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104 ドラデモ的救済エンドについて/騎士は開始する、回天の世を

 全ての力を使い尽くして。命の炎に包まれて。

 今、消える……消えていく。



◆◆◆



 燃えていく。


 クロイちゃんの身体も、二人分の命も……魔神であるルーマニアンも。


「あーあ、私の負けかあ」


 勝ち? これは勝ったのか? どういうわけで勝てたんだ?


「んー……この力の抜け具合といい、逆にそっちのパワーアップっぷりといい……宮殿で何かあったのかも。私の予想を超えるような、力強い何かがね」


 宮殿ってことは、ターミカか。秘宝を狙うって作戦、上手くいったんだな。


「ターミカ。あの陰謀家っぽいヴァンピーラか。そうかそうか、あの子が上手いこと私の急所を衝いたんだ。『もしかしたら』はたくさん用意しておくものだねえ」


 もしかしたら? なんだ、それ?


「敗北する可能性のことさ。フッフッフ。勇者の成長を座して待つのはラスボスの流儀だしね。力を高めていく君たちしかり、筆頭使徒のくせに超反抗的な『高慢』しかり、未知の秘術に長じた『堕落』しかり……」


 お前……得意げに立てた人差し指も、燃え落ちていくのに。


「それでも無敵な私だから、宮殿に失敗作を放ってアグレッシブな『シュレディンガーの猫』的状態にしておいたりもしたけれど……うん。いいね。勇者の活躍によって打ち倒される方が素敵だねえ」


 笑うのかよ、お前。ルーマニアン。最後までゲーム感覚なんだな。


 実際、こっちと違ってそっちはただのアバターだし。その姿が灰と消えても魔神ストリゴアイカが消えるだけ。お前に命の別状はないもんな。


「ん? そんなことないよ? 私、死ぬもの」


 なんでだよ。お前、命の力とか使ってないじゃん。わかるんだぞ。火の力だけじゃなく雷と土の力も流れ込んできているから、魔力的な超感覚もパワーアップで。


「それが理由だよ。私は雷と土の力を失いつつあって……それは地球においても同じこと。魔力という超常の力による『電磁結界』が維持できなくなれば、私、一日ともたないね。周りの放射線量、計測するのもバカバカしいくらいだから」


 え、放射線って……お前、まさか!


「あーあー、聞こえますか? こちらルーマニアン。ブカレスト()()、崩れ教会裏、廃棄原子力ロボット戦車集積地より親愛を込めて……なんてね」


 ブカレストって、ルーマニアの首都で、こないだの戦争でこの世の地獄みたいに放射能汚染されていて……。


「そう。半永久的に人の立ち入れなくなった、我が故郷さ。ここで私は殺される。異世界や君たちにではなくて、地球の新国際秩序とかいう理不尽によってね」


 お前……そんな……それでいいのか? 納得できるのか?


「いいも悪いも、もうどうしようもないしねえ。それに、戦争なんて大犯罪はハイリスクハイリターンで当たり前なのさ。暴力は加速するものだし、状況は理性を変容させる。戦争を政治の一手段なんて考えるやつは、ハッ、人間を知らないよ」


 それなら、なんで、全力で勝とうとしなかったんだ? 勝てたろ? その気になればいくらでも勝つ方法があったろ? 戦略ひとつでどうとでもなったろ?


「君が、君たちが現れたからさ」


 もう身体を半分以上も燃やして、灰になって、崩れて、それでもまだ笑顔で。


「バッカだよねえ、君たちって。まさに愚直でさ? まぶしいくらいに信じあっていて、呆れるくらいに献身的で、恥ずかしいくらいに希望を胸に抱いていて……涙が出るくらいに綺麗だったよ。見惚れちゃった。ずっと見ていたいくらいだった」


 燃える。どんどん燃えていくのに、お前は、ずっと笑顔のまま。


「私もさ、そんな風なら良かった。こんな捻くれた愛想笑いじゃなくて……ちゃんと綺麗に、人間は素晴らしいんだぞって笑いたかった」


 ルーマニアン……お前……。


「あ、早くも色々と苦しくなってきた……アハハ……ラスボスとしても大犯罪者としても実に相応しい死だなあ。うん……これが正しいや」


 正しいわけないだろ! ここまでのやり方も! こんな終わり方も!


 お前のこと、なんにも知らないけど! でも! 誰かに幸せになってほしいって思って……その誰かのために泣いたやつが! 他の誰かを泣かせて! 傷つけ合って憎しみ合って! そんな風に……寂しそうに死んでいくなんて!


