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作者: Lily


目が覚めたら、そこは異世界だった。


なんて言うのは、ただの夢で理想で願望だ。

始まるのは異世界RPGではなく、ただのつまらない日常。

朝起きて、大学に行って、勉強して、帰って、寝る。

ほら、いつも通りでしょ。

物語の主人公はズルい。

何でもできちゃうから。

異世界に行くことも、学校やバイトをサボることも、彼氏を作ることも、何でも。

めんどくさがりなくせに、馬鹿正直な私は今までサボったことなんて一度もなくて。

現実、異世界なんて行けるわけがない。

彼氏なんていたことすらないし。

夢ばっか見てるくせに、どこか現実的な自分もいて阿呆らしくなる。

ーーそんな私に、奇跡の出会いがあった。


春学期最後のテストが終わり、浮足立って学校からの坂を降りる。

降りたところの曲がり角で誰かにぶつかって、尻餅をついた。

恥ずかしさもあって、慌てて立ち上がる。

相手は男の人で背の低い私には、目線が胸のあたり。

取り敢えず「ごめんなさい」と頭を下げる。

「あぶねぇな」

舌打ちと一緒にその言葉。いや、あんたも謝れよ。

怖いから言わないけど。

「その言い方はねぇだろ。お前だって前方不注意だろうが」

男の人にそう言って、「大丈夫か?」と、私に声をかけてきた人。

多分目撃者。でも男の人と知り合いみたいで、しかも、上下関係的に上っぽい?先輩?

「悪い」

そう言ってぶつかってきた人はすぐに坂を登っていった。

「何あいつ、そんだけかよ」

「あ、全然いいです。こっちも悪かったんで」

そう言ってもう一度引き留めようとしたのを断る。

あっそって言いながら何故か一緒に歩き出す。別に、駅に行くなら方向一緒だし良いんだけど。

「何年?」

やっぱ喋るよね。

「一年です」

若干の緊張と、いつもの人見知りが発動して声が小さくなる。

「へぇ俺も1年」

え、同い年?

改めて顔を見るとピアスいっぱい開けてて金髪のちゃらそうな感じ。

イケメンだけど。多分。

だからさっきの人も何も言わなかったのかな。

「敬語とかいいから。名前、凛ね」

「えっと、結。さっきはありがと」

「おー。結、家どこ?」

「あっちの方」

家のある方を指差す。友達とかにもよくやる。

説明めんどくさいし、来られてもだるいから。

「雑くね?」

ありがとーって言いながら流す。

「結、面白いな」

それからも、駅まで凛が一方的にただ喋って、私が相槌打つくらい。普段の友達との会話とあんまり変わらないけど。

一見無口そうな人なのに、喋ると面白い。

話上手で、聞き飽きないなって思った。

「なんか、ごめん」

駅について、方向が逆だからと、別れることになった時言われた。

「何が?」

ってかえしたら、

「なんか、あんまり、おもしろそうに見えなかったから、つまんなかったよなー。おれ、後先考えず喋るから」

あー、また。

ポーカーフェイスとは、よく言われるけど、感情がうまく顔に出ない。

「そんなことない。凛、面白かった」

気、使ってるって思われるかな。

昔言われた、『「へー」「そーなんだー」って言ってればなんとかなると思ってるよね』って。まぁ、確かにそうやって適当に流してることもあるけど、一応は聞いてるし。一応は。

でも、今回はちゃんと聞いてた。面白かった。

こういう時、困る。

普段は意識して笑うようにしてるけど、真面目に聞いてる時は、意識するのわすれちゃう時あるから。

何も言わない凛を見る。目があった。

なんか嬉しそう?

「えっと、」

「初めて結に、凛って呼ばれた」

そう言ってなんか軽くガッツポーズしてるし。

え、何この反応。逆に焦る。高校生か。いや、中学生?

「全然呼ばないから、自己紹介してないか不安になってたわー」

え、呼ぶタイミングあったっけ。

「な、また会える?次いつ学校くる?」

「え、っと、夏季集中講義があるけど」

じゃぁ、そん時また会おって、メアド交換した。

男子のメアドとか高校で同じ委員してた子以来。すぐ消えたけど。

家に帰って、寝る前にふとメールを見たら、『今日めっちゃ面白かった』みたいなことが書いてある。こういうの困る。

『そーだね』って返して、様子見。絶対無駄に続くパターンじゃん。

『じゃ、また大学でな』おやすみというスタンプと一緒に送られてきた。

ちょっと拍子抜け。絶対こっからよくわからん話が長々と続くと思ってたのに。意外だった。帰り道、あんな喋ってたのに。これが普通なのか?そーだねってのが素っ気なさすぎたのか?まぁどうでもいいんだけど。

