1話 極々普通の出会い
春。始まりの春。
爽やかな春風と柔らかな日差しが俺の入学を歓迎しているようだ。
高校一年目の春。俺は今年から高校生だ。
気持ちを新たにするために、わざわざ家から電車で一時間以上かかる、ここ私立桜丘高校を受験し、見事合格した。安全圏だったので当然と言えば当然だが。
親泣かせな部分はあるが、親は俺の意志に納得してくれた。そこには助けられている。
「さて、新たな一歩といきますかぁ」
そう言い、校門をくぐる。私立高校にありがちな警備員室のある立派な校門だ。屋根までついている。
「まずはクラス発表だなー……。うはー、人多いなー」
どうやらクラス発表の紙はあそこに張り出されているらしい。これからあの人混みをかき分けるのかと思うと、気が滅入る。
「ま、俺の身長があれば後列からでもぎりぎり見えるかな」
高校一年で既に身長は百八十越え。この人集りの中では浮いて見えるだろう。
最後尾からの眺めは酷いものだった。黒い塊が上下左右に揺れて、紙を見ようにも見れない。しかも俺は目がそんなに良くなかった。
仕方なく俺は前列に行くことを決意し、人混みをかき分けていく。
「すみませーん、ちょっと失礼しまーす……あっ!ごめんなさい!失礼しまーす……」
やっとのことで辿り着いた最前列。背が高いので後ろの人の迷惑にならないように前屈みになる。そして見上げるようにして紙を見る。
「えーと……俺のクラスは…………あった」
四組。そこに俺の受験番号である一三五九が書かれていた。
その下を見ると、連番で一三六〇と書かれていた。
「おっ、受験の時に俺の後ろの席だったやつか。あれ、誰だったかなー」
不覚にも顔を思い出せない。それ以前に性別すら思い出せない。すると突然──
「やっほー。ボクがキミの後ろの席だった人だよー」
喧騒の中、隣から声をかけられ、面食らいながらそちらを見てみる。ボクと言うくらいだから男だろう。けど、今の声は?
そこにいたのは男──ではなかった。
違和感は的中。"彼女"の声はまさに女そのものだった。そして容姿も女。
「えっ、今、君、自分のことをボクって……」
「あぁ、これは小さい頃からの癖なんだよ。ごめんね」
透き通った肌。今にも向こう側が見えてしまいそうなほど白い──純白。それが一番相応しい言葉だ。そして茶色がかった瞳に、艶やかで腰まである黒い長髪。それを紺色のリボンで二つに結ってツインテールにしている。白と黒の対で髪が際立って見える。身長は俺よりも低く、平均的な女子の身長だ。にこっと笑うと、八重歯が顔を出す。
ぶっちゃければ、俺は心が躍った。拍動が収まることを知らず、どんどん加速していく。一体これはなんなのだ。
「おおっと、ボクとしたことが、名前をまだ名乗ってなかったね。ボクの名前は彩園 鈴。よろしくね!」
「お、おう……」
思わず曖昧な返事をしてしまう。あまりの勢いに尻込みしてしまった。
「ちょっとー、ボクの名前教えたんだからキミの名前も教えてよー」
「ああ!ごめん!えっと、俺の名前は後藤 秀輝。秀でるの秀に輝くで秀輝。こちらこそよろしく」
なるべく動揺を悟られないようにゆっくりと、はきはきと自己紹介した。
彩園鈴さん。いい名前だ。響きが美しい。
「それで、ボクに何か用があったのかな?」
「いや、特にないけど……ただ連番の人が同じクラスだったからさ」
「ああ!それボクも思ってたんだよねー!前の人が男だってことは覚えてたんだけど、顔までは覚えてなくてさー!へー、結構イケてるじゃーん」
「そそそそそんなことないって!」
「あははは!可愛いなぁ!」
まさか……Sなのか!?
