日でしょう? うちのパンを気に入ってるあんたなら絶対に買いに来ると思って、あたし特性のお祝いパンを用意してたのよ」


 そう言ってジェシカは手に持っていたバスケットを俺に押し付けてきた。隙間から芳ばしい良い匂いが漏れてくる。

 今日が俺の誕生日だって覚えててくれたのか。

 毎年特に祝ってくれてた訳じゃないけど、今年はこの世界では《祝福の日》と呼ばれる、十二歳の節目の誕生日だからお祝いを用意してくれたんだろう。

 前世の日本にあったようなふわふわなパンを売ってるのって、この周辺ではジェシカの店しか無いからめちゃくちゃ嬉しい。

 だけど油断してはいけない。ジェシカは抜け目無い商売人なんだ。


「それで、お代は?」


「いらないわよ、普通のパンの方は貰うけど。かわいい義弟の特別な日だからね」


 特別な日って言うんならおごってくれたって良いじゃないか、と思ってからはたと気付いた。今なんか聞き逃せない単語が混じってなかったか?


「――義弟?」


「あら? クリスから聞いてない? 先日やっっとあたしの告白を受け入れてくれたのよ。だから義弟で間違ってないでしょ?」


 今生の俺に居る二人の兄のうちの、五歳上の長兄クリスティアンに彼と同い年のジェシカが長年片思いしてたのは知ってた。というか、この肉食女子の気持ちに気付けない人間なんていないだろうなぁって位に猛アタックしてた。

 良いのか、クリス。この女に捕まったら逃げられないぞ。義弟発言なんて、全く逃がす気が無い証拠じゃないか。

 もう言っても遅いけど。


「……おめでとう?」


「ありがとうね、ジーン。今までどうやっても(なび)いてくれなかったのに、ジーンの素顔(・・)が何だってのよって言ったらその後すぐに受け入れて貰えたのよ。まさかそんな所にツボがあったなんて……」


 悔しそうにブツブツ言っているジェシカの横をすり抜けて店に入った。途端にフワリと全身を包んだ、焼き立てのパンの匂いが食欲をそそる。

 眉間にシワを寄せたまま付いて来たジェシカは、確かに親族以外で俺のフードの下に隠した素顔(・・)を知る数少ない人物の一人だ。


 素顔ったって、別に俺の顔立ちがヒドイって訳じゃない。

 自分で言うのもなんだけど、むしろまぁまぁ男前に仕上がってきてると思う。ちょっと目付き悪いけど。

 問題があるのは俺の顔面ではなく、瞳の色だ。俺の瞳は真紅で、それも妖しく光ってるかのように見える輝きを持っている。

 この世界では赤い瞳の子供が産まれることは非常に稀で、赤眼、特に真っ赤に輝く瞳を“ブラッディ・アイズ”と呼び、それを持つ者を不吉だとして忌み嫌っているらしい。


 俺はそれを聞いた時に気付いた。

 俺の見た目は黒髪に赤眼。もう一度言おう。黒髪に、目付きの悪い血眼(ブラッディ・アイズ)


 ――これぞ正に中二! もっと言うならオッドアイが良かったけど、そこまでは求めるまい! 俺はっ異世界だってだけでなく、中二な見た目というオプション付きで転生出来たんだっ!! 最っ高じゃねぇかファァア!!


 なんて喜んでたら血眼について教えてくれた母上様にドン引きされました。

 天使にドン引きされる、俺。さすがにちょっと傷付いた。

 ちなみに見た目が妖しいだけで、特に魔眼とかではないそうな。残念だ。非常に、残念だ……。


 そんな訳で、不吉な俺の瞳の色がバレると恐怖で騒がれたり暴力に訴えられたりと、色々とマズイ事になりかねない。

 というか、昔実際に複数人に見られた時にその場がパニックになりかけた事もあった。

 そんな事件があれば噂が広まって、一人では外にも出られないはずなんだけど。

 今問題なくウロつけてる理由は、どうやらうちの家業である超大手商会、エヴァンズ商会の力を駆使して父ちゃん達親族が方々に圧力をかけてくれたから、らしい。

 そんな事情で俺は外では重り付フードが手放せない。


 ――にしても、これも見た目中二っぽいよなぁ!? 街中で自然に暗殺とかやりそうだよなぁ!? デュフフフ。


 普通ならばそんだけ恐れられるヤバい瞳だって言うのに、たまたま瞳の色を見たジェシカは全く気にしなかった。

 こいつにとって俺は、“大好きなクリスティアンの弟”でしかない。

 大概ぶっ飛んでる彼女は、確かに将来の会頭夫人に相応しいんだろうな。

 


