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ことだまあそび  作者: 一初ゆずこ
篠田七瀬と女子更衣室の怪
1/6

本編第3章・『鏡よ鏡』から一か月後。

七瀬と拓海、中学三年生の五月。

 その男は、天狗隠てんぐかくしにった子供のように、深山にひっそりと佇んでいた。

 あやかし化生けしょう、山の神――他にも、異人、天狗等と呼称される人にあらざる存在にさらわれてしまった者達は、神に隠されたかのように失踪し、やがて数年の時を経て、山中で目撃される例があるという。しかし共に帰ろうと呼びかけても、彼等が応じることはない。

 何故なら、攫われた彼等は既に山の眷属けんぞくとなっていて、人の世とは再び交われないからだ。伝承の信憑性は、袴塚市こづかしで最も民俗学に精通した人物に、少林寺拳法の稽古の後で聞いたのだから、間違いない。

 かつての師である男、藤崎克仁ふじさきかつみの言葉を、思い出しながら――篠田七瀬しのだななせは呆然と、セーラー服の襟とサイドで結った巻き髪を、風光かぜひかる森でそよがせた。

 木々の梢からは光の翠雨すいうが降り注ぎ、繁茂した下草を濡らしている。潤いを含んだ土と花が匂い立ち、蝉の羽のような皐月さつきの光は、青葉の連なりをさやかに透かし、小さな泉へと射し込んでいた。

 水面の煌めきの向こうには、神々しいまでの緑に囲まれた、一軒の古色蒼然こしょくそうぜんとしたあばがある。

「……ここ、どこ?」

 戸惑いの震えを抑えた七瀬は、傍らを振り返り、息を呑む。

 ――先刻までいたはずの連れが、どこにもいない。

「ちょっと、からかってるの? 隠れてないで、出てきてよ……」

 憎らしくて堪らない人物だが、この状況ではいないよりマシだ。だがいくら周りを見回せど、見知らぬ森の景色のどこにも、連れの姿は見当たらない。木立の陰の一つ一つへ視線を転じた七瀬の耳朶を、その時、凛とした声が不意に打つ。


「――言霊ことだまという言葉をご存知でしょうか。声の形で発した言葉は、現実に対して影響力を持つという考え方ですが……ああ。貴女あなたはもう、とうにそれをご存知ですね」


 朗々と響いたのは、男の声だ。神々へ奏上する祝詞のりとのような調べの声に、真新しい記憶を刺激され、目を瞠った七瀬は思わず紺色のスカートのポケットへ手を伸ばし、声の方角に目を戻す。

 聞き覚えのある声だった。

 一ヶ月前に、七瀬の『鏡』を供養した男の声と、同じ声だ。

 苔むした屋根を持つ荒ら家の縁側に、いつの間にか現れた人物は、和装だった。白い着物に浅葱あさぎはかま。七瀬が呉野くれの神社を訪れた時と、装いの清廉さが変わらない。木漏れ日を受けて灰茶色に艶めく髪も、空を映し取ったように青く澄み渡る双眸も、端整な貌に浮かぶ表情の柔和さまでもが、この不可解な状況であっても変わらない。

 知り合いに出会った安堵よりも、新たに生まれた緊張感に従って、七瀬はポケットへ伸びかけた手をぎゅっと握る。そうして気持ちを整えると、己の呼び方で男を呼んだ。

「お兄さん……?」

 男の名は、呉野和泉くれのいずみ

 和装姿の、異邦人。

 そして、七瀬と敵対する異能の少女、呉野氷花くれのひょうかの――兄。

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