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31 神官は称賛する、勇気の軍を/竜侍は承認する、火の種族を

 ワタシは全てを捧げてここにいる。

 もう、失うものなんて、何もないはずだったのに。



◆◆◆



 クロイ様のご帰還は、オリジス隊の援護によって成功しそうですね……何より。それが何よりのこと。たとえ何を犠牲に支払おうとも。


 ヤシャンソンパイン君……よくぞ。


 あれほどの敵の中から、よくぞクロイ様を。


 数百骨と数百頭という戦力が、眼前のエルフを無視してまで、クロイ様とオリジス隊とを追ってきますよ。ヴァンパイアは明確な脅威としてクロイ様を認識しましたね。あれだけの力を見せつけたのですから、当然でしょう。


 望むところです。護り、戦うだけのことです。


 聖槍を右手に、大盾を左手に、このフェリポ・ヴァルキ・ミレニヤムはこゆるぎもしませんよ。率いましたる歩兵の数は五百卒。中軍前列ですからね。


 敵はここへ目がけて跳び込んで来るでしょう。凶暴に殺到してきます。


 散発的な戦いはここまで。もう、擲弾騎兵に任せきれなくなります。


 兵たちのうめき声が幾つも聞こえていますね……歯の鳴る音まで。


「全軍停止! 隊伍を固めよ!」


 いい声です。ウィロウ卿の声は右翼からも良く通りますね。


「ここでオリジス隊の追手を迎撃する! 左翼、マリウス隊、適宜小隊を出せ! 敵を牽制し、戦場の幅を限定しろ!」

「委細承知!」


 普段の寡黙さは、戦場でかくも響き渡らせるための我慢でしょうか。なんという力強さ。いわんや心強さ。


「魔法部隊、連発を想定、準備せよ!」

「おうとも! お前ら、新品の杖でやるぞ! 魔力を馴染ませろ!」


 オデッセン殿の声もまた、実にいい。頼もしい。


 普段は斜に構えた言動が多くとも、切羽詰まれば人間性の地金が出てきますね。彼もまたウィロウ卿と並び称されるべき英雄です。封じられてきた燃焼魔法をつまびらかにした功績は、余りにも大きい。


「歩兵各隊! 徹底防御態勢! 敵は抜けてくるぞ!」


 厳しい声。命の責任を負う者の響き。そして、まったくその通りでしょうとも。オリジス殿を追う敵は多い。騎馬隊がどう動こうとも、あれらの一匹一骨を残らず討てるはずもありません。


「おうさ! 後列、義勇軍! 命の使いどころだ! 歯あ食いしばれ!」


 いかにも叩き上げという、ザッカウ兵長の声。奮起を促す厳めしさ。さもあれ人外の軍勢に対して騎乗せずに立ち向かうのですから。踏みとどまるのですから。


「おい、司祭殿はどうした! 前列! 声が聞こえねえぞ!」


 僕の声ですか。しばしお待ちを。少々整えているところです。


 なぜならば、声とはすなわち原初の魔法。人から人へと伝わって、その心に直接的な影響を及ぼすもの。人を人間たらしめるものの内の、とても大事なひとつ。


 声よ、魔法たれ。強き魔法たれ。人間の魔法で、あれ。


 しからば、火を。声に魔力を宿すべく、火を。我が弁舌を、真実、人間だけに許された火の魔法にするために、心燃え立つものを。つまりは心火を。


 今の僕ならば……できるはず。荒れ狂う心を整え、力だけを汲みだして。


 魔力を滾らせて。火を吐くようにして。


「強者よ! 決戦に臨んで勇気凛々たる強者たちよ! 見事なる勇者たちよ!」


 轟け、我が声。我が言葉。


「我々は能く闘う者なり! 鋭き刃を手に、猛く挑む者なり! 正しき人をその背に守り、悪しき敵を討ち果たす者なり! まさしく我々は、火炎を宿す者なり!」


 届け、強き言葉。良き意味。快き響き。


「すわ、この地に陣を構えよ! なんと堅固なるかな! すわ、この地に列を成せ! なんと剽悍なるかな!」


 おお、神よ。火が見えます。我が心中より発した透明の炎が、心火が、兵たちを呑み込んでいきます。心を焼き、盛んにして、更なる炎となっていきます。


「いざや! 我々は征く! 人間の勝利のために!!」


 返答は、熱狂的なまでの、真の言の葉。


 デ・アレカシ。デ・アレカシ。デ・アレカシ。そうあってほしいと願う、希望の表明。その連呼。咆哮のような。


 開拓地の義勇兵たちが、雇い上げた傭兵と冒険者たちが、選抜の火使いたちが、黄土新地から来た兵たちが、猛り立っていますよ。擲弾騎兵諸氏はさすがに自制が利いているものの、それでも熱意は伝わってきます。


 これを魔法とするのなら、火魔法《熱戦》といったところでしょうか。


 もはや恐怖も不安も消し飛んで、士気は天を衝くようですね。ここまでの熱気を制御するなど、僕だけでは心もとないこと甚だしいですが。


「全軍傾聴! 剣槍構え! 敵が来るぞ!」 


 ウィロウ卿がいます。統率に何の支障もあるものですか。


「魔法部隊、斉射三連、用意!」


 さあ、ここからは歩兵の働きどころです。盾を構えて。槍を握って。


「放て!」


 いざや、戦うのみですよ。



◆◆◆



 何だ、あれは。何なのだ、あれは。


 戦空に孤を描き、戦地を焼く魔法の炎……ニンゲンの火魔法……まるで火竜ではないか。神話の中で語られる、魔王の眷属にして神をも畏れぬ悪竜の。


 吸血種どもが、次々、灰と化していく。


 エルフのいかなる魔法を受けてもしぶとく抵抗するものであるのに、まるで落ち葉枯れ草の呆気なさではないか。先にはエルフですら焼かれた火だから、今のこれは当然の帰結なのか。


