少女は、向かう
「きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、――ひゃく!」
私は剣を振る。右に持った剣で切り払い、左の剣で突く。引いたら右の剣を身体を右に半回転させつつ前方に逆袈裟斬り。一旦引いて、両方の剣で袈裟斬り。
この組み合わせを愚直に百回。宿の近くの広場でずっと続けていた。
これが正しい剣の練習だとは思わない。きっとみる人がみたら笑われてしまうだろう。だって私はついこの間まで杖を持って仲間の回復をしていた回復術師だったから。
ソフィア――ヨシヒコがいなくなってから一週間たった。
ダンジョンから気まずい空気で帰ってきて、私が少し用を足しに行ったらどこかへ消えてしまっていた。周囲にいたはずの冒険者達もヨシヒコの事なんか知らないように振る舞い、なんの手がかりも掴めなかった。
最初は絶望した。だってダンジョンの中で私を守ると誓ってくれた彼を私が言った一言で彼の心を傷つけてしまった。そうずっと思っていたのだ。
私が剣を持つようになった理由。元の仲間の死。その仲間の蘇生を彼は出来るかもしれない。その話を聞いてしまったのだ。そして――堪え切れなった私は聞いてしまったのだ。何故仲間を助けてくれなかったのかと。
彼はそのことを聞かれて、とても悲しそうな顔をした。彼は小さい少女の見た目になっていたが、儚げな印象を受けたのはその見た目だけのせいでは無いだろう。そして彼は言うのだ。
――確かに僕は君の仲間を蘇らせられる。でもね?君が見るそのお友達は本当に元のお友達だと思う?
想像した。目の前にかつての友達が現れている。彼らはいつもの聞きなれた声で、いつものように笑っている。自分達が死んだのを何でもないように笑うようになる。
理解してしまった。彼の葛藤、全貌は聞けなかったダンジョンに行く前に現れた勇者達との会話。そして彼が彼らを冷たくあしらった理由。
謝りたかった。それが正解だとは思わない。だけど、あんな辛そうな顔をする彼を見ていられなくて、苦しくて、どうしようもなかった。
なのに、なのに――
「どうして、いなくなっちゃったの?」
突然彼は消えた。何も残さず、なんの手がかりもなく。
思わず剣を取り落とし、その場で自分を掻き抱く。まだこの手にはあの人の頭を撫でた感触が残っている。この目が彼の姿を覚えている。この耳が彼の声を幻聴させる。
「ヨシヒコ……会いたいよ……」
そう呟いた途端宿の方からざわざわと喧騒が聞こえてきた。不思議に思いそちらへ向かう。
「ナルメア・アルトグレイはいるか!」
この都市にはあまり見ない全身甲冑の兵士が私の名前を呼んでいた。あの装備は確か帝国兵だ。と近くの人が言っている。
帝国?ここから馬を使ってもかなりの時間がかかる国の兵士が何でここに?そして何故私の名前を呼んでいるんだろう?
不思議に思っていたがふと唐突に思い出した。
ヨシヒコは他の勇者と折り合いが悪くて抜け出した所謂『逃亡勇者』だ。その時帝国に偶然本人は首輪付けられたと言っていたけど保護されてこの国で冒険者になったんだとか。
「もしかして……」
私は意を決して帝国兵に近づき、声をかける。
「わ、私がナルメア・アルトグレイです!」
「貴殿がナルメア殿で間違いないな?念のため身分証明となるものは?」
私は冒険者証を見せて兵士を納得させる。
「では場所を移したい。何分ここは人が多い」
あなたがこんだけ人を集めたのでは?と突っ込みたくなったが取り合えず黙っておいた。それよりもヨシヒコのことかもしれない。
少し場を離れ路地裏に入る。場所が場所なので少し警戒しながら進む。
「こんな場所に連れ込んですまない。私はフロイト・バーンガイア。ただの一兵卒だ。貴殿に伝言を受け取っている。相手は「ソフィア?」――そうだ。ソフィア・パーシモン殿からだ」
思考が停止していた。やっぱり彼は生きていた。でも、どうして私に何も言わずに帝国にいるの?
そんなの、ひどいよ。
「その、言伝は?」
震える唇で必死に声を紡ぎ、フロイトに問う。
「『必ず帰るから、待ってて』だそうだ」
涙があふれそうになった。彼は私のこと見捨ててなかった。帰ってくるって言ってくれた。
「……はい」
「これで私の任務は終わりだ。では」
「ありがとう……ございました……」
「……だが、いいのか?」
「え……?」
兵士が突然聞いてきたことに戸惑いを覚える。
「彼の御仁はどうやら勇者どの達を凌ぐような力を持っているようだ。でなければこんな言伝一つのために呼ばれない」
「それは……」
「まぁ私もあの人の力を少しだけ見たよ。圧倒的だった。他の勇者が魔法や弓矢で応戦しているところをナイフ一本でぽんぽんと殺していた。しかも敵は抵抗するのを忘れたように無防備に殺されていくんだ。異常だった」
目の前の兵士の目は一瞬恐怖に歪んでいた。そして言葉を続ける。
「だが、そんな異常さ、圧倒的さは簡単に崩れ去る。どんな強者もいつかは絶対に死ぬ。ましてや今回は魔王との戦いだ。彼の御仁はきっと戦の先陣を切ることになるだろう。死ぬ可能性がもっとも高い場所だ。それでも、貴方は待つのだな?」
「――!」
想像した。ヨシヒコが、先陣を切って魔王と戦う。魔王と彼は拮抗した実力を持って戦い、そして――負ける。
「それで、後悔は無いか?」
「それ、は」
「君はそれでいいんだな?」
「い、嫌だ……!」
絶対に嫌だ、彼を、最後の私の仲間を、失うなんて死んでも嫌だ!
「そうか。なら、これを使え――――」
兵士が何かぶつぶつと呟くと突然目の前に魔法陣が展開され、不思議な材質でできた泉のようなものが現れた。それは光り、数分ごとにその色を変えている。
「これは……?」
「なに、心配する必要はない。お前は一人でここに飛び込み帝国に行くだけだ。安心しろ。嘘はつかん」
「貴方は何でこれを使わないの?いや、違う。貴方は、誰?」
おかしいのだ。ヨシヒコが消えてから一週間。ここから帝国まで片道二週間はかかるのだ。いくら早馬を使ったところで三日早くなるのが限界だ。
だが目の前の兵士は、ふ、と笑い、
「ただのお節介な兵士だよ。ほら、行くといい」
そうしてナルメアの背を押した。
この人は何者なのか、わからない。でも、私は――
「待っててヨシヒコ。今行くから」
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「あぁ……やっぱり良い子だなぁ……」
少女を送った男は、一人呟く。懐かしいモノを見るような目で、悲しそうな目で。
「あぁ、わかってるよ。僕は、僕達は傍観者だ。観ることはあっても干渉してはいけない。でも、やっぱり」
手に持った大きなルビーのペンダントを見ながら続ける。
「主人公には幸せになってほしいじゃん?」




