お前のものになんかならない
毎朝猫に変身してしまう男の子と、そんな猫に毎朝構っている所為で遅刻しそうになっている女の子のラブコメ的な何かです。
普段書くものとは毛色が違うんですが、思いついたら書かずにはいられませんでした。
「じゃあ蓮ちゃん、先行ってるね。道に気をつけてね」
「にゃ」
今日も飽きずにタクは俺の荷物を持って先に登校していった。
あいつの世話焼きには毎度助けられているが、それにしたって人が良すぎると思う。
いくら幼馴染だからといっても、こんなわけのわからんヤツの世話を焼くなんて。
こんな、毎朝猫になるヤツの世話なんて。
小学五年の冬の終わりから俺は毎日、朝起きてから1時間だけ猫になるようになっていた。
黒い艶やかな毛並みの黒猫で、瞳の色は人の時と同じでオッドアイ。父さんの方の爺ちゃんがロシア人で綺麗なアイスブルーの瞳をしていて、何の因果か俺の左目にその色が出たのだ。
父さんは普通に鳶色の瞳だけど母さんが色素の薄めな人だからか、右目が赤茶で左目が斑らに赤茶の入ったアイスブルー。小難しい言い方をするとダイクロイックアイって言うらしいけど、めんどくさいからオッドアイ。
猫になるといっても姿形が変わるだけで、思考や感覚は俺のまま。喋ろうとするとそこは猫の鳴き声になる。
昼寝では変わらない。変身するのは朝起きた時だけだ。どうにか阻止できないかと夜更かしも試したけど、十二時前には必ず猛烈な睡魔に襲われてしまい全くの無意味だった。
両親と相談した結果は、普通に暮らせなくなったり家族と引き離されたり妙な連中に攫われたりしたら困るからと、本当に限られた人にしか知らせないことになった。
お互いの両親同士がそれぞれ幼馴染だったタクの家族にだけ伝えて、子供同士が同い年だからって何かあったら助けてあげてくれと言われたタクは妙に張り切って、それ以来ずっと俺の世話を焼いてくれている。
けど、こんな変な幼馴染の為に貴重な青春を浪費させてしまっているのが、些か以上に気兼ねする。彼女もいるのに大丈夫なんだろうか。
高校二年の現在、猫としての外出にも慣れたもので悠々と通学路を歩いている。
本当は早起きとかできればいいんだけど、どうにも七時過ぎまで目が覚めない。多分これも猫化の影響だと思う。
なので衣服と学校の荷物をタクに持って行ってもらい、俺は猫の姿でスタコラ通学するわけだ。
通る道は塀の上や家の間、偶に平屋の屋根の上。高所恐怖症なのであまり高いところには登れず、子供や車が怖いので低い所にも降りられない。
チキンでは断じてない。猫の身には子供は怖いのだ。ヤツらは遠慮や加減というものを知らない。メッチャ追いかけ回されるし、力の限り撫で回してくる。
車はもっとヤバい。普通の人では理解し難いかも知れんが、遥かに見上げる大きさのモノが高速で動き回る近くなんて恐ろしすぎて近寄りたくない。
なので俺は毎朝、適度な高さのところを歩く。猫の体は柔軟性とか瞬発力に富んでいるので、それなりの高さならなんのその。ぴょんと飛び跳ねて移動出来る。
そうしてひょこひょこ歩いていると、植え込みの近くで小枝に唯一の荷物が引っかかってしまい、足を止めた。
俺は毎朝、一本のリボンを咥えて家を出る。
これはかれこれ四年か五年ほど続いている習慣だ。
深い青色のリボンで飾り気はなく、適当に丸めた状態で口に咥えているのだがそれほど痛んでいるわけではない。なんせ偶に新しいものに取り替えられているからな。
男の俺が何故、しかもわざわざ猫の姿で持ち歩いているのかというと、こんな言い方では気障ったらしく聞こえるが一人の女の笑顔のためだ。
俺の通学路では数少ない地面を歩く必要のある場所の一つ。そこに行き着いた時には、既にその女が立っていた。
「あ、おはようヒマ」
「にゅ」
女の声に返事を返すが、リボンを咥えているのでくぐもった感じになるのはご愛嬌。
俺をヒマと呼ぶこの女は乾蘭子という名前で、なんと俺のクラスメイト様である。中学から同じ学校で、大体隣か同じクラス。
中学は七クラスで高校では八クラスなので、腐れ縁というには遠いけど他人というにはやや近いくらいの関係だ。
カラッとした明るい性格で、言動はどこか男らしい。まっすぐに伸ばした黒髪を校則通りに一つにまとめた姿は様になっていて、男どもからの人気も高い。
なんでも友達付き合いの中で見え隠れする女の子らしさが堪らんのだとか。知らんがな。
なお、タクの彼女の幼馴染でもあるらしい。だから知らんがな。
リボンを咥えた俺を見つけた乾は、嬉しそうに寄ってきてリボンを俺のしっぽに結ぶ。しっぽが重くなるのであまり嬉しくないが、首だと戻った時が怖いのでこっちにして貰っている。
「どうしてお前はいつも解いて持ってくるのかな? まったく困ったヤツだなぁ」
「にゃー」
「ふふっ、ちゃんと持ってくるから気に入ってくれてるのはわかってるよ」
