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ことだまあそび  作者: 一初ゆずこ
篠田七瀬と女子更衣室の怪
6/6

「やはり、此処ここに居たのですね」

 落ち着いたアルトの声が、八畳間の和室へ染み込んでいく。藍鼠あいねず色の着流し姿で文机に向かっていた呉野和泉は、開いた障子戸の前に立った初老の男を振り返り、莞爾にっこりと歓迎の笑みを見せた。

克仁かつみさん。丁度良いところに。折を見てこちらからご挨拶に伺おうと思っていました。本日はご足労いただき、ありがとうございます」

「君の話し方は相変わらずですね。言葉と行動に矛盾がありますよ。部屋の真ん中へこれ見よがしに卓袱台ちゃぶだいとお茶を用意して、最初から此処で私を待つ気でいたのは明らかではありませんか。君は昔から、私が國徳くにのりさんと話していると、ふらりと姿を消していましたからね、イズミ君」

「克仁さんの語る僕は、謙虚で内向的な少年のようですね」

「君が本当に謙虚で内向的な少年かどうかはさておき、イズミ君。君は〝わかって〟いましたね?」

「はて、何のことでしょう?」

「空とぼけても誤魔化せませんよ。君は私が此処に来ることを、あらかじめ〝判って〟いたのではありませんか? れも、かなり正確に」

 そう言って、カーキ色のズボンと麻の白シャツに身を包んだ初老の男――藤崎克仁ふじさきかつみは、穏やかな微笑に老獪ろうかいさを織り交ぜて、目尻に細かな皺を刻んだ。窓に面した廊下には木々を透かせた日差しが入り、海老茶えびちゃ色の床が新緑色に照っている。

「君が予め〝判って〟いた事。まず一つ目は、私がこの御山の麓の『歌仙庵かせんあん』から、天麩羅てんぷらを買ってくる事です」

「そういえば、天麩羅と蕎麦が美味いと有名なあの蕎麦屋は、そんな名前でしたね」

「二つ目は、私がの家の台所に立ち、國徳さんに粥を出した事」

「御父様も、克仁さんの手料理が大好物ですからね。貴方の作る中華粥は、お店を出せるほど絶品ですよ」

れはどうも。君の分もありますよ。さて、そして三つ目は――買ってきた天麩羅を用いて、君に早めの夕餉ゆうげを届けること」

 克仁は悪戯っぽい笑みを深めると、その場に静々と座してから、障子戸の影に隠していた盆を手に取って、和泉に見せた。中華粥の小鉢と天麩羅蕎麦が二つずつ、ほかほかと湯気を立てている。青色の目を瞠った和泉は、幸福そうに頬を緩めた。

「嬉しいですね、あの店の天麩羅がそろそろ恋しくなっていたのですよ」

「天麩羅を食べる事は、我々の秘密ですよ。氷花さんに知られたら、屹度きっと羨ましがりますからね」

「食べ物の恨みは恐ろしいという言葉もありますしね。とはいえ、そんな悪だくみをうそぶきつつも、氷花さんの分も買っているのが、貴方というお人です。……ご心配には及びませんよ。いずれあの子は、好きなだけ天麩羅を揚げられる毎日を送りますから」

「? 何かいましたか」

「いいえ、何も。ああ、克仁さん。ありがとうございます。それでは、冷めないうちに頂きましょう」

「……。イズミ君。君の異能、もしや強くなっているのではありませんか?」

 配膳を終えた克仁は、卓袱台を挟んで和泉の正面に腰を下ろすと、胡乱げに目を細くした。「はて、何のことやら。ああ、やはり天麩羅は流石の美味しさですね。御父様おとうさまも喜ばれたのでは?」と和泉が飄々と答えるので、克仁は小さく嘆息した。

うですね、喜んで下さいましたよ。油ものなので迷いましたが、持ってきた甲斐がありました」

「御父様は、全て召し上がられましたか」

「ええ。以前より食が細くなっていると聞いていたので、ほっとしましたよ。まだまだ國徳さんには、元気でいてもらわないといけませんからね」

「本当に、その通りですね。御父様も話し相手が僕だけでは退屈でしょうから、お時間が許せば、今度は手ぶらで遊びに来て下さい」

「イズミ君。話題を逸らすのはこの辺りにして、きちんと私の質問に答えてもらいましょうか。君の異能、強くなっているのでは?」

「珍しいこともあるものですね。克仁さんが、そんなにも一つの話題にこだわるとは」

「いいえ、私は始めから二つの用件で此処へ伺いましたから。一つは、國徳さんのお見舞い。そしてもう一つは、イズミ君。君の真意を聞かせてほしいからですよ」

「僕の真意?」

「左様。君は先月、私に妙な依頼をしたではありませんか。――『夏の盛り、葉月の頃に、私の元教え子を含む中学生四名を、私の家に招きたい』……と」

「ええ、お願いしましたね」

天邪鬼あまのじゃくな君のことですから、現時点で私に全ての情報を開示する気はないのでしょうが、気になるではありませんか。七瀬さんが関わっていますしね」

「克仁さん、その話は後にしませんか。せっかくの蕎麦が伸びてしまいますよ」

「君が話し始めたら、私も早めの夕餉を頂きますよ」

「おやおや、本当に珍しいこともあるものですね。では、そのお話の代わりに一つ、〝夢〟の話でもしましょうか」

「夢、ですか」

「ええ。僕が未明に見た〝夢〟です。さあ、克仁さん。約束ですよ。食事を摂って下さい。天麩羅も、つゆでふやけてしまうではありませんか。――〝夢〟の舞台は、東袴塚学園中等部。貴方の元教え子である篠田七瀬さんが、放課後に忘れ物を取りに行くために、一人で更衣室へ赴くところから、この〝夢〟は始まります……」

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