それから土日、何もなくて、まさかの夢オチかと思っててもアドレスは存在するわけで。

物覚えが悪く、人の顔と名前を覚えられない私は、例によって登校日には、凛のこと忘れてた。

あれから4日しかたってないけど。いやほら、忙しかったから。


「ゆーいっ」

帰ろうとして門を出たところで声を掛けられた。

あ、そういえば。えっと、凛だっけ。

「どこで会うとか何時とか忘れてたわー」

凛の存在ごと忘れてた。

「一緒に帰ろ」

「いつからいたの?」

「さっきー。そろそろかなって」

まぁ細かくは聞かないけど、本当かな

「結、なんかあった?」

「え、何で」

「いや何となく。てか、いきなり過ぎたか。ごめん」

全然いいけど、何かって、心当たりありすぎて逆にわかんない。

「何か、しんどいですって顔してる」

ちょっと、びっくり。あんま気付かれないから。それか、誰も言わないだけか。

「あー、もしかして、俺といるから?」

「え、うん。そう。」

めっちゃショック受けた顔して黙り込む凛。

「ごめん。冗談」

何となく、凛の前だと素で話せてる気がする。普段は友達の前で冗談なんて言わないけど、言ってみたいなとか、思ってたり。

「まじ焦ったぁー。もっと冗談ぽく言えって」

ごめんって言いながら駅に向かう。

「なぁ、甘いもん好き?」

突然なんだと思いながら、まぁそれなりにと頷く。

「じゃあ、駅前のカフェ行こう。あ、時間ある?」

あるけど、

「悩み聞いてやるよ」

ほぼほぼ初対面。何言ってんのこいつ。

ってなるところなんだろうけど、こっちは余裕がなかった。今すごい病んでる。誰でもいいから縋りたい。助けて欲しい。今、1番、誰かに言って欲しかった言葉。

聞いてほしい、って思ってしまう。

ーーでも、無理だ。

「じゃあ、凛の悩みも聞かせてよ。じゃなきゃ、不公平じゃん」

おっけーって言いながら、カフェに入る。

凛はチーズケーキ、私はフルーツタルトでそれぞれセットを頼んで、待つ。

で?って凛の目が言ってる。

「チーズケーキおいしそーだね?好きなの?」

「うん。結のタルトもーって違うよね?」

良い感じにノリツッコミしてくれるところがいいよね。

「あ、1口交換する?」

「え、めっちゃしたい!じゃなくて!」

ほんと凛、面白い。

「何か悩んでるんでしょ」

凛の目を見てふわっと笑う。いつもやってるやつ。そしたらみんなコロっと騙される。普段笑わないから余計に。

ーー笑顔を作るようになったのはいつからだろう。

「最近さ、友達関係がギスギスしてて、間に挟まれててめんどくさいって感じかなぁ」

これは、まじな話。気がついたらややこしいことになってた。

昔からいつもそう。周りに関心を持たないせいで、どっちにもつかないから中間にいる。両方の愚痴から悪口まで、一応聞くだけは聞いて、適当に流す。『結は、人の悪口とか言わないよねー』って、誰か言ってたけど、だって、そんな立場で悪口とか言ってたら八方美人的なのになっちゃうじゃんか。まぁ、何も言わないでフラフラしてるのも問題なのかもしれないけど。

凛には、詳しく言わなかったけど、ちょっと説明したら分かってくれたみたいで、それはめんどくさいなって若干同情された。

「まぁ、慣れたけど」

って言ったら、ふーんって言いながら丁度運ばれてきた紅茶に口をつけた。私も飲も。

「で、凛は?悩み」

言いながら、タルトを口に入れる。おいしい。

「俺はー」

何かを考えるようにして、チーズケーキを頬張る凛。

「あ、これうまい。食う?」

そう言って切り分けてフォークに突き刺したチーズケーキを差し出して来る。食べるって言いながらそのまま口に入れた。うん。これもおいしい。

「あ、これも食べる?」

そう言って同じようにフォークに刺して差し出す。

「タルトもうまいーてか、今更だけどあーんしてんじゃん。どこのバカップルだよ。てか、間接キスとか気にしない感じ?」

今更過ぎるよね。気づいてたけど。

「言われたら気にするから黙ってなよ」

ふーんって若干ニヤニヤしながらこっちを見る。なんかムカついたから机の下で足を蹴っといた。軽く。多分。

「で、悩みは?」

なんか知らないけど悶えてる凛に聞いてみる。

「いっつー。お前なぁ」

なんか訴えるような目を向けてくるけど、さっきみたいにふわっと笑って首を傾げた。

「俺の悩みな、」

私の顔を見て少し眉根を寄せながら突然真面目な声を出す。

突然変わった雰囲気に戸惑いながらも、それがばれないようにする。

「結が、本当のこと言わないこと、あと、下手くそな作り笑いすること」

少しの沈黙のあと、声を発した。

「何で、そう思った?さっきの話、マジなんだけど」

何も間違ってない。作り笑いは、まぁ分かる人にはわかるかなと思うけど。さっきの話は嘘ではない。それなりに悩んでる。それなりには。

「嘘だとは言わないけど、本当に悩んでることはそれじゃねぇだろ」

うん。違う。でも、凛には関係ない。

「凛の悩みはそれ?それこそ、本当のことじゃないでしょ」

「だって俺、悩みとかねぇし。それに、あったとしても、本当のこと言わねぇ結には言わねぇ。フェアじゃねぇだろ」

そうだね。さっき、私が言ったもんね。不公平だって。

人の目を見て話すのは苦手。

「悩みか。敢えて言うなら、異世界ってどうやったら行けるんだろうね」

何で、苦手なのかわからないけど、相手の感情が分かってしまうからかな。それとも、こっちの感情読まれたくないからかな。

「そろそろ帰んないと」

無意識のうちに食べ終わってたタルトを見て、そう言う。

机の上にあった伝票を持ってじゃあねって言いながらレジに向かう。レジを打ってもらいながら、今日の晩ごはん何かなーとか、若干現実逃避。金額を言われて、財布からお金を出そうとしたところで後ろから手が伸びた。

