双子の音楽家
お花見を続けていたら、どこからか楽器の音が聞こえてくる。
聞いたことのない曲ね。
「ん? なんか人が集まってんな」
あれは確か、野外ライブとかをする場所?
豪華なコンサートが開けるもののはず。
『カズマとあやこの能力が一定値を超えました。イベントを開始します』
「そういう効果もあるのか」
「パラメーターは上げないと不便よね?」
「だろうな。イベント見ておくか?」
ちょっと悩む。けどずっと見ないでおくと支障が出るかも。
この世界の流れを把握する意味でも、必要かもしれない。
「このゲームの目的って、恋人を見つけることよね? 裏目的はないの?」
「わからん。戦闘があるんだし、魔王ぶっ飛ばすとかありそうだけどな」
これは面倒ね。
メッセージは設定解説をしてくれるけど、ネタバレはあまりしてくれない。
コーザの時みたいに、チュートリアルや仕様解説なら別みたいだけれど。
さてどうしましょうか。
「イベントはいつでも見られるのか?」
『このイベントは四月から六月限定です』
「行ってみない? 好感度上げるようなイベントは全部いきましょう」
「そうだな。最速で上げていこうぜ。イベントは危険そうじゃなけりゃ、溜め込まない方向でいくか」
そんなわけでイベントを進めることにしました。
綺麗で大きな屋根付きの舞台と、ずらりと並ぶベンチ。
立ち見のお客さんまでいるわ。
『今は無料で行われている演奏会の最中です。ラストは音楽特待生にして、クローバー王国の双子の兄妹アークとアリーシャ』
素人の私でもわかる、綺麗で澄んだ音色。
みんな静かに聞き入っている。
二人はとても美形で、それがこの空間をより幻想的にさせているのでしょう。
「兄がヴァイオリンで、妹がピアノか」
『楽器だけでなく、その歌唱力は上流階級の集まる学園でも群を抜いており、アークは光を纏う戦士としても一流です。次期クローバーを継ぐ王子でもあります』
紺色の髪と白い肌。金色の瞳。
長身で、立っているだけで絵になるタイプね。
王子様と言われれば納得できる。
『アリーシャは成績優秀。属性付与魔法と強化魔法に優れており、歌姫としても評判です』
凛とした佇まいのお兄さんとは対象的に、アリーシャさんは優しそうで物静かな人。
紺色の髪が少しだけ明るくて、色白のお人形さんみたい。
「完全に別世界の人間だな」
「まあゲームの中なんだけど、それにしても美形ねえ」
それでもカズマが一番なことに変わりはないけれど。
美形のジャンルが違う気がします。
やがて演奏は終わり、拍手喝采観客大満足の中、一礼して去っていきました。
「ん? これでイベント終わりか?」
「あの二人が出てきて終わりなのかしら?」
よくわからないまま自分のクラスのところへ戻ると、さっき見た兄妹がいるではありませんか。
「おや、君たちは確か……」
「え?」
私たちを知っている?
何かしら。何かイベント飛ばしているの?