 燎原を越える影。黒狼か。火を避けえた吸血種も走る。あの獰猛さこそが奴らの本性だ。大陸の秩序を乱す獣性。エルフの誰もが嫌悪し、そして恐怖も抱くのに。


 速き騎兵が、疾く、迎え撃つ。


 エルフの鮮やかさとは別の、鋭き戦技。私はそれを知っていたはずだ。あの夕闇の市街戦。目撃し、理解したはずだぞ。しかしこれほどではなかった。魔法すら使うなど……エルフや吸血種の戦士と、同じではないか。


 そして、あの戦意の高さは、何だ。轟々と森を焦がす炎のような、兵気。


 徒歩兵など、いい的であり、益体もない存在ではなかったのか。どうしてああも強靭に戦えるのだ。黒狼に押し倒されても、吸血種に引き千切られても、悲鳴も上げずに抗うなど……エルフの戦士に同じことができようか。


 火を操り、馬を駆って鋭く、炎のごとくに戦う種族。


 これがニンゲンか。


 これがニンゲンなのか。


 エルフと比肩する来歴を持つ種族が、神の加護を得た姿なのか。


 そうだ。そうに違いない。私はニンゲンの使徒を知る。あの、黒髪の、とてつもなき戦士を。エルフも吸血種も区別なく斬り裂く、最大の脅威を。


 クロイ……ニンゲンの使徒のクロイ。


 強い。あれは強い。


 吸血種がまるで相手にならなかった。無限に生ずる武器を振るって斬り殺し、焼き殺す様は、まるで刃の火嵐だ。獲物を引き寄せて、無残に滅ぼし吹き飛ばす。


 召喚術をもって近接戦闘を仕掛ける、か。


 エルフの戦闘流儀からすれば、まったくありえざることだ。むしろ吸血種のそれと似る。エルフ三竜の御方々を悩ませる吸血種悪岩三石……どの一石も、魔性の武具を召喚するという点は共通しているのだから。


「フレリュウ、フレリュウ!」

「は、はい、ここに。サチケル様」


 しまった。呆けていた。それほどの光景であるということだが。


「人間の軍へ、連絡を……急いでこっちゃ来るよう! あのように前へ出てしまっては、わりゃの術が、届かん!」

「お言葉ですが、ご覧の通りの優勢にございます。御指図を下されなくとも……」


 あの軍を近づけることは、危険だ。一時休息かクロイも帰陣したようであるし、ある程度の距離を空けておくべきだろう。皆も動揺している。


「馬鹿! 空を、空を見るのじゃ!」


 空。染まり始めた日の色を受けて、赤く……赤黒く汚れている。分厚く、うねるような黒雲が、空を覆い尽くしている。いつの間に。いや、見る間に更に。


「あやつじゃ! あやつが雷雲を召喚したのじゃ!」


 あやつ。『黄金』だ。悪岩の長『黄金』が動き出した。


「早く人間たちに……ああ! 来ちゃう!」


 曇天がおどろおどろしく唸るや、閃光と衝撃。何度も。何度も。誰もが目をつぶり身構えるより他に術もない。圧倒的なまでに暴力的な、雷魔法の乱れ撃ち。


 しかし、我が軍にはいかなる痛痒もないぞ。


 見上げれば、そら、無数の浮鈴クラゲ空鐸マンボが悠々と滞空しているのだ。あれほどの落雷を全て受け止め、内側には電糸の微細な一本とて通しはなしない。神聖にして厳かなる『万鐘』の御業だ。サチケル様の素晴らしき御力だ。


 ニンゲンは……さすがに崩れたか。


 騎馬も、徒歩兵も、火使いも、関係なしだな。


 いかなる武装でも防げない威力というものがあって、『黄金』が召喚術を用いて落とす稲妻も、そのうちのひとつなのだから。


 だが、相変わらずの無差別攻撃だ。ニンゲンの被害も相当だが、そこへ攻めかけていた吸血種たちとて酷い有り様ではないか。どれほどの力であろうとも、野蛮粗暴の結果しか生まぬのならば、それは唾棄すべきものでしかない。


 ここで、本陣の一千石が動く。予想通りだ。あれは『黄金』と共に動く。


 あれへの対処を誤らなければ、この戦、こちらの勝利となる。


「フ、フレリュウ……!」


 サチケル様。このような野戦は初のことなれば、ご心労をお察しして余りある。


「竜帥の権をもって、そなたに、命ずる」


 サチケル、様?


「人間の軍を助けよ。怪我人を救けよ。そして退くのじゃ。殿軍は、わりゃ。黙れしゃべるな命令じゃ。わりゃは、べすとを尽くして、引き分けるのじゃ!」

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― 新着の感想 ―
サチケル様のこの優しさが人間とエルフの関係に上手く影響するといいんだが…もちろん一代で変えれるような思想ではないだろうけど少しでも可能性は作れるといいな
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