肩透かし
ゆっくり動いているためにそれほど大きくない揺れに身を任せて、だだっ広い自然をぼーっと眺めていると、木々がポツポツと生えはじめ、しばらくすると目の前に森が見えてきた。
広葉樹?だっけそんな感じの木が沢山生えている。木に詳しくないけどこの木は見たことがあるような気がする…… ……白樺だっけ?そんな感じの木だね。逆に地球には無いだろうといった感じの木も所々見受けられる。
あの木なんて全て定規で線を引いたようにカクカクだ。真っすぐな太い幹から垂直に伸びるこれまた真っすぐな枝、そしてその枝から生えるまた真っすぐな小枝、さらに各枝から生えている葉はどれもきっちり三角形だ。
なんだろう、葉をすべて落としたら槍衾にしかみえないな
地球には無かった色々な木や草などを観察していると、【セクター】は動くと多少の揺れや衝撃が出るので、それが伝わったのか木々から一斉に鳥たちが飛び立っていく様子が見える。結構な数が居たようで、テレビで見た小魚の魚群みたいにすさまじい数が一定の形を保って飛び立つ。
「おおー、カラフルな鳥たちだな」
黄色、赤、緑、紫、白、黒等々の思い付く限り全ての色が目の前を飛んでいる。
「スゲーなスイ、あれ全部同じ種類の鳥なのかなぁ」
「はい、主。あれらは色以外くちばし、足、骨格等は一致していますので同一種かと思われます」
「きれいだな」
「そうですね」
「……」
「……」
さすがに森は【セクター】が大きすぎて木々を何本もなぎ倒すことになるので引き返そうかなぁ。特に用もないのに動物たちの住処を壊すのもなんだし。森に沿って歩いていくか……
「主、前方森内部に狼らしき影の生命反応を複数感知、魔力は感知できませんので普通の狼だと思われます。」
「おお!狼かそれに普通の!初戦闘にはいい相手じゃないか!止まって」
この世界の魔物はダンジョンの中から湧いてくる。そして地上に出てこようとする。
この世界は元々神様が中世ヨーロッパを再現しただけの世界だったが、創られてから数百年してから所々空間が歪み始めてダンジョンが出現し始めた。
そこで神様はその歪みを消すのではなく人々にスキルを与えたり、色々な世界の制限を解除したりとダンジョンから出てくる魔物と戦うための力を人々に授けた。
以上のことよりこの世界の地上には魔物は元々いなくて、今もこの世界の住人たちがダンジョンから魔物が出てこないように頑張っているので一部の地域にしか魔物は地上に出てきてはいない。
そしてある制約があるので魔物が地上に出てしまってもすぐに地上全体に広がることはない。よってこの世界は地球と同じような普通の野生動物が豊富にいるのだ。
さて狼のことに戻るが、
狼の魔物はとても素早い。身体能力が強化されており全身が凶器である。鋭い爪に牙、革の装備なぞ一振りで裂いてしまうし、普通の狼の五割増しの体格で突っ込んできて相手を吹き飛ばす。それは大型のバイクに吹き飛ばされる感覚だ。
毛皮は丈夫で鉄の剣などでは切り裂くことが出来ず、大剣、ハンマーで押しつぶすもしくは、槍などで突き刺して仕留めるのが一般的である。
by 神様から貰った魔物情報一覧
それに比べて普通の狼は地球の狼と変わらないスペックなので俺とスイとこの【セクター】の初戦闘にはもってこいな相手なのである。
一つボタンを叩く。
スゥーっと操縦室が中央部から後ろの四本脚の上にスライドする。
ガチャンッ
小さく固定された音。
操縦室が後ろに動いたために上に何も乗ってない状態となった前方の四本脚が持ち上がる。そして一番前の二本の脚の先端からそれぞれ鋭い切っ先が飛び出す。後の二本は太さと丈夫さを活かして盾のように機体を守る位置に移動する。
「スイ、前方の二本の脚の操作権を俺に!」
「はい」
スティックに幾つか付いているボタンを押しながらスティックを動かし、二本の脚をふるい感覚を確かめる。動かし方は向こうで練習してきたし、『機獣召喚』があるので問題ない。
ああ、興奮してきた。初めての戦闘だ。興奮と同時にすごい緊張もしてきた。手が震える、これが武者震いってやつか! 良いじゃん。こういう戦闘って結構憧れてたんだよねっ
一旦落ち着くために深呼吸をする。
ふぅー
すぅー
落ち着いた
よし狼ども何処からでも掛ってくるがよい!俺の準備は万端だっ!