乾はそういうと俺を撫でたり擽ったりしてくる。その間俺はされるがままだ。地面を転がるのは汚れるからあんまりやりたくないけど、転がされればそのまま転がる。
指先を顔の前でフリフリされれば、じゃらされることも厭わない。本能とかはないので別に誘われるわけではないが、じゃれてやると嬉しそうにするからじゃれつく。
乾がいつも持ってくるクッキーも食べる。これは流石に地べたには置かずに手の上で食べさせてもらう。女子の手でクッキー食べる男子高校生とか考えたらかなりヤバイけど、地べたに置かれたクッキー食べるよりは百倍マシなので、この時だけは「俺は猫、生まれた時から猫」と頭の中で唱えながら食べる。
そんな葛藤するなら食べなきゃいいと思うだろう。俺も最初はそう思った。
だが一度拒否した日に学校で、わざわざ俺の為に作ってて余りを自分で食べていることを知ってしまい、それ以来拒否するのが妙に忍び無くなってしまい今に至る。
出来るだけ綺麗に食べて、けれど出来る限り手に口が触れないようにする。
そうして俺が食べ終わると、乾はいつもの幸せそうな笑顔を浮かべる。作った料理を綺麗に食べてもらった時の嬉しい気持ちは分かるので、俺もいつも通り「ご馳走さま」って気持ちを込めて「にゃ」と一声鳴く。
「はい、お粗末様でした。いつも思うけど、お前はお上品な子だよね。食べ方も綺麗だし、毛並みも綺麗だし」
「にゃー」
そりゃあ中身は人間だからな。
その後も少し戯れ合うが、そろそろ時間が怪しいな。
そう思ったタイミングで俺は起き上がると、乾の手に頭を押し付ける。
「ん、もう行くのか? まだ良いんじゃない?」
「にゃっ」
「わかったわかった。お前は朝しかいないから私は寂しいんだよ。こんなに一緒にいるんだし、そろそろうちの子になりに来ないか?」
「にゃー」
乾は俺がいる限りここを動かないので、別れを告げて俺は走り出した。
いつからか言われ出した最後のアレを思い出さないように、残りの道を駆け抜ける。
ああやって誘ってくる時、俺は乾の顔を見ない。ただ気に入っている野良猫に言っている言葉だってことは分かっているのに、妙な気持ちにさせられるから。
俺はお前のものになんかならないんだよ、ばーか。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「間に合ったー!」
「蘭子ちゃんまたギリギリだよー」
教室に駆け込んだところで、クラスメイトで幼馴染の遥香から声をかけられた。
お願いして先に行ってもらっているからか、遥香はいつも教室のドアのところで私を待ってくれている。彼氏は良いのかと思うけど、聞いてみたら「タクくんって朝はいつも忙しいから大丈夫なの」と今にも蕩けそうな甘い表情で答えられた事がある。天ヶ瀬のヤツは部活もやってないはずなのに、彼女をほっといて何やってるんだか。
「あ、ハルと乾さん」
「タクくんおかえりー。柳井くんもおはよう」
「あ、おはよう。柳井、天ヶ瀬」
「おう、おはようお二人さん」
私と遥香が教室の出入り口で話していると、丁度天ヶ瀬と柳井がやってきた。この二人も幼馴染同士らしくて、とても仲が良い。
中学から同じ学校で度々見かける事がある、というか大体近くのクラスにいるので知っているけど、しょっちゅう一緒にいる。
爽やか系でスポーツ万能な天ヶ瀬と、物静かで頭が良い上に人当たりもいい柳井は、並んでいると絵になるということで昔から人気がある。
天ヶ瀬はまぁ、典型的な人気者って感じだし遥香の恋人になるだけはある。あの子も何気にモテるから、所謂お似合いカップルだ。
柳井の方はというと、あれで中々モテるらしい。クールな言動にオッドアイでミステリアスさが加わってカッコいいって昔のクラスメイトが言ってたっけ。彼のはオッドアイじゃなくてダイクロイックアイだって、いったいどれだけの子が知ってるんだろうかと、ふと思う。
近くで見ると分かるんだけど、柳井の左目は少し右目の色が差していて花のようになっている。中学校に上がってすぐの頃、ぶつかりそうになった時に間近で見て気づいたことだ。
あの子と同じカッパーとブルーのダイクロイックアイ。
思えばあの子との付き合いも大体あの頃からだっけ。
「……ぃ……」
中学に上がる少し前、たしか遥香が日直で一緒に行こうと言っていたのに、私が寝坊しちゃったから先に行ってもらった日。一人で歩いていた時に偶然あの子に出会って、構っていたら遅刻しそうになったりして。それからは毎朝同じ場所に会いに行ってたのだ。
中学に上がってからもそれは変わらず、あの子にあってから学校へ行き、遅刻しそうで急いで教室に向かっていた時にぶつかりそうになったのが彼、柳井蓮くんだった。
毎朝会っている黒猫と同じ瞳の彼との出会いは、不思議な縁を感じられた。
