01 プロローグ
クソゲーな人生を送りつつ、マゾゲーをやり込むというライフスタイル。
やっぱりちょっと無理があったんだろうか。
「おんや、嬢ちゃん、まあたふさぎ込んでるんかい?」
ボロボロな幼女になって皺くちゃな婆さんに抱き締められる夢ってのは、どうなんだろう。どういうメンタルが影響しているんだ、これ。
「ええんよ。誰だって失敗するし、恥もかく。後悔もたくさん。そんなもんさあ」
割と励まされちゃう辺り、やっぱストレスかなあ。最近休んでないし。ゾンビみたく満員電車に揺られてさ。あれってつくづく現代の奴隷船だよ。
「泣かんでええのよ。悪口なんてものは、誰でも言われてしまうものだし、全員に好かれるわけにゃあいかんもんさ。神様だってそうなんだから」
そらまあ、確かにね……うん。
「大丈夫、大丈夫。あたしらはお互い様なんよ。だから人間なんよ。ひとりぼっちはさみしいもの。人ってえだけじゃ、かなしいものなあ」
うーん。ちょっと耳が痛いわ。
眺めるばっかりの生き方してるからなあ。ずうっとさ。特に何かに恵まれたわけでも、何かに乏しかったわけでもなくて……ただ、何となく、いろんなものを見過ごし続けて。ぼんやりとしていて。
だから、また見過ごしちゃったよ。
婆さん。あんたってどんな顔してたんだ?
憶えているのは、皺に囲まれた、白目の色だけなんだ。
薄闇の中に二つまあるく浮かび上がって、冬空の月みたいでさ。わななく唇で、きっと、伏せてとか逃げてとか叫ぼうとしていたんだろ?
そして突然の、閃光と轟音。衝撃と暗黒。
後はもう滅茶苦茶で……わけがわからない。
うわ、息ができない。夢なのに苦しい。どっちが上でどっちが下だよ。重い痛い辛い。必死に伸ばした手に何かが触れた。硬くて、しっかりとした、大きなもの。流れに逆らってしがみつく。
流れ? そうだ、流れがある。ここ、水の中じゃん。
必死に登る。水中で木登りとかマジかよ。幹の太さでわかる。これイチョウっぽい大樹だ。村の外れに立っていた、立派なやつ。葉を黄色く輝かせていたやつ。
水面を破った。
破るなり吐いた。吐かなければ吸えない。吸わなければ、生きられない。生きなければ……今はとにかく生きなきゃだ。痺れる身体が死と苦を拒んでいる。
遠雷の響きに起こされて、世界を、見た。
何だよ、これ。
赤銅色の夕焼けを遥かな地平に望んで……頭上には鈍色の雨雲が、眼下には墨色の洪水が、競うように稲妻と白波を閃かせている。悪夢じゃん。いや、それにしたって性質が悪い。恐ろしいまでの理不尽さ。
見渡す。
波間に小島が散在している。黒衣のやつらが、重厚な武装をひけらかし、雄叫びを上げている。あれは……ヴァンパイアだ。その軍隊。褐色の顔に黄色い瞳の。
見上げる。
雲間に人影が散見できる。白衣のやつらが、軽妙な兵装をゆらめかし、悠然と見下ろしている。あれはエルフだな。その軍隊。白色の顔に細長い耳の。
「これで引き分けのつもりかしらね! 戦場を台無しにして!」
轟き渡るような声。あいつか。島の一つに立つ、金髪の少女。あれって。
「枯れ枝なら枯れ枝らしく、さっさと土へ還るのが世界の道理というものよ!」
鉄の棒が振られるや、何が破ける音と共に、烈光。視界にひっかき傷を残したそれは、大波にぶつかって消えた。未練げな残響を散らかして。
波の後ろには、紫髪の優男がいる。水面に佇んでいる。うわ、あれって。
「血吸いが道理を語るとは、笑止ですね。世を乱す元凶の分際で」
低く響いてくる声。何をするつもりだ。村を沈めただけじゃ飽き足らず。渦巻き始めた水が、あいつの力を示していて。
「溺れてしまいなさい」
水がせり上がる。そして跳ぶ。水の大蛇だ。人間を丸呑みにできそうなほどの。
「嗤えるわ! こんな児戯!」
棒で打たれて大蛇が弾けた。まばゆい光の一撃。いや、雷撃だ。もしかして、それか? それで、さっき、吹き飛ばされたのか? それが、さっき、婆さんを消し飛ばしたのか?