 どうして! どうして、幸せになろうとしなかったんだよ!! お前は!!


「……そっか。よかった」


 涙を流して。嬉しそうな顔で。


「やっぱり、私は間違っていたんだねえ」


 焼けきって……消えた。


 跡形もなく消えてしまって、もう、この世界のどこにも気配を感じやしない。


 ……世界か。


 火に加えて雷と土の力が流れ込んできだ今、超感覚といい魔力といい、とんでもない規模になっている。これがつまりは魔神の力なのか。世界を滅ぼせるほどの。


「……ワタシは、この世界が好き」


 うん、わかっているよ。


 命が混ざり合った今、クロイちゃんの気持ちは我がことのようにわかる。大好きなんだよね? この残酷でも美しい大陸が。生と死が連綿と紡がれていく場所が。


「でも、もうここにはいられない……在れない……全部、燃やしたから」


 うん……そうだね。


 勝ったからといって、既に支払った代償は取り戻せやしない。この肉体はもうすぐ消滅する。とんでもない力を得たから、命こそかき消えたりはしないけど……。


「……戦いは続く」


 うん……うん。その通りだ、クロイちゃん。


 行かなければならない場所がある。決着をつけなければならない相手がいる。今度は逆の立場で……クロイちゃんにとっての異世界で、また一緒に。


「この世界は、どうなるの?」


 どうなるもなにも、消えちゃった後はどうしようもないと思うんだけど……そうだなあ……できるだけのことはしてみようか。曲がりなりにも神様として。


 皆のこれからのために。


 この世界の行く末のために。



◆◆◆



 魔神を灰と焼き消して、我らが神はなおも燃え続ける。


 その光輝と炎熱……荘厳ではあるものの。

 

 クロイもまた、消える……炎の中に消えていく。その黒髪はもはや薪炭か何かのようではないか。奇跡と引き換えだとでもいうのか。誰よりも戦った少女は、ここでその役割を終えるとでも。


 ああ……クロイ……!


 いずこからか開拓地へ流れ来て、デーモンキルとドラゴンスレイ、そして今や魔神討伐をも成し遂げたお前は。


 暗闇の中を進むに等しい日々において、灯火だった。人の形をした希望だった。


 その後に続くことが戦いだった。喊声を上げてたどり着いた、ここが。


 この場所が……果てか。


 絶望に抗って希望を追及する、回天の軍旅の折り返し地点なのか。


「アギアス・ウィロウ。君の剣を」


 神の声。炎の手。クロイの赤き瞳に重なって感じられる、神の御眼差し。


「……よし。刃に特別な魔力を付与した。これは道標だ。いつか再び鬼神の力が必要となった時は、この剣へ要請するといい。これを目がけて世界を越える……きっと届いてみせるから」


 おお……白刃に赤く火の文言紋様。熱を帯びて。


「ヒクリナ・ズビズバン。伝えておく。君とシラには従僕としての印がある。命に焼き付いたそれを、君たちの意思で譲り渡せるものとした。継いでいくといい。その印はひとりの使徒が在ったことを証明するから」


 ひざまずく我らへと語り掛けられる間にも、その御身を次第次第に炎へと化してゆかれて……厳かに進むこれは。


「サチケルちゃ……サチケル。竜神の加護もじきに消える。エルフ本来の風はともかく、水については分祀を勧める。海辺にマーマルの集落が残っているから、協力するといい。君にならそれができるはずだ」


 これは、別離の儀式なのだ。


 クロイひとりは神と共に征き、我らはそれを見送ることを許されている。


「あとは……ロザリンデ。岩陰に潜んでいる君だ」


 何と、生きていたか。ヴァンパイアの使徒。『艶雷』。


「ヴァンパイアは魔力の大半を失うけど、生来の屈強さは残る。帝都のターミカと話し合うといい。雷と土の祭祀についても、今後の帝国の在り方についてもね。大丈夫さ。君たちの種としての未来は、決して閉ざされてやしないから」


 そう告げられて、微笑。神の寛容で少女の唇をほころばせて。


 火がそれを包み、静かに、全ては炎へと。


「戦争は、これが最終、大陸最後のものであるといい……皆、仲良く……」


 神の言祝ぎに浴し奉り、輝かしい火炎を仰ぎ見奉って。


「この世界が……幸多いもので、あれ」


 デ・アレカシ。


 祈りの唱和。


 頬に熱の残る限り唱え続けて……これより、我らは回天の時代を始めるのだ。

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