冒険者への憧れ(6)
戦闘シーンを書くのは初めてです。
ご指摘等ありましたら感想にお願いします。
赤火熊の食糧になっている森狼のかかった罠のある位置を中心に少し遠回りして襲撃に丁度いい方向を探す。
その間、小狼たちはずっとほえたてたり足にかみついたりしているが、通用すら感じていないのか赤火熊は全くの無反応だ。
だが、その吠え声のおかげで大した技量ではない俺でも気配を感じさせずに赤火熊の右後ろに位置取ることができた。
俺の遠距離攻撃は現状投石しかないので赤火熊には効果はほぼ無い。
こんなことならもっと早く弓矢を入手しておけばよかったと思いながら戦斧の握りを確認する。
小狼達のおかげで距離はあと10歩を少しこえる程度まで近づくことが出来たが、残りの距離の間に遮蔽物が全くないので、まぁ後は一気に駆け抜けるしかない。
ここから走り込んで赤火熊の首筋に思いっきり斧を叩きこむ。
その一撃で倒せればいい、倒せなかった場合は俺の一番得意な戦法で斧をたたき込み続ければいずれ倒せる。
そう考え、目を閉じてから治癒魔法の中で数少ない戦闘用の補助魔法をいくつか自身にかけていく。
準備が整うと、息を細く長く吐きだしたてから肺いっぱいに吸い込みなしながら、音を立てないように藪の影から身を乗り出す。
残り10歩、一気に駆けだす。
残り7歩、先に小狼達が俺に気が付いてこちらを振り向く。
あと5歩、赤火熊が俺に気が付いたのかこちらに首を振り始める。首筋に斧をたたき込むなら寧ろ都合がいい。
赤火熊の爪に火が灯るが最後の1歩は思いっきり踏み込んで一気に斧を振り下ろすも、首筋からはわずかにはずれ、赤火熊の首にほど近い右肩に斧が当たり一気に食い込む。
斧を引き抜いて一旦離れようとした瞬間。
肉と骨にガッチリ食い込んでしまいぬくことが出来ず、一瞬発生した空隙、ものすごい激痛とともに俺は宙を舞っていた。
藪の中に突っ込んだおかげで地面に激突することはなかったが、左わき腹の激痛に息もできない。
傷跡を見るまでもなく爪でえぐられていると判断し治癒魔法の中で最も早い術を使う。
もう何年も使い続けてきているので治癒魔法には自身があったものの痛みに性集中を阻害されてなかなか発動せずにそれが焦りを生む。
「疾く、癒せ」
どうにか治癒魔法発動のためのキーワードをのどから絞り出すことが出来、指定された治癒魔法が発動したことにより痛みは継続しているものの息が出来ないほど状態は脱した。
ふと安心思想になったが、赤火熊との戦闘中だと言うことを思い出して藪から転がり出て体制を立て直し、追撃が来ないことを訝しみながら急いで自分が飛んできた方向へ視線を向ける。
そこには肩口に深々と斧が食い込んだまま、痛みの為か唸り声をあげながら必死にその斧を落とそうとしている赤火熊がいた。
斧を自分で落とす前に攻撃を仕掛けるか治癒魔法で回復するか考え、相手が深く傷を負っている状態とはいえ痛みを抱えた状態では絶対に勝てないと判断し、上位の治癒魔法発動の為に精神を集中し始める。
「強く、癒せ」
さっき緊急で発動した治癒魔法より2段上位の魔法だが、息も正常に戻りつつ有るし、今感じている痛み程度であれば二兄からの私刑の様な暴力とは比べるべくもないほど楽になっていたため、今度はそれほど時間をかけずに発動することが出来た。
アイテム袋からもらった武器の一つである槍と斧槍を取り出し、斧槍を地面に付きさした後、槍を長めに持って一気に赤火熊に向けて走り出す。
赤火熊はこちらに気が付いて威嚇してきたが、右腕は完全に力を失っているのかダラッと垂れ下がり爪に火も灯っていない。
左腕を振り上げてきたが、構わず走り込み全体重を槍に乗せて突き刺し、さらに体重をかけて槍を突き込む。
すぐに槍を離し赤火熊の左腕の攻撃に備え、爪の一撃を食らいながら後ろに飛ぶ。
