一話 問答無用 情け無用
タイトルにハーレムとついていますが、ハーレム要素はないです。
登場人物のイラストを描きましたので、よろしかったらどうぞ。
http://blog.goo.ne.jp/buntake1081/e/85d123668bcd972307dbeaa943f7e772
誰が名付けたかは知らないが、『スペシャリスト』と言う者たちがいる。簡単に言ってしまえば、超能力を使える者たち。その力は多種多様で、使えるものから、使えないものまで、ピンきりだ。全てにおいて共通してるのは、使用には条件がある。それは、一日の使用回数だったり、何かを触媒にしたりとか、特定の動きをしなければならないやら、エトセトラある。
人類の三割が『スペシャリスト』だと言われている。なぜ曖昧な言い方をするかと言うと、『スペシャリスト』は闇に隠れて生きているので、実数が分からないからだ。妖怪人間か、と言われるだろうが、大体そんな感じなのだから仕方がない。恐れられている。中には災害や奇跡の類いと同等の超能力を持っている化物などがいるから当然だ。『スペシャリスト』は、差別され迫害され、腫れ物に触るような扱いをされる。
その一因を担ってるのは、『スペシャリスト』狩りだ。どういう原理だか分からないが『スペシャリスト』が『スペシャリスト』を殺すと、その力を奪うことができるという、トンデモ話だ。『スペシャリスト』の殺害は黙認される。人殺しが、無法状態であるということだ。人間扱いされないのだから、『人』殺しではないのかもしれないけど。危険な存在は、潰し合って消えてなくなる方が人類としてはプラスだからだ。君子危うきには近寄らず、という側面もある。要は、その存在を無視されているわけだ。臭い物に蓋して、見ないフリをされている。流石に『スペシャリスト』が、力を行使して『スペシャリスト』以外の人間が被害を受ければ、見ないフリもされないが。噂では、その為に『スペシャリスト』を駆除する、対『スペシャリスト』の部隊がいるとか。
力を求める『スペシャリスト』は多い、少年漫画の主人公のように、強さを極めるためとか(はた迷惑この上ないが)。『スペシャリスト』狩りから身を守るため、力を求める奴とか(やってることは『スペシャリスト』狩りと変わらない)。悪の『スペシャリスト』を倒す、正義の『スペシャリスト』とか(正しい行動と思ってるのが、たち悪い)。静かに暮らしたい『スペシャリスト』には困った話だ。
そして、俺は静かに平穏に暮らしたい、『スペシャリスト』の一人だ。
川良 紘影。高校二年生。見た目は普通と言うとつまらないから、中の上と言っておこう。中身は普通、なわけがない。『スペシャリスト』だし。性格は平和を望む、清き心の持ち主だ。自分の周りだけだけども。
ただただ平穏を望む『スペシャリスト』。それが俺だ。
「なぁ?俺って中の上ぐらいだよな?」
集間市にある集間北高校の二−Aの教室、休み時間、後ろの席に座る友人の黒早 和人に、自身の評価を聞いてみた。
「ん?中の上、何が?顔?まぁ贔屓目に見たらそうかもね」
地味に失礼な返答をされた。自覚はあったが、正直少し傷ついた。
「はん!美少年様のカズー様から見りゃ、どいつもこいつも普通ですよねー」
嫌味を込めて言ってやる。当の本人は、少し癖っ毛のあるキューティクル全開の茶髪をなびかせ、眉目秀麗な童顔をこちらに向け、大きい眼を瞬かせキョトンとしている。
「どしたの?なんか嫌なことでもあった?」
「嫌なことなら、毎日起きてる。だから別に、今日が特にイラついてるわけじゃない」
「そう。なら、いいけど。例のやつの被害にあったかと思ってさ」
例のやつ。『スペシャリスト』狩りのことだ。カズーは俺が『スペシャリスト』であることを知っている。以前に俺が『スペシャリスト』狩りにあった時、偶然にも不幸にも、巻き込まれたからだ。なんだかんだあって、協力して逃げ延びた時からカズーとは友人になった。あんな危険な目にあって、俺と友人によくなったもんだ。未だに不思議でしょうがない。
「なぁ、カズーは何で俺と友達なんだ?」
聞いてみた。疑問は解消するに限る。カズーは、少し黙り考えてるようだ。
「何でって言われても、何となく。フィーリングが合うから?友達になるのって、何か明確な理由がないと駄目なの?」
そう言われると、そうかもしれない。利害関係で友達になるかどうか判断する時点で、友達じゃないとも思う。まぁ、ある程度の利害関係は、あることはあるだろうが。
「でもよー、あんな危険な目にあったら、嫌になんねぇか。普通」
そう言ったら、露骨に嫌な顔をされた。ボケた老人を、見るような顔だ。
「いやさ、そりゃあ、二度とあんな目にあうのは、嫌だけどさ。あれは別にカゲのせいじゃないしね。あの時は例外で、普通なら僕は狙われることはないんだし。別に友達でも問題はないよ。言ってみれば、僕らは戦友ってやつだ」
こちらを見ながら、軽く嘆息してから、一拍置いて喋りだした。
「それに、なんだかんだで、互いのことを、よく知ってるからね。もはや、他人の気がしないってやつかな」
「まぁそーなるか」
そうならざるを得ない。
できた人間だ。顔よし性格よしときたもんだ。パーフェクト過ぎて恐れ多い。
「実は黒幕だったりすんじゃねぇの。全てはカズーの掌で転がされたりとかさ」
「あぁ。よくあるよね。そーゆーパターン。黒幕じゃなくとも、仲間だったのに途中で裏切ったりとかするやつね」
「実は裏切ったフリで、ピンチに戻ってくるとか、実は操られてたとかな。あれ絶対仲間うちで、遺恨が残るよな。裏切る時、たいてい仲間の誰かが犠牲になったりするし」
「あるねー。ドヤ顔で戻ってくるしね。ゲームとかだと戻ってくる時に、裏切った時のままのレベルで、主人公たちとのレベルに差が出るのが困りもんだよね」
「はっ!笑えねぇな」
自分で言って、あまりのくだらなさに毒づいてしまう。
