23 中弟は殲滅し勧誘する、人間の先頭を征く少女のために
魔物を斬り払え。病毒呪詛を祓うように。
それもできないでいて、どうして、神を奉れるだろう。
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七百騎で土漠を行く。明らかに強行軍の速度だってのに、疲れが薄い。
これがあの馬鹿馬鹿しい訓練の成果なんだから、嫌になる。踊るだの回るだの、いちいちが奇妙奇天烈なんだから、神懸かりの代償にしたって心抉られるぜ。馬の毛並み、蹴り足すら良くなったんだから、納得しないわけにもいかないが。
「あの丘を越えれば黄土新地だ。すぐにも戦闘になるぞ」
アギアス兄者は元気溌剌だ。前から風変りなところがあったもんだけど、更に磨きがかかって、向かうところ敵無しに見えるわ。
あれだな。儚さみたいなのが抜けると、こうなるんだな。
「聞いているのか、オリジス」
「聞いてるよ。急いじゃ来たが、まさか二日で着くとは思わなくてさ」
「二日もかかってしまった。間に合うかどうかというところだぞ」
「まあ、そうなんだけど……」
間に合いそうってのが、もう、凄いことだと思うんだ。俺は。
だって、黄土新地の危機を知ったのって、手分けして小村落を救って回っていた時だろう。血の気が引いたぜ。あそこは北方辺境における最大の人口密集地。そこへ魔物の大集団が押し寄せたなんて、とんでもない話だ。
急ぎ救援に駆けつけなきゃならない。かといって、戦力分散の愚は犯せない。
妥協策としちゃ、部隊を合流させつつ駆けるよりなかった。そんなもん、どうしたって迂遠な経路になっちまう。事実、そうなった。
それでも、黄土新地はまだ落ちちゃいない。落ちる前にここへ来られたんだ。
それを凄いと思わないってあたりに、アギアス兄者の凄さがあるなあ。
丘に駆け登れば、おう、見えた見えた。
業腹だな。川と緑地とに寄り添った街並みは、悲惨なことになってやがる。遠目にも壊され穢されているのがわかるぞ。ゴブリンめ。我が物顔で瘴気を撒き散らしやがって。ホブゴブリンの数も多い。
だが、斥候の報告通り、一応でも民の避難が済んでいるようだ。街を見下ろす断崖の上、黄土色の壁を高くして砦風にした施設。そこから炊煙が上がっている。
そして、それを侵さんと欲して、麓の荒野にもゴブリンか。
ホブゴブリン交じりの凶暴極まる大群……ざっと数えただけでも二千匹を超えている。異常な数だ。不自然な群れだ。だが戦場に限ってはありうる話なんだよな。
要はヴァンパイアの尖兵だろ。あれって。
天然もんじゃなく、養殖もんなんだろ。
もともとゴブリンは雄しかいない。繁殖させやすいらしいな。母体に適した生物は何種もあるが、特に人間がいいとかぬかしてやがったな。おぞましのヴァンパイアどもめ。
崖上へ続く道は狭い。防塁も築かれちゃいるだろう。それでも、あの数だ。いつかは破られちまう。いや、もう半ばまでは突破されているっぽいな。
「軍を二隊に分ける」
アギアス兄者、判断が早いな。
「私は二百騎で市街地へ向かう。あの様子では、逃げ遅れた民も少なくないだろうからな。後回しにはできない」
なるほど確かに。喰うことと犯すことにしか執着しないゴブリンが、ああもまだ徘徊している……つまりは民の気配を探っているからで、数を鑑みれば察せられるもんがあるな。
「オリジスは五百騎を率いて、あれを崩せ」
兄者の指差す先。荒野に、ゴブリンの大群。二千匹超の。
「やれるな?」
「やらいでか。全力でいいんだよな?」
「そうだ。ウィロウ家の旗のままにやれ」
「そりゃ、いい命令だ。魔法使用自由ってことだもんな」
掛け声をひとつ、丘を駆け下りる。
籠城戦を頑張る皆さんよ、さあご覧じろ。掲げる旗は、火刑十字の黒戦旗だぞ。そうだ、気勢を上げろ。ウィロウ家軍が助けに来たんだ。もう助かるんだ。
俺たちが、ゴブリンどもを、駆逐してやる。
「全騎、『火瘤弾』用意!」