「こういう時は、男に出さしときゃいーの」

そう言って、さっさと会計を済ませた凛は、私を連れて店を出る。

「ありがと。でも、貸しとか作りたくないから」

そう言って、自分の分を出そうとしたんだけど

「貸しとかいいし。ちょっとはいいカッコさせろって」

って、言われる。でも、彼氏とかでもないし。

「じゃぁ、借り返すのは、本当のこと言うってのでどうよ」

そう言ってニヤって笑う凛。

やられた。大人しくお礼だけ言って帰ればよかった。こういう時、馬鹿正直なのを恨む。

でも、心のどこかで凛に助けを求める自分がいる。本当、まだ出会って直ぐなのに、よっぽど優しさに飢えてる。でも

ーー怖い

「明日も学校来るだろ?今日と同じ時間に校門とこいるから、話すまでストーカーするからなぁー」

じゃって言って私とは反対方向に進む凛。

体が勝手に動いてた。気がついたら凛の服の裾を掴んで止めていた。

「あれ?ごめん」

慌てて離す。すぐに言い訳を探すけど、頭が真っ白になるってこんな感じか、とか考えながら、いや、考えられてんなら真っ白じゃないじゃん。って、しょうもないことしか浮かばなかった。

「明日、聞くから。んな泣きそうな顔すんなって。帰らないといけないんだろ?」

泣きそうな顔なんて、してないし。

ーータスケテ

大丈夫。

ーー助けてよ

凛。

ーーー泣きそうだ。

「明日、晩飯食いに行こう。空けとけよ」

そう言って頭を撫でられる。子どもじゃないし。

ーーでも、落ち着いた。

「引き止めてごめん。じゃあね」

「ん、また明日な」


「よぉ」

本当に居た。昨日も居たから、居るだろうなとは思ってたけど。

「飯、駅前の店でいい?」

ご飯もマジなんだ。一応友達とご飯食べに行くとは言ってきたけど。

「任せる」

こういうの、友だちとも1、2回くらいしか経験したことないし、相手男子だと余計にどうしていいかわからない。何となく緊張してるのを感じ取ったのか、初めて会った日みたいにどうでもいい話をいろいろしてくる。やっぱり面白いんだけど。

入った店で、奇跡的に奥まった席に案内された。話をするには丁度いい。まだ、話す気にはなってないけど。昨日はちょっと情緒不安定だったから、いろいろ失敗したけど、今日は多分大丈夫。

注文し終わって、また、目で訴えてくる。悩みは?って。

「ありすぎて分かんない」

そう言って軽く肩をすくめる。

「えー、じゃぁ、今の気持ちを大雑把にどうぞ」

、、、死にたい

「異世界に行きたーい」

「ちゃんと帰ってこいよー」

えーどうしよっかなーって言いながら、その言葉の裏にあったこの世界が嫌だってことに気づいてくれただろうかと思う。本当のこと言わないくせに、気づいてほしい。

「何が、そんなにしんどい?」

聞かれた言葉は、多分、さっきの裏の意味に気づいたから。

「話せば楽になるかもしれないし。あ、他人に言うの嫌?俺ら付き合っちゃう?」

ちょっと待て、何で、今そんな話になる。

「ねえ、何で、聞きたいの?付き合うとか、実は何かの罰ゲーム何じゃないの。初めて会った時から仕組まれてたり?」

もし、本気で心配してくれてんなら、失礼でしかない。呆れられ、嫌われることもある。でも、いつからか、本気で人を信用しなくなった私は、そう言って疑うことしかできない。

「まぁ、そうかもね」

あれ、あってんだ。

「あ、仕組まれてたりってとこはな。ぶつかったのは知らないけど、普段ならほっとくんだけど、結だったから、声かけた。罰ゲームじゃねぇよ。マジだし」

マジって何が、

「実は結のこと結構前から知ってて、学校の図書館とかで見かけて、まぁ、いつか喋りたいなーとか思ってて」

「え、マジにストーカー?」

嘘だ。私のこと好きになる人とかいるわけないし。

「まあ、一目惚れってわけじゃないけど、直接話してみて好きになったって言うか、うん。まぁ。そんな感じ」

言ってから、若干顔を伏せる。え、何かちょっと赤くなってる。覗き込んだら見んなしって言われた。おもしろ。

相変わらず私の頭の中では嘘だって声と本当かもって声が鳴り響いてる。

「でも、まぁ、付き合わないけどね」

てゆうか、凛が私の事好きなら、もう会うのやめたほうがいいかな。

「え、もしかして、彼氏いる?」

「うん。いる」

「え、マジで?」

「いないけどね」

いたら、こんな悩んでるわけ無いじゃん。相談してるし。多分。

「どっち?え、冗談」

ちょっと笑いながら頷く。

「今のはホンモノだな」

何がって聞いたら笑った顔って。よく見てるよね。

「結局、何で付き合わねぇの?俺が嫌いな感じ?タイプじゃないとか?もしかして、めっちゃ喋るやつ無理とか?」 

そんなことない。どっちかって言うと好きな方だし。タイプはわからないけど、チャラいとか偏見ないし。まぁガリ勉よりは、いいかなーとか。私が喋らないから相手が喋ってくれる方がいいし。ちゃんと聞くときは聞いてくれる。

ーーパーフェクトじゃん。

「どうなるかわからないから」

何がって顔して聞いてくる。

これ、悩みの一部になるんだけど。言葉を選んで少しづつ話す。

「上手く行くか、行かないか。

私、多分2パターンになると思う。これまで彼氏とかいたことないからわからないけど」

「2パターンってのは?」

「相手が浮気しようと何しようと、どうでもいいってのと、やたら依存するのと」

相手が浮気しようとってのは、そこまで気持ちがないというか、抑えてるというか、そういう時と思う。それでも、いくら浮気しようと、必ず自分のもとに戻ってきてくれるってならないと無理。あと、そばにいて欲しい時にいてくれる。これは多分、私が、相手を利用するだけみたいな感じになってるのかな。