「まー楽しめたからこれぐらいにしておくよ。それじゃあ一緒に教室に行こっか!」
「お、おう……」
ごり押しに耐えきれず、さらには『一緒に』の部分で顔が熱くなったので目を合わせられず、俺はすんなり首肯してしまう。まーいつまでも人混みの中にいたらそう遠くないうちにやられる。いい提案だと思うという部分もある。
彩園さんが人混みをかき分け、その引き際を俺が進んでいく形になっている。普通に考えたら立場は逆のはずだ。いや、逆ではならないのだ。
けど、あんな威勢よく突っ切られたら追いつけない。しかも距離もじわじわと離れつつある。
後ろを気にせず駆け抜ける彼女は今にも見失いそうだ。そうならないように懸命に俺もかき分けていく。こんなに人が多かったのかと今更絶望してしまう。
もみくちゃにされてやっとのことで抜け出した先で彼女は仁王立ちして構えていた。
「ちょっとー、遅いよー!」
「ごめんごめん、それより、人多すぎだろ」
「そうだねー。この人数だと、新入生全クラスのほとんどの人がここにいるんじゃないかなー?」
「ここに長時間いる意味がわからん……」
「そうだねー。それには同感だよ。さ、早く教室行こっか!」
「そうだな」
そう言い、俺達は校舎の中へと姿を消していった。
○○○
クラス発表の紙の前に出来ていた人集りほどではないが、校舎内のあちこちにもいくつか塊ができていた。一階は二年生のフロアで、二階は三年生。俺たち一年生のフロアは三階のようだ。
そっちに意識がいっていたせいで、彩園さんとの距離がさっき以上に縮まっていることに気づけなかった。それは彼女も同じらしく、次第に近づいていき⋯⋯
「いてっ」
「わわっ」
軽い接触だったが、足が絡まったせいで二人とも尻餅をついてしまう。
「ったた〜⋯⋯大丈夫か?」
立ち上がり、彩園さんに手を差し伸べる。
「うーん⋯⋯ボクの不注意だったよ。ありがと」
俺の手を握り、それを支えにして起き上がる彼女。
しかし、すぐ離すべきのはずがしばらくの間握りあってしまい⋯⋯それは単に俺が彼女に見とれていたからだ。そして、何かが──。
「どうしたの?もう大丈夫だよ?」
「⋯⋯あっ、あー!ごめんごめん、ちょっとぼーっとしてた⋯⋯」
「ん?⋯⋯はっ!」
何かを悟ったのかと思いきやいきなり頬を真っ赤に染めてこちらを睨みつけてくる。
「ま、まさか⋯⋯!スカートの中覗いたなー!?」
何を言っているのか理解しきれず、遅れてやってきた思考に俺は動転してしまう。
「い、いやっ!それはないっ!」
「じゃあなんでキミはボクのことを見つめていたのさ!」
「そ、それはー⋯⋯」
何か。何か口にせねば、俺はあらぬ罪を着せられる!
ならここは素直に答えるべきだ。
「た、単純に⋯⋯」
彩園さんの頬と同じ状態になっているとわかるほど熱くなって、
「その⋯⋯彩園さんが⋯⋯可愛かったから⋯⋯」
「!──い、いきなり何を言い出すんだ、き、キミは!」
さらに顔を赤くし、頭から湯気が出ているようだった。
先にも述べた通り、彼女と接していると『何か』を感じる。そして彼女自身を可愛いと断言できる。
後者ははっきりと理解できてるのでなんともないが、前者は全くわからない感情だ。今まで経験したことのない、未知の感情。果たしてこれはなんなのか。
そんなことを考えていると、
「ほーらー!早く行こうよー!」
既に階段の踊り場まで上っていた彩園さんが俺に向かって大きく手を振っていた。
「考えるだけ無駄、か」
心にしか聞こえない声でそう結論付け、俺も階段を上っていく。
○○○
当然のことだが、クラスが同じで連番となると座席が前後関係になるということだ。但し、列が変わるなどの場合は例外だ。
運良くそんなことにはならずに彩園さんと前後関係になれた。
一クラス四十人構成。座席は六列あり、両端の六人列以外全て七人列だ。そして俺と彩園さんは廊下側から三番目の列の後ろの二つに陣取ることになっていた。この座席なら多少の会話をしてもバレはしないだろう。
「後ろかー。やったね!」
嬉しさのあまり、その場でジャンプをしている。
場所は教室黒板前。つまり、今教室にいるヤツらの注目の的ということだ。果たしてそのことに気づいているのだろうか。あるいはわざとそうやっているのだろうか。一応報告だけはしておこう。
「⋯⋯非常に言い難いんだけど、ここにいるヤツらの注目の的になってるよ?」
未だ歓喜の余韻を残した顔をこちらに向けて、
「へ?」
と、これほどの美少女からこんな間抜けな声が漏れたのだ。
どうやら素で喜んでいたらしい。教室全体を見渡したかと思ったら先程と同じくらいに顔を赤くした。
「き、キミっ!ちょっとついてきてくれっ!」
やや震えた声だとすぐに感じ取れたので、これ以上彼女にダメージを与えたくないと思い、教室を足早に出ていく彩園さんの後を追う。
彼女がどこへ行ったかと思ったら、教室を出てすぐ左のところにある階段の前で立ち尽くしていた。どこか痛めたのだろうか?