今度は上手く行き右腕に激痛が走りつつも治癒魔法を最初よりはるかに速い速度で集中し強い痛みのある右腕を中心に発動。
「強く、癒せ」
地面に着地する頃には右腕は健常な状態に戻っており、狙って飛んだためすぐ近くに刺さっている斧槍を手に取り再度突撃する。
そう、これが俺の意識さえ失わなければ戦い続けることが出来る、兵士相手の模擬戦で無双が出来る理由「ゾンビ戦法」だ。
それに必要な準備として、戦闘を始める前に意識を失わないために気絶耐性の魔法に加え、打たれ強くなる魔法と持久力が僅かだが回復し続ける魔法を併用している。
魔物のように連携があってもたかが知れている相手や、長兄の様な脳筋系で力任せの戦闘方法を取る相手との相性は抜群に良い。
逆に、この戦法は手数が多かったり戦闘技術に優れている相手、人間でいえば父や次兄には回復の隙が無かったりそれ以前に一瞬で取り押さえられてしまう等して全く通用しない。
赤火熊に近づくと今度は振り回そうとしている左腕めがけて斧槍を叩き込む。
今度は食い込んで抜けなくなるようなことは無かったもののまだ左の爪の火が消えない。
この手の魔物は魔力路を断てば特殊な攻撃は出来なくなるもので、現に右腕の爪には最初の攻撃以降、一切火が灯っていない。
とはいえ左腕の動きもかなり悪くなったため、引くこと無く斧槍を叩きつけ続けていると、ようやく爪の火が消えた。
ここまで来れば後は残った後足を砕いてしまうか、出血多量によって動けなくなるまで牽制を続けるか、どちらにせよ相手が動けなくなってしまえば狩りは終了だ。
慎重に動いて腹に刺さっている槍に手をかけて一気に抜き去ると、その傷口から血が噴き出る。
その槍で攻撃範囲から一突き・二突きと繰り返すと、もともと負っていた傷もあり出血多量でドゥッとうつ伏せに倒れ込んだ。
まだ息はあるのか体が上下しているが、もうその状態から動くことは出来ないようだ。
今までに使った槍と斧槍を近くの木立に立てかけ、最後の仕上げをするために家を出るときに貰った魔法発動体の魔剣を取り出し、心臓に突き立てようと構える。
「あぁ~あぁ~、依頼の獲物をそんなに穴だらけにしちまって」
今まで森の中で人の声を聴くことなど全くなかったため、ビクッとなって後ろを振り返る。
そこには、如何にも狩人然とした青年を先頭に、騎士のよな大盾を持った男がおり、その後ろからまだ数人こちらに向かっているようだ。
「おぉ!どんな奴かと思ったらガキじゃねぇか」
貴族であれば結婚していてもおかしくない年齢のため、ガキと言われてカチンと来たが、最初の言動といで立ちを見て、恐らく冒険者なのだろうとあたりを付け、自分がまだ冒険者ギルドに登録することも出来ない年齢なので何も言わずにいると、最初に声をかけてきた狩人風の男が話しかけてきた。
「冒険者ギルドの依頼を受けてその赤火熊を追ってたんだ。ここに来るまでに手傷を追わせてもいたしこっちに譲ってくれんか?」
「俺の罠にかかってた獲物を食らってた。それを倒したのは俺だ」
その男をにらみつけていると、剣士の後ろから槍を持った男と聖職者のローブを来た女、それと杖を持って真っ黒なローブを身にまとった見目麗しい男が出てきた。
このまま囲まれてしまえば獲物を取られるかもしれないが、死ぬ気はなかったとは言え、痛い思いをしてまでこの赤火熊を倒したのは俺だし絶対に獲物は譲らないと心に決める。
「まだ息があるな。俺たちがとどめを刺せば俺たちの物だな」
「もう刺す」
そういうと一気に心臓まで剣を突き刺し、そのまま最後の仕上げの魔法発動の為に集中し一気に魔力を練り上げる。
「貴様っ!」
「全て、癒せ」
「はぁ?」
剣が心臓に突き刺さった状態で最も強い治療魔法をかけたらどうなるか。
答えは、肉体は治癒されていき、治癒に邪魔な肉体に突き刺さったままの剣や斧を押し戻し始める。
だが、押し戻される剣を押さえつけて心臓に刺したままでいれば?