「確かにね」
いつの間にか、あるある話になっている。何の話をしていたんだっけか。
「まぁ、こうゆう風にさ、くだらない話をしあえるから友達なんだよ。あと、僕は裏切るくらいなら、死を選ぶよ」
満点の笑顔で微笑む。その笑顔は、女子ならクラっとしそうな程だ。現に男の俺でも、少しクラっときた。なんだこいつは。ビックリするくらいに、いい奴だな。
「俺は感動した!お前みたいな友達がいて、俺は幸せ者だ!」
こいつは本当に、俺には勿体ないほど、いい奴だ。パーフェクト超人的なスペック。欠点をあげる方が難しい。強いて欠点を、あげるとすれば___。
「はぁ…。カズーが女だったらな、俺の糞みたいな人生に、潤いが生まれたのに」
「友情を確かめたすぐ後に、よく僕の存在を、否定するようなこと言えるなー。悪い意味で尊敬するよ」
台詞は非難しているが、顔は笑っている。怒ってはないようだ。そう簡単にカズーは怒らない。怒らせる方が難しいぐらいだ。大人だな。
「実は、男装した美少女だったりしないか?ついでに幼馴染みだったりして、昔に結婚の約束を誓い合った仲とか」
渋い顔をされた。何か可哀想なものを見る目をしている気がする。
「そんなことがあり得ないことはお互い知ってるでしょ?まぁ、フィクションだと、よくある話だよね。でもさ普通に考えて、男女の違いって結構あるよ。骨格とか身体のラインとか。そう誤魔化せれるもんじゃないよ」
分かってはいた。どんなに中性的な美少年であろうと、やっぱり男だ。見れば分かる。それでも奇跡を信じずにはいられないのだ。
「でもよ、昨今の化粧技術とかって、進化してるっつーじゃんか。見た目は、完全女の子的なのだっているだろ」
訝しげな顔をしている。昨今の化粧技術を、知らないのだろうか。割となんでも知ってるカズーには珍しい。
「化粧技術は確かにそうだけどさ。そーなるとだよ、カゲは女装してる男子がいいわけ?一応聞くけど、ホモじゃないよね?」
「ホモじゃねぇよ!!」
話の流れ的に、何故か女装男子が好きな人間になっていた。そんな話をしたいわけじゃない。
「俺はドノーマルだよ!」
「知ってるだろうけど僕もだよ」
否定の言葉が大きかったせいか、他のクラスメートに注目されてしまった。必死に弁明してる人みたいになってしまった気がしないでもない。
「二人はホモなの?」
横から弾むような声が聞こえた。横を向くと、可憐な美少女が立っていた。漫画のキャラのような、腰までの長さのツインテール、赤みがかった茶色の髮も似合っている。佳然 翔子。明るく頭もよく、愛想もいい。彼女を好きな人間は、男女問わず多い。もちろん俺もその一人だ。美少女だからな、よほど頭イカれた奴でなけりゃ好きに決まっている。
『ホモじゃない』
否定の言葉がハモった。
「あはっ。仲いいね」
嬉しそうに笑う。その姿も可愛らしい。ホモ認定発言はいただけないが、その姿に免じ許すことにしよう。しかし、佳然は俺とカズーが喋っていると、よく話しかけてくる気がする。これはつまり、俺に好意が―――。じゃなくて、カズーに好意があるんだろうな。俺だって自分を分かってはいるんだ。うん。悲しいけども、カズーなら仕方ない。
しかし、佳然はホモ的発言に、よく食いつく気がするが…。まぁ、気のせいだろ。からかいやすいからだろう。きっと。うん。
「ホモとか関係なく、二人は仲いいよね」
「数少ない友達だからな」
「それだと、何人か友達いるように聞こえるけど、カゲに僕以外の友達はいないよね」
ハリボテのような見栄が、味方側から崩された。そこは分かっていても、察して黙っているべきだろ。
「おいおい、そう言うカズーも、俺以外に、友達いないだろ?」
時が止まった。沈黙が続き、二人が、こちらを哀れむように見ている。凄い居心地が悪い。
「僕は、カゲ以外にも友達いるよ」
「はっはっはっ。ご冗談を」
「黒早くんは、友達いるでしょ。友達といるとこ、よく見かけるけど」
まったく、この二人は何を言っているんだか。そんなことあるわけないだろうに。あってはならないだろうに。はは、冗談がきついぜ。視界が霞んで見えてきたぞ。
「川良くんは、何で友達いないの?別に根暗でもないし、不良でもなければ、危ない人でもないでしょ。友達できそうな感じするけど」
根暗でも友達はできるし、不良でも友達はできるだろう。危ない人に関しては…。俺は友達には、まず、なりたくないが。俺は、友達をつくろうと思えばつくれるんだろう。これは見栄ではなく、自己評価を低く見積もっても、その程度はできるはずだ。
ならばなぜ、友達をつくらないか。簡単な話だ。『スペシャリスト』が原因だ。友達付き合いをすれば、『スペシャリスト』だとバレる可能性が高い。『スペシャリスト』とバレれば普通なら友達関係は続けられない。カズーは特殊も特殊な例だ。更に言えば、そこから別の『スペシャリスト』にバレる可能性がある。それは俺としても非常に困る、文字通り『死活問題』だ。そして、そうなった場合、その友達も、それに巻き込まれる可能性が高い。知ったことではないと言いたいが、友達だ。友達は財産だ。俺は、友人を全力で守る義務がある。その負担が増えるのは、正直勘弁してほしい。
と、いう弁明をしたいのだが、もちろん言葉には出せない。かと言って、そのままボッチだと認めるのは嫌だ。嫌すぎる。ここは面子を保つため、格好いい返答をしよう。
「俺は危険な男だからさ。友達をつくるわけには、いかないんだ」
完全な嘘ではなく、明後日の方向を見て、どこか哀愁を含んだ雰囲気を醸し出し、クールな男を演出をした。完璧だ。佳然が、俺に惚れなければいいが。
「…」
驚いて声が出ないらしい。参った。少し本気を出しすぎたようだ。
「川良くんって馬鹿なんだ」
真顔で言われた。自分でも、特別賢いと思ったことはないが、特別馬鹿だと思ったこともない。なので、こっちが驚いて声が出ない状態になった。