「どこか痛むのか?」
「違うよ!」
半泣きの顔で言われても説得力に欠ける。
「ただ⋯⋯」
「ただ?」
気になるので先を促す。
「学校探検⋯⋯に行かない?」
今まで、とは言っても、まだ会って三十分も経ってないのだが、初めて上目遣いで俺を見上げてくるので、思わず一歩後ずさりしてしまった。
しかし、すぐに体勢を立て直し彼女の意思を再確認してみる。
「学校探検?」
「うんっ!学校探検!」
幼稚園児のように珍しいものを見るような目で訴えかけてくる。単に目を輝かせているだけだが。
「まー時間もまだあるしいいんじゃね?」
いつの間にか人見知りの俺が、嘘のように淡々と話していることに気づき、思わず驚きの色を顕にしてしまったが、それには気づかず、ただ鼻歌を歌いながら階段を降りていく彩園さんだった。
「まずは一階から見に行こ!」
階段の途中で振り返り、にこっという最高の笑顔で俺に提案してくる。思わず抱きしめてしまいそうになるほど、その笑顔には破壊力があった。
「そ、そうだな」
俺が噛んだことには気づかず「そうとなればレッツゴー!」などと言って階段を一気に駆け下りていく。途中、転ばないか不安だ。
「待てよー」
さっきから追いかけてばかりな気がするが⋯⋯気のせいか。
○○○
校舎は私立高校なだけあって広大だった。途中、迷子になったりもした。だが、心優しい先輩方が案内してくれたおかげでなんとか教室の前まで戻ってくることができた。
「いやーそれにしても広かったねー!」
「あー。まさかこんなに広いとは思わなかったよ」
果たしてこんなに広くする意味があるのだろうかと疑問に思ってしまうほど広かった。とにかく広かった。よく受験の時に迷子にならずに教室まで行けたとつくづく思う。
「時間もいい感じだし、そろそろ座ろうぜ」
「うーん、まだ遊んでたいけどなー⋯⋯でも時間は守らないとねっ!」
そう言い、教室の中に入っていく彩園さん。
彼女の言う通り、まだまだこうしていたい。けど、『時間』は無情にも流れ続ける。
そんな『時間』でも、早くなったり遅くなったりしない。きっちりと決められたペースを守り続けている。
朝の会が始まるチャイムまで一分もない。
そんな中できることと言えば──
「彩園さん!」
彼女は教室に半歩入ったところだった。そして振り返り、
「どうしたの?」
考えも気持ちも纏まっていないのに呼び止めてしまったせいで言葉が出てこない。
「そろそろチャイム鳴っちゃうよー?」
知ってる。もう少しだけ待ってくれ。
「あ、あの──」
「んん?」
大きく息を吸いこみ、それを吐く勢いで口にする。
「俺と!」
「⋯⋯うん」
ちょっと面食らったようだ。目を大きく見開いている。
「──友だちに、なってください」
生まれて初めて、言葉で直接伝えた友だちになって欲しいというお願い。今までは成り行きで友だちになっていたから、こんなセリフを口にしたのは初めてだ。
「うーん、それならまずはボクのことは下の名前で呼んで欲しいなー」
「⋯⋯は?」
彼女が言ったことの真意が掴めない。
「だーかーらー、友だちって言うのはお互いを下の名前で呼ぶものでしょ?それならキミはボクのことを下の名前で呼ぶのが当然だよー!でも、ボクはキミのことは『キミ』って呼んだ方がしっくりくるからそこは許してね!」
「なんだよそれ!」
「あははは!」
俺の反応がよほど面白いらしい。お腹を抱えて笑っている。
「まーわかったよ⋯⋯鈴」
俺は無意識のうちに右手が頭に行き、髪を弄っていた。
鈴はと言うと、真っ赤になって俯いている。何故?
「どうしたんだ?」
「⋯⋯いきなり呼び捨てとか、ズルい」
「なに?」
あまりにも小声で聞き取れなかった。俺の質問には答えず、鈴は、ばっ、と真っ赤な顔を上げて、
「よろしくって言ったんだよぉ!」
涙ながらにそう言ってきた。
今日一日で鈴の口調が何回も変わっているような気がしてならなかった。
まだ会って一時間しか経ってないのだが──。
そんなことを思っていると、朝の会始まりのチャイムが鳴った。