やたら依存するってのは、いっぱい話聞いてほしい。そばにいて欲しい。沢山抱きしめてほしいっていうの。束縛とかはなくても、呼べば必ず来てくれる。ってのがいい。これも、相手を利用してることになるのかもね。

「じゃぁ俺、依存ってので」

話し終わって一番に言われた。

「いや、聞いてた?束縛までは行かなくても、鬱陶しいでしょ。こっちが用事ないときは放置とかありえるし。そんな連絡しないし。そもそも、インドア派だから、デート?とか遊びに行ったりとかしないし」

「全然問題ない。俺もメールとか好きじゃないし、あんまり、外行かないしね」

どうしよ。他に反論するとこなくなってきた。最初に嫌いだからって言っとけばよかった。言えないけど。

「本当に付き合いたくない理由は何?」

そうやって1番言いたくないこと、聞かれたくないことを真っ直ぐついてくる。そういうところが嫌だ。

「高校生の時とか、周りでカップルができてもすぐ別れたりとかあって、そういうの無理と思う。別れても、友達でいられたりとかならまだしも、そういうのって少ないし、裏切られたりとかはほんと無理。ずっと一緒にいたいって思う。結婚とかまでは考えないけど。

でも、1番は、重く感じると思う」

「重いってのは、好きとかの感情が?」

「今が、そうだから」

え、俺、重い?って一人で焦ってんのを見て少し力が抜ける。それと同時にこんな力入ってたんだって気づく。

いつの間にか、話しちゃえってなってた。結構いろいろ喋って止まらなくなってた。

「本当はね、結構嫉妬深い方なんだよ。最近気付いたんだけど。昔からそうだった。仲の良い友達に新しい友達ができたとか、今日はこの子と遊ぶからとか、言われたら、勝手にイライラして嫌いって思っちゃって、今考えたら、嫉妬だったんだと思う」

そのせいで、小中学生の頃は友達関係たくさん失敗した。傷付けるようなこと、傷つくようなこと、沢山言ってきたし、やってきた。高校生になる頃には、交友関係は狭く浅くが基本になっていて、深入りしないし、深入りさせない。

「結局は全部保身なんだけどね」

いつでも簡単に切り捨てられる関係を保つ。この人がいなくなっても大丈夫。そうして、いつもいい感じの関係を築いてきた。私なりに。

「最悪、大きな失敗しちゃったら死んじゃえばいいと思ってた。だから、彼氏とか作っちゃって、本気になったとして、そしたら簡単に死ねなくなるでしょ。それが重いの理由」

テレビや漫画の登場人物が、死んだら楽になれるってところで、それでも踏ん張って生きようとする意味がわからない。

死ねばいいのにって思う。私なら死ぬのにって思う。

今、自分が生きているのは親がいるから。小学生くらいの時、親が喧嘩したのを見て、私がいなければよかった?って言ったら泣きながら怒られた。それがずっと心のどこかに刺さっていて、崖の上からほとんど飛び出しかけている私の体を1本の細い糸でつなぎ止めているようになっている。だからきっと、親に死んでもいいって言われたら簡単に死ねるんだろうなとか、いろいろしんどくなった時は、明日家族全員事故にでもあって死んだらいいのにとか思ってしまう。

「どうせなら、隕石でも巨大地震でも起きてみんな一緒に死ねたら誰も悲しまないのにね」

思ってたより長く喋ってた。結局、ほぼ全部言っちゃったし。

「まぁ、何となく分かるけどな。でも、俺はまだ死にたくねぇから隕石はいらねぇな。結、夢とかやりたいこととかねぇんだろ。あったらそこまでマイナス思考になってねぇんじゃね?」

うん。ない。それが一番の悩みかもしれない。何もやりたくない。

「凛は何かやりたいこととか夢とかあるの?」

「俺な、母子家庭なんだよ。一応。表向きは」

表向きは?

「親父がでっかい会社の社長で、俺の母親はその愛人。俺は愛人の子ってこと。でも、親父の正妻の方に、子どもはできなくて、俺が高2の時に跡継ぎ問題が発生して、俺の存在が一部の人間にバレたらしい。んで、まぁドラマとかでよくある、操りやすいやつに継がせたいとか、自分とこの仲間的なのに継がせたいとか、色々ドロドロしてて、俺に消えて欲しいとか思ってる奴も一部いんだよね」

うわぁー。すご。ドラマじゃん。

「親父はな、俺に継いで欲しいんだとよ。正妻の方も器が広いというか、病弱なとこあるらしくて、子どもは望めないから、俺でもいいっつってるらしい」

「ふーん。で?凛はどうしたいの?」

「そう、こっからが大切なんだよ」

ニヤって、悪戯を思いついた子どもみたいに笑った。

「親父さ、跡継ぎ問題が出るまで俺のことも母親のこともずっと放置してたわけ。それなのにいきなり来て跡継げとか、ざけんなって話。まだ高校生だったしいろいろ喧嘩っつーかそんなことにもなって、そもそもそれまで親父はいないもんだと思ってたから。けどさ、自分なりに色々考えて、んで出した結論が、跡継ぐってこと」

継ぐんだ。なんか、前半恨んでる的な話かと思ったのに。

「でも、ただ継ぐんじゃねぇ。クソ親父よりすげぇ奴になって会社乗っ取って全部ブッ壊して俺が一から作る。俺の会社にする。ってのが俺の夢」

あ、これ内緒なって言う凛が格好良く見えた。私には無いキラキラがある。何だキラキラって。

「結もさ、今目の前のことから逃げるんじゃなくて、目を逸らすんじゃなくて、戦おうぜ」

あぁ、かっこいいな。



「ここ何処だ」

森。うん。森。森って初だわ。山はいったことあるけど。あれ?山ん中はいったら森になるんだっけ?森ってどっからが森?

