102 ドラデモ的愛と怒りと哀しみのラストバトル
世界は理不尽だった。だから叫んだ。全てを捧げて祈った。
ここまで、来た。戦ってきた。いる。理不尽が人の形をしてそこにいる。
◆◆◆
マジか。マジかよ。いや、魔神なら当たり前なのか?
「さあ、ラストバトルといこうじゃないか! 神同士のガチンコ勝負で!」
レギオンが一撃て。これが魔神の雷魔法。知っていたしわかっていたけど、やっぱり壊れ性能だろ。そりゃ五属性揃えた日には大陸も壊れるわ。
「人間軍には、うん、神話の目撃者であることを許そうじゃないか。特等席だね」
ギュンギュン振り回している、あの武器。三日月と十字を合わせた形の鉄棒。
あれもヤバいな。あれがヘカトンを殺った。伸びて刺さって、巨体の節々から突き出てきて、なんかえげつない動きをした。
「さあ、改めて名乗るよ! わたしはストリゴアイカ! ローランギア神帝国の皇帝にして現人神! つまり魔神! この世界を滅ぼすために、ここに在るぞよ!」
こいつ、ルーマニアン、どういうテンションだ。
「……ワタシはクロイ。人間。使徒」
え? ちょ、名乗り返すの? クロイちゃん?
「戦火を越えて征くために……」
あれ? いつ双剣を召喚した? 無意識に操作した? それとも……。
「希望の地平へ至るために……」
チョコようかん号がいなないた。鬣が逆立たせて駆け出す。今のは確かにそう操作した。クロイちゃんが思うままに思って……意思が重なっていく!
「……ここで、オマエを討つ!」
「フハハハハー! やあってみろ、クロイ!」
来る! 《電光》! バカバカしい規模と威力の飽和攻撃を……!
「あああああ!」
斬る斬る全て斬る! ひと振りが数十の斬撃となるこれは、言わば刃の結界! 実際に腕も増量中! シラちゃんの召喚魔法を借用アンド応用だ!
そんな高い所から! 適当に投じた魔法なんかで! 止められるもんか!
「ん、りゃっ!」
剣を消して投げ槍! 《増強》で一本を百本に! ロケット弾一斉掃みたいなクロイちゃんジャベリンを喰らえ! 喰らって落ちろ!
「はん、その程度の弾幕ではねえ」
回避した!? あの腰の飛行ユニット、なんて性能だ!
「対空射撃は千発単位で戦果を求めるものさ。ましてや手投げじゃねえ。無限の放物線を描いたところで無駄となる。無数の人生が理想へ届かず途絶するように!」
また雷魔法が来る……双剣! 迎撃!
「終わらない……理想を目指す魂は、たとえ散り果てても……!」
く、このっ、適当に落とされる雷! その一撃一撃が致命的とか!
「だって、皆の咆哮が聞こえる……」
更には土魔法《岩錐》が、くおっ、地面のあっちこっちから罠みたく! 長柄で斬り払いだオリャア! エキセントリックなタケノコ掘りだコラア!
「……この世界は! 命の残響に満ちている!!」
ああ、その通りだ。耳を澄ませて聞き遂げて、心合わせて呼び掛けるぞ。
気高く戦った者たちよ……今だけでいい、ここでだけでいい、あの敵に対してだけでいい……だから、お願いだから、力を融通するから……命を捧げるから!
さあ! 雪解けの泥を分けて、立ち上がれ! エルフの射手たち!
「え、嘘お!? 召喚できるのって、人間だけじゃないの!?」
この戦いは! この決戦は! 人間のためだけのものじゃない! 種族の垣根を越えて相通ずるもの……この世界在れかしという、生きとし生けるものの願いを叶えるために! 末期の目に焼き付けただろう、世界の美しさを謳うために!
魔神へ射かけろ! 何千本何万本のホーミングする矢を、地が暗くなるほどに!
「うひいっ、ちょまっ、これはさすがに避けられっ、無理無理無理いっ!?」
よし、今の内に……って、うわ、クラッときた。
立ちくらみ? いや、でも、この虚脱感は。一瞬だけ暗闇が見えた。夜の海のような、どうしようもないくらいに終わりを感じさせる、深く冷たい深淵が。
死? あれが死? ああいうものが?
そう、なのかもなあ……燃料はいつか尽きるものだし…………それでも、今は。
追撃の一手だ。さらに命を費やして。
オデッセンさん、力を貸して! 槍に火魔法を籠めに籠める! 暴走しそうなくらいで丁度いい……そう、なんちゃらパインがやったみたいにやる!
「んんんりゃあっ!!」
行け、赤熱どころか白熱する槍! ブワーッと流星みたいに! そして……!
大、爆、発!!
いよおし! 当たったかどうかはわからないけど、少なくとも爆炎には巻き込んでやったぞ! どうだ、どう効いた……落ちてくる! よしよしよおし!
チャンスだ!
駆けろ、チョコようかん号! 得物は大太刀、《火刃》を斬り込む!