一塊になって駆けつつ、手に焦げ茶色の球を握る。ユシノ木の虫こぶの中に木炭粉を詰めたそれへ、魔力を注ぎこんでいく。まだ入る。もっと。こんなくらいか。いや、もう少しだけ……よし。
「縦列! 敵集団の外周を巡る! 投擲は同時にやるぞ!」
命じて先頭へ出た。
いい風圧だ。もうゴブリンの醜い面構えが見えるぞ。そこまで近づいた。速い。疾走が力強い。これまでの戦法なら、このまま突入したろうな。それでも十分に勝てる。そうやって、我が家門は武名を轟かせてきたんだから。
だが、これからは、違う。
ここで俺は、馬首を左方へ向けるわけだ。剣も抜かず槍も構えず、騎馬の風だけを敵へ吹き付けて、馬蹄の地響きで身をすくまさせて、駆け行くわけだ。
「火ぃ点けえ!」
よおし、ゴブリンども。もっと押し合いへし合いしろ。
「投擲用意!」
騎馬に慄きギュウギュウ詰めになって。密集して。
「放れ!」
さあ、こいつを喰らえ。
火瘤弾を投げた。我先にと五百個の瘤球が弧を描く。ゴブリンどもの頭に当たったり、肩に当たったりして、足元へ落ちていく。いや、中には受け止められたり、拾われたりしたもんもあるかな。まあ、いいさ。
それな、《発火》を切っ掛けとして発動する触媒魔法だぞ。
そして、どれもこれも、《発火》の魔法を仕込み済みだぞ。
「退避い!」
離れるや、ドカンと……うお、凄え、ドッカンドッカンでズバババーンだ。音が腹に来て、熱が頬に来る。いつもよりも凄え。魔力がいい具合に馴染んだんだな。《爆炎》って魔法名は大げさじゃないぜ。
もうもうと上がった黒煙が風に流されて……と。
死屍累々、だな。
それでも途上だ。爆発に巻き込まれなかったやつらがいる。まだ動けるやつらがいる。ゴブリンであると見てわかるやつらが、残っている。そんな何もかもが、どれも一等悪いことだな。
魔物はくたばれ。ゴブリンは素材にもならないから、ただ死ねばいいさ。
「全騎抜剣、自由攻撃! 殲滅しろ!」
隊列を解き放って、俺も行く。
動揺するゴブリンを斬る。暴れるホブゴブリンを刺す。油断はしないぞ。一匹とて生かしてはおかないし、一騎とて失うつもりはないんだ。
それにしても、馬がよく駆ける。爆発の光や熱もへっちゃらだし、敵に怯えもしない。アギアス兄者の言う通りだな。馬を使って戦うんじゃない。馬も一緒に戦っているんだ。それがわかる。
気持ちが通じるから、手綱、ほとんど鞍に巻きっぱなしだ。だから、そら、長柄が使いやすいったらないぜ。いや、実際のところ、妙に技の切れがいい。
ホブゴブリンの棍棒を、人馬一体の動きで避けるその際、もう肘を切断して。
馬が体勢を戻す動きを、長柄の切り返しの勢いへ乗せて、首を飛ばしている。
ううむ。俺、開拓地に来てから凄く強くなったよなあ。
今ならアギアス兄者に……いや駄目だ勝てる気がしないわ。兄者と試合うと、馬まで攻撃してくるからな。馬具でユニコーンみたいな角着けるとか、人馬共に頭の心配をしたもんだけど……それで突き落とされたからなあ。
そして、そんなアギアス兄者をして、絶対に勝てないと言わしめる人物。
それがクロイ様なんだよな。
いや、わかるよ。手合せをしないでも、佇まいだけで感じ取れるもんがある。あの人は尋常じゃない。兵法の達人ってのもあるんだろうが、こう、もっと圧倒的で……要はさ、ひとりでもう軍隊なんだよな。あの人は。
そりゃアギアス兄者がほれ込むわけだよなあ……言葉通りの一騎当千だし。
けど、だからこそ、俺たちみたいな人間が必要なんだよな。戦える軍人が。露払いになれる軍隊が。あの人を決戦の場へ至らせるための、足場となれる軍組織が。本当に、アギアス兄者の言うとおりさ。文面じゃ言い尽くせてなかったけどな。
さ、この一匹で終いだ。魔物は退治されにけり、だ。
歓声が降ってくる。熱狂的なもんだ。おう、旗を振ってやれよ。街の方は虱潰しになるから時間がかかる。その分、こっちは派手に勝ったんだから。
救われて、盛り上がって……もっと戦ってくれ。あんたたちも加わってくれ。
クロイ様を先頭にして戦う、この、回天の大事業にさ。