「スイ、狼共はど……」
「主、狼たちが森の奥へと逃げ始めました。追いますか?」
…… ?
へ?逃げた?マジで……
「い、いや、追わなくていい、森が壊れるから……」
まあ普通に考えてそうだよな、こんな初めて見るであろう巨体が出てきたら逃げるよな。
あ~恥ずかし、準備満タンで待ち構えておいて、初戦闘だーって興奮しちゃって何も起こらないって、あ~嫌だ嫌だ
いや、今回はあの狼たちが凄かったのだ!逃げるという英断を下した。狼は他の動物より賢いっていうし恥ずかしがることは何も無いんだ。
狼の魔物だったら突っ込んできただろうに。
一人操縦席で顔を赤くしているとスイが
「主、落ち着いてください。初戦闘で興奮するのは皆おなじです。多少思考が疎かになっても初の戦闘で失禁したり、恐怖で我を忘れるよりかは上出来です」
といつもより口数多く慰めてくれた。
けど、その優しさが今の俺にはつらいよぉぉーー、色々なギミックが付いた安全なロボ内だったら誰も失禁も恐怖もかんじないってぇぇ…… あと思考を疎かにって、別にしてないんだけどな?ちょっとはしゃいだだけだし。
あの後は森沿いを歩くようスイに指示してまたぼーっと景色を眺めているだけだった。そしてぼーっとしている時に思い出したのだが【セクター】の索敵機能は基本的に一キロだった。だから俺は狼たちが一キロも離れたとこにいるのに「来い!」などと言って戦闘態勢をとっていたのだ。
スイが思考が疎かに~って言っていた理由が分かったな…… 敵の距離も言ってくれよスイさん……
一人でまた顔を赤くしていたからスイから大丈夫ですか?などと聞かれてしまった。恥ずっ!
一人で恥ずかしくなって顔を赤くした以外は、特に何も起こらず周辺を見て周るだけでだけで終わった。
それで分かったのはここは広い草原と森が隣り合う広い広い大自然だということ。なかなかに太い川が森から草原に二本流れていて、川の中には、なかなか大きい魚がいるようだった。
いるようだったというのは、【セクター】の移動時の振動で魚が目視では確認できない所まで逃げてしまったためだ。そのためセンサーでしか確認が出来ていない。この川の魚は結構沢山いるらしい。
魚影がありすぎ、重なって正確な数が分からなかったらしい。
そして付近には町や村は無いようだった。道も発見できなかったので人が偶然通りかかるってこともないだろう。
まあ人が居ても居なくてもどちらでもいいんだけど。すぐに人がどこにいるのかなんて分かることだし。
それよりももう疲れた…… ノンストップで驚きの連続だったからな……思い出せばロボット造りの時は結構時間経ってたはずだからな。疲れは感じなかったけどな……思い出したら眠くなってきた……
もう辺りはオレンジ色に染まっており、太陽が地平線に沈もうとしている。西日を浴びながら太陽が完全に地平線に隠れるまでその幻想的な風景を眺め続ける。濃くとても充実した一日だったな。
太陽が完全に沈むと周りは完全に真っ暗になり、大草原に一人でいるせいか星々の明かりもとても頼りなく感じた。
「さて、帰るか」
数あるボタンのうちで一つだけガラスのカバーが付いたものに拳を振り下ろす。手に少し硬いガラスの割れる衝撃が伝わり、ボタンを叩く。
「緊急転送開始」