「ココハドコ、ワタシハダレ」

、、1回言ってみたかっただけです。

ほっぺた引っ張ってみる。痛くない。あぁ。夢か。

「何だ夢かぁ。納得」

てゆうか、夢で実際ほっぺた引っ張るの初めてだ。多分。夢って自覚した夢見るのは何度かあったけど、こんなリアルで、超自分の意思で動いてるのは初かも。

これって自分の夢?てことは、漫画みたいにお菓子出せちゃうとか。どうやって?イメージすんの?

あ、出た。お菓子の家。魔女でないよね。

あ、おいし。凛にも食べさせてあげたいな。

そう言えば、凛と話ししたんだよね。あんな風に自分の気持ちを素直に伝えたのは初かも。

初多いな。

そうそう。凛と話し終わって、またって別れて帰って寝たんだ。

何だ。じゃぁやっぱり夢で合ってるじゃん。いや、お菓子の家出てきた時点で夢確定だけど。ちょっと異世界トリップしたかなとか願望出てた。

まてよ、これは、夢ならなんでもできるってことは何でも?やりたかったあんなことからこんなことまで全部?

うん。どうせ夢なんだ。全部やろう。やってみたかったゲーム。読んでみたかった本。漫画。見たかったテレビ、映画。食べてみたかった料理。お菓子。着てみたかった服。理想のマイホーム。

「何かが足りない」

あぁ、景色。森はないな。青い空。美しい湖畔。アルプスの山並み。

「絶景かな。絶景かなー」

って、それに日本家屋はないか。風景に合わせるか、家に合わせるか。

「よっし、家」

真っ青な空の下にあるのは、美しい江戸風の町並み。

「歴女的には感動モノだね。写メ撮りたかった」

すっごい。甘味処から奉行所にお城、遊郭まである。

自分の想像力褒め称えたい。

夢だから何でもあり。遊郭の花魁の着物を着たり、大奥に紛れ込んだり。忍者屋敷の探索に、江戸中の甘味処巡り。でかい家の屋根裏に忍び込んで、忍者したり。ついにやりました。将軍の肘掛けに座ってやった。あ、壊れた。まぁ、肘掛けだし。

さぁ、次は何をしよう。

ーーつまらないね。

だれもいない。自分の夢だから。それを望んでた。誰もいない世界で誰もいないところで。一人で生きたい。人間関係なんてめんどくさい。人という文字は支えあってできている?ないな。友達とかどうでもいい。一人でいるのが好きだ。家族なんてなくなればいい。

それなのに。何で。

「寂しいとか思ってんの」

景色が揺れる。また、森の中。さっきとは違う。暗い森。あぁ日が落ちたのか。夢でも日が落ちるのか。

「あぁ、そうさな。夢だろうと何だろうと日は昇っては落ちるもんだな」

なんか、今、目の前に猫が現れて喋った気がする。うん。幻覚。これ、私の夢だし。そもそもさっきから人だそうとしてんのに出てこないし。猫なんて、お呼びじゃないし。

「夢ではないな。これは」

凄い風が吹いた。ちょっ、目に砂が。って、何か紫と黒のしましまの猫が煙管加えながら浮いてるソファにふんぞり返ってんだけど。え、何これ、見たことあるこういうの。不思議の国のアリスに出てこなかったかな?猫、、何猫だっけ?

「化け猫?」

「ではないな。でもこの姿は、ぬしのイメージだな。この森に出てくる年寄りのイメージがこれじゃったんだな」

あ、こいつ年寄りなんだ。てゆうか。語尾になってつけるの、高校のときの嫌いな先生思い出すからマジ辞めてほしい。

「ふむ。善処しよう」

あれ、考えてることまるわかり?

「ここはぬしの世界じゃ。口に出さんでもわかる」

なが消えた。

「猫、名前なんてゆうの?」

「鈴爺で良い」

「涼しい?」

「す、ず、じ、い!」

あぁ。鈴爺ね。ちょっと可愛い名前。

「あ、結だよ」

「知っておる」

だよねー

「ねぇ、夢じゃないって何?」

「何だ、覚えておったのか。何も言わんから、言ってないのかと思ったぞ」

あれ?そのセリフ聞いたことあるような。

「ここは、ぬしの世界であって、ぬしの世界でない。夢と現実の間というか、生と死の境というか、まあ、そんなかんじでの」

え、まてまて。生と死の境って、死にかけてんの?

「かもしれんのぉー」

えー。適当。でもこれって場合によってはチャンスなんじゃない?死にたいって思ってたし。死にかけてんならそのままぽっくりいけ。自分!