「そこが面白いんだよね。カゲは」
親友に馬鹿だと保証された。俺は立ち直れるのだろうか。
「面白いと言えば面白いけど…。で?どこらへんが危険なの?」
半笑いで聞いてきた。完全に、馬鹿をバカにしている態度だ。だが、その姿も可愛らしいので許すとしよう。そして、馬鹿という汚点を払拭する為にも、今度こそは格好いい台詞を言い放つべきだ。
「何が危険かって?俺に触れると、火傷をするってことだ」
「…」
デジャヴュだ。同じ光景が繰り返されている。タイムスリップかな?不思議なことも、あるもんだ。
「あはははははははっ!川良くんって本当馬鹿だね!面白い、面白いよ!」
手を叩いて喜んでいる。確実にバカにしている。まぁいい。やっぱ可愛いし。自分で言うのもなんだが、俺チョロすぎだろ。
「でもさ、私が実際に触れたら、火傷するのは川良くんの方だと思うけどね」
悪戯めいた微笑みを浮かべ、佳然は離れていった。どういう意味だろうか?危険な女ということか。或いは、火遊びをしているとかか。
「意外にビッチということか。それはそれでよし」
「カゲ、そーゆーことは、口に出すもんじゃないよ」
「佳然さん、帰り?」
帰ろうとして下駄箱から靴を取り出そうとした時に、声をかけられた。声のした方を見ると、ジャージを着た、同じクラスの工藤さんがいた。
「うん。工藤さんは部活?頑張ってね」
工藤さんは何部だっけ?運動部なのは覚えてるんだけど…。別に仲が悪いわけではないけど、そこまで話したことがないから覚えてないんだよね。だから、声をかけられたこもも少し驚きだ。
「佳然さんって帰宅部だっけ?」
「うん、そうだよ」
「勿体無いなー、佳然さん運動神経いいのに。ねぇ?卓球にご興味は?いいダイエットになるよ」
そうだ。工藤さんは卓球部だ。そしてうちの卓球部は部員数が相当少ない。勧誘だこれ。
「佳然さん、手先も器用そうだし、すぐにレギュラーになれるよ!」
それは人数少ないから、自動的になれるんじゃ…。
「ごめん、ちょっと待って!工藤さん、部活をやるつもりはないから!」
「そっか…。残念、勧誘できるチャンスだったのになー」
「勧誘できるチャンス?」
勧誘ならいつでもできるんじゃ?だからといって、されても困るんだけどね。
「あ。ほら…、萌黄さんと、いつも一緒にいるじゃない?萌黄さん、睨んでくるから、ちょっと苦手でさ。だから話しかけづらくて」
「あぁ…。ゆうちゃんは目つきが少しキツいだけだから。睨んでるわけじゃないよ」
たぶん。ゆうちゃん、人見知りというか、野生の猫みたいに警戒心が強いというか。
「そうなの?怒ってないなら良かったや。それにしても珍しいね。佳然さんが萌黄さんと印花ちゃんと一緒じゃないの」
そう言われると珍しいのかもしれない。たしかに、二人とは一緒にいるのが当たり前になってるし。
「二人とも用事があるらしくて、先に帰っちゃったんだよね」
「そうなんだ。あ、ごめん。引き止めちゃったね。それじゃあ、気が向いたら卓球部見学しに来てよ」
「あはは…」
去り際に、抜け目なく一言添えて工藤さんは走っていった。一回くらい見学した方がいいのかな。いや、なし崩し的に入れられそうだからやめておこう。
そういえば今日、ゆうちゃんに別れ際に「なんか嫌な予感がする。しょーこ、気をつけた方がいいかも」と言われた。ゆうちゃんの勘は良く当たるんだよね。これのことじゃないよね。
今度こそ、下駄箱から靴を取り出して帰ろうとして、妙な感触に気づく。紙だ。紙が入っている。取り出して見ると、封がしてある手紙だ。裏表見ても宛名も差出人の名前も書いていない。下駄箱に手紙が入ってることは初めてじゃない。何度かラブレター貰ったことはある。ほとんどが女の子だったけど。名前が書いてないのもあった、気持ちを伝えるだけで十分という人もいる。だから、今回もそのパターンかなと思いながら、軽い気持ちで封を開けたら、その中身はとても重いものだった。
[お前の秘密を知っている。今夜十一時、教室で待つ]
「ラブレター…ではないよね、流石に」
文面もそうだし、手書きでもないし、フォントも味気ないし、こんな情?も何もないラブレターは嫌だ。告白という所は共通してるけど。
「秘密か…。たぶん、あのことだよね…」
まだ決まったわけじゃないけど、そうなんだろうなと予感がする。覚悟を決める時が来た。
「まったく…、ゆうちゃんの勘は良く当たるなぁ…」
家に帰り、飯を食べ、風呂に入り、寝ようという時に、重大なことに気づく。財布がない。部屋を探し回る。が、ない。記憶を辿る。教室の机の中に置き忘れたことに気づく。
完全に睡眠モードになっていた自分を奮い起たせ、学校へ向かう準備をする。財布がないのは困る、困るっつーか不安になる。自分の身体の一部分を失ったかのようだ。理由を話せば、忍び込んでバレても、そこまで怒られることはないだろう。凄い嫌な予感がビンビンするけども。
夜の街を自転車で走る。同じ場所なのに、昼の景色とは違って見える。まるで別の街に来たようだ。少し冷たい夜風も心地がいい。
気づくと校門の前にいた。当たり前だが、校門は閉まっている。2メートル半ぐらいの高さだ、このくらいの高さなら乗り越えるのは容易い。自転車を校門の前に止め、門に足をかけ飛び越える。もしかしたら警報とか鳴るかもと思ったが、そんな心配は杞憂だったようだ。ここまで来といてなんだが、校舎には入れるんだろうが。
下駄箱のある入口は閉じられている。防犯対策がしっかりしてよろしい。さて、どうするか。こういう時は偶然にも、どこかの窓のカギが開いてたりするものだが、探してみてもそんなものはない。
駄目元で職員通用口を見てみたら、鍵が開いていた。防犯対策がしっかりしてなくて、よろしくない。俺は、とても助かるが。
