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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
一章 廃都ユーザヤール
7/31

1-3 水面(2)

「ここはどこなの」

「君が僕らと出会った場所とは違うところさ。昨日連れて来られて、探索を始めたばかり」

「探索?」

死生匣(テラヴァイス)に命じられたからね。このエリアの巨殲獣(ヘヴ・ホイル)――えーと、討伐対象って言えばわかりやすいかな。そいつを探し出して殺せば、Fフィードがたんまり手に入る」

「ここで使える通貨だっけ……じゃあどこかに街がある?」

「ううん、全然ないね。どこに飛ばされても建物は廃墟ばっかり、人っ子ひとりいない。F(フィード)死生匣(テラヴァイス)の機能を使ったり、そこから物を買ったりするときに使うんだ」

 フォグはさくさくと説明を進めながら、辺りの物資を次々と指差してみせた。

「これもあれもそれも、全部死生匣(テラヴァイス)から買ったもの。僕らが購買網(レプライヤ)って機能を使って注文すると、文明のある世界から即座に仕入れてくるんだ。くすねているのかもしれないけど」

「そう……なんだ。食べ物や雑貨には困らない?」

「ところがどっこい、僕らの主はとにかく説明がヘタクソでね。食材を買ったらどうしようもなく不味かったなんてざら。商品解説から予想できた効能とまったく違うものだったり、とんだ粗悪品だったり、動力源が別売りな上に取り扱いがなくってただのゴミになったりもする」

「ええー……」

「そうだ、何か食べるかい? ずっと眠っていたんだ、腹も減ったろう」

 モーリェは自らの腹をさする。言われてようやく腹が空いていることに気づき、素直に頷いた。しかし大きなパンや肉に齧りつきたいとは思えない。

「腹は空いてるんだけど、あまり入らないかもしれない……しばらくまともに飯を食べられなかったから、たぶん弱ってる」

「しばらくって、ここに来る前から?」

「うん……」

「それならうってつけのものがあるよ、こいつを飲むといい」

 フォグが箱から取り出したのは、銀色の小さな包みだった。キャップらしき部分をもぎ取り手渡すと、モーリェは恐る恐る匂いを嗅いでから、天井を向いて口の上で包みを逆さにした。が、何も出てこない。

「あー違う違う、ここに口つけて吸うの」

「吸う?」

 言われるままに中身を啜ると、これまた知らない味わいが口に広がった。甘酸っぱくやや薬くさいが、まずくはない。少年は驚きながらもゼリー状の食料をしっかりと味わった。その最中にむせ返り、背をさすられた。

「話でもしながらゆっくり食べよう。今は備蓄にも余裕があるし」

「ありがとう……」

 気遣いが胸に沁みる。優しく触れられる感触が心地よくて、涙が溢れそうだ。少年は左目を手でぬぐい、改めて少しずつゼリーを啜った。

「他の人、どこに行ったのかな」

「今は探索に出てるよ。さっき出発したばかりだから、しばらく帰ってこないかも」

「フォグは留守番?」

「うん、ここで荷物を守ってるんだ。野生の生物が入り込んで来る可能性もあるから。あと、購買網レプライヤの監視も兼ねて。しょっちゅう品揃えが変わるから、誰かが張り付いていないと目当てを買いのがすんだ」

「危険な生き物がうろついているの」

「ここに入ってくるかもしれない獣はそうでもないかな。ただそれとは別の、殲獣(ホイル)っていうやたら好戦的なやつがいてね。死生匣(テラヴァイス)が―ここの上の階にあるんだけど、それが選んだ場所はおおよそ安全。でも少し離れると凶悪なやつとばったり出くわしたりするよ。迷宮化しているところは特に危険で、何と言うかとにかく……ヤバい」

「ヤバい」

「怪我人死人が当たり前の環境さ」

 人間離れした姿の、見るからに戦いに長けていそうな者たちが苦戦する相手とはどんなものなのだろう。火を噴く巨大な竜、剣で斬れない亡霊、毒を持った虫の大群……モーリェは様々なおぞましい敵を想像し、身を震わせた。そんなものを相手に戦力として立ち回れるのだろうか。

「でもくたばったら勝手に蘇生されるし、意外となんとか――」

 軽い調子で続く説明を、モーリェのうめき声が遮った。

「っぐ……う、うう……」

 まだ少し中身の残るゼリー飲料を取り落とし、右目を押さえて身を屈めている。にわかに肌が汗ばみ、吐息には熱がこもった。

「……発作だね。新たに種子蟲(グラフタ)を植えたときに起こるんだよ、何日かで治まるから……今は辛抱して」

 フォグは取り乱すことなくモーリェを抱きしめ、幼子にするように優しく背中をさすった。大丈夫、今に落ち着く、と囁きかけながら。

 ほどなくして目の痛み――およびそれに伴う暴力的なまでの性感――は去った。しかし身の内で煮えた熱はそうそう治まるものではない。

 服越しに触れられているだけで、体がそれをよこしまな刺激として受け取ってしまう。モーリェは息を荒げながら弱々しい力でフォグの胸を押しのけた。

「だい、じょうぶ、だから」

 密着していてはいけない。おかしくなってしまう。いけないことをしてしまう。

 救いを、それによって相手を汚してしまうことを、理性が必死に拒絶していた。どうにか衝動を内に抑えこむべく、相手に背を向けて、自らの膝を抱くようにひとり横たわる。

 ……が、フォグはそれを良しとしなかった。

「辛さは僕も知ってるよ。だから、頼って」

 再び身を寄せ、耳元で囁いてくる。朗々と説明をしていたときよりも低い声で、少年の耳を犯すように。

「でも、こんな……きっとぼくは、酷いことを……する……」

「ここじゃあ誰も咎めないよ。みんなしてるし、しないといつまでも辛い」

「でも……!」

 モーリェは左の目尻に涙を浮かべながら、駄々をこねる子供のように首を振る。この交わりを許してしまえば、底なしの沼にはまるような気がしていた。

 そんな気持ちを見透かしてか、同じような経験があるのか。フォグはそっとモーリェの肩を掴むと天井を向かせ、その上に覆い被さった。

「医療行為だと思ってさ。僕に全部任せて。せっかく後輩ができたんだ、頼れる先輩面をさせてよ」

 やけに白い手が後輩の首筋をゆっくりと撫であげる。それだけで少年は大きく体を跳ねさせた。

「僕が受け容れるから。……優しくする」

 囁いた言葉が理性の糸を焼き切った。

 シャツの下に手を差し込まれる感触に、モーリェはただうっとりと熱い吐息を洩らしたのだった。

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