「あらぁ~ユージーン君! いつも沢山買ってくれてありがとうね!」


 パンの会計の段になって、嬉しそうに声を掛けてくれたのはパン屋の女将さんだった。要するにジェシカの母親である。


「そういえば今日は《祝福の日》なんですって? おめでとう! 《祝福(ギフト)》はもう授かったのかな?」


「……っ祝辞に感謝しよう。女神はまだ、俺の存在に気付いておられないようだ」


 ……。


 ――なんっでこうなるかなぁ!? しし、仕方ないだろっ人見知りなんだっ! 慣れない相手だと、何故か思ってんのと違う言葉が口から飛び出すんだよ!! そこっコミュ障とか言うんじゃないっ!


 真っ赤になってるだろう顔が、フードでたぶん大体隠れてるってのがせめてもの救いである。


「そうなの、どうなるか楽しみねぇ。これは特別にオマケしとくわね。毎度ありがとうございました!」


 俺の言動を華麗にスルーしてくれた女将さんから香ばしい匂いのする紙袋を受け取り、ジェシカから渡されたバスケットに入れる。

 あいつ、俺が手ぶらで来るのも、パンを買い込むのも見越して大きめなのを寄越したな。

 性格はアレだけど、出来る女なんだよなぁ。

 仕事に戻ったジェシカにひらりと手を振って、店を後にした。


 いかん。いかんぞ。

 店から歩いて十歩程でそわそわするのが我慢できなくなってきた。

 女将さんの発言で《祝福》が楽しみな気持ちを誤魔化せなくなっちまった!


 ――ああああっどうせ分かるのは深夜なのにぃぃい!!


 俺が生まれたのが日付が変わる直前だから、十二歳になった瞬間に授かる《祝福》は、どんだけそわそわしようが夜中にならなければ分からないのだ。


 《祝福(ギフト)》。それは、この世界のほぼ唯一神である女神から、十二歳になると人類のみ授かると言われている贈り物。

 各人の才能を表すとも言われる其れの、名前だけを見ると称号っぽいものも多いんだけど、俺に言わせればその中身はバフである。

 ゲームっぽく言うと、《祝福》の効果範囲の【スキル】や行動に何%かの効果上昇機能があり、関連ステータスの成長補正がかかる、って感じか。

 まぁこの世界、全然ゲームっぽくはないんだけど。そもそも各種ステータスなんて見れねぇし。

 《祝福》には色々と種類がある。

 戦闘系なら《剣の才》とか《魔術の才》とか。

 非戦闘系なら、うちのエヴァンズ一族の場合は《商才》ばっかだし、他には変わり種だと《観察眼》やら《歌姫》なんてのもある。

 そして《祝福》は、特定のもの以外は基本的には生涯変わる事がない。


 ――だからめっちゃ楽しみだし緊張するじゃん!? 特に俺、馬鹿だから《商才》はぜってーないし、剣とか魔術に才能ありそうだから戦闘系になりそうだし!!? 予想出来なくて不安だったりなんだったりなんだし?!!??