「……まったく。本当に、大勢で来たものだねえ。君は。鬼神の使徒のクロイは」
まだ飛ぶ? いや、腰のユニット、半分以上は壊せているな。煙を引いて低空を来る……いわゆるヘッドオン状態。視線がぶつかっている。強烈な眼光。このまま駆ければ馳せ違う。剣の間合いでぶつかれる。
斬るぞ、ここで! 渾身の一撃で!
「いいねえ……綺麗で素敵で……希望に燃えた目をしちゃってさあ!!」
斬った! けど! 浅い! それに……!!
「ふ、ぐうう……」
クロイちゃん! クロイちゃん大丈夫!? ああああ、大丈夫なわけないよな!? 痛い、痛い痛い痛い……やられた……右目を潰された! 奇妙な鉄棒で!
「アハハ! やってやった! あんまり真っ直ぐ睨んでくるから、片方、ダメにしてやった! 痛いかい、クロイ? 悔しいかい、ジャガイモン?」
あいつ! ルーマニアンめ!
「この武器はねえ、避雷針。つまりは名前に反して雷を集める針さ。そして神への反抗を意味している。天罰たる落雷を受け入れず、十字架の代わりにこいつを屋根に掲げた時、科学は宗教に取って代わった。電気の文明が興った……」
火だ! 火の魔力を高めないと、傷口から電気が浸食してくる! おおおっ! クロイちゃんの身体から出ていけ! これ以上傷つけるな!
「……だから、初めは雷の魔力さえ手に入れたならやめるつもりだった。それで十分だと、新世界秩序などという悪辣を台無しにしてやれると考えたけれど」
あっちは、クロイちゃんが斬りつけたダメージはどうなっている……腹部に傷と焦げ。《火刃》、わけもなく抑え込まれたか……。
「すぐに気づいたよ。それじゃ足りないって。火の魔力が必要だって。だってわたしは憶えている。病院へ撃ち込まれたミサイルの爆炎を。街へ投じられた焼夷弾の火災を。わたしを焼いた猛火と、わたしを貫いた音を。ライフル弾の発射音を」
足りない……力が足りない! 鬼神のパワーが魔神のそれに届いていない!
クロイちゃんは精一杯以上の力を振るっている。皆の意志と遺志は激しく燃え盛っている。たくさんの祈りだって届いている。これ以上は望むべくもない。
「……焦っているねえ。でもまだまだ。焦るのは、何とかしようとしているから。それはつまり、何とかなるし何とかできると考えている証。あの日、崩れ落ちた病院で、こどもたちを助けようと必死になったわたしのように」
覚悟が、足りていないのか。
命の力を使いはしているものの……心のどこかで生き残ろうとしているのかもしれない。やっぱりクロイちゃんたちのその後を見届けたいと、ゲームのエンドロールを望むようにして望んでいるのかもしれない。
死んでもいい、じゃダメなんだ。そんな程度じゃ、勝てない。倒せない。
「憎めばいいんじゃないかな?」
なに……なんだって?
「怒りを抱くだけじゃなくて、憎しみに滾ればいいんだよ。力が出るよ? 人間の本質に適うことだよ? 『世界は憎悪を絶やさないためだけにあれほど多くの部分に分割されている』よ? 三度の世界大戦がそれを証明しているよ?」
憎悪。それが足らないのか。それを足せば、届く? 勝てる?
「うん。そうすればわたしに匹敵するかもしれない。耐え難い渇きのようにわたしを憎み、殺意に駆られてわたしを欲し、事を成し遂げてわたしを飲み干すといい」
左手は右目を押さえたまま、右手に武器を呼ぼう。どんな刃が最適だろうか。
「そうやって、わたしで一杯になってしまいなよ。ジャガイモン」
握りしめた刃は……あれ? 随分と小振りな……これは……懐剣。
あの日、アンゼさんから託された刃。
「……間違えるな、魔神。ワタシたちの神の名を」
手が温かい。じんわりと骨身に沁みていく温熱……怖気を祓って。
「人間の神は、火を司る鬼神は……いもでんぷん」
ん……呼ばれた気がする。凛とした綺麗な声に。誇らしげなその声に。
「理不尽だった世界を、凍えないよう、熱してくれている。惨めだったワタシたちを、胸を張れるよう、愛してくれている。一緒に悲しみ、苦しみ、憤り、戦ってくれている。全てを捧げたワタシへ、全てを与えてくれている」
右目が熱い。ああ、燃えているからか。胸も熱い。そこも燃えている。炎に包まれるとかじゃなくて……身体が、火そのものになっていく。
「この火。命の火。継いできてくれた来し方に誇りを。継ごうとする今に誇りを。継がれていく行く末に誇りを。世界に誇らかな火が在り続けることを願い―――」
ああ、そうか……そうだね。もうその方法しかないのかもしれない。
「―――この一撃で、オマエを打倒する」
懐剣を握り込む。憎悪を頼りになんてしない。大切な誰かのために。素晴らしい世界のために。全身全霊をもって……人の形をした炎になろう。本当はひとりきりで済めばよかったのだけど。
鬼神いもでんぷんと、その使徒クロイちゃん。
二人分の全てを燃やし尽くして、絶対に、力を届かせてやるんだ!