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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
一章 廃都ユーザヤール
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1-2 黒い匣(1)

 それは黒く輝く巨大な立方体だった。つややかな構造色を纏った立体は、少年の背丈ほどもある身を、音もなく宙に留めてぴくりとも動かずにいる。

 これは何なのか。どうやって浮いているのか。

 少年は「まだ触るなよ」という忠告を守りながら、立方体を二回周り、自身をここへ導いた男へと恐る恐る尋ねた。

「これは?」

死生匣(テラヴァイス)っつーやつだ」

 イゾラが告げた言葉は、少年が知るものではなかった。

「俺らもこいつのことを知り尽くしてるっつーわけじゃないんだけどな。ざっくり言うと俺らの檻で主人で餌箱だ。あとあれだ、医者」

 涼しい顔でつらつらと語る顔からは、先ほどの負傷で苦しんでいるような様子はまったく見られない。

 ただの人間なら命に関わるような傷を負っているにも関わらず、彼は自分の足で難なく移動してきたのだった。それも異形の姿がなせる業なのだろうか。

「さっきも言ったけど、お前さんを喚んだのはたぶんこいつ。たまーに新しい奴をどっかから引き込んでくるんだ。で、手下になるかどうかを選ばせる」

 イゾラが死生匣(テラヴァイス)に手を伸ばす。立方体を形作る面のひとつに爪が触れた瞬間、平面にいくつもの文字と図形が浮かんだ。見知らぬ文字が並ぶ光景を前に少年は目を見開いた。

「え……ええと、これは、何これ」

「おー、お前もこういうのなかったとこ出身? 俺も俺も。ディスプレイっていうんだよ、このいろいろ映るとこ」

 解説者は得意げな顔でなおも死生匣(テラヴァイス)をつつく。映る情報が切り替わり、五つの画像が表れた。明暗が反転していてわかりづらいが、いくつかは少年にも見覚えのあるものだった。

 隣に立つイゾラ。鮮烈な死に様を見せたジンリン。半身を失って倒れていた男。イゾラにあっさりと屠られていた男と、もう一人見知らぬ男。五人の全身を写した画像が並ぶ。

 それらの隣に何らかのテキストが添えられている。少年には読むことができなかったが、その一部に刻々と形を変えている文字があることに気づいた。イゾラはそこを爪の先で指してみせる。

闘人(レイズド)は蘇るって話をしたろ、これが蘇生までのカウントダウンだ。代償はあるがそこに目をつむれば死に放題なんだよ」

「そうやってずっと生き続けられるってこと、なの」

「いや、限界が来て消え失せる日は来る。一時的に死ぬのとは別にな。それまでを愉しもうぜってこった」

 ほんの一瞬だけ、イゾラの顔が翳ったように見えた。『限界が来た』者のことを思い出したのだろうかと推測し、少年は口をつぐむ。

「で、話戻すけど、ここが動いてない奴が今生きてる面子な」

 黒い凶器がイゾラともう一人、少年が知らない男を指し示した。少年はそれをじっと見つめ、不安げな面持ちで「あっ」と呟く。

「どうした?」

「あの……足りないような。さっきはもっとたくさんの死体が、落ちていて」

 数が合わない。目の前の一覧に載っていない亡骸は蘇ることなく朽ちてゆくのだろうか。自分も一歩間違えばその仲間入りをしていたのではないか。

 麻痺しかけていた恐怖に再び背筋をくすぐられる少年に、イゾラは豪快に笑ってみせた。

「あー、アレな! ダブってんだわ! こいつさ、八つ裂きにしてもそっから新しい体生やしてくんの。だから死体がダブる」

 眼鏡をかけた男を指しながらあっさりと答える。ただの人間に見える姿からは想像できなかった説明に驚きながらも、少年はイゾラの話を受け入れた。嘘をついているようには見えなかった。

「そうそう、死生匣(テラヴァイス)使えばこんなこともできるぞ」

 彼はなおもディスプレイをつつき続ける。肉をやすやすと切り裂く爪が立方体を傷つけることはなかった。相当に頑丈な素材でできているらしい。

 よし、と呟いて操作を終えると、少年にとって意外な場所に変化が現れた。死生匣(テラヴァイス)そのものではなくその正面、イゾラのむき出しの腹部で、醜く口を開けていた傷が急速に塞がってゆく。触手で血を拭うと、鍛えられた腹筋で引き締まった肌だけが残った。

「ええ……!?」

「触手食いちぎられたとこも治ったぜ、ほーら」

 イゾラは得意げに柔らかな触手翼を揺らしてみせる。先程より質量を増した軟体が、愛玩動物を愛でるかのような動きで少年の髪をわしわしとかき回した。奇妙な触感に身が驚き、震える。

死生匣(テラヴァイス)の機能を使うには(フィード)が要るんだけどな。こいつとの取引に使う、形のない通貨のことだ」

「形のない?」

「この箱の中にだけ存在してる金、って思うと近いかもな。こいつが出すミッションをこなせば貰えんだよ、ケダモノ狩ってこいとか物取ってこいとか。さっきドンパチやってたのもその一つだ」

「本気の戦いを見せろ、ってこと……?」

 少年の言葉を、イゾラは己の両手をかきんと打ち鳴らして肯定した。やけに硬い音は拍手の代わりなのだろう。

「大正解、だから今日の俺らは懐ほっくほくよ」

「ええと……おめでとうございます」

 得意げに笑う男に対し、少年は力のない祝福を贈ることしかできなかった。

 次々と見せられる未知の技術に驚くばかりで、頭が正常に働いていない。血の匂いで悪酔いしているのかもしれない。どうしていいかわからなくなった少年は、ただぼうっと目の前の男を見つめた。

 自らより十は年上であろう男だ。身体の形状による制約があるのか、露出の多い服を纏っていた。顔立ちは凛々しい。少年と同じ灰色の瞳には、視線を吸い寄せる魔力がある。

 血を思わせる赤い髪は、ひと房だけが頭頂からひょこりと飛び出しており、意志を持っているかのようにふらふらと身を揺らしている。

 落ち着きがないのは触手翼についた眼球もまた同様で、せわしなく辺りを見回し――ぴたりと動きを止めて、死生匣(テラヴァイス)を抱いた部屋の入口を見つめた。少年もそれに倣う。

 そう広くない部屋の、壊れて開きっぱなしの扉の向こうから、こちらに歩み寄ってくる影がある。

 暗い廊下から現れた者の顔には見覚えがあった。先ほどさらりと説明された、『八つ裂きにしても新しい体が生える奴』だ。

 長い銀の髪と眼鏡が目につく、やや顔色の悪い男だった。他には特徴らしい特徴のない姿をしている。見た目だけでもただの人間らしい者がいるという事実が、少年に僅かながら安堵をもたらした。

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