暗闇の校舎を歩く。冒険してる気がして、少しワクワクするが、ぶっちゃけ怖い。幽霊や怪談なんて信じちゃいないが、いやがおうにも想像してしまう。なんでこんな恐いんだろうか。
ドガガシャ!!急な音にビクッとなってしまう。何か重い物が、倒れたような音がした。静寂に包まれていた校舎内に、その音が響きわたる。ポルターガイストか。いや、現実的に考えれば不審者か。それか、重ねていた机が落ちたりしたのだろう。不審者ならば、お近づきにはなりたくはない。しかし、財布のある教室は音のした方向にある。ここまで来て財布を諦めるのは癪だ。幸い教室はもうすぐだ。財布を取ったら、全力で逃げ出せばいい。そう思いながら、教室の後ろ側のドアを開け、中に入る。問題はないはずだ。
問題だらけだった。
教室の中、黒板の前に二人の人間がいた。一人は可愛らしい私服で、印象が違って見えるが、佳然 翔子。もう一人は分からない。分かりようもない。何故ならその人間は___。人間だったものには、顔がなかったからだ。のっぺらぼうではない、正確に言うならば、頭部がなく頭部のある場所は、炎が燃えていた。
炎は集束し消えた。死体が倒れる。人間の頭部を燃やし尽くすほどの炎なんて、火葬場に行かなきゃないだろう。いや、火葬場でも骨は残る、あの炎は骨すらも残らない。そんな異常な炎が存在するのだろうか、特殊な施設や道具もなしで。いや、存在はする。大概の不可思議な現象は、この一つでカタがつく。『スペシャリスト』。常識をぶち壊す奴ら。
「川良くん?一応言っとくけど、正当防衛だから。まさか、クラスメートに見られるなんてね。でもまぁ、そっか。確率は高いか、自分のクラスだしね。忘れ物でもしたの?」
そう言って、佳然は苦笑する。つまらない冗談を言ったかのように。
「あぁ。財布を取りに来たんだ。でもいい、急用ができたんだ。じゃあな」
踵を返し、教室を出ようとする俺に、佳然は声をかける。
「逃がすとでも思って…」
「声かけりゃ、止まるとでも思ってんのか!」
相手が言い終わる前に走りだし、後ろのドアから教室を出る。俺の潔い逃げっぷりに、反応が遅れる佳然。
「あっ!っ!」
続くように佳然も、前のドアから外に出る。それと同時に俺は教室に戻る。
「あれっ!?消えた!?能力!?」
ざまぁみやがれ、馬鹿め。戸惑ってやがる。『スペシャリスト』には意外と効く。予想外のことが起きると、能力と勝手に勘違いし無駄に警戒しやがる。
自分の机へ行き、財布を取り出しポケットへ入れる。後は、何とか逃げるだけだ。
「小賢しい真似をしてくれたわね」
振り返ると教室の入口に、単純な方法で騙されたことが、恥ずかしいのか、怒りなのか、顔を真っ赤にした佳然がいた。可愛らしいが、もはや敵。美少女の皮をかぶった、クリーチャーみたいなもんだ。油断はしない。
「ちょっとした茶目っ気だ。笑って許してくれ」
「笑えない。殺す気はなかったけど、殺すことにする。私が『スペシャリスト』だっての、バレたら色々とめんどいし」
最初から殺す気なくせに、よく言う。が、まぁ駄目元で、試してみる価値はあるかもしれない。
「殺す?一般人を殺せば、流石に罪に問われるぞ!お前が『スペシャリスト』だってのは、黙っとくから見逃せ!」
「なんで、そんなに偉そうなわけ」
呆れたような顔をされた。もう少し卑屈な方がよかったか。佳然を見ると、皮肉めいた笑みを浮かべている。それはそれで、可愛ら…。それはもういい。
「罪ねぇ。うん。一般人を殺したら、罪だね。でも、『スペシャリスト』は罪じゃない。おかしな話。どっちも生きてる人間なのにね。『スペシャリスト』だって、死にたくないのに。平和に暮らしたいのに。法が守ってくれない、おかしいと思わない?」
それは俺も思う。共感はできる。同じ考えを持つのなら、佳然と争う必要はない。
なんてことはない。『スペシャリスト』に、心を許してはいけない。所詮は化物だ。
「分かってくれるよね?同じ『スペシャリスト』なら」
バレている。バレるようなことはしていないはずだ。カマをかけているのか?動揺はしていない、表情にも出ていないはずだ。ここは、しらを切るのが正解のはず。
佳然の表情を見て観察し、狙いが何なのかを読み取る。表情。改めて、顔を見ると可愛らしい、ではなく、妙な物が着いている。片目にスコープのような物がある、あれはまるで___。
「死体の能力、相手を『スペシャリスト』かどうか、調べる能力みたい。これアレみたいだよね。えっと…?アニメでなんてったけ?」
「スカウター」
「そう!それ!」
律儀に答える必要は、まったく無かったが、つい口が動いてしまった。
「使えないと思ったけど、意外に使える。とも思ったけど、やっぱり使えないや。別に、戦闘力や能力分かるわけでもないし。この部分目立ちまくるわ、相手を視界に入れなきゃならないし。その上、けっこう時間がかかるわ。あらかじめ、『スペシャリスト』か判明したら有利になるけれど、秘密裏に使えなきゃ意味ないし。能力って奪ったら性能落ちるとか?」
使えなさすぎる。そこの『スペシャリスト』は、こんな能力で、よく別の『スペシャリスト』に襲いかかったもんだ。自殺願望でもあったのか。
まぁ、それはどうでもいい。どうも口ぶりからして、能力を奪ったのは初めてみたいだな。だとすれば、脅威なのは骨をも燃やす炎のみ。当たれば、死は免れないだろう。生き残る為には相手の能力を知る必要がある。
「能力を奪うと能力が弱くなる。それは自分の能力もだ。人が力を使える、キャパは決まっている。能力が二つになれば、キャパも半分ずつになる。分かりやすく言えば、使用回数が半分になるとかだ」
「嘘、半分!?只でさえ少ないのに!え?ちょっと待って!半分になったら、後何回になるわけ?9の半分?4.5ってこと?これは四捨五入していいの?それとも、今残ってる4回の半分で2なの?」
「なるほど、残り4回か」