その後もクラスが近かった所為か、話すことや目に入ることも多かった。
思えば、私はあの時からーー
「乾。おーいっ、乾さん?」
「……え?」
思考が現実に戻ってきた時、思考の中心にあった特徴的な瞳が思ったより近くにあって、私は固まってしまった。
「いくら珍しいからってマジマジと見過ぎ。なんだ、もしかして見惚れたか?」
「あはは、まあ蓮ちゃんの目って綺麗だから仕方ないよ。なんて、それは流石に冗談。けど乾さん、具合が悪いとかじゃない?」
「蘭子ちゃん大丈夫? ぼうっとするなんて珍しい」
「や、ゴメン。ちょっと考え事してた」
なんとか立て直して誤魔化すと、そこから話を逸らして無かったことに。遥香が偶にニヤッとこっちを見るけどそれはスルーの方向で。
「けど遅刻癖はマズイから二人とももっと早く来ないとだよ」
「私は早起きはしてるんだ」
「それで遊んでたら意味ないよ、蘭子ちゃん」
「俺は不可抗力だから」
「本当に? 蓮ちゃん実は日向ぼっことかしてない?」
「いや、猫じゃねえんだから」
「っ!」
気づけば始まっていたお説教タイムで、天ヶ瀬と柳井のやりとりを聞いてついピクッと反応してしまう。幸いそのことには触れられなかったけど、代わりに遥香のニヤニヤが増した気がする。
と、丁度その時、ホームルームのチャイムがなって私達はそれぞれの席に向かう。遥香と天ヶ瀬は廊下側の前の方で、私と柳井は窓側後方。自然と二手に別れたその時、つっと柳井が肩を寄せてきて呟くように私に言った。
「なんかあったら、話くらいなら聞くぞ」
突然だったのとなんのことかピンと来ず、二重の意味で固まってしまったけど、すぐにさっきの事だと気がついた。
普段より少しだけ柔らかくて、優しい声色で。思考が追いつくとジワジワと顔が熱くなる。
素知らぬ顔で一人先に席に着くその背中を見つつ、よく分からない憤りがムクムクと膨らんだ。
この男はいつもこうだ。普段は飄々として冷静な素振りをしている癖に、時折こうして優しい言葉を投げてくる。優しい笑みではにかんで見せて、それに振り回されるこちらの身にもなってほしい。その度に他の子にもこんな事を言っているのかとか、そんな笑みを見せるかとか考えてしまって、そんな自分に自己嫌悪してしまったりして。
こんな事で一喜一憂させられていると、まるで本当に気分屋の猫の相手でもしているみたいだ。あの子はあんなに可愛いのに。
だからこんな時は人知れず、心の中でこう唱える。
そう簡単に、お前のものになんかならないぞって。
おわり
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「そう言えば蘭子ちゃん、今日もあのネコさんに会いに行ってたの?」
3時間目の終わりの休憩時間。遊びに来ていた遥香が、ふと思い出したように聞いてきた。
「うん、ヒマと遊んでからきたけどどうかした?」
「朝に四人で話してた時のことで思い出したんだけどね、確かそのヒマちゃんって柳井くんと同じような瞳のネコさんでしょ? それでなんでヒマちゃんって名前なのかと思って」
そう春香に言われた時、ビクッと反応しそうなるのをグッと堪える。
「なんでって、別に深い意味なんて」
「うっそだー。ヒマちゃんって名前で呼び出したのって中学に入った後だったよね? 蘭子ちゃんの事だからお花から取った名前だろうし」
「うぐっ……いや、たまたま名前をつけようと思った時に目の前に向日葵があっただけだよ」
「ふーん、春に向日葵がねー?」
何やら訝しげにしている遥香から目をそらすと、天ヶ瀬と話す柳井が視界に入る。
向こうは普通に和気藹々と話していて、何だか理不尽な気分だ。
元はと言えば、全部柳井のせいなのに。
ある日柳井と同じ瞳のあの子が実は柳井自身なんじゃないか、なんて子供みたいなことを考えたのが恥ずかしくて、自分の中で区別をつけるために名前をつけることにして。
その時ふと蓮の花言葉が脳裏をよぎったのがマズかった。
実際は柳井は何も悪くないし、そこで向日葵を選んだ事も含めて全部私の自業自得なのはわかってるんだけど。
「そう言えば蘭子ちゃんって、花言葉とか好きだったよね」
まさか考えている事がわかるのかと言いたくなるタイミングで、ニッコリ笑った遥香が言った。
「……まさか分かってて言ってる?」
「さぁて、どうでしょう?」
悪戯っぽい遥香の笑みに、私はその場で悶えたくなった。
今度こそ、おわり
前書きでも書いた通り不慣れなジャンルですが、思いついて我慢できずにリハビリを兼ねて書いた代物です。
そのため文体なんかに違和感があっても、ご愛嬌と思って頂ければ幸いです。
蓮と蘭子の好き合ってるけれど付かず離れずの甘酸っぱさみたいなものを表現したかったけど、果たして出来ていたのかどうか……。
読んで頂いた方に楽しんでもらえていればそれで十分なんですけどね。