 なんて考えながら、行きは通らなかった路地をそわそわフラフラ歩いていると、ふと【警戒】スキルに何かが引っ掛かった。

 探るまでもなく分かる気配が前に一つ、そして路地を塞ぐように後ろにも一つ。

 気を抜きすぎて【迷彩】スキルが解けていたらしい。


 人通りの無い路地に、そこそこ仕立ての良い服を着た子供が一人。しかも美味しそうな匂いがするデカいバスケットを持っている。

 まぁ、狙うわな。


 足を止めたせいか、隠れていた前の男が路地に出てきた。

 チラリと背後を確認すると、後ろの奴も距離を詰めてきている。


「おい、ガキ。そのカゴの中身と金、置いてけ」


 前の男が俺から三メートル程手前で立ち止まり、顎をしゃくって命令してきた。

 この辺り一帯、これでもそんなに治安は悪くない。コイツらだってただの若いチンピラ程度の連中だろう。


「おいテメェガキ、聞いてんのか!? 痛い目見たくなきゃさっさとしやがれ!」


「おいおいおいおい、ビビって声も出ねぇってかぁ!?」


 後ろのチンピラがチンピラ過ぎて、俺の表情筋に試練を与えてくる。

 堪えるんだ、俺。今笑ったら相手を逆上させる。ここはひとまず穏便に説得を――。


「幼き者にタカろうとは、考えが足りないのではないか?(子供なんで大したもの持ってないですよ)」


 ――っ俺の口ぃぃいーーーー!! 今のは完全に煽ってるから! 穏便の“お”の字も無いから!


「あ゛ぁ゛!? テメェ喧嘩売ってんのか!」


「痛い目見ねぇと分かんねぇみてぇだな!」


「い、いや」


「おい、やっちまえ!」


 ――あ、あーっやっぱそうなりますぅ!?


 前後のチンピラが同時に飛び掛かってくる。

 仕方なくバスケットを片腕で抱き込み、反対の手でフードの端を握る。両手が塞がるけど、こいつら程度ならば問題ない。

 軽く腰を落として身構える。


「うらぁ!」


「フッ」


 前のチンピラが俺の顔目掛けてストレートを放った。

 それを前に踏み込みながら屈むことで避け、一気に伸び上がってみぞおちに膝蹴りを叩き込む。


「ガハァ!?」


「アニキ!? くっクソ!」


 後ろから焦って殴り掛かってきたチンピラを一歩引いて半身になる事で避け、すれ違い様に足を引っかけて転ばせた。


「あべし」


「ぐえっ」


 おう、丁度うずくまってたチンピラ(前)の上に着地したみたいだ。

 仲間にボディプレスかましたと気付いたチンピラ(後)が、慌てて飛び退く。


「すいやせんっアニキ!」


「ぐっう……あとは、任せた。ガクッ」


「ア、アニキーーィ!?」


 仲良いなお前ら。


「う、うぅ……き、今日の所はこれくらいで勘弁してやらぁ!」


 チンピラ(後)がチンピラ(前)を抱えてそそくさと退散して行った。

 捨て台詞が三下すぎる。

 アイツ等はやっぱり、小悪党にもなれない程度のチンピラだったようだ。


 フッ、それにしてもさっきの俺、格好良かったな。

 後ろからの攻撃をノールックで回避。観客が居なかったのが心底悔やまれる。

 鼻歌を歌いだしそうな気分でバスケットを手に持ち直し、家に帰るべく足を踏み出――せない!? 転ぶ!!


 ――パンとフードは死守っ!!


「ひでぶっ」


 顔面から行った。両手が塞がってたから仕方ないとは言え、鼻の痛みに若干後悔しないでもない。


「ぶっくくくく」


 頭上から聞こえて来た笑い声に、反射的に空を振り仰いだ。


「【突風(ギース)】」


 屋根から飛び降りた人影が風魔術で落下の衝撃を殺して俺の側に着地する。

 人影の正体が分かり、チラリと自分の足を見ると両足に蔦が絡まっていた。


「ディヴ兄……」


 恨めしさを込めて彼の名前を呼ぶ。


「くくくく、いやもう、反応が予想通り過ぎて! ジーンなら片手で上手く体支えられただろうに、顔面強打て! うはははは!」


 この腹を抱えて笑う、人の足に細工して転ばせた野郎は、俺の二歳上の兄、ディヴィーだ。

 次兄ディヴィーは無類の悪戯好きで、何かしら俺によく仕掛けてくるのである。

 弟が上手く嵌まったと、天使な母上様そっくりの超絶イケメンな顔に浮かぶ輝くような笑み!

 殴りたい、その笑顔。


「ディヴ、兄……」


「ははは、ごめんて。だけど今回のは咄嗟だったから、いくらでも防げたと思うよ? 油断大敵ってね!」


 それを言われると反論出来ない。

 チンピラを撃退して調子に乗って油断しまくってたのは確かだもんな。


 ため息を吐きつつ、起き上がる。バスケットと中身のパンは無事のようだ。

 確認してる間にディヴが俺の服に付いた土を払ってくれた。

 足に絡んでいた蔦がシュルリと解ける。


「ディヴ兄は屋根の上で何してたの?」


「んー? ジーンを探してたんだよ。優しい兄ちゃんは心配で迎えに来たんだ」


 どの口が言う。


 ――どこの世界に弟を見付けたら、チンピラを撃退した所だったからって咄嗟に転ばせる優しい兄が居るってんだ!