「底が知れるわよ! 『水底』ともあろう者が!」
「ふ、『黄金』とは名ばかりのヒヨコ武者が、何やら鳴いていますよ」
それぞれの代表者に続けとばかりに、ヴァンパイアもエルフも、互いに他を罵倒しはじめた。地上からは太鼓の音まで。力強く勇壮な。空中からは笛の音すら。晴れがましく優美な。どいつもこいつもお祭り騒ぎで。
「あっははは! 死になさいな! ほら、打ち砕いてあげるから!」
「結構です。速やかに沈みなさい」
雷光が閃く。水流が逆巻く。とてつもない魔法の応酬の余波で、大樹が何度も揺れる。枝葉が散る。とんでもない悪夢もあったもんだ。歯を食いしばり、幹へ必死にしがみつく。樹皮に爪を立てる。
ん? 身体が震えている……怖くも寒くもないのに。
これは? この、熱いやつはなんだ?
腹の底から湧き上がるような、これは……。
「……みとめ、ない」
言葉が口をついて出た。幼い声だ。
「みとめない、ワタシは」
勝手にしゃべっている……いや、幼女自身が話しているのか? だんだんと力が抜けてきた。身体の自由がきかない。操作しづらく……ん? 操作していたのか?
これは、どういう夢なんだ??
細く小さな手がかざされた。未だ騒々しくしているやつらと、明滅させられまくりの世界へ向けて、真っ直ぐに。濡れそぼった身で精一杯に胸を張り、危うい枝を踏みしめて、大きく口を開いて。
「ワタシは! こんなせかい! みとめない! ぜったいに!!」
涙が溢れた。幼女の頬を、とめどなく流れ落ちていく。
どの耳にも届いていないからだ。世界へ向けて放たれた幼女の言葉を、誰も彼もが聞いちゃいない。相手にしていない。
いや……そんなことないか。いるじゃないか。
ここにいる。ここでちゃんと聞き届けているぞ。大丈夫だ。
泣けて泣けてしかたがないなら、もういっそ、泣き切ってしまえ。一生分の涙をここで。婆さんや他の皆が沈んでいるに違いないここへ、全部捧げてしまえよ。
「ささげる……うん、そうする」
おお、心が伝わってくる。激情が幼女の身体を震わせている。
「なまえも、ささげる。おもいでも、すきなのもきらいなのも、ほかのものも……ワタシのぜんぶを、ささげるから……」
目が、合った。
黒い黒い瞳の奥に、赤々と、火の色を潜ませているんだな。
こんなに寒々しい世界だ。正しいよ。それくらいで丁度いい。相応しい。
「……だから、かみさま。ちからをちょうだい」
夢だ、こんなものは。
ああ……悪い夢だったよ、本当に。
あんな幼女が神様に戦う力を乞い願うなんて、どうなのさ。誰も望んじゃいないでしょ。夢でもあっちゃならんでしょうよ。まったく、どこぞのマゾゲーじゃあるまいし。
うん……そうだよ。今はっきりとわかった。
あれ、あの人間絶望の世界観。設定。キャラ。魔法。
紛うことなく、あのマゾゲーだよ。随分とやり込んだやつだ。
ドラゴンデーモンRPG。通称ドラデモ。
なんか、またやりたくなってきたな。ダウンロード販売限定のデラックス版、買ったきり放置していたし。追加要素について調べていないのも、かえって新鮮でいいかもしれない。
やるか。休みとって。
どうせなら、生実況で。
そんなことを思い立ったからか、今朝は何だか胸が熱いや。少し震えてもいる。