「辞めておいたほうがいいぞー。死後の世界はさっきのように独りぼっちかもしれんしの」

「かもってことは、鈴爺はいったことないんでしょ?分かんないってことじゃん」

もしかしたら、転生とかで、リアル異世界RPGとかあるかもじゃん。あったところでどうもしないけど。多分。

「確かに、行ったことはないのぉ。結は何故にそうまでして死にこだわっておる。生きておれば良いこともあるかもしれんぞ」

そんな言葉、聞き飽きた。直接言われたことはないけど、ドラマとかでよく、死にたがっている人に言う言葉。それって綺麗事じゃない。

「そんなことなかったよ。あと、言っとくけど、拘ってるわけじゃないから。ただ、死ねるんなら死ねるときに死んどきたいだけだし」

「たかだか17、8年しか生きておらん分際で何を言っておる。いいことなんぞ、60歳になってから起こるかもしれんではないか」

いや、60歳になるまでまてねえよ。

「家族はどうする。ぬしのために、働いてくれて、衣食住をくれて、学費も払ってくれて」

「ほんっとに、申し訳ないです。でも死にかけてるなら仕方ないです」

こんなワガママ言えるのは、今が当たり前に幸せすぎるからなんだろうなって思う。当たり前すぎて気づかない幸せ。多分それなりにはわかっている。両親共働きで、兄弟も多い。その上一番上の長女なのに、こんな自由なのは、80にもなる祖父母が健在で、家のことを全てやってくれるから。よくよく考えたら、明日死ぬかもしれない年なのにいることが当たり前すぎて、掃除をしてくれること、ご飯を作ってくれること、朝、起こしてくれること、全部が当たり前で、18にもなってまともに料理すらできないのは、幸せで過保護すぎる当たり前の環境のせいで、全く手伝おうともせずフラフラしてる自分のせい。

昔、嫌いなものを残そうとするたびにおじいちゃんに言われた「世界には食べたくても食べれん人がおるんやから。これくらいしっかり食べなさい。」はっきり言って、知らんわそんなもん。関係ないじゃん。世界って何。範囲広すぎ。

大学で、幼児教育を勉強し始めて、目につくようになった乳幼児のニュース。育児放棄、虐待、ネグレクト、、、『数日も何も食べさせてもらえない』『全身アザだらけ』『頭部を打ち付けたことによる即死』、、産まなきゃいいのに。育てらんないなら、産むなよ。殺すために産むのかよ。

日本にもいるんだなって。食べたくても食べられない人。

河川敷で見かけるホームレス。『最近は太陽光パネルをホームレスに売る』そんなニュースを見たような気がする。なんだ。それも快適じゃん。ホームレスになってもいいね、って。そんなこと、できるわけがないのに。

幸せであることに浸りすぎて、幸せに気づけていない。気付いていても、目を逸らし、自分は不幸だと嘆く。どこで、何を間違えたんだろう。

でも、そうでしょ?なんで人は生きてるの?

「ねえ、どうして人は働くの?」

「働かないと生きていけないからの」

「どうして生きていかないといけないの?」

「それが、世に命を持って生まれたものの宿命だからかの」

そんな宿命いらないんだけど。なら、どうして人は傷つけ合うの?

「守りたいものがあるからじゃないかの」

それって何?

「人それぞれじゃ。家族。友人。恋人。信じるもの、宗教や、国。自分自身かもしれん。やらなければやられる。そう思ったとき、生き物がとる行動は一つではないかの」

何かを守るために、何かを奪ってもいいの?

「何百年、何千年の時の中、生きとし生けるもの。全てがそうしてきた。それはこれから先も永遠に変わることはない」

どうして?

「価値観は一つではないからの。皆が同じ価値観だと、それはもはや価値観ではなくなる。2つあって3つあって、百あって、千あって、多くあるからこそ、価値観は価値観となる」

価値観。

「考えてもみよ。価値観が、すべて同じものばかりが集まってしまったらどうなる?街の景色は単一化され、同じ店ばかりが並び、同じ行動をするものばかりが増える。誰一人自分のすることに異を唱えるものも居ない。怒るものもおらん」

「悲しい、ね」

「うむ。だがの、悲しいと感じるものもおらんのじゃ。嬉しい、楽しい、辛い、すべての感情が消える。それは、さっきまで、ぬしのおった世界と何ら変わらんのではないか?欲しいものは何でも手に入るが、誰もおらん世界。異を唱える者がおらんのは、良いと思うかもしれんがの、それは、一方で、誰も自分に興味を示さなくなるということじゃ。興味があるから、反論もする。それには違った価値観がいる」

私の価値観ってナニ。

「話がそれたの」

なんの話ししてたっけ。

「人は何かのために必死になる生き物じゃ。ぬしにはないかの?」

「ないね」

「即答か」

ない。なにも。誰かの為にとか意味わからないし。家族?そりゃ今まで育ててもらった恩もあるから、これまでのお金全部返すために働けと言われたら働くかもしれないけど。家族を養うためにって発想はない。だからこそ彼氏も作ってこなかった。相手がいなかったのもあるけど。幼児教育の分野を学ぶと、子どもの為、働くお母さんの為、保護者の、地域の子育て家庭の、、、知るかっての。ましてや自分の為なんて、それなら自分の為に死を選ぶ。

分からない訳じゃない。人の喜んだ顔を見ると嬉しいとか。でも、その為に働くとか謎すぎる。そんなにできた人間じゃない。誰かのために働く、それって日本人の本質だって何かで言ってたけど、でも、それって全部自分の為だよね。働けば金がもらえる。良いことをすれば、周りに認められ、賞賛される。名声が手に入る。

ーーそんなモノいらない。

こんなのが幼児教育者、保育士や幼稚園教諭になったら、最悪だよね。

でも、やるべきことはやるよ。人の命預かる職業だしね。

ーー目指してるわけじゃない

そう。ただ、お母さんもおばあちゃんも、従兄弟のおばさんも皆保育士で、周りに保育士が多すぎて、流れ的にそうなってしまっただけ。もっと違う道もあったんじゃないかとか。気が付いたらココに居た。まぁ、資格あれば今の時代何かと便利だし。

「だからって、人見知りでコミュ障で人間嫌いの私が、幼児教育系で就職とか面接で落ちること確定なんだけど」

「何かやりたいことはないのか」

「ない」

「また即答かの」

ずっと探してきた。高校生のとき、色々と現実を悟ったときからずっと。でも、見つからなかった。だから流れに身を任せてきた。今こうして、何だかんだ言ってるけどね、きっと私は保育士になってるんだよ。これから先も、流れでね。

「つまらん人生じゃの」

来世に賭けるわ

「そんなつまらん人生で、あと7、80年生きるつもりかの」

「人間五十年っていうじゃん。そんな生きないって」

「それは戦国の世の話じゃ。わしなんぞ、今年で102じゃぞ」

え、マジ?わりと普通で驚いてんだけど。もっと800歳とか言うかと思ってた。

「本当にそれで良いのか?」

え、何が?実は900歳とか?