 思わずディヴをジト目で見上げる。

 せっかく俺の勇姿の観客が居たってのに、それがコイツじゃ意味無いじゃねーか。


「さっ帰ろっか。母さんがご馳走作って待ってるよ」


 ディヴが俺の手から自然にバスケットを取る。

 軽い足取りで進む兄の背中を追って、夕闇迫る街を歩いて帰った。




 ◆・◆・◆




 夜半前。

 俺は月光照らす自室で一人、ベッドの上で胡座をかいて腕を組み、ただ待っていた。

 俺の誕生日祝いで賑やかだった家は、家族全員が寝静まって静寂に包まれている。


 その姿勢のまま一時間程目を閉じて待ち続けた。

 俺の心は凪いでいた。

 今の俺は、過酷な修行の末に悟りを開いた修行僧。

 パン屋の帰りに浮わついていた、あの時の俺とは違うのである。


 カッと目を見開く。


 ――今だっ!!


「【身体情報(スィヒ)】!」


 この魔術は、ラノベで言えば鑑定やステータス表示に当たるものだ。まぁ、それ等に比べると大雑把な上に自分のしか見られないってんで、不便な代物なんだけどな。


 ――しかし、んな事はどーでもいい! 今大事なのは、これで《祝福》が分かるって事だ! さてさてさーて、どうなったかな――。



====================


[ユージーン・エヴァンズ]人間 12歳 

生命力:58/58

魔力:63/102

スキル:

【警戒】【迷彩】【体術】【剣術】【火魔術】【風魔術】【土魔術】【闇魔術】

祝福:《勇者の片鱗》


====================



 ――は?


「ス、【身体情報(スィヒ)】……」


 目を擦ってもう一度《祝福》の欄を確かめる。


祝福:《勇者の片鱗》


「え……はあ?」


ユージーン は こんらんしている。


 ま、待て待て。とりあえずコレ(・・)についての情報を思い出してみよう。



 《勇者の片鱗》。

 勇者候補と呼ばれる《祝福》。

 魔王を討ち倒すため、ただ一人の《勇者》を選任する目的を持った特殊な《祝福》。

 変化する事を前提としている。



 うん、ちょっと落ち着いたぞ。とりあえず――。


 ――なんっでやねん! 俺のっ何処がっ勇者だぁああ!? 街中で瞳見せただけでパニック起こせる俺はむしろ魔物側! どう見ても闇属性、邪悪属性! 顔面魔王だろうが!?(錯乱)


 バッシバッシとぶっ叩きまくった枕を膝に置いて、考えに耽る。


 ――そうだ、勇者候補だと分かった奴は教育のために、強制的に聖国行きになる。普通なら名誉な事だって喜ぶ所だけど、冗談じゃない。


 俺は自由に異世界を見て回れる冒険者になりたいんだ。聖国でガッチガチに監視されるなんてごめんである。


 ――しかも確か、《勇者》になれなかった勇者候補達も魔王討伐には参加するんだよな? いやいやいや、ムリムリムリ。


 安全に旅する為に、それなりに強さを求めてはいる。

 だけど、命掛けで立ち向かうなんて俺には無理だ。逃げ出す自信しかない。

 人類の希望なんて、荷が重すぎる。


「……よし、決めた」


 俺は、誰にも俺が勇者候補だとバレないように異世界を満喫する!

 そして勇者の責務からは逃げて逃げて逃げまくり、《祝福》を変化させて勇者候補からの脱落を目指す!!


 握り込んだ両拳が月明かりに照らされる。


 ――今度こそ、楽しい人生のために!


「やるぞっおー!!」


 俺の決意の雄叫びは、夜の暗闇に混ぎれて溶けていった。




『ユージーン・エヴァンズは勇者になりたくない』

ユージーン君はこの後、夜中にうるさい!と家族に怒られました。

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