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3話:羨望

前回の部分で違和感を覚えたので、最後の方をちょっとだけ修正。

大筋には全く関係ないので気にしないでいただければと。

「二人とも、タイピングは得意?」


 教壇の前に立って、おくはらは俺達を見下ろした。

 なんだかんだで外見は美少女に違いないから、こうしていると様になる。とはいえ、やはり余り顔を突き合わせてはいたくはなかった。

 一条先生にやると言ってしまった以上は、やるしかないが。

 ちなみに一条先生は別の仕事があるとかで、ここにはいない。おくはらに放任していった。


「私は結構自信があるっすよ! 先輩は?」


 俺の隣で元気よく手を挙げる三碓。


「俺もまあ、普通くらいだ。得意ってわけじゃないけど、不得意でもない」

「それなら、原稿用紙の無駄遣いをせずに済みそうね」


 『手も疲れにくいしね』と言いながら、おくはらが教壇の脇に置かれていたリュックからとりだしたのは、二台のノートパソコンだった。

 去年の秋ごろに学校で借りられるようになったもので、授業でたまに使うことがある。

 残念ながらネット環境はないから、ネトゲはできないが。


「これを使って。文章ソフトはデスクトップにあるから。マウスが必要なら、一応用意してあるから言って頂戴」

「用意周到っすねー」

「これくらい当然よ」


 おくはらはすまし顔で俺達の前にノートパソコンを静かに置いた。

 俺と三碓はディスプレイを開いて、電源のスイッチを入れる。

 まだ導入されてから一年くらいしかたってないからか、起動が早く、すぐにデスクトップ画面へと移る。


「さて、それじゃあ、まずは模写で文章を書くことに慣れるところから始めましょう。貴方たち、国語の教科書は持っていたりするかしら」

「あ、置き勉してるんで、ないっすねー。とりに行った方がいいっすか?」

「いいわよ。私の教科書を貸すから、それを使って……、九ノ瀬くんは、その」


 おくはらは教科書を三碓に渡すと、不安げに俺を見る。


「そんな目で見んなって。国語の教科書くらいは持ってる」

「そう、よかったわ」


 おくはらはほっとしたように胸をなでおろして、教壇の前へと戻る。


「先輩、何か悪いことでもしたんすか? 信用されてなさすぎっすよ」

「どっちかというと、悪いことされたのは俺なんだけど……」


 三碓がひそひそと話してくるので、俺もなんとなく小さな声で返す。

 おくはらは黒板に何やら書き始めて、気づいている様子はなかった。


「ふーん。どうだか。先輩、もしかしておくはら先輩の胸でも揉んだんじゃないですか? 私ほどじゃないっすけど、結構大きいっすもんね? 私ほどじゃないっすけどっ」

「なぜ2回言った……、そもそも、あいつの胸なんて触るくらいなら、お前のを触った方がマシだ」

「その言い方、すっげえ腹立つんすけど」

「気にするな。言葉の綾だ」

「………何を話しているの?」


 そうしていると黒板に文字を書き終えたおくはらが、眼を細くさせてこちらを見下ろしていた。


「なんでもないっす! 先輩がセクハラしてきたってだけで!」

「………私、なにかしたかしら?」

「ああ、いや、おくはら先輩じゃなくて! スグルん先輩ですよ!」

「スグル……ああ、九ノ瀬君」


 おくはらは納得したように頷いた。


「おいこら、なにどさくさに紛れて人のことをあだ名っぽく呼んでんの? 殴るよ?」

「なんで!? いいじゃないっすか! この教室、先輩は二人いるんだし! 『ココノセセンパイ』って、『セ』が二つ続くから、言いにくいんすよ!」

「言いにくいかどうかはともかく、確かに『先輩』だけだと分かりにくいわね。うん、それでいいんじゃないかしら?」

「勝手に決めないでもらっていい?」

「じゃあ、先輩は今度からスグルん先輩っす!」

「………もういいよそれで、めんどくせえ」


 はあ、と小さく溜息を吐いて、俺は黒板の方を向いた。

 見れば、黒板には今後の予定が書かれているらしかった。


『スケジュール表

10/3~10/10 模写

10/11~10/19 創作練習

10/20~10/31 短編小説作成

11/1~11/25 提出作品の完成

11/27 締め切り』


「こうしてみると、簡単そうに見えるな」

