冒険者への憧れ(5)
5/16下記の通り修正
・ 小狼の数 二匹 → 三匹
・ 火赤熊 → 赤火熊
・ 文末 近づき始めた → 行動を開始した
あれからひと月、俺の生活環境は住環境を除けばかなり良くなった。
最近は森の中でも比較的浅いあたりを主な狩り場として、二日に一度の教会の治療の際に仕立て屋と肉屋に余った獲物を卸すというサイクルで生活し、屋敷には一切近寄らないため不愉快な二兄と顔を合わせる必要が無かった。
もちろん、自分の小屋の近くで狩りをするような危険は冒してはいない。
今までは自分で運べる分以上に狩っても持ち帰れなかったのに、屋敷を出るときに正式に俺の私物となったアイテム袋のおかげで獲物さえいれば持ち運ぶ量を考えずに狩りをすることが出来るようになったため、一回で卸しに行く量が格段に増えており、比例して一回の収入が増えた。
金銭的に余裕が発生したため塩を安定して購入することが出来るようになったし、今まで手を出すことが出来なかった香草の類すら微量とは言え買えるようになった。
未だに調理場は竈のみだが、鍋一つとフライパン一つ購入したため、飯に獲物の肉を焼いたものにスープを付けてパンを食えるという、屋敷で食う飯より豪勢なメニューとなっている。
装備も森狼がメインの獲物になっているため、ブーツの上からつける踝からひざ下までの頑丈なスネ宛を付けるようになった。
その効果は森狼が足に攻撃をしてきても落ち着いて剣を抜いて振り下ろす余裕があることとともに、森の中を移動する際に下生えをかき分けながら移動することが多いが、いつの間にか脛に傷が入っていると言ったことが全くなくなったので、森での狩りを終えるたびにこのスネ宛を購入したことは大正解だったなとついつい笑みをこぼしながら、ある程度生活雑貨が揃ったら次は革製の手甲か弓あたりを目標にしようかなと悩んでいるところだ。
二兄らの盗みの末に手に入れた防寒用のジャケットだが。
今は季節的に夏の気配も漂い始めてすっかり暖かくなったためアイテム袋にしまい込んである。
物としては非常に頑丈な布の内側に保温性が高い布を重ね合わせて作ってあったため、毛皮と違って洗濯が容易だったため、あの約定自体は業腹物だが得られた品としては非常に良かったのかなと思っている。
ただ、住処だけはどうにもこうにも思うようにいかないでいる。
建築現場をつぶさに見たことがあるわけではないため、基本的には基礎になっている木に伐採したあまり太くない木を蔦で結わえて固定する以上のことが出来ておらず、古参兵達の教えにあったロープワークを駆使してどうにか崩れずにいる、と言った体だ。
しかも、今は丈の高い草を束ねて屋根として代用している状態のため、稼いだ金で少しずつ釘と板を買って、今年の冬が来る前に屋根を架ける必要があり、床を張ったり壁を付けたりなんてまだまだ先の話だ。
最近の狩りの獲物は森狼を中心に短角鹿などを狩っているが、この間1度だけ剣猪を狩ることが出来た。
とは言っても、正面から狩りを挑んだわけではなく、卸せる獲物が増えるようにと設置していたくくり罠に偶然かかっていただけだが。
剣猪の毛皮や肉はいつも通り卸してしまったが、牙は冒険者ギルドでそれ内の金額で買い取って貰えるので取ってある。
狩りをしていて最も金に成らないのが緑子鬼、通称ゴブリンだ。
肉はまずくて食えないから買い取ってもらえないし、毛が無いので毛皮が取れるわけでもなく、魔物なので魔石は有るが質が悪く、其れ以外も全く役に立たない。
それどころか狩った後にアンデッドとして復活しないように四肢と首を落として別々に埋めなければならない。
魔石は冒険者ギルドに売るのが最も高いため、もう何か月かして冒険者登録ができるようになるまではアイテム袋に保管しており、手間ばかりかかって現状としては本当に実入りが無いのだ。
魔石については現状の俺の収入では魔石を使うような魔道具は購入することが出来ないため、他の魔物の分の魔石も貯まる一方だ。
相当数溜まっているので冒険者ギルドに登録でき様になるのが待ち遠しい。
俺が冒険者ギルドに登録できるようになるのは毎年秋に行われる収穫祭となる。
貴族は生年月日もはっきりしているが、一般市民は誕生日が明確ではない者が大多数なため、この国では収穫祭を区切りとした数え年が一般的なためだ。
収穫祭の翌日に各ギルド登録のため新15歳の行列ができるのはこの国の至る所で見ることが出来る風物詩の様なものだ。
その日は狩りをせずに起床したらそのまま冒険者ギルドに向かうつもりだ。
登録手続きの開始時間は二の鐘からだから、その前に冒険者ギルドで待機していれば一番最初に手続き出来るはずだからだ。
昨日、教会での治療を行ったので今日は一日自由に行動できる。
目を覚ますとまだ日が出る前だったが東の方角がうっすらと明るくなり始めていた。
まぁ、そもそも森の中っていうのは