101 竜侍は震撼する、神話の闘争に/影魔は侵入する、崩落の魔都へ
ワタシの世界と神の世界。二つの世界の狭間は、今やとても近く。
聞こえる。戦争の騒音の向こう側に、神々の論争が。ぶつかり合いが。
◆◆◆
「ヒクリナ! 歩兵停止! この場にて敵を迎撃! 孤立不動の塞を成せ!」
「はい! 全隊、隊伍を新たに! 四方へ槍衾を!」
群がり来るゴーレム兵、いまだ勢い衰えず。我が『羽』の通ずるところなし。
「オリジス! 陽動と牽制! 退路を確保せよ!」
「承知! 全騎、俺に続け! 敵を散らす!」
矢も。この腕では弓弦を引けない。風に乗せただけの短矢では貫けない。
「『万鐘』殿は魔法部隊の指揮を!」
「うんむ! わりゃにお任せじゃ!」
風だ。風で敵を妨害するよりない。あるいは味方を援護もして。
「よいか皆の者! どぅー、よあ、べすとじゃ! これは無理するのんとは違うんじゃよ? 自信をもって集中することなのじゃ! 実力存分のことなのじゃ!」
息つく間に仰ぎ見る、あれは。あの、恐るべき戦いの様子は―――
「よいな、フレリュウも!」
「は! 奔放精緻な風にて!」
「んむ、よーし! 頑張るじょい!」
―――神話だ、まるで。
幼生体の頃、寝物語に聞かされ震えたような。
山々に縁どられて、決戦の谷。雪原はかき乱されて、陽光の照り返す明滅無数。壮絶だ。巨大なる三者の対決は、想像を絶していて……荘厳ですらある。
雷気発する巨大ゴーレムは、名状しがたい武器を多数携え、圧倒的ではないか。どのひとつも一撃倒軍だろう。特に《石弾》のごときものの神速神威が恐ろしい。あの一発は、たとえサチケル様といえども……。
されど、その一発は放たれまい。戦慄的な巨大ムカデがゴーレムへと巻きつき、あるいは這いずり回り、毒をでも刺しこんだかのごとく動きを封じている。
そして……もう一体の巨大、火炎の鎧甲冑。
とてつもない力を感じる。左腕を失っていてもなお、右腕に構えた大刀はいささかも迫力を失っていない。兜の奥の深淵に、赤々と戦意を滾らせている。
つまりは、クロイだ。巨大なるクロイなのだ、あの鎧武者は。
だから、大刀が火の魔力を宿している。身中にもそれを充実させている。構えに武威がある。おお、仕掛けるのか。摺り足、駆け足、踏み込み足と迫って。
貫いた!
大刀がゴーレムの首を刺し貫いたぞ。おお、火と雷が弾け合う。肩で腰で脚で、あらゆる箇所でそれが起こる。まさにクロイの力だ。斬って内部から焼き尽くす火魔法。一斬必殺の絶技。
やった……のか?
いいえ、まだだ!
ムカデが振りほどかれた。ゴーレムの慄然たる力……山や城が意思を持って動けばああいう風だろうか。悪夢の光景だが。
しかし、やはりそれまでだ。
振り上げられた大刀が、今、真っ直ぐに振り下ろされる。一刀、両断。
土砂崩れのように降り注ぐ重量物……氷雪を吹き散らし、泥土を飛び散らせて、噴霧と立ち上る蒸気と黒煙と粉塵。巨大なる者は、終わり様もまた巨大。
……勝った。
今ここに、最終戦争の決着が。
「あーらら、ロボちゃん、やられちゃったあ」
な、に?
「機械が虫のせいでトラブルとか皮肉だよね。まさにバグ? アハハハハッ!」
何だ、今の声は。何なのだ、声と共に生じた烈光は。何という悲痛な鳴声。何が起きた。またひとつ、巨大なる終わりの気配だと?
体液を、撒き散らせて……巨大ムカデが、四散、した……。
「ほい、殺虫完了。まさかドワーフの石巨人は出てこないよね? 確かティタンだっけ? ロボちゃんの超絶劣化版なんて、今更出て来られても興醒めだからねえ」
あれは。あの滞空する、小さな影は。
「んー、出力安定。心地良いホバリングだ。ほら、カッコいいっしょ、このテールバインダー。比推力可変型プラズマ推進機だぜい。ラスボスの第二形態としては迫力ないかもだし、第三形態を用意してないなんて職務怠慢かもだけどさ?」
お、あ……これは。息ができない。何て暴力的な魔力。来る。攻撃が、来る。
「皆の者、伏せるのじゃあっ!!」
耳をつんざく爆音。目を閉じてなお眼底の痛む爆光。突き上げる衝撃。伏せても浮く。身が跳ねる。谷を揺るがす地響き。何という、何という……!
「どう? わたしの《砲雷》は山をも穿つレベル。つまり実力は十二分にラスボスなわけで……って、あっれえ? 人間軍が健在い? 『羨望』のお魚じみたバリアに防がれちゃったかー、たはー、強さの証明終了できないじゃーん」
生きて、いる? 皆も倒れ伏しているとはいえ、無事のようだな。周囲に浮鈴と飛鐘が浮いている……おお……サチケル様の御力は魔神の雷すら退ける!