先ほどの相手に、5回も使ったのか。佳然がこちらをポカンと見ている。今頭の中で、情報を整理しているんだろう。ちなみに能力が弱くなることはない。完全なる嘘だ。能力のことは本人なら感覚で分かる、自分の能力が弱くなったかどうかも、意識すれば理解できる。佳然も、はめられたことに気づいたのだろう。またもや、顔を真っ赤にしている。分かりやすいこと、この上なし。ざまぁないな。
「このっ…!!絶対に許さないんだから!!」
佳然の手が炎に包まれる。ピッチャーのように、その腕を降り下ろすと、炎は弾丸となって、こちらに飛んできた。身を屈めて、すんでのところで避ける。後ろのロッカーに炎が当たり、炎は触れた場所を呑み込み集束し消えた。この炎…妙だ。熱がない。ないことはないが、威力の割には低すぎる。熱によって燃やしているわけじゃない?ロッカーの燃えた部分のフチに触る。多少の熱はあるが熱くはない。これは炎であって、炎でないもの。確実に分かるのは、炎自体に触れれば、最後だ。
「生意気!避けんな!!」
無茶言うな。当たったら死ぬんだ。避けるに決まっている。俺に自殺願望はない。
「お前の技は既に見切った。もう無駄だ。百戦を勝ち抜いた、俺の相手ではない。失せるがいい」
半身を逸らし、右手を顔にやり、左手で相手を差し、腰を捻らせ、バシッと格好いいポーズで、格好いいセリフを言う。けっこう、バランスを取るのが難しいな、このポーズ。だが、決まった。
「うざいっ!!」
一蹴された。佳然が突っ込んでくる。その手には一撃必殺の炎。回数も少ない、接近戦でこちらを確実に仕留める気のようだ。速い。避けきれない。が、元より避ける気はない。防ぐ気はあるが。
「燃え尽きなさい!!」
拳が迫る。俺は手近にあった、佳然の机を持ち上げ、盾にした。自分の机を盾にされ、一瞬怯むが、振り上げた拳の勢いは止まらない。炎の拳は、机なぞ物とせず机を貫通させ、俺の顔面へ突き刺さり、俺は机を抱えたまま、廊下へとぶっ飛んだ。
俺の顔は、真っ赤に染まった。鼻血で。俺の、中の上である顔は無事だ。なくなってはいない。
予想通りだ。ざまぁみやがれ。佳然の炎は一撃必殺だが、質量と同等のものしか燃やし尽くせない。炎と同等、あるいはそれ以上の質量をぶつければ、相殺し防ぐことは可能だ。生身の拳が、顔面に突き刺さったのは予想外だったが。だが、不幸中の幸い、佳然との距離は開いた。しかし、何の躊躇なく、殺しにかかってくるな。その思い切りの良さは、被害を受ける当事者じゃなきゃ、好感を持ったとこだ。
「あぁ…、あたしの机…。教科書とかも、入ってるのに…」
頭を抱え教室に佇み、ぶつぶつと佳然は呟いている。抱えている机の中を見てみると、教科書がけっこう入っている。真面目そうに見えて、意外と置き勉をしてるんだな。教科書は割と高価な物だ。それが、大半駄目になるとは可哀想に、同情する。どの口が言うかという話だけれども。
「絶対に殺すっ…!」
目に見えるほどに、殺意が溢れてる。こいつはさっさっと退散するにかぎる。机を抱え、廊下を疾走する。
「逃がすかぁっ!!教科書の仇ぃっ!!」
後ろから怒号が響く。振り向いてる暇はないが、嫌な予感がし後ろを振り向く。佳然がサッカーボールを蹴る直前のように、反るように足を後ろへやっている。その足は炎に包まれていた。
ヤバい。炎がくる。炎の軌道を見て、避けなければ。炎から目を離さなければ、避けれるはずだ。だが、だがしかし、そうできない理由がある。いや、できてしまった。佳然は怒りに任せ、おもいっきり蹴りあげるだろう。そう、蹴りあげるのだ。佳然はスカートだ。もはや、何も言うまい。男は時に自分の命を賭けても、やり遂げねばならないことがあるのだ。
「燃え死ねぇっ!!」
俺に瞬きは許されない。蹴りあげた。邪魔だ、炎で見えない。その上、暗闇で尚のこと見えない。いや、待て、炎だ。炎が暗闇を照らしている。見える!見えるぞ!目を凝らせ。炎が迫る。今、避けなければ当たる。そんな暇はない。見えた!!スカートの下、禁断の領域が今、黒い生地に包まれた下半身がっ―――。
「スパッツかよっ!!」
スレスレの所で、身体を捻り避ける。危なかった。一瞬でも遅れていたら、死んでいた。くそっ、スカートの下に注意を惹き付けて動きを止めさせるとは、なんという策略。
「本当に死ねぇっ!!変態!!」
烈火の如く、顔を真っ赤にし激昂している。佳然が弾丸のように迫ってきた。その腕には、もちろん炎が灯っている。身体を捻って避けたため、この体勢では避けきれない。だが、ここまできたら避ける必要はない。佳然の炎は、これで打ち止めだ。これさえ防げば、後はなんとかなる。机は手元だ、防げる。
机を盾にし拳を防ぐ。炎の拳が机に当たる。
勝った。確信した。ざまぁみろ。
だが、それは裏切られる。
炎の拳が、机に当たる瞬間、佳然は拳を引き、その勢いを利用し回し蹴りを放った。机が弾き飛ばされる。迂闊だった、廊下へとぶっ飛ばされたあの拳の威力からして、佳然の体術は相当なものだ。読み違えた。机をしっかり抱えていたせいで、弾き飛ばされた机に身体が持ってかれ、体勢が崩れ、完全に無防備状態になっている。
そこを佳然は、見逃すはずがない。
「じゃあね。さようなら」
別れの言葉を告げ、佳然が放つ必殺の拳が、俺の身体を貫いた。
「っ!?」
痛みはない。だが、自分の胴体が欠けた感覚はある。不思議な感覚だ。夢の中にいるような、どこが現実ではない感覚。
その夢もすぐに覚める。鈍く重い痛みが胸を襲う。気づいた時には宙を舞っていた。再度の回し蹴りでぶっ飛ばされたようだ。胴体の穴から血が噴き出している、佳然は血を被るのを嫌い、回し蹴りでぶっ飛ばしたのだろうなと、いやに冷静に考えていた。冷静になったのならちょうどいい。やることをやらねばならない。目的の物を探す、運よく見つかり、それを狙い拳を打ち付ける。その勢いのまま身体ごとぶつかり停止し、廊下へ倒れこんだ。
ジリリリリリリリ!!
