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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
一章 廃都ユーザヤール
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1-2 黒い匣(2)

「やほー、新入りくんー」

 間延びした声で話し掛けられたのが自分であることに気づき、ぴんと背筋を伸ばす。

「そいつ僕らのボスなんだけどいきなり無茶ばっかり言うでしょう、大事なとこ以外は聞き流していいよお」

「は、はい……でも、どれが大事でどれが大事じゃないのかがわからなくて」

「あー、それもそうだなあ。じゃあお兄さんも手伝ってあげよう、イゾラ何話した?」

「名簿見せて蘇生と治療とをっつー感じだな。もしかしてアレ持ってきてくれたのか」

「うん。登録はまだかな」

「これからだな」

 眼鏡をかけた男が手を掲げる。傷一つない指は小瓶らしきものを握り込んでいた。

 少年が話についていけずうろたえていると、その様子に気付いたイゾラが笑顔を作り、よく伸びる触手で男を小突いた。気安い仲であることを示すように。

「っと、先にこいつ紹介するわ。俺の一つ年下の、去勢アクメのシエロだ」

「いきなりクソ解説付けるのやめてくれる?」

 シエロが空いている手で触手を叩き落とす。少年は一拍遅れて話の下品さと猟奇性を理解した。

「去勢……ええと、する側、される側」

「される側。俺がする側」

「新入りくんは無理に話合わせなくていいからねえ!?」

 慣れない(慣れているわけがない)話題にあえて乗ったのは、この雰囲気についていくことができなければ彼らに馴染めないのでは、という不安を抱いたためだった。

 口にした行為を想像し、股間のものが縮みあがったのを感じながら、少年は話を続ける。

「ところでシエロさんはどうして蘇生を」

「えっ僕生き返っちゃいけないの」

「いや! そういうわけじゃなく、あの! かかる時間がすごく短いって言いたくて!」

 焦りが言葉の不足を呼ぶ。慌てる少年の様子に、イゾラが笑いを堪えて肩を震わせた。

「あーうん僕ね、だいたいどんな状態でも自力で治せるからさ、ほとんど蘇生の世話にならないんだ。さっきはねー、こりゃ勝てないなって思ったから諦めて、こっちに置いといた腕から生えた」

「そのくせもげた頭使ってちゃっかり覗いてたんだぜこいつ。まあおかげで手間が省けたけど」

 いぇーい! 僕えらい! と軽口を叩きながら、シエロは手にしていた小瓶を指先でつまみ直し、少年の顔に近づけた。少年はその中を覗き、息を呑んだ。ミミズとムカデを掛け合わせたような、細長い体にたくさんの脚を備えた生物が、瓶の内側をゆっくりと這っている。

種子蟲(グラフタ)っつー寄生生物だ。宿主と一体化して、体を生体武装グラフトっつーびっくりパーツに作り替えたりクソ頑丈にしたりする。俺のこの体も、シエロの再生能力も、こいつをたくさん植え付けて手に入れたもんだ」

「あと、痛いのが痛いだけじゃなくなるよね。気持ちよくなって最初めっちゃびびる」

 さらりと説明をする様子に反し、その内容は果てしなくおぞましいものだった。

 寄生生物、植え付ける、という言葉が少年の頭の中で暴れまわる。グロテスクな寄生生物が肌の下をずるずると移動する様子を幻視し、顔から血の気が引いた。元々生気に欠けた顔がさらに弱ったものとなる。

 言葉を失った少年に向かって、イゾラは励ましの言葉ではなく右腕を突き付けた。刃先が少年の顎を軽く持ち上げる。ひっ、とか細い声が洩れた。

「もっかい確認するぞ。こいつで人間をやめて、死生匣(テラヴァイス)の手下として俺らと共に生きる――でいいんだな?」

 先ほどのおちゃらけた様子とは打って変わって、低い声で囁くように告げる。少年は息をするのも忘れてその言葉に聞き入った。足が震えだすが、喉に凶器を突き付けられていては崩れ落ちることもできない。