「ま、でも武士みたいなやつは退治したからね。ロボちゃんの仇は討ったのさ」
な!? あ、ああ……鎧武者が崩れていく! 炎も散り、霞のように消えていく!
「口調? もういいよ、演技は。最後くらいはちゃんと向き合わないとね。わたしとここまで戦えた者たち……異世界の英雄たち……特に、君と」
雷気を孕む槍とも錫杖ともつかないものを振り回し、突きつけた先には。
クロイ。
鬼神の力をその身に宿し、今や尋常ならざる存在と化しているにも関わらず……それを愛でるかのように微笑んでのける、おぞましいまでの余裕。
あれこそは、魔神。
吸血種の主にして、三百年に渡り大陸の静謐を乱し続ける邪神。最終戦争を企てた禍々しき悪性。森羅万象を汚染する忌まわしき病毒。
「さあ、ラストバトルといこうじゃないか! 神同士のガチンコ勝負で!」
◆◆◆
何でこんなに腹立たしいのかね、ここは。この帝都魔城というものは。
石造りの重厚な建造物群は、軒並み崩壊していて。巨大な氷が我が物顔でそれらを潰していて。石畳の街路に突き刺さっていて。灰が風に舞っていて。
「行け、ターミカ。これより先は一本道。拙者は後よりゆるりと参る」
「……上手くやってよね。自己満足はお呼びじゃないんだ」
「もとより承知にござる」
半蟲人の戦士が立ち塞がった道に、バカどもが殺到してくる。
命のやり取りを遊ぶ酔狂が。近視眼や短慮の輩が。命じられたことをするだけの傀儡が。刹那的で快楽主義で阿呆で無邪気なヴァンパイアどもが。
そんな風だから、魔神にいいように利用されるんだ。
そんな風にした、魔神を崇め奉ったままに灰となれ。
「ったく、『絶界』のクソ爺め。どうせならあれも仕留めておきなさいよ」
隣を走るダークエルフの眼差しは、宮殿の入り口へ。そこに居座るデーモンへ。
「うわ、二属性持ちっぽいな。きっつ。前衛が牽制して後衛が魔法って感じか?」
「どっちも牽制だろうけどね。あたしとあんたなら多少は時を稼げるだろうよ」
二人を見る。静かな決意を湛えた瞳が、私の泣きそうな顔を映している。
「……デーモンキルなんて目指さないでよね。私たちは英雄じゃないんだから」
「倒せるもんなら、倒しちまいたいけどなあ」
「転ばせるくらいなら、やってやれなくもないかしら」
二人が先へ行く。必死に戦ってくれる。デーモンの注意を引いてくれる。その隙にこそこそと進む。宮殿へ。秘宝の納められた、魔神の急所へ。
こんな風に別れなくてはならないのは、全て魔神のせいだ。
こんな風な私を生み出し、皆と出合わせた、魔神のせいだ。
誰も彼も不幸で。生きている意味がわからなくて。寄り添うことで認め合って。抗う目的を温め合って。団結して計画して行動して。
切望を研磨する日々を生きてきたんだ、私たちは。魔神必殺の志を胸に。
「色々とあるのう。工房のようじゃ」
宮殿のそこかしこに蔵される、あるいは散らかされる、意味のわからない物品や施設……ドワーフの爺様には、何か相通ずるところもあるのかもしれない。
「ふむふむ……さすがに神を自称するだけはあるのう。常軌を逸しとるわい」
「遊んでいる場合じゃないんだけど。それに、あいつが普通のわけがない」
「いや、ひどく歪んだ研究意欲じゃと思ってな。見ろ、そこの大きなやつは溶液を真水に戻すもののようじゃが、水差しの水は、ありふれた雪解け水じゃった」
「……それが?」
「見事なガラス瓶はあるものの、宮殿の窓は鎧戸じゃ。目を見張る緩衝材を使うとるが、玉座は硬い石のまま。金銀宝石を触媒に用いてはいても、宝冠はなし」
「…………何が言いたいのさ」
「職人ってのはな? まず心身の健全を求め、次いで万全の工房を求め、技術を学ぶ師や仲間を求めるに至って及第。そこまでの土台があって初めて自分らしさの追求が始まる。没我の工作三昧となるのは最後も最後……ところがなあ」
何かの覚書を拾い上げて、髭を揺らす嘆息。見たこともない文字列だ。
「その最後のところしか感じられんよ、ここは。生きず安らがず群れず、自分らしさもおざなりに、ただ何がしかの目的に没頭するなんぞ……死人の妄執じゃて」
神ならば、そういうものでいい。けれど魔神は真実のところ神じゃない。
どんな風にここで過ごしていたのか……いや、そんなことはどうでもいいんだ。
「扉じゃなあ」
秘宝はこの奥にある。そうであるとは聞き知っている。
けれど、明らかに罠がある。針が、鎌が、槌が、鋸が、これ見よがしに取っ手を囲んでいるのだから。
「どっこいせ」
え? 取っ手を……え?
「早うせんと、人間族も難儀するじゃろうからの」
致命的なあれもこれもがドワーフの爺様を襲って。血肉が散って骨が砕かれて。それでも取っ手は引かれて。扉が開いていって。
「さ、あ……行け……ターミカちゃん」
ああ、行くさ。ああ、ああ、行くともさ。
千載一遇の一瞬一瞬をきちんと活かして、私は、行かないといけないんだ!