103 万鐘は観る、最終神闘を/影魔は願う、救世神話を
今、身も心も燃やして。火を猛らせて。炎と成って。
最後の疾駆を。髪の一本とて残さず燃え消えても、希望への道を残すために。
◆◆◆
「皆の者、身を寄せ合って伏せい! わりゃの防御の内におるのじゃ!」
浮鈴、飛鐘、ギュッと身を寄せて頑張ってくりゃ。薄べったい天蓋のようになるのじゃ。さすれば、この物凄まじき余波を今少し凌げよう。
あなや畏るべし、雷火の神闘。天地の雪も雲も消し飛ばしてしもうて。
あれこそが鬼神。火と戦を司る存在。
クロイの身に宿り、炎へ化身しようとしとる。武器で潰された目が、魔法で打ち据えられた肩が脛が、肉であることをやめて火を噴きよる……おおう、左腕の肘から先も火となった。
命、じゃなあ。あの尊い輝きは。
のう、クロイ。お主ら主従は、命を溶け合わせたばかりか、その命のことごとくを熱量へ換えようとしとるんじゃろ? そうまでして勝たんとしとるから、強い。今この時ばかりは何者よりもまばゆい。
じゃが、じゃがなあ。わりゃは震えておるのよ。
なんとなれば……勝ち目が見えん。
「おっとお? そのいかにもなスーパーパワー、ジャパンコミックのようだね!」
魔神、笑とるもの。
「ハイパーな変化かい? オーバーなドライブかい? あるいは伝説の戦士にでも化したかい? それともそれとも、いわゆるひとつのカミカゼなのかい?」
神々の言語は意味がわからないものの。
「いいね! それでこそだ! 二つの世界の運命を決するに足るよ!」
雷と土を司る無双の存在は、まるで大切な友を手招くかのような態度じゃ。
思うに、先の雷魔法は随分と手加減がされとった。さもなくば、わりゃの防御など嵐前の桜花じゃったろう。さだめし、わりゃたちに警告したのじゃ。這いつくばって見ておれと。
今も、明らかに手を抜いとる。是が非でも勝とうという気概が感じられん。対峙して、クロイと鬼神とが熱量を高めていくのを見とるだけじゃしの。
「ワタシたちは、オマエに届く……届かずにはおくものか!」
それでも、敵わんかもしれずとも、お主らは征くのよな。クロイ。
「ううう……あああああ……!」
人間種が滅亡に瀕して閃かせた最後の光―――つまりはそれがクロイじゃから。
「んおああああああああっ!!」
吠え奔る。その身を一度きりの大魔法のように燃やしてしまって。
「ハッハア! 一途に何かを想ったところで、世界は障害ばっかりさ!」
轟音と共に大地が隆起する! 《石盾》? それとも《土壁》? いや、これはもはや《岩波》とでも言うべきもの! 幾重にも連なって!
ぶつかって……貫いたじゃと!?
おう、岩石がとろけて飛沫をあげよる! 何たる高熱!
「アハハッ! 『必殺の情熱』だ! わたしを抱きしめるつもりなんだね!」
おお、大気が悲鳴を上げるほどの、これは、雷魔法なのか!? 魔神を中心として《天雷》が渦を巻く! 電気の大蛇のように!
クロイは、進路そのまま―――激突じゃ!
「アハ! アハハハハ!! 『神を憎むよりほかに愛することはできない』! どうしたあ! 足りない足りなあい! わたしへ触れてみろ! 愛憎渦巻かせて! 悲喜も交々に! ジャガイモン!」
浮鈴が蒸発しよる! 飛鐘が粉砕されよる! 膨大なる火炎と雷電! わずかな欠片すらが防ぎがたい!
「神は……いもでんぷんは、言っている! オマエは憐れだ! 魔神!」
憐れ? 魔神が? クロイ?
「愛憎の渦に、囚われて! 断ち切れないで!」
「それが何? ブッキョウでも語る気かい!? 悟れって!? ハハッ!」
電光が弾けて火を削る! やはり力及ばん……クロイと鬼神の命が、ああも輝いとるのに……皆の祈願が背を押しとるのに!
「聞こえているはず! オマエにも! 泣声が! 嗚咽が!」
「……え?」
「神は泣いている! オマエの罪と、オマエへの罪が、オマエを惨たらしくしたと泣いている! 深い絶望がための切望が、オマエを衝き動かしている!」
「だから!? だから何だっていうんだ!! この期に及んで!!」
電気の大蛇が、三つ四つ、あいや九つ! 雷光の大咢で炎熱を噛み砕く!