「一応、勉強に支障がない程度に、初心者であることを踏まえて平日4時間、休日8時間のスケジュールで組んでみたわ」

「………え? 4時間?」


 三碓はあんぐりと口を開けて、


「む、無理無理無理! 無理っす! そんなにやってらんないっす!」

「そうはいっても、たった二か月で入賞しなくてはいけないとなると、最低でもこのくらいは必要よ?」

「それなら、おくはら先輩がでてくださいっす! プロ作家なんすよね!?」

「私はそもそも弓道部だし、プロが学生の大会に出るわけにもいかないでしょう」


 それもそうだ。

 町内将棋大会に、プロ棋士が参加していたら場違いもいいところだろう。完全にぶち壊しである。


「三碓、頑張れよ」

「スグルん先輩!? あんたもやるんすよっ!?」

「陰ながら応援してるからな」

「ちょっと、なに逃げる気満々でいるんすか! 絶対逃がさないっす! 逃がさないっすよっ!」

「あ、おい、ちょ、やめろ!」


 三碓は俺の襟をつかんで、前後に振り始める。

 さ、三半規管が……。うぷっ


「ちょ、吐くな、こんなところで吐くなっす! ファイトイッパーツ!」

「…………三碓さん、九ノ瀬君が死にそうだから、手を放してあげたら?」

「………あ、すみませんっす」


 おくはらに言われて、手を放す三碓。

 ……クソ、こいつ覚えてろよ。

 俺は崩れた襟を正して、椅子に座りなおした。


「というか、平日4時間ってことは、家でもやる必要があるっすよね」

「ええ。そこは頑張ってほしいとしか言えないわね。それぞれ、都合もあるでしょうから」

「うーん……4時間かぁ」


 三碓は悩むように唸りながら、腕を組む。

 こいつ、どうせ家に帰ってもエロゲーしかやってないんだろうし、時間なんていくらでもあるだろ。


「スグルん先輩のマンションって、ここから近かったっすよね」

「ん、まあ、歩いていけるくらいには近いな」


 具体的には、駅とは反対側に15分ほど歩いた場所にある、オートロックシステムもないような、小さなマンションだ。

 逆に言えば駅は少し遠いけれど、近くにはコンビニもスーパーもあるし、住むには便利な立地で、結構気に入っている。


()()で合宿しません?」

「やんねえよ。普通に自分の家でやれよ」

「一人じゃ絶対集中できないっす! 途中からゲームやり始めるのがオチっすよ!」

「だろうな。頑張れ」

「ひ、ひどい! 見放されたっす……」


 涙目になってオーバーアクション気味にがっくりと肩を落とす三碓。

 そもそも、女子を部屋に泊めるとかできるわけねーだろ……。


「二人は、その………、随分と仲がいいのね?」


 おくはらは困ったように眉尻を下げて、俺と三碓の間に視線をさまよわせた。


「まあ、スグルん先輩は、私がいなきゃ寂しくて死んじゃう、可哀相な生き物っすからね。こうしてかまってやってるんすよ」


 三碓は得意気にふんぞりかえって、俺の頭をポンポンと叩いた。

 この野郎……。


「…………テストのたびに俺に『勉強を教えてほしいっすーーー! このままじゃ赤点っす!』とかいって泣きついてくるのは誰だっけ?」

「スグルん先輩は、完璧でとても素敵な、私が尊敬している唯一の先輩っす!」


 現金なやつである。

 ただ、流石にイラっと来たので、今度のテストでは痛い目にあってもらうとしよう。俺と言う先輩の偉大さを思い知らせてやるべきだ。

 どうせ赤点とりまくるんだろうけど。俺の知ったことではない。


「……………」

「………………………?」


 ふと気になって、俺はそのまま黙り込んでしまったおくはらを見やる。


(…………うん?)


 その表情は、おくはららしくなかった。

 俺を貶めた彼女らしくない。

 相応しくないともいうべきか。


 それはどこか寂し気で、哀愁を漂わせているようにさえ見える。あるいは、おくはらが元来持つ物静かなイメージが、そう感じさせているだけかもしれない。


 ただ、どうしてか。

 偶に羨ましそうな表情で三碓を見るおくはらの姿が、とても印象的だった。

誤字脱字の報告をしてくださった方、ありがとうございます。とても助かります。

また、ブクマ評価もありがとうございます。とてもうれしいです。

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