表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/108

101 竜侍は震撼する、神話の闘争に/影魔は侵入する、崩落の魔都へ

 ワタシの世界と神の世界。二つの世界の狭間は、今やとても近く。

 聞こえる。戦争の騒音の向こう側に、神々の論争が。ぶつかり合いが。



◆◆◆



「ヒクリナ! 歩兵停止! この場にて敵を迎撃! 孤立不動の塞を成せ!」

「はい! 全隊、隊伍を新たに! 四方へ槍衾を!」


 群がり来るゴーレム兵、いまだ勢い衰えず。我が『羽』の通ずるところなし。


「オリジス! 陽動と牽制! 退路を確保せよ!」

「承知! 全騎、俺に続け! 敵を散らす!」


 矢も。この腕では弓弦を引けない。風に乗せただけの短矢では貫けない。


「『万鐘』殿は魔法部隊の指揮を!」

「うんむ! わりゃにお任せじゃ!」


 風だ。風で敵を妨害するよりない。あるいは味方を援護もして。


「よいか皆の者! どぅー、よあ、べすとじゃ! これは無理するのんとは違うんじゃよ? 自信をもって集中することなのじゃ! 実力存分のことなのじゃ!」


 息つく間に仰ぎ見る、あれは。あの、恐るべき戦いの様子は―――


「よいな、フレリュウも!」

「は! 奔放精緻な風にて!」

「んむ、よーし! 頑張るじょい!」


 ―――神話だ、まるで。


 幼生体の頃、寝物語に聞かされ震えたような。


 山々に縁どられて、決戦の谷。雪原はかき乱されて、陽光の照り返す明滅無数。壮絶だ。巨大なる三者の対決は、想像を絶していて……荘厳ですらある。


 雷気発する巨大ゴーレムは、名状しがたい武器を多数携え、圧倒的ではないか。どのひとつも一撃倒軍だろう。特に《石弾》のごときものの神速神威が恐ろしい。あの一発は、たとえサチケル様といえども……。


 されど、その一発は放たれまい。戦慄的な巨大ムカデがゴーレムへと巻きつき、あるいは這いずり回り、毒をでも刺しこんだかのごとく動きを封じている。


 そして……もう一体の巨大、火炎の鎧甲冑。


 とてつもない力を感じる。左腕を失っていてもなお、右腕に構えた大刀はいささかも迫力を失っていない。兜の奥の深淵に、赤々と戦意を滾らせている。


 つまりは、クロイだ。巨大なるクロイなのだ、あの鎧武者は。


 だから、大刀が火の魔力を宿している。身中にもそれを充実させている。構えに武威がある。おお、仕掛けるのか。摺り足、駆け足、踏み込み足と迫って。


 貫いた!


 大刀がゴーレムの首を刺し貫いたぞ。おお、火と雷が弾け合う。肩で腰で脚で、あらゆる箇所でそれが起こる。まさにクロイの力だ。斬って内部から焼き尽くす火魔法。一斬必殺の絶技。


 やった……のか?


 いいえ、まだだ!


 ムカデが振りほどかれた。ゴーレムの慄然たる力……山や城が意思を持って動けばああいう風だろうか。悪夢の光景だが。


 しかし、やはりそれまでだ。


 振り上げられた大刀が、今、真っ直ぐに振り下ろされる。一刀、両断。


 土砂崩れのように降り注ぐ重量物……氷雪を吹き散らし、泥土を飛び散らせて、噴霧と立ち上る蒸気と黒煙と粉塵。巨大なる者は、終わり様もまた巨大。


 ……勝った。


 今ここに、最終戦争の決着が。


「あーらら、ロボちゃん、やられちゃったあ」


 な、に?


「機械が虫のせいでトラブルとか皮肉だよね。まさにバグ? アハハハハッ!」


 何だ、今の声は。何なのだ、声と共に生じた烈光は。何という悲痛な鳴声。何が起きた。またひとつ、巨大なる終わりの気配だと?


 体液を、撒き散らせて……巨大ムカデが、四散、した……。


「ほい、殺虫完了。まさかドワーフの石巨人は出てこないよね? 確かティタンだっけ? ロボちゃんの超絶劣化版なんて、今更出て来られても興醒めだからねえ」


 あれは。あの滞空する、小さな影は。


「んー、出力安定。心地良いホバリングだ。ほら、カッコいいっしょ、このテールバインダー。比推力可変型プラズマ推進機だぜい。ラスボスの第二形態としては迫力ないかもだし、第三形態を用意してないなんて職務怠慢かもだけどさ?」


 お、あ……これは。息ができない。何て暴力的な魔力。来る。攻撃が、来る。


「皆の者、伏せるのじゃあっ!!」


 耳をつんざく爆音。目を閉じてなお眼底の痛む爆光。突き上げる衝撃。伏せても浮く。身が跳ねる。谷を揺るがす地響き。何という、何という……!


「どう? わたしの《砲雷》は山をも穿つレベル。つまり実力は十二分にラスボスなわけで……って、あっれえ? 人間軍が健在い? 『羨望』のお魚じみたバリアに防がれちゃったかー、たはー、強さの証明終了できないじゃーん」


 生きて、いる? 皆も倒れ伏しているとはいえ、無事のようだな。周囲に浮鈴くらげ飛鐘まんぼが浮いている……おお……サチケル様の御力は魔神の雷すら退ける!