「保育士でよいのか?ぬしはまだ18じゃろ。始まったばかりではないか。これから、何にでもなれるぞ」

いや、もう遅いし。現代日本を舐めるな爺さん。今の時代、金もないやつが20歳やそこらで突然の進路変更なんてリンゴの種からスイカができちゃうくらいのレベルで無理だよ。今時、女も働けの時代だからね。家でゴロゴロなんかしてたら、引きニートなんてご近所さんから白い目で見られるのがオチだし。うちの親ならたたき出す、までは行かなくても全力で就職しろって毎日言ってくるよ。間違いなくね。

「リンゴの種からスイカならできたことがあるぞ」

え、うそ?てか、拾ってきたのそこ?

「いや、まじじゃ。ある日わしはリンゴを食っておった」

え、話すんだ。

「黙って聞け」

喋ってないわ。勝手に心の声読んでんだろ。

「なかなかにうまいリンゴでの」

スルーしたよ。

「種を埋めたら出てくると思うて、家の裏の庭に埋めて毎日水をやっておったんじゃが、出てきたのはスイカじゃった」

へぇ。まじか。

「うむ」

「え、終わり?」

「うむ。まぁ、スイカもうまかったがの」

オチ無しかよ。

「まぁ要は、わしが言いたかったのはな、リンゴの種を蒔いた一週間程前に、同じ場所に同じ様にスイカの種を蒔いておった。ということじゃが。その時のわしはリンゴの種からスイカができたと思うての。これができるのであれば何でもできると思うたのじゃ」

スイカの種蒔いたの忘れてただけってことか。

「え、でも結局、リンゴの種からスイカはできなかったんでしょ」

「うむ。じゃがの、信じれば人は、空も飛べるのじゃ」

飛べないよ。

「飛んでおるではないか。飛行機」

人じゃないし。

「屁理屈ばっかりじゃぁのぉ。じゃが、あれを作ったのも、動かしておるのも、全ては人じゃぞ」

まぁ、確かに?

「わしはの、信じたおかげで父親を超える人間になれた。と思う」

「お父さんを?」

「うむ。それが若い頃の夢じゃった」

「へぇ。夢叶えるとかすごいじゃん」

「じゃがの、途中で何度も挫折しそうにもなった。もう辞めてやると思ったことも何度もある。じゃがの。それでも諦めんかった。当初の夢とは多少ズレてしまった部分もあるがの、父親の会社をわしの代でかなり大きくしてやった。今はもう、他のもんに譲ったがの。伝説になっとるらしいぞ。いろんな意味での」

あれ?何か、どっかで聞いたような話。

「もとはど田舎に住んでおったからの。将来は近所の畑耕してそれで終わるもんだと中学、高校の頃は思うておった。でもの、思い出したんじゃ。小学生のころの夢を。将来は大物になって、大金持ちになって、母ちゃんに楽させてあげたいという夢な。女手ひとつで育ててくれた母親を楽させてやる。別に、農家になってもそれなりになら、できたことじゃ。じゃがの、夢は、やはり、大きいぞ。前に進む力を、立ち向かう勇気を、やる気を、与えてくれる。時には失敗することもある。挫折し、どうしようもならないと思うときも来る。じゃがの、周りを見てみよ。手を差し伸べてくれるもんがおるはずじゃ。目を逸らすでない。現実と戦うのじゃ。結という名は、多くの人との繋がりを示す意味ではないかの」

どうしても、綺麗事にしか聞こえないのは、私が捻くれているから?だとしても、こんなことをさらっと言えてしまう人が羨ましくて、かっこいいと思ってしまうのは、何でなのかなぁ。



気がついたら真っ白な世界。

真っ白な天井。真っ白なカーテン。真っ白な布団。

取り敢えず、お約束しとく? 

「ココハドコ、ワタシハダレ」

思ってたより掠れた声。

「結!目が覚めたの?分かる?」

「お母さんでしょ」

そう言えば、事故ったんだっけ。なんだっけ。赤信号無視して突っ込んできた車から子ども庇ったんだったかな。運動神経ないのによくやるよね。ホント。

「、、お、かあ、さん?」

泣きながら抱きしめられて、小学生くらいのときの記憶を思い出す。あぁ、そうだった。あのときも、こんな風に抱きしめられたんだっけ。別に今回は事故なんだから。自分で死のうとしたわけじゃないし。

周りを見たら、高校のときの友達から大学の友達までいる。あれ、あんたら何か、ややこしい感じになってたんじゃないの?