剣以外の俺や因縁を付けてきている冒険者たちがつけた傷は治癒されていくものの、心臓に剣が刺さったままなのでそのまま絶命するのだ。
何故こんなことをするかと言えば、毛皮や肉をより良い状態で手に入れるためだ。
穴だらけの毛皮より穴が一つしかない毛皮の方がより高く売れるため、今までの狩りの中で自ら考えた方法だ。
「なんじゃそりゃ!?死んだ熊が綺麗になっていく!?」
魔法の発動が終わり、回復した赤火熊の筋肉が張り付いた剣を力任せに引き抜き、冒険者たちに視線を戻す。
中に一人だけ知ってる顔がいた。
「あんた、教会の?」
「・・・あ・・・」
そこにいる唯一の女性は、俺が二日おきに治療をしに行く教会の見習い聖職者の女性、ミファーナだった。
最初は熊の返り血でよくわからなかったのだろうが、俺がほぼ各日で顔を合わせている相手だと分かったのだろう。
剣士の男に向けて「まずいよ、彼、領主の子どもだよ」と耳打ちしているのが聞こえる。
「なんにせよその獲物は俺たちのもんだ。さっさと寄越せ」
「冒険者ギルドでは逃げた獲物は誰の物でもないことになってるはずだが?」
「そりゃ、ギルド員同士の話だ。お前みたいなガキじゃまだ登録してないだろ?」
「ぐぅ、獲物の横取りをギルドに言いつけてやる」
「まぁ、お前が生きてればそれもできるだろうよ」
そのセリフに俺はビクッとなって剣を構える。
「剣を構えたな?死んでも文句言うなよ?」
狩人風はニヤリと嫌な笑いをし、俺は嵌められたことに気が付いて舌打ちをする。
男が弓に矢をつがえようとし、次の瞬間。
ガンッ!
後頭部を抑える狩人風の男と、その後ろに剣を鞘ごと振って男の頭に振り下ろした剣士がいた。
「悪ふざけも大概にしろ。君、怖がらせてごめんな。ようやく追い詰めた獲物がすでに他の人に狩られた後で、こいつは君にいちゃもんつけてただけなんだ。もちろんその獲物は君の物だ」
気が付くと、今まで狩人風の男から俺に向けられていた喉がひり付くような殺気は既に無い。
そちらを見ていると、ミファーナが恐らく魔法の発動体であろう短い杖で、その次に槍を持った男が石突きで、真っ黒なローブの男がこれも魔法の発動体であろう長い杖で、狩人風の男をタコ殴りにしている。
「貴族を殺すつもりか」とか「不敬罪になったらお前だけ突き出してやる」とか「教会でお世話になってるんですよ」とか色々聞こえてくる。
多分、俺を殺しても何も起きないとは思うが、わざわざそれを言う必要もない。
そちらを見ていると、剣士の男が俺の方に近づいてきた。
「ところでこの赤火熊、手傷を負ったとはいえ君一人で倒したのかい?」
俺がうなずいていると、狩人風の男を殴るのをやめたミファーナもこちらに近づきながら声をかけてきた。
「彼、レギオン家のナイン様よ」
「あぁ、レギオン家の人なら腕はかなり立つんだろうね」
「治癒魔法も私がお呼びもつかないほどの名手よ。さっき熊の死体を回復したのを見た通り、領主婦人よりも腕が立つ。恐らくこの国でも指折りね」
治癒魔法は兎も角、戦闘技術は治癒魔法を使ったゴリ押しが必要な程度だけど、それもわざわざ言うまい。
それを聞いた剣士は嫌味のない爽やかな笑顔をこちらに向けながらこう言った。
「将来有望ってわけだ。その将来有望な君に一つ頼みがあるんだ」
俺は訝し気な顔をして話を促した。