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研究バカは転生しても直らない!  作者: 犬ガオ
第一章 暴走研究王女、誕生

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後に賢王と呼ばれる者・後編

ひゃー! 1000PVありがとうございます!

評価&ブクマもありがとうございます!



 上り階段に足を向ける。霊素が極端に薄くなっているその場所へ。

 手に術を使うための、杖頭に【契約石】をはめた短杖を握りつつ、歩を進める。


 霊素の濃度が減っていると言うことは、十中八九、術を行使した証拠だ。

 この居館で術を行使できた者は、さっきの育児部屋に居た者しかいない。

 それはこの居館にいる者全員でもある。

 つまり、この術の跡は、第三者が術を行使した結果という可能性が考えられた。


 一段、登る。

 最悪の状況を考える。


 二歩、足を伸ばす。

――妹が誘拐された可能性。


 三度、周りを見渡す。

――妹がすでに死んでいる可能性。


 これまでに四度、乾いた喉につばを飲み込む。

 短杖を握る力が強くなる。

 上り階段を登り切った僕は、その術の跡を辿っていく。

 術を行使するための霊素は確保した。

 【術精霊】による行使準備は終わっている。

 とっさの判断が出来るように、頭を回転させておく。

 どうやら、術の跡は父上の書斎に続いているようだった。

 跡を追っていくうちに、僕の中で疑問が増えていく。

 何故、リンカは重い扉を開くことが出来たのか。

 何故、仮定にある第三者はリンカが外に出ることを知っていたのか。

 何故、術の行使がこれだけ長時間行えているのか。

 まさか、僕はその疑問のすべてを解決する答えを否定する。


 そして、その否定が誤りだったことが分かった。


 術の跡は、父上の書斎まで続いていた。内開きの扉は開いていた。

 扉の枠から、そっと顔を出し、中の様子を見る。


 リンカが父上の書斎で座っていた。

 上半身を伸ばし、書斎の書棚へと開いた手を伸ばしている。


 本が、浮いていた。


 いや、『手』が本を掴んでいたのだ。

 白い光を放つ、柔らかな『手』。

 樹の民の眼を持つ僕が見える、霊素を集積したかのような『手』。

 それは、紛れもない術だった。


――術を行使したのは、第三者でなく、リンカなのではないか。


 僕自身が否定した答えは、正解だった。


 神秘的な光景だった。

 白く輝く霊素の『手』がまるでリンカへ本を授けるように、ゆっくりと降ろしていく。

 周りの霊素の動きも活発になっているのか、鱗粉のように輝いて見えた。

 リンカは本を求めてあと少し、と手を伸ばす。

 まるで英雄時代の、竜の娘が枝の勇者に手を伸ばすシーンを切り取ったかのようだ。

 リンカの近くに本が落ちる。その音で、僕は正気に戻った。


「リンカ! ここにいたのか!」


 僕の声に反応したのか、リンカが身体を震わせる。

 その直後、リンカが横に倒れた。

 慌ててリンカに近づく。一体何が起こったんだ?

 頭の中で整理ができないまま、横に倒れたリンカを抱きかかえる。

 腕の中のリンカはスゥスゥと寝息を立てて熟睡していた。

 脈などを確かめて、身体に異常が無いか確認した結果、外傷もないことを確認して、僕は胸をなで下ろした。


 こうして、リンカハイハイ脱走事件は終わった。

 僕は妹を育児部屋に連れ帰り、「登り階段の踊り場で力尽きたのか寝ていた」と報告した。

 謎が残ったままだったが、母上の「見つかったし、それでいいわ」という竜の一声で、この事件は終わり。


 しかし、僕は知ってしまった。


 リンカが、術精霊が無くとも術を使えるということを。



 次の日、リンカは何事もなかったように起きてきた。

 顔は少し翳っている。昨日の事を思い出したのだろうか。


 僕は育児部屋の絨毯の上で座ったままのリンカに近づく。


「おはよう、リンカ」


 リンカに挨拶する。


「もしかして、言葉がわかるのか?」


 そして、リンカに尋ねた。


 リンカの眼が目一杯開いた。


 昨日の夜、僕は昨日のリンカの行動を考えていた。

 おそらく、部屋を出ることが出来たのは、謎の【術】のお陰だろう。

 階段を登ったのも、手で自身を持ち上げれば問題ないはずだ。

 しかし、何故、リンカは部屋を出たがったのだろうか。


 結論として行き着いたのは、本だった。


 樹の民は術の力を使い、神霊樹を守護する【樹の獣】。

 樹の民は他の【樹の獣】と比べ、精神と知能の成長が格段に速い。

 それは、術の扱い、いうより霊素の扱いには、精神力と知力が求められるからだ。

 その血を引く僕も、他の【霊人種】に比べ、身体よりも頭と知能の成長が早いほうだと思う。

 ならば、古き樹の民の特徴を持つ彼女はどこまで成長しているのか。


 もし、知能の成長速度が身体の発達よりも遙かに速い場合、彼女は何を求めるのか。

 言葉は出ない、でも、言葉は分かる。では、それ以外の伝達手段は。

 僕はそこまで考えてようやく合点がいった。


 文字だ。


「当り、かな」


 リンカは驚いた表情のまま、コクコクと頷いた。


「そうか。昨日の行動は、本を読みたかった……」


 いや、ここで勿体ぶってもしかたない。率直に訊こう。


「……文字を学びたかったのか?」


 妹は壊れた木の実割り人形のように頷き続ける。かなり興奮しているらしい。


「なるほど。じゃあ、僕が文字を教えるよ。だから、昨日のように皆を心配させることはしないでくれ」


 リンカの顔が陰る。そして腰を折った。謝っているようだ。


「分かってくれればいい。だけど、リンカは賢いな。自慢の妹だよ」


 僕はリンカの頭を撫でた。リンカはくすぐったそうに目を細めた。


 その日から、僕は暇を見つけては本を持って行き、リンカに文字の読み方を教えた。

 布が水を吸うように文字と単語を覚えていくリンカ。

 日増しに持って行く本が増えていき、僕の腕も鍛えられていく。

 そして五日後。

 リンカがあの不思議な【手】の術で僕のノートと石筆を奪い、握り手で石筆を握り、ノートに文字を書いていく。


 そのノートに書かれた、お世辞にも綺麗とはいえない文字は、


『お兄様、ありがとう』


 だった。

次回更新は5/18予定です。

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