107 エピローグ
アルバキア大陸中央平原―――エルフとヴァンパイアが戦い続けた土地で。
音楽が奏でられている。
空には無数の風霊。風鈴と揺れて、釣鐘と鳴って、森羅万象を表わすかのよう。エルフは飛ぶ様は木立に遊ぶ小鳥に似ている。横笛の高音。その澄明さ。
地には多様な種族。
ヴァンパイアが太鼓を打つ。まるで大地の力強い鼓動。老ドワーフは金管を吹く。まるで山々の雄大な息吹。インセクターハーフは弦を弾く。痺れるような高速の旋律。獣人の竪琴とダークエルフの木琴がやさしく応じ合う。
他にも、大小様々な楽器が音色を響かせ和合している。たくさんの種族。かつては戦火を逃れ隠れていて、今は平和に誘われ出で来た者たち。
人間は……踊る。音楽に乗って。
動きを合わせた躍動。左右への素早い跳躍。首を振り、腕を振り、全身で生命を謳う勇躍。皆を率いるように活躍しているのは三人の兄弟。その中でも―――。
「どうして国王陛下がああも激しく踊っているのでしょうか。先頭かつ中央で」
「素敵ですよね! 大司教猊下は踊らないんですか?」
「躍るわけないですよ……ちょっ、王妃殿下っ、何で裾をまくるのです!? 臨月だというのに!」
「大丈夫! 四人目ともなるとコツがわかりますから!」
「誰か! 誰かある! 取り押さえるのです!」
観覧台も賑やかだ。お腹の大きな二人がドタバタと周囲を巻き込んでいく。
それを遠巻きにして二人の女が談笑している。どちらも肌が黒い。ヴァンパイアとヴァンピールだ。
「見事。己が腹ひとつで命を生み出すなど千万の魔法にも勝る神秘……あやかりたいものだ。議長、お前の存在がヴァンパイアの希望を保証しているとはいえな」
「魔王陛下におかれましては、まず何よりも配偶者をお決めになるべきかと」
「相応しい猛者がおらん。この頃は我こそはと名乗り出る者も稀だ」
「……そりゃああも完膚なきまでに叩きのめしていたらね……妥協しては?」
「思いもよらん。しかし、あれはいいものだな」
ヴァンパイアが指差さした先には、祭壇。
五角形の台座は雷土水火風の五属性を象徴し、その上で十字を描く黒白二本の帯は光と闇を象徴している。つまりは世界だ。そこへ恭しく置かれた一体の神像……火炎をまとい鎮座する性別不肖の姿形。赤い駒をひとつ寄り添わせて。
「ほどけ! いや、今更逃げはしないからさ!?」
そんな祭壇の前で、ひとりの男が椅子に縛りつけられている。
「諸君、冷静に考えようじゃないか! 百歩譲って今年でいいと言ったし、千歩妥協して国事とすることにも同意した! けど、だけどさ! これはないだろう!?」
男を囲うのはソードラビットたち。慕ってはいない。鋭い角という角が、服をやぶかない程度の強さで男を攻め立てている。
「国際行事じゃないか! やっとこさこぎ着けたこいつに、大陸平和の大祭典に、いち侯爵の婚儀ねじ込んだバカはどこのバカ王かバカ大司教……か……」
よく動く舌も周りの囃し立ても、たちまちに静まっていく。銀色の髪を結い上げ、清らかに華やかに装って、彼女が現れたからだ。幸せいっぱいの微笑み。足下からシロクロ柄のソードラビットが一羽跳ねて、男へ体当たり。
ああ……音楽が奏でられている。大陸に。大空に。
大きな篝火が点けられた。ひと組の夫婦の誕生を祝って、歌が歌われる。祈りが捧げられる。戦争の終わった世界がここにある。
「……では、誓約の接吻を」
接吻? せっぷん……それはなんだったろうか。
「それはねえ、クロイちゃん。キスだよキス。結婚式っていったらそれだよね!」
「あるいはベーゼだね! アハハ! なーんか日本式なウェディングだねえ!」
「世界のごとに文化も宗教もあろう……我々はそろって未婚だが」
神たちも笑うのならば、接吻とは素晴らしいものなのだろう。火も猛る。皆も祝いたいと言っている。それならば。
眺めるきりをやめよう。さあ、参列しよう、火を媒介にして。祝意を伝えよう、威儀を示して。
この世界に生き、死んだ、不屈の者たち……痩せぎすの魔術師は花火を上げ、女商人は優雅に拍手を打つ。寡黙な古兵はソードラビットたちの曲芸を指揮し、豪快な老将は不死兵を指揮してやはり躍らせる。
死せるドワーフもインセクターも、果てしエルフもヴァンパイアも、今こそは好機とばかりに加わっていく。かつての使徒や従僕たちすら、そこに立ち現れて。
平原に集っていた者たちは大いに驚き、身を震わせ……大歓声を上げた。
誰もが歌い踊り、泣き笑う。歓喜の祝祭となっていく。
あ、花嫁の背後から腕。愛娘の頭を撫で、その伴侶の頭へ拳骨を落とした。
「神様、来てくれたんだね。クロイ様も」
眼差し。世界を隔てていても、想い合えばそれはつながるものだから。
「どうか健やかに。幾久しく幸せに。デ・アレカシ」
心からの祝福を言葉にして、ワタシは、ワタシたちは夢から覚めよう。また現実へ……地球世界における戦いへ舞い戻ろう。
再び夢見るために。
二つ世界に、希望の火を灯し続けるために。
完結。