「ほら! ほらあ! 罪と断ずるのなら罰してみろ! わたしは! 『自己自身でありたいという切望を、不正手段による他、満たす手段がない』んだ!」
「……もっともらしい言葉を引用して誤魔化すな! お前だって誰かのために泣いているだけだ! ルーマニアン!!」
るうまにあん? それは呪文?
火が、炎が、膨れ上がって襲いかかる! 電気の大蛇は……おわ、焼き払われたじゃと!? まさか力勝ちしたのか!? 五つ六つと次々に……これは……これは!
魔神の魔力が揺らいどる! 魔神が弱あなっとるぞ!!
◆◆◆
何てことだろうね、まったくさ。
雷の秘宝『天震蝋』と土の秘宝『源鉱石』。それぞれがひとつの種族の絶滅を意味して、ここ、宮殿最奥の宝物殿に蔵されていたわけだけれど。
「無事か、ターミカ。怪我など、していないか」
あれはキメラ。獅子と山羊と毒蛇を混ぜ合わせた魔物。あれもキメラ。オーガの腕を増やして下半身は虎。見渡す限りのキメラキメラキメラ。魔神の実験体たち。
誰の仕業か、そんな物騒な連中が、よりによもって宝物殿内に放たれていて。
「ああ、よかった……護れてよかった。よかったなあ」
どいつもこいつも飢えて、渇いて、血眼になって殺し合っていて。
「ターミカ。可愛いターミカ」
今はもう全て死に果てた。ただの一体……生殖実験体の大男だけを残して。
「お前は、母さんによく似ている。耳の形だけは、俺と似ていて」
私が来る必要なんてあったのだろうか。放っておいたって、乱闘の弾みで秘宝は転げたろう。奇跡は台無しになって、魔神への力の供給は損なわれていたろうに。
「どうか、幸せにおなり……ターミカ……我が娘よ」
大きな手から力が失われて、重くなって、支えきれず床へ落としてしまっても。
私は叫びやしない。呪文を唱え続ける。秘宝を魔神の支配から解放するために。より魔神を弱体化させるために。鬼神に魔神を討伐させるために。
泣いてなど、いないさ。頬を伝っていくのはきっと血や汗だ。
胸の苦しさも、込み上げる嗚咽も、大願成就を目前にした興奮に違いない。
「そんなわけないでしょう? 涙を認められないなんて、可愛いんだから」
この声は! どこから……胸元から? 懐に仕舞い込んだ黒い石から!
「これは幻聴よ。雷と土の魔力が放散する、この刹那に限った夢のようなものよ。この『黄金』の遺石を肌身離さず持っていてくれた、ターミカ、貴方との夢」
ああ、そう……そういうことも起こるのかもしれない。ここは魔神の莫大な魔力の源泉とも言える場所で、二つの秘宝は私の影響下にあるのだから。
こうしている間にも、雷土それぞれの精霊は解き放たれ……え?
秘宝が機能している? 力を送っている? 魔神ではなく……これは、まさか!
「あの子のところへ、でしょうね。当然でしょう? 彼女はこの私に勝利したわ。雷土どちらもの焦点となる資格があるわ」
ダメだ、そんなこと! それでは魔神と鬼神が入れ替わるだけで、世界が!
「もうどうにもならないし、きっと世界はどうともならない。だってねえ……ウフフ……鬼神、オイモデンポンだったかしら? あれは類稀なお人好しだもの」
お人好しって、そんな……あれは火と戦を司る軍神で。
「戦争をするに際して野心も憎悪も慢心もなく、闘争を楽しむでもなく、命をすら費やしても何ら見返りを求めないのよ? バカよねえ。愛すべきバカよ、大バカ」
無償のものだって……裏表のない善意だって、言いたいの?
「案外、この世界の幸せが、そのままオイモデンポンの幸せなのかも」
何をバカな。それじゃまるで……。
「そう、本当に神様みたいね。それともあるいは親というものなのかもしれない。貴方だって、無償の愛に護られたから、今そこにいるのでしょう?」
そういう、そういう言い方は……卑怯じゃないか。
「あら可愛いらしい。貴方、人間の子どもみたいに泣くのねえ」
「可愛いだろう。俺とあいつの娘だからな」
やわらかな指が涙をすくって、大きな手が頭を撫でて、どちらの温かさも静かに去っていく……そんな夢幻をひとり味わって。泣いて。泣いて。
呪文を唱えきったよ、私は。
あとは、クロイと鬼神、君たちに任せるよりない。
「……倒してよ、魔神を。救ってよ、世界を……私たちを……お願いだからさ」