21 ドラデモ的人材について/童女は食事する、親子の温かさを
戦うためには準備が必要だから、食べるし、飲むし、眠りもする。
大きく戦うためには、長く戦い続けるためには、準備にも時間をかける。
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やらなきゃならないことがある時ほど、全力全開で、いらんことしたい。
はい、いもでんぷんです。渾身の風呂掃除をしました。
色々と綺麗さっぱりしてモニター前へ戻ったところ、何でか開拓地郊外で騎馬戦が熱かった……どういうことなの……ちょっと他所様のプレイでも見たことないレベルの激戦なんですけど。あ、イケメン騎士が勝ったっぽい。ふーん。
それはともかくとして、開拓地、めっちゃ人口増えましたねえ。もう魔物大襲撃以前の状態を超えたんじゃないかな。しかもまだ増加傾向だもの。
砦から食料その他諸々の物資が送られてきたってのもでかいですね。北部では割と起こるイベントですが、量がね……ちょっと予想以上。開拓地の面々も、嬉しさ半分で戸惑い半分だったんじゃないかなあ。その気持ち、わかる。
あと、エルフもなんかお行儀良くなりましたしね。
またどうせ子供狙ってくんだろうと思ってクロイちゃんパトロールを強化してたんですけど、特に何事もなくて、いもでんぷん的には開拓地平穏の愛しさとイベント空振りの切なさと、あとずっとついてくるシラちゃんの心強さと。
空からは、どこへ行っても、鷹だの鷹羽だのにも見られてましたけどね。
ま、いいんじゃないですか? ノープロブレム。民満足度、大事大事。
んで、そうなるとワクワクなのが信仰値の上昇ですよ。
鬼神パワーの現状はというと……微妙! クロイちゃん、いまだ《コール》系に届かず! あと一息って感じ!
やっぱり鬼神信仰が上手く機能していませんねえ。クロイちゃん周りは上昇率目覚ましいんですけど、他がどうにも不器用というか不信心というか。祈りはするんですけどね。それが鬼神パワーにダイレクトインしてこない。神院仕事しろ。
とはいえ、チビデブ神官は責められません。この弁舌スキル持ち、めっちゃ政務やってますからね。能力値頼みで担当兼務し過ぎ。エルフとの外交もこいつだし。
統治者枠のイケメン騎士が脳筋だからなあ……内政、そろそろ人材不足かも。
人材、かあ……。
必要とされる人間って、忙しそうですよね。ブラックな労働環境なんて礼賛しませんけど、それでも組織にとって掛け替えのない人間ってのはいるわけで。
家でゲームしてろって言われるのは……あはは……どうなんでしょうね。
引継ぎとか全然やってないんだけどな……電話もかかってこないよ。
んー…………お腹減ったな!
そういえばドラデモにおける食事って、すんごく素っ気ないんですよね。例えば人間なら、パン、スープ、焼き肉、以上終わり。雑う。他がめっちゃ細部まで作り込んであるから手抜き感半端ないです。攻略サイトでもパン食えで終わりだし。
こんなんなら満腹度とかのシステムなくていいのに……って、あれ?
え、ちょっと待って。広場の端のところ。観戦モードの俯瞰でもそれとわかる、その、麺類をすする食事風景……画面ズームアップ! うお、やっぱりだ!
クロイちゃん、それ、うどん? うどん食べてんの?
え、しかもお餅入り? それともこれは解像度の限界? 太過ぎ麺ってこと?
いや、まあ、どっちにしたって驚きですわ……DX版って食文化も強化したんですねえ……いやはや鬼神の時並みの衝撃ですわ。そういう人間味というか、平和な日常的な要素、からっきし期待してなかったですよ。これまで絶無だったから。
そっかあ……そういうことかあ。
ドラデモ制作チームにも、人の心が通ってたんだなあ!
◆◆◆
「なあるほどねえ……まるで使徒と従僕じゃないか。あんたたち」
煙管のおばさんは、どうでもよさそうな顔で、フウって煙を吐いた。シラは知ってるよ。その煙は毒。そうとわかってても、吸うんだね。お父さんみたいに。
毒でやるせなさを誤魔化すんだって、お父さんは言ってたな。
「人間の神様ってのは、つまり、若い綺麗どころがお好きなわけかなあ? おかしいねえ。聖典のお話じゃ、働いて働いて、老いさらばえた頃合いになると歓迎されるっていうじゃないか」
シラにばかり食べさせて、自分は食べないとこも似てる。この食べ物は初めて食べるけど、おいしいし、お腹がポカポカするし、一緒に食べたらいいのに。
また煙。お酒とは違って、楽しい気分にはならないんでしょ?