カズマと目が合う。とりあえず成り行きを見守ろうという視線。
「ようやく会えたな。A組の七色の熾天使あやこさん」
なんですかその恥ずかしい名前は。
初耳ですけど。誰ですか言い出したの。
ちょっと問い詰めたい。
カズマが笑いを堪えているのがわかる。
「そちらの方は、A組の黒獅子カズマ様ですね」
「いや……えぇ……カズマ違いじゃないか?」
カズマも困惑している。
ごめんなさい、ちょっと笑いそう。
さっきカズマが笑ってたのは許してあげるわ。
「間違いない。同じクラスであれほど目立っていたからな。オレの記憶に残っている」
「クラスメイトだったのか。んじゃカズマでいい」
「そうか。学園での友人第一号が君とは光栄だ。アーク・クヴァル・クローバー。アークと呼んでくれ。どうも堅苦しいのは苦手でな」
「ああ、よろしく」
なんか打ち解けていらっしゃる。
悪い人じゃないのかしらね。
「アリーシャ・クヴァル・クローバーです。よろしく願いします」
「あやこです。よろしくお願いします」
優雅にお淑やかにお辞儀されました。
こういう所作が決まっているところがお姫様よねえ。
「あの、あやこ様の試合……私も見ていました」
「様づけしなくていいわ。お姫様なんでしょう?」
「いえそんな……凄いのは兄ですから」
ちょっと俯くアリーシャ。それでもかわいいあたり卑怯だと思います。
何やってもかわいいのはずるいわ。
「もっと堂々としていろ。いつも言っているだろうアリーシャ」
「お兄様……」
「こういう場だ。強くは言わん。君たちも、よければ妹と仲良くしてやってくれ」
「ええ、よろしくねアリーシャ」
「もうお友達ですわ!」
カレンやウェイドもやってきて、みんなで挨拶を交わす。
これで共通の知り合いが増えたわね。
アリーシャは悪い子じゃなさそう。仲良くしても平気かも。
『あやこのヒーローにアークが追加されました』
「えぇ……」
無粋で水を差すメッセージウィンドウ。
反射的にカズマを見ると、なんともまあ苦い顔。
「カズマ」
「そっちもか?」
「えぇ……そりゃイベントってそういうことよね……」
「……油断したぜ」
間違いなくカズマのヒロインにアリーシャが追加されている。
そうかそういうゲームか。覚えたわ。
「二人ともどうしたんだい? なんだか疲れているようだけど」
「気にしないでくれ。ちょっと予想外……いや、まあ大丈夫だ」
説明しても納得してくれないだろうし、完全に頭おかしいと思われるわ。
信じてくれるとしても、みんなはゲームキャラですとか、なんか伝えづらい。
そもそもここゲームっぽい異世界なのかもしれないし。
「今はお花見を楽しみましょう」
気持ちを切り替えるのよ。
カズマとお花見。そこだけ考えましょう。
自分にとって都合のいい現実を見ていくのよ。
『誰かと話すことができます。誰と会話しますか?』
「カズマで」
「あやこで」
即決ですよこんなの。
そして示し合わせたように散り散りになり、二人で会話できる余裕ができた。
『カズマとあやこの好感度が上がりました』
そんなもの日常的に上がってるわよ。
もっと上げていきましょう。
二人して桜の木に背を預けて一休み。
「これ慣れるかしら?」
「そう気負わなくていいさ。やれることからやっていこう。俺たちはいつだってそうしてきた」
「そうね。ちょっと戦闘はあるけれど、豪華な学校と家がある。お友達もできて、こうしてお花見もできる。悪くないわ」
きっとこれから戦いもある。出会いもある。
けれど隣にはカズマがいる。
ならこの生活も、そう悪いものじゃないと思う。
「これからもずっと、こうして二人でいられるといいな」
「いるわよ。いつまでもずっと。いつだってそうしてきたわ」
「そうだな。この世界でも必ずあやこを守る。約束だ」
お互いの肩が触れるか触れないかの距離まで近づく。
なんとなく、雰囲気に流されてカズマの肩に寄りかかろうとして。
「おお、っととと」
すり抜けました。ええすり抜けましたともさ。
慌てて体勢を整える。この程度で転ぶほどドジっ子じゃないわ。
『好感度が足りません』
「足りてるっての」
「まったくだな」
二人して苦笑い。
笑えている。少しはこの瞬間を楽しめているのでしょう。
「せっかくの異世界よ。精々楽しんで攻略してみましょう」
「そうだな。珍しいものもあるだろうし、さらに強くなれば攻略も楽になるだろ」
「まだ強くなる気なのね……」
「まだ神とか出てきたらかなりきついぜ」
「普通勝てないのよ」
幼馴染が身体能力だけで神に勝とうとしています。
それもこれも私を守るためということは理解しているけれど、明らかに成長速度がおかしいのよねえ。
「もっとだ。ただ守れればいいだけじゃない。いつでも笑っていられるように。悲しい思いをさせないように。それが………………よし、急いで攻略しよう」
またシステムに阻まれたわね。
カズマは伝える時直球になるから、すぐ規制されるのねえ。
見習いたいけれど、照れとシステムの邪魔が入る。
慣れたらこれも楽しめるのかしら。
「つまりなんだ、これからもよろしくってことさ。最近言った気もするけどな」
「そうね。せっかくだし楽しみましょう」
結論は同じ。この世界でも二人で生きていこう。
それが再確認できるだけで、明日からもなんとかやっていける気がしました。