けたたましい音が、静かな校舎に響きわたる。非常ベルはうまく押せたようだ。安心し気が緩んだ瞬間、全身から異常な感覚が湧き出る。
「____!?」
声にならない声が口から漏れ出す。痛いという感覚は、既に通り過ぎていた。脳と身体が警告を発し、異常だと喚きちらしている。気持ちが悪い、気が狂いそうだ。意識も薄れていく。
佳然はまだいる。非常ベルが鳴ったことに驚き、パニックになっているのか。早くしろ。お前の取るべき行動は一つだろ。意識が…。佳然は、こちらを一度睨むと、脱兎のごとく駆け出した。早く。早く行け。目の前が真っ白になる最中、廊下を曲がり階段を降りていった佳然が見えた。___これで使える。もう意識が___。
電車を降りて、学校への道を歩く。木々のアーチに囲まれたこの道は、晴天も相まって、とても清々しい気分にさせる。
いつもならそうだけど、今日の私は人生で二番目くらいに憂鬱だった。ちなみに一番目は、昨日だ。
夜中に手紙で学校へ呼ばれたと思ったら、いきなり『スペシャリスト』に襲われ、これを返り討ちにして、初めての殺人を犯してしまう、あーあ、やっちゃったなと思う暇もなく、その現場をクラスメートに目撃される。そのクラスメートも偶然にも『スペシャリスト』で運悪く、いや、運良くかな?どっちにしろ最悪だけど。それで、『スペシャリスト』だから殺した。
一人目は顔も知らないし、向こうから襲ってきたのだから、自業自得。それでも、初めて人を殺したのだから、ショックはでかい。
人によっては、『スペシャリスト』は人じゃないと言う。化物だから。化物は殺しても罪じゃない。そう考えると気は楽。でも、私はその考えを認めたくない。それを認めると、私も化物になってしまう。私は人だ。『スペシャリスト』に、ろくな奴はいないけど、奴らも人なんだ。
二人目は、クラスメートだった。実は好きだった。と、言っても恋愛感情じゃない。タイプじゃなかったし。私は、BLをたしなんでいる。あの二人のやり取りは、見てて聞いてて幸せな気持ちになれる。その様子を見て、やましい妄想をしているわけじゃない。私は健全に楽しんでいただけ、けして、カップリングとかはしていない。えぇ、けして。だから、勝手に好きだった。そんな相手を、殺してしまった。でなければ、私が、私の生活が壊れてしまう。『スペシャリスト』であることを隠して、普通の人間として楽しく暮らしていた。友達もいるし、両親との仲もいい。それが壊れる。『スペシャリスト』に、遺伝は関係ない。親が『スペシャリスト』なら、子も『スペシャリスト』になるわけじゃない。その逆もまた然り。突然に理由も分からず『スペシャリスト』に目覚める。両親は私が、『スペシャリスト』であることを知らない。それが知られたら…。想像したくもない。
だから、私の平和の為に彼を殺した。仕方がないとか、言い訳をするつもりはない。この罪は一生背負うつもりだ。赦されるはずがない。
憂鬱な気分。そんなことを考えてたら、教室の目の前にいた。入りたくない。黒早くんにどんな顔して、会えばいいのだろうか。普通にすればいい。普通に、親友を亡くしたクラスメートに、同情と哀れみの言葉をかければいい。素知らぬ顔をして。心が痛い。 意を決し、教室のドアを開け、先ずは自分の机にカバンを置く。一、二度軽く深呼吸をし、前に座る黒早くんの元へ行く。黒早くんは誰かと喋ってるようだ。私がするように、御悔やみの言葉を言ってるのかもしれない。私は、そっちを見れなかった。
「黒早くん」
「ん?佳然さんか」
振り向いた黒早くんは、普通に見えた。あえて、普通にしているのかもしれない、周りに気を使わせないため。完璧な黒早くんなら、そうしそうだ。
「黒早くん、聞いた?」
「聞いた?あぁ、死んだらしいね」
さらりと言う。少し驚いた。彼とは、親友ではなかったのかな。ううん、そんなことはないはず、あんなに、楽しそうにしていたんだから。
「本当に残念だったね。まさか、彼が___。嘘だと思ったよ、聞いた時は___。私ができることなら、何でも言って力になるから」
罪滅ぼしではないけど、私には、それをやる義務がある。彼の眼は、見れなかった。罪悪感で潰れそうだ。
「なら、おっぱい揉ませてほしいもんだ」
「そんなことでいいなら。おっぱいぐらい___。は?おっぱい?」
驚きのあまり、黒早くんを見る。彼は、キョトンとした顔をしている。彼じゃない。彼の声じゃなかった。彼とは別、さっき彼と話していた奴だ。不謹慎で下品な奴、そいつを睨みつける。
そこには、両手を揉む形にしたまま、皮肉げな笑みを浮かべた、私が殺した男、川良 拡影が座っていた。
「はぁっ!?」
驚きが、そのまま声に出てしまった。「なんで生きているの!?」続けてそう叫びそうになるのを必死に堪える。落ち着いて感情を抑え、周りに聞こえないよう小声で話す。
「なんで生きてるの?」
顔を近づけ胸ぐらを掴んで聞く。人を小馬鹿にした顔がイライラする。
「死んで欲しかったのか?」
「できれば死んで欲しい」
本心だ。できれば死んでて欲しい。生きてるのを見て、少し安心もしたけど。
「カズー、聞いたか?酷いこと言うな、この女」
「カゲの言動からしたら、言われても、しょうがない気もするけどね。おっぱい揉ませろはないでしょ」
どういうこと?なんで生きてるの?冷静になれ、私。あれは致命傷だった、普通なら生きているはずがない、普通なら。川良くんは『スペシャリスト』、普通じゃない。『スペシャリスト』の能力?そこではたと気づく。
