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エネルギヤ  作者: 四月
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平成28年10月 世界が終わるまでは

 佐藤が泣きながら電話をかけてきたのは大学3年の秋のことだった。

 私と佐藤は札幌市内の私立大学に通う同級生だ。入学当初から行動を共にすることが多く、大学内では一番の友人だった。明るく社交的だが傷つきやすく、見ていて危なっかしく思うことも多かった。

 そんな佐藤が受話器の向こうで声をしゃくりあげて泣いていた。2年半の付き合いの中で佐藤がそんなふうになるのを目の当たりにするのは初めてだった。「どうしたの」と尋ねはしたけれど、まともに話ができる状況じゃないことはわかりきっていた。しばらく佐藤が落ち着くのを待ち、やっと聞き取れた言葉は、「岸田さんがいなくなった」だった。


 岸田さんとは佐藤の恋人のことだ。年は佐藤の一回りと1つ年上。佐藤が通っていたレストランの店長だった。異性に不自由しているわけではない佐藤がわざわざ一回りも年上の人を選ぶなんて、よっぽど容姿がいいのか、と無粋なことを思いながら見せてもらった写真には、なんてことはない、どこにでもいるようなおじさんが写っていて、心底驚いたのを覚えている。

「普通のひげのおじさんだよ。背は高いけどお腹にお肉もついてきてるし、生え際もあがってきてるし、体力もないし。加齢臭はまだしないけどね」

 佐藤はよくそう言った。どこが好きなのか聞くといつも「わかんない。しつこく口説かれたから根負けしただけかも」と笑った。

 そう言いながらも佐藤はいつも岸田さんの話をした。ふざけて「うちのおっさんがね」と話題を出す佐藤の顔は幸せそうだった。交際をはじめてからしばらくして岸田さんは東京に異動になり、実家のある横浜市に引っ越してしまったため遠距離恋愛となったが、岸田さんから連絡が来るたびに嬉しそうにスマートフォンの画面を眺めているのを見るとなにも心配はいらないように思えた。

 一度、岸田さんの人柄について佐藤に聞いたとき、佐藤は少し考えてからこう答えた。

「高田純次みたいな人」

「なにそれ、いい加減ってこと?」

「いつもくだらない冗談ばっかり言ってるの。陽気な人だよ。…本当はすごく神経質で、繊細で、脆い人だけど」

 そういう面はわたししか知らないの、と佐藤は微笑んだ。

佐藤は卒業後東京に就職する予定だった。「いずれは岸田さんと結婚するつもり」と言っていた。もともと現実主義で結婚にも夢を見ていなかったはずの佐藤が、「未来にあまり期待はしていない」と言っていた佐藤が、当然のように岸田さんとの未来を語る様は、見ていてとても胸が暖かくなるものだった。

 そんな岸田さんが、佐藤の前からいなくなった。


 佐藤が岸田さんと連絡が取れなくなったのは電話から2週間前のことだ。「明日病院に行く」というメッセージを最後に、なにを送っても返事が来なくなった。何年も前から、双極性障害、いわゆる躁鬱病を患っていたため、精神的に調子が悪くなってしまったんだろうと思った、と佐藤は言った。もともとそうなってしまうと音信不通になる癖もあった。心配ではあるけれど一旦そっとしておいてあげようと佐藤は思った。いずれ落ち着いたら連絡をくれるだろうと。

岸田さんから「ごめんなさい」とだけ連絡が届いたのは、それから10日ほど経った頃だった。佐藤はすぐさま「ちゃんと待ってるから気にしないで」と返信をしたが、そこからまた返信は途絶えた。

そして、私に電話をかけてきた10分ほど前、結果として最後となった岸田さんからの連絡が、佐藤のもとに届いた。

「ごめんなさい。もう会えません」

 佐藤はすぐに岸田さんに電話を掛けた。しかしすでに着信拒否をされていた。呼び出し音すら鳴らずに「通話が終了しました」と表示されたのを見て、佐藤は絶望した。


 「どうしたらいいの」と言う受話器の向こうの佐藤の声は消え入りそうだった。このままでは佐藤は死んでしまうのではないかとすら思った。そう思うと涙が出てきた。私は、佐藤が岸田さんと連絡をとれずにいた2週間、どんな思いでいたかも知っていた。こんなのあんまりだ、と思った。こんな終わり方はあんまりだ。ひどすぎる。神様、これが毎日健気に連絡を待ち続けていた佐藤に対する仕打ちですか。

 「東京まで行こう」と言ってしまったのはほとんど無意識だった。佐藤が返答に詰まるのがわかる。「行こう。ちゃんと直接話しをしに行こう。私もついていくから」と畳みかけた。このまま終わらせるわけにはいかない。異性に不自由しているわけではない佐藤がわざわざ一回りも年上の人を選ぶなんて、よっぽど容姿がいいのか、と無粋なことを思いながら見せてもらった写真を思い出す。なんてことはないどこにでもいるようなおじさんの横には、今まで見た中で一番可愛い笑顔の佐藤がいた。

 佐藤の返事を待たずに、自分のパソコンの電源を入れた。飛行機の値段を調べなければと思った。


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