そうだ、車の衝撃があったとき、ほんの少しだけ、このまま死ねないかなって思った気がする。だけど、お母さんの、周りの、こんな顔見たら、死ねなくなるじゃんか。

「ごめん、ね。ただいま。」

あぁ、見えてなかっただけか。私が死んでも悲しむのは家族だけだと思ってた。時間が経てば、風化して消えてしまう感情なのだとしても、今この瞬間、こうして涙を流してくれているのは、偽物じゃないって、散々偽物ばっかりだった私が言うんだから多分間違いない。そんな顔させてごめんね。もう大丈夫。


いつの間にか終わっていた検査は特に異常はなく、一週間後に退院できるそうな。ちなみにニ週間寝てたらしい。特に外傷もなく。寝てる間に色々検査したけど、脳にも異常がなかったみたいで、あんだけ派手にぶつけたのに無事なのが奇跡らしい。ちなみに、庇った子どもも無事でピンピンしてるらしい。

目が覚めなかったのは、精神的なものではないかとか。思い当たる節が多すぎて苦笑い。でも、スッキリしてる。夢の中で、助けてもらった気がするから。

て、あれ?誰に?何を?

まあ、いっか。

取り敢えず、退院したら受けきれていなかった春学期最後のテスト、追試で受けないといけないらしい。集中講義の方は諦めるかな。どうでもいい単位だったし。あー。勉強しないと。



「結ー!荷物整理手伝って」

春学期最後のテスト、適当に勉強したのが間違いだったのか散々だった。まぁ、いいけど。まだ人生長いしね。

「何この荷物。何か古くない?錆びてない?写真白黒じゃん」

「田舎のひいおじいちゃんの荷物。あんたが寝てる間に亡くなって、遺品整理で、要らないもの回ってきたんだって、一応聞くけど、欲しいものある?」

あるわけないよね。ひいおじいちゃんて、2、3年に一回しか合わない人だよね。しかも、ほとんど寝たきりだったし。記憶にすらないよ。

「あら、これ若いわね」

「どれどれ?」

お母さんとおばあちゃんが写真眺めて話に花を咲かせている。いや、整理するならしようよ早く。埃やばいって。

「ほら、結も見てよ、今時こんな不良いないよね」

高校のときの写真かな。学ランにリーゼントって。

「昔はこういうのツッパリ言うて、流行りやったんやけどねぇ」

あぁ、聞いたことある。

「あら、こっちは大学のときだって、大分落ち着いてるわねぇ」

ピアスいっぱい開けてて金髪、かどうかは白黒でわかりにくいけど、ちゃらそうな感じ。ひいじいちゃんって、割とイケメンだったんだ。

「この人、最近どっかで見た」

「結、夢でも見てたんじゃないの?それかそっくりさん」

夢かぁ。

「ねぇ、ひいじいちゃんって、何歳だったの?」

「102歳だって。大往生ねぇ。会社の社長だか会長だかもやってたらしいよ」

ふぅーん。すごい人だったんだ。

「てか、社長だった割にうちへの恩恵無くない?」

「そりゃあ、継いだのはうちとは関係ない全然別の人らしいからねぇ。と言っても、ひいおじいちゃんの信頼厚い人らしいけど。うちには継ぐって人いなかったらしいよ」

「そうなんだ」

「それでも、現役時代はうちも、目ぇかけてくれてたんよ。おかげであんたのお父さんも、お父さんのお姉ちゃんも高校大学いけたからねぇ」

もうちょい現役やっててくれたら良かったのにって、死んでんのか。

「あれ?なにこれ」

段ボールの一番奥。忘れ去られたように転がる、3センチ程度の巾着。

「あぁ、それは生前ずっと肌見放さずもっとったお守りらしい」

中身はっと、

「種?」

「スイカと、、リンゴかね?もう大分古いからわからんね」

へぇ、この巾着の絵、紫と黒の猫。趣味悪。っていうか、

「私のイメージじゃなかったんじゃん」

「ん?どうしたの?」

なんのイメージ?何言ってんだろ?

「なんでもない。これ、貰っていい?」

え、いるの?みたいな目。うん。自分でも何言ってんだって感じ。ほんとどうしたんだろ。でも、何かわかんないけどほしい。

「貰っとき。結の名前はひいおじいちゃんがつけてくれたんやしね。なんか持っといてもええんちゃうか」

あぁ、そう言えばそうだっけ。人との繋がりを大事にするとかって意味だったかな。取り敢えずケータイのストラップにつけてみる。似合わね。

「おかあさーん、ゲーム買ってぇー」

「今忙しいの、あっち行ってて」

「えー、だって、ユウ君の家はDSあるんだよ!みんなで対戦するんだよー俺も欲しい!」

「よそはよそ、うちはうち」

あーあー。お母さんの機嫌悪くすんなって。諦めろ弟よ。18年間いるお姉ちゃんが何一つ買ってもらっていないのを見よ。たかだか10年やそこらで買ってもらっていたら、こっちがキレる。

「てゆうか、あんたはいつバイトするん?」

馬鹿やろー!こっちに飛び火したじゃんか。

「まぁそのうち」

「あんたなぁ、大学生にもなって夏休みぐうたらしてられると思うな?働け」

「まぁまぁこないだまで入院してたんやからそんなすぐにはなぁ」

流石おばあちゃん。神。

「周りの子らも、みんなバイトしてるやろ?お小遣いだってあげへんで」

欲しいものなんてないし、今特に、金を必要としていない。

「よそはよそ、うちはうち」

まぁ、雷落ちたんは言うまでもないよね。


取り敢えず、やりたいこと見つける前に、この性格、何とかしようかな。

名前に恥じない生き方とか、、カッコつけてみただけです。


「そう言えば、ひいおじいちゃんの名前、なんてゆうん?」

「ん?鈴木凛太郎やけど」

「ふーん。そうなんや」

「なんで?」

「なんとなく」

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