幕間・訪れる嵐
連載再開します!
「どうすればいいんだ……?」
院長と呼ばれるその男は、頭を抱えていた。
『組織』の虎の子である時詠の子エンエを使った数年規模のシャドラ姫拉致計画。
その数年がかりの計画が、たった一回のシャドラ王城突入で拉致したというのだ。
というより、拉致してしまったと言うのが正しい。
なにせ、『組織』の宗主から不干渉を言い渡されたシャドラの姫君を拉致してしまったのだから。
(切羽詰まって帰還指示を出してしまったが、本当に正しかったのか?)
放たれた矢は止まらない。それが闇の中に放たれた矢であれば、火矢で無い限り見えないだろう。
(エンエの任務遂行能力を過信しすぎたか? いや、あの焦りようは……かなり、ありえない事態が起こったに違いない)
男の推測は正しかった。
まさか監視対象の零輪児が自分で歩いてエンエを霊素の手で掴むなどという事故を、誰が想像出来るだろうか。
もちろん、男がそこまで想像出来るはずも無く、今はただ、遠い地で起こる事故の成り行きを待つしかなかった。
(エンエを任務に出していることが見つかれば座を降ろされると言うのに、シャドラの姫を拉致したことを宗主に知られたら……)
「知られたら、どうなるのかしら?」
男の右横、扉の方から聞こえる鈴のような、透き通る硬質の声。
男が幼少の頃から聞き慣れた声だ。さらに言えば、つい先ほど聞いたばかりの声。
男は静止した。なぜ、ここに。
「なぜ? ここも私の庭でしょう? 家主が家に帰ることに理由は必要かしら」
おかしなことを言う子ね、とクスクス笑う女の声。
男は即座に手で口を押さえるが、そもそも声を出していないことに気づく。
(考えを読んでいるのか……?)
そうとしか思えない会話のやりとり。男の唇が震えた。
男の思考に答えることもなく、宗主の女は話を続ける。
「まったく、隠し事が多い子達で。全員、大なり小なりあの子の情報を集めていたことは知ってたけど」
自分以外にも同じように情報を集めていた、という事実を初めて知る男。
それよりも、自分を含め全員の行動を把握していることに驚愕した。
『組織』設立以来、宗主の座にその身を置く、彼女の底知れぬ力。
「あの子がここに来るのは四年ほど早いわ……はあ、おかげで計画は丸つぶれ」
男は眼だけを動かし、『組織』の主を見る。
灰色のローブの向こう、銀色の仮面で覆われた眼は見えなかったが、口は笑っていた。
笑っていたのだ。まるで今の状況を楽しんでいるかのように。
その時、香炉に似た形の器——声届の霊器が黄緑に光った。
こちらへの門を開くために派遣した『宿り木』——ハヴェスを示す光だ。
経過報告だろう、と男は霊器のねじ蓋を閉める。
『こちら『宿り木』、対象の確保成功! ただし、対象は昏倒し意識不明の重体! 受け入れ準備を求む!』
部屋に響く、声変わり前の少年の声。普段聞くことがない焦りが入った大きな声は、状況が切迫していることを伝えてきた。
男は頭を抱えた。失敗してもいいと思っていた任務は成功、その上大事な確保対象が重体とは!
「こちら『親木』。わかった、至急用意する。門の位置が悟られぬよう、注意しろ」
一体何が起こっているんだ! と聞きたいところだが、男は堪えて、急を要する事態への対応を最優先とした。
まず治癒術師の手配をしなければ。男は宗主がいるにも構わず、部屋を出ようとする。
その様子を見たのか、宗主はへぇ、と息を漏らし、出て行こうとする男に声をかけた。
「その子の面倒は私が見ましょう」
「宗主、しかし……」
確かに、それが最も早く正しい選択だろう。しかし、と男は躊躇する。
そんな端役を『組織』の長にさせるわけには。
「この世界に私以上の術師がいるとでも?」
それもまた、真実だった。
霊素が少なく術を出しにくい枝の外では、彼女以上の術を使える者は存在し得ない。
「……ッ、お手数をおかけします」
「いいから、ほら、他の手配をしなさい。やるべきことはいろいろあるでしょう?」
「はっ、承知しました。失礼致します」
男は女に一礼した後、そのまま退出。木床がきしむ音が遠のいてく。
「変な功名心がなければ素直で良い子なんだけど……今回の件はいい薬になるかしら、ならないかしら、どうかしら?」
左腕で前に組み、右手でフード上から自身のとがった耳を触りつつ、女は呟く。
「さて……ふふっ、あの『身体』にはどんな『子』が入り込んだのかな」
先ほどの鈴のような硬質な声ではなく、そよ風のような柔らかな声が、微笑みから漏れ出す。
フードの下、額にある灰色の神霊石が、鈍く光った。
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第二章は週に一、二回更新予定です。