私は教室を見回した。自分の机、後ろのロッカー、そして死んでるはずの男。なぜ私は、今まで気づかなかったんだろう。直っている。教室に入る前から、気づいてもよかった。廊下は破壊の後もなく、非常ベルも無事だった。なりより殺人が起きたのだから、大騒ぎになっていてもおかしくはない。それがない。死体は発見されなかったということだ、昨日の争いの痕跡が全てなくなっている。
昨日あったことは、夢だったのかと思えてきた。けれど、夢じゃない。人を殺したことをなかったことにしちゃ駄目だ。そのうちの一人は死んでなかったわけだけど。
川良くんの能力は十中八九、『なおす』力だと思う。あの瀕死の状態から自分を治し、その後、学校の壊れた物を直し、昨日起きたことを、なかったことにした。死体はどうしたのだろうか?治した?始末した?どちらにしろ、バレないようにはしたのだろう。
彼は、『スペシャリスト』であることを隠したがっている。私と同じように、平和に暮らしたいタイプなのかもしれない。話し合えば分かりあえるかも。とまでは思わないけど、利用はできるかもしれない。彼の能力は便利だ。物にできれば、単純に生存確率は上がる。けれど、狙われる確率も上がる。強力な能力を殺して奪おうとする輩は多い。安易に能力を奪うのも考えものだ。物にしないでおけば、『スペシャリスト』が狙うのは真っ先に彼だろう。私の能力は、強いと言えば強いが、彼の能力の方が価値は高い。生存確率が、ぐんと上がるからね。相手からしたら回復役は先に始末しておきたいはずだ。言い方は悪いけど囮になる。
昨日、闘ってみて分かったけど、闘い慣れてるようだけど、私なら能力なしでも勝てる。殺せるかどうかは分からないけど。とりあえず放置しても問題はないと思う。油断さえしなければ、殺られないはず。彼が、以前に倒した相手の能力を持ってる可能性も考えられるけど、あの状況で出さなかったのを見ると、能力はないか脅威的なものではないと思う。
協力関係を結べないだろうか。私は彼より強いし、格闘戦なら他者に引けは取らないつもりだ。彼を護る代わりに、能力を行使する権利を得る。彼の能力は、バックアップとしては優秀だ。それに、殺しはできる限りしたくはない。
向こうは、提案に乗ってくるだろうか。脅すという方法もあるけれど、できるなら、対等な関係でありたい。私には友達はいるけど、仲間はいない。この最悪な世界で生き延びるためには、仲間は必要だから。孤独は辛い。
「昼休み、体育館裏に来て」
周りに聞かれないように、耳元で囁く。
「体育館裏。人気のない場所。ほほぉ、乳を揉ます覚悟をしたようだな」
殴ってやろうかと思ったけど、必死に自制する。これも冗談のうちなんだろう。まったく面白くないけど。そもそも私は、彼からしたら、通り魔や殺人鬼みたいなものなんだから、自分を殺そうとした人間に対し好意的に思わないのは当たり前。
そう言い聞かせ、気分を落ち着かせ、自分の席に着く。ちょうどその時に、教師が教室に入ってきた。一時限目は現国だったけ、すっかり元通りになった机から教科書を取り出す。
「っ!?」
教科書は、穴が空いたままだった。
前を見る。川良が、こっちを向き、こっそりと中指を立ててムカつく笑顔を浮かべていた。
「脅そう…!いや、もう殺そう…!!」
私は心に誓った。昼休みまでに、怒りの炎を燃やし続けることにした。
佳然に呼ばれたので、俺は、体育館裏に向かっていた。別に無視してもよかったのだが、あまり怒らせてもよろしくない。また殺されかけるのは嫌だ。あと、奇跡的な確率で、胸を揉ませてくれるかもしんないし。
そこの角を曲がれば、体育館裏だ。学校が完全放置しているので、木々や雑草が生い茂り、よく分からない粗大ゴミも置いてあり、最悪である。
「人でなしさん、お待たせ致しました」
そう言って角を曲がった俺の視界には、綺麗な足が見えた。あと靴底も。かなり目の前に。完全に当たるコースで迫ってる。
「うぉっ!?」
突き出された足を、上体を反らし、ギリギリでかわす。ふっ、ざまぁみやがれ。昨日の闘いで、俺のレベルも上がってるようだ。今日もスパッツだろうが、拝めるものは拝もうと、スカートに目をやるが佳然の突き出した足が、上体を反らしたままの腹へと降り下ろされる。
「げぼぁっ!?」
口から内臓が、飛び出るような衝撃が、俺を襲う。実際に飛び出たのは、胃液やらよだれやら、よく分からない液体だ。昼飯を食べていなかったことだけは幸いだった。
「うん。よし」
「何が、よしだ。このアマぁっ!?視姦しまくってやんぞ、ゴラァツ!!」と、叫びたかったが、口から出るのはゾンビのような呻き声だった。しばらく地面に横たわり悶絶する。ダイレクトに痛いせいか、昨日死にかけたより辛く感じた。
「まだ、悶絶してんの?話し合いしたいんだけど、昼休み終わっちゃうし」
この女は、悪魔だろうか。だが、しゃがんで膝に両肘を乗せ、顔に両手をつける姿は、とても可愛らしいので許すとしよう。スカートの中が、見えそで見えないのも尚よし。なるほど、悪魔じゃなく小悪魔だったか。あっはっはっはっ。と、痛さを意識しないように、凄い馬鹿なことを考えてみた。別の意味でもイタい。
「おい、先に言っとく暇なかったから今言うが、俺が教室に戻らなきゃ、カズーが、学校中にお前の正体を、ばらすことになってるからな」
ようやく喋れるようになったので、とても情けない脅し文句を言う。佳然の顔も、心なしか白けてる気がする。
「教室に戻れさえすれば、どんだけ痛めつけてもいいわけ?」
おや?盲点だった。それは確かに、筋が通っている。日本語は難しいな。次の攻撃に身構えてみる。
「もう攻撃はしないって。話し合いって、さっき言ったでしょ」
「はぁなぁしあぁいっ?」
武力を持って相手を支配するのを、悪魔界では話し合いと言うのだろうか、というニュアンスを込めた顔と声色で応じる。