「ここで人間のまま、きれいさっぱり永遠に死ぬこともできる。好きなほうを選べ。死ぬんなら俺がひと振りで刎ねてやる」

 様々な記憶が脳裏をよぎった。この施設で目にしたもの、そして突然()び出される前のことが。

 失った右眼がじくじくと痛み出す。安易な死に逃げるなと語りかけてくる。そして先ほどの惨劇ポルノの光景が、甘くぬめった未知の愉しみに少年を引きずり込もうとしていた。

 この不気味な虫を体に招き入れれば、身を切り刻まれながら悦ぶことができるようになるのだろうか? 本当に?

「……ぼくは、何かを選ぶことも許されずに育った、から」

 顎に刃物の冷ややかさを感じながら、拳を強く握り、ぽつりぽつりと喋り出した。二人の先達は神妙な面持ちで聞き入っている。

「できるのなら、選びたい。まだ生きたい……足掻きたいんだ!」

 叫んだ拍子に刃先がわずかに肌に喰い込んだ。痛みに顔をしかめる様子を見て、イゾラがそっと凶器を下ろす。そして「わかった」と噛みしめるように告げた。

 解放された少年は全身から力が抜けてしまい、その場にへたりこんでしまった。一人の闘人(レイズド)の死に触れたときと同じように。

 静まり返った空間で、自分の呼吸だけがやけにうるさい。少しの間を置いて、先ほどの緊張で冷や汗をかいてしまったことに気付いたころ、シエロが軽い口ぶりで静寂を破った。

「じゃあさっさと入れちゃおうか、登録の前にやっといたほうが絶対いいしねえ」

「そーだな」

 相変わらずののんびりとした調子で、「はぁーよっこいせ」などと口にしながら、少年の背後に座り込む。そして両脚を少年の腰に絡め、がっしりと身を抑え込んでしまった。息を呑む主役の背後で、男は瓶をいじる……が、蓋に厳重に巻かれていた粘着テープがなかなか剥がれない。

「あーもう、これ封したの誰だよう」

「知らねえよ。俺が斬るわ、ちょっと貸してくれ」

 イゾラは差し出された瓶を刃の峰で叩き、中の生物を瓶底に落とすと、素早く瓶の上部を切除してみせた。シエロは少年の服をめくりあげ、その上で瓶を逆さにして振る。内部にへばりついていた種子蟲(グラフタ)が落ち、痩せた腹にぺたりと張りついた。

「っ、ひ……!」

 冷たいものが肌を這う感覚に身が強張る。今すぐ異物を排除したい衝動に駆られ、利き手が自然と動くが、すぐにシエロによって掴まれ阻まれてしまった。イゾラもまた少年の目の前にしゃがみこみ、伸縮する触手を両脚に巻き付けて拘束してしまう。退路は断たれた。

「これ……どこから、入っ、っあ」

「人によるけど、機能が欠けてるとこを好むらしいねえ。僕は腹食い破られたっけな」

「俺は腕ー。あと言い忘れたけど、これ植えたあとしばらく死ぬほどムラムラするから頑張って耐えてくれ」

「なっ、そんっ」

「辛いときは俺らが面倒見るさ、仲良くしようぜ」

 なんでそんな大事なことをオマケみたいに言うんだ! という少年の心の叫びは、喉につっかえて出てこなかった。

 種子蟲(グラフタ)は腹をのそのそと彷徨ったあと、短い触角を揺らしながら、意外にも素早い動きで胸へ首へと這い上がってきた。反射的にきつく閉じた唇を素通りし、さらにその上へ。ぬめった身が閉じた右眼をこじ開け、眼窩にぬるりと潜り込んだ。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 眼球よりも質量のあるものが押し入り、小さな空間をぎちぎちに埋め尽くしてゆく。粘膜をこすられる激痛に、少年は身を跳ねさせながら獣のように吠えた。

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