「ま、でも武士みたいなやつは退治したからね。ロボちゃんの仇は討ったのさ」


 な!? あ、ああ……鎧武者が崩れていく! 炎も散り、霞のように消えていく!


「口調? もういいよ、演技は。最後くらいはちゃんと向き合わないとね。わたしとここまで戦えた者たち……異世界の英雄たち……特に、君と」


 雷気を孕む槍とも錫杖ともつかないものを振り回し、突きつけた先には。


 クロイ。


 鬼神の力をその身に宿し、今や尋常ならざる存在と化しているにも関わらず……それを愛でるかのように微笑んでのける、おぞましいまでの余裕。


 あれこそは、魔神。


 吸血種の主にして、三百年に渡り大陸の静謐を乱し続ける邪神。最終戦争を企てた禍々しき悪性。森羅万象を汚染する忌まわしき病毒。


「さあ、ラストバトルといこうじゃないか! 神同士のガチンコ勝負で!」



◆◆◆



 何でこんなに腹立たしいのかね、ここは。この帝都魔城というものは。


 石造りの重厚な建造物群は、軒並み崩壊していて。巨大な氷が我が物顔でそれらを潰していて。石畳の街路に突き刺さっていて。灰が風に舞っていて。


「行け、ターミカ。これより先は一本道。拙者は後よりゆるりと参る」

「……上手くやってよね。自己満足はお呼びじゃないんだ」

「もとより承知にござる」


 半蟲人インセクトハーフの戦士が立ち塞がった道に、バカどもが殺到してくる。


 命のやり取りを遊ぶ酔狂が。近視眼や短慮の輩が。命じられたことをするだけの傀儡が。刹那的で快楽主義で阿呆で無邪気なヴァンパイアどもが。


 そんな風だから、魔神にいいように利用されるんだ。


 そんな風にした、魔神を崇め奉ったままに灰となれ。


「ったく、『絶界』のクソ爺め。どうせならあれも仕留めておきなさいよ」


 隣を走るダークエルフの眼差しは、宮殿の入り口へ。そこに居座るデーモンへ。


「うわ、二属性持ちっぽいな。きっつ。前衛が牽制して後衛が魔法って感じか?」

「どっちも牽制だろうけどね。あたしとあんたなら多少は時を稼げるだろうよ」


 二人を見る。静かな決意を湛えた瞳が、私の泣きそうな顔を映している。


「……デーモンキルなんて目指さないでよね。私たちは英雄じゃないんだから」

「倒せるもんなら、倒しちまいたいけどなあ」

「転ばせるくらいなら、やってやれなくもないかしら」


 二人が先へ行く。必死に戦ってくれる。デーモンの注意を引いてくれる。その隙にこそこそと進む。宮殿へ。秘宝の納められた、魔神の急所へ。


 こんな風に別れなくてはならないのは、全て魔神のせいだ。


 こんな風な私を生み出し、皆と出合わせた、魔神のせいだ。


 誰も彼も不幸で。生きている意味がわからなくて。寄り添うことで認め合って。抗う目的を温め合って。団結して計画して行動して。


 切望を研磨する日々を生きてきたんだ、私たちは。魔神必殺の志を胸に。


「色々とあるのう。工房のようじゃ」


 宮殿のそこかしこに蔵される、あるいは散らかされる、意味のわからない物品や施設……ドワーフの爺様には、何か相通ずるところもあるのかもしれない。


「ふむふむ……さすがに神を自称するだけはあるのう。常軌を逸しとるわい」

「遊んでいる場合じゃないんだけど。それに、あいつが普通のわけがない」

「いや、ひどく歪んだ研究意欲じゃと思ってな。見ろ、そこの大きなやつは溶液を真水に戻すもののようじゃが、水差しの水は、ありふれた雪解け水じゃった」

「……それが?」

「見事なガラス瓶はあるものの、宮殿の窓は鎧戸じゃ。目を見張る緩衝材を使うとるが、玉座は硬い石のまま。金銀宝石を触媒に用いてはいても、宝冠はなし」

「…………何が言いたいのさ」

「職人ってのはな? まず心身の健全を求め、次いで万全の工房を求め、技術を学ぶ師や仲間を求めるに至って及第。そこまでの土台があって初めて自分らしさの追求が始まる。没我の工作三昧となるのは最後も最後……ところがなあ」


 何かの覚書を拾い上げて、髭を揺らす嘆息。見たこともない文字列だ。


「その最後のところしか感じられんよ、ここは。生きず安らがず群れず、自分らしさもおざなりに、ただ何がしかの目的に没頭するなんぞ……死人の妄執じゃて」


 神ならば、そういうものでいい。けれど魔神は真実のところ神じゃない。


 どんな風にここで過ごしていたのか……いや、そんなことはどうでもいいんだ。


「扉じゃなあ」


 秘宝はこの奥にある。そうであるとは聞き知っている。


 けれど、明らかに罠がある。針が、鎌が、槌が、鋸が、これ見よがしに取っ手を囲んでいるのだから。


「どっこいせ」


 え? 取っ手を……え?


「早うせんと、人間族も難儀するじゃろうからの」


 致命的なあれもこれもがドワーフの爺様を襲って。血肉が散って骨が砕かれて。それでも取っ手は引かれて。扉が開いていって。


「さ、あ……行け……ターミカちゃん」


 ああ、行くさ。ああ、ああ、行くともさ。


 千載一遇の一瞬一瞬をきちんと活かして、私は、行かないといけないんだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