「なによ、その顔は。さっきのは確認。川良くんが、弱いかどうか再確認したの。これからする話し合いで、重要なことなんだから。あと、まぁ、教科書の恨みとかも、多少あるけど」
たぶん、八割方が教科書の恨みだろう。
「少しやり過ぎたかなとは思うけど。だいたい川良くん、どんな怪我でも、治せるんでしょ」
治す?___あぁ、そういうことか。それならそれでいい。
「で?話し合いってのは何だ?俺が、佳然にできる、セクハラのラインを決めるのか?俺は、いっさい妥協はしないからな。誇りをもって闘うぞ」
「くたばれ。カスみたいなプライドを抱えながら死ね」
なかなか痛烈な返答だ。ワクワクしてゾクゾクしてきたぜ。その先は言うまい、流石に下品すぎる。
「とまぁ、冗談はさておき、本題に入るか。昼休み終わっちまう、俺は、まだ飯食ってねぇしな」
「川良くんの冗談のラインが分からないんだけど。はい、これ」
そう言って、何かを投げてきた。手榴弾かと思い、受けとめず避ける。
「なにしてんの?」
佳然はジト目で、こっちを見ながらパンの袋を開けていた。パン?今しがた、投げられたものを見る。パンだ。購買で売っている産業廃棄物、もとい、ギリギリアウトな美味しさのパンだ。それでも、価格がすこぶる安いため、一定の人気はある。貧乏人に。ちなみに学食は学食で存在する。そっちは普通に美味しく、パンほどではないがリーズナブルだ。貧乏人以外に人気がある。格差社会である。
「いらないなら、私が食べるけど。教科書が不慮の事故で、お亡くなりになったから、今、金欠で節約しないといけないの」
嫌味を言われた。そう聞かされたら、食ってやろうかと思う。産業廃棄物を取り、袋から出し眺める。コッペパンだろうか。一口、口に入れる。ギリギリセーフで不味い。佳然を見ると、ニヤリと笑っている。佳然が口にしているのは、メロンパン。なるほど、不味いものの中で、より不味いものを俺によこしたのか。やりおる。この俺を騙すとは。
「さて、話し合いだ。さっさっと済ませようぜ」
「どの口が。まぁ、いっか。川良くんは、平和に暮らしたいタイプだよね」
「そうだな。どっかのツインテに、腹を風通しよくされない、平和な世界に暮らしたいタイプだな」
嫌味を言ってみた。嫌な顔をされたが、話を進めるのを優先したのか、表情を戻したようだ。
「私も、平和に暮らしたいタイプの人間なの」
どの口が、と言おうと思ったが、これ以上話の腰を折るのも、面倒くさいから止めた。平和に暮らしたいからこその、行動ということは分かってはいる。納得はしないが。
「互いに、秘密を洩らさなければ、平和に暮らせると思わない?なんなら、協力もしあえると思うの」
協力?鼻で笑いそうになるのを堪える。『スペシャリスト』同士が、協力関係になれるわけがない。よくて利用できる関係が関の山だ。向こうもそれは承知の上だろう。これは言わば同盟だ。
「俺には、何の見返りがあるんだ?」
「私が守ってあげる。そこら辺の奴(『スペシャリスト』)には、負けない自信があるわ」
胸を張り、自信満々に言う。スタイルがいいので、様になっている。佳然はただの自信家ではない、言うだけの実力はある。
「少なくとも、川良くんよりかは強いよね」
最高のドヤ笑顔だ。さんざん暴力を働いて力を示し、用心棒してやるとは、この女はヤクザかなんかか。だが、その力は魅力的ではある。
「それで、俺は何の見返りを与えればいい」
「その便利な力を、私が必要な時に使ってくれればいいわ」
それだけでいい、みたいな言い方をしてるが、実質奴隷のようなものだ。佳然が必要だと言えば、使わなくてはいけないこととなる。それは認められない。
「協力はしてやる。けど、力の使い所は俺が決める。これは譲れない」
「___川良くんの判断によるんなら、使わないって判断される可能性もあるんでしょ?それはフェアじゃなくない?私が守らないと、川良くん弱いんだから、昨日みたいなことになっちゃうよ」
口は笑っているが、目は笑っていない。捕食者の目だ。いつでも殺せる、ということだろ。殺して能力を奪う方が、効率的ではある。それをしないのは、俺に惚れているから___ではなく強力な力は、狙われやすい。必要以上に、能力を持つのは危険でもある。あとは身代わりとかにでも、するつもりだろ。
「だからさ、一日一回。一回は、私が自由に使える権利をくださいな。それ以外は、川良くんの判断に任せるから」
一回。正直言えば、一回でも使わせたくはない。俺の力も佳然と同じで、一日使える回数が決まっている。だがしかし、『なおす』だけならば使わせてもいい。
「川良くんの力の回数はいくつなの?一回でも多い感じ?」
「誰が言うか。駆け引き下手くそか」
「へー、やっぱ回数なんだね」
「ぐっ…!」
迂闊だった。反応しなければ、まだ誤魔化せたかもしれなかったのに失敗した。そういえば佳然は、普通に頭良かったな。まずいな、イニシアティブを取られつつある。
「それで、協力関係結ぶ?」
関係結ぶと言われると、何かエロいな。それだけで、何も考えずに肯定したくなる。そうでなくとも、この関係を結ぶのは、有用性があると思う。いざとなったら裏切ればいいしな。
「いいぜ。契りを結ぼうぜ」
ちょっとエロい感じに言い返したら、すっごい嫌な顔をされた。露骨過ぎるだろ、少しは隠せ傷つくだろ。一転、喜色満面な笑顔を見せ、こう言った。
「じゃあ、いきなりだけど。力を使わせてもらおうかな」
何をやらされるのだろうか。身構える俺。佳然は笑顔だ、しかし、迫力のある笑顔だ。毅然と、まるで女王のように命令した。
「私の教科書を直しなさい」