「これ、おいしいよ?」
「そうかい。たんとお食べな。山ほど持ってきたんだからねえ」
お父さんは、シラがおいしいって言うと、自分が食べるよりよっぽど嬉しいんだって言ってた。だからどんどん食べろって。
「そっちのあんたが……って、あんたそれ何杯目だい」
クロイ様が今食べてるのは、五杯目。食べられない時はずっと食べないし、食べられる時にはたくさん食べる人だから。
「底無しだねえ。それが、ヴァンパイア五十骨崩しの力の秘密かい?」
「ん」
「もう一杯寄越せと。はいはい。その細身のどこに入るのやら」
煙管のおばさんが合図すると、向こうの屋台の人がすぐに次のひと椀を作って、持ってきてくれる。不思議。お金も券も払わなくていいし。
「これの売り上げなんざ、どうだっていいんだけどねえ……景気づけにはいいか。お前、看板に『五十骨崩し』って書いときな。今からそいつの品名だよ」
あの屋台も、あっちのお店も、もっとあっちのお店だって、煙管のおばさんの合図で動く。そういう仕事なんだよね。
ええと、何だったっけ……そうだ、紅華屋さんだ。
お馬さんを四頭も使う、見たこともない馬車でここへ来たのも、仕事だからって言ってたね。それで、いつもシラたちにおいしいものを食べさせてくれるんだ。ありがとうって言っても、仕事だからってそっぽ向いて。
シラたちも、他の子たちも、煙管のおばさんと一緒に食べたいんだけどな。
「……神様ねえ……」
あ。その、泣きたくなるような、言い方。
クロイ様と出会う前の、シラみたいだ。
「人間の神様なんてもんは、精々が酒や煙草の王様みたいなもの。臆病者のための自分騙しだと思っていたんだけどねえ。狂信者なんてのも、魔薬中毒者みたいなものだって。それでも、聖印だけは、手放せないでいてさあ……」
そっか。そうなんだ。
おばさんには、もう、いないんだ。いなくなっちゃったんだね。お父さんにとってのシラみたいな子が。それで、お父さんが帰ってこないシラみたいに、涙を流さないで泣いてるんだ。辛い、悲しい、寂しいって。
「こんな宗教、奴隷種族にゃお似合いだと納得もしていたもんさね。だから、大して期待もしちゃいなかったんだが……」
思いが溢れてきちゃいそうな顔で、煙管のおばさんは、シラを見るんだね。
シラの抱えてる、お父さんの剣と……お父さんの手を。シラの代わりに熱いお椀を持ってくれてるのが、見えてるんだね。
「……あんたの、父親かい?」
「わかるの?」
「わかるさ。我が子の食事を世話する時の、親の手ってものは、幸せで幸せでとろけちまいそうだからねえ」
そうなのかな。よく聞く、親になればわかることなのかな。今よりも、ほっぺたをぷにぷにしてる時の方が、幸せそうな気もするけど。
「クロイさんよ。あんたを拝めば、神様へ祈りが届くのかい?」
「ううん」
「違うのかい? じゃあ、いったい、どうすれば……えっ」
クロイ様は、何もないところへ両手を伸ばして、大きく丸を描くようにした。
「神は、今、この辺りにいる」
うん、そうだね。シラにもわかるよ。クロイ様の背に降りてる時よりは気配が薄いけど、それでも感じる。神様がそこにいるって。
煙管のおばさんは、ビックリしたみたいだけど、でもすぐに顔をクシャクシャにして、一生懸命にお祈りを始めた。震えてる。目からポタポタ涙が落ちてく。よく聞き取れないけど、つぶやいてるそれが、いなくなっちゃった子の名前かな。
シラも、お祈りしよっと。お父さんも両手使えばできるでしょ。やろうよ。
あれ、でも……神様……少し元気ない?
シラにはわかるよ。だって、煙管のおばちゃんにも、お父さんにも、似てるんだもの。お腹がすいてるはずなのに、食べないで、やさしくシラを見つめてくる時の感じだもの。とっても寒い日に、たき火に手をかざすみたいな、微笑み。
だから、シラは言うね。元気になってほしいから、言うんだよ。
「これ、とってもおいしいよ。神様」
あ、神様、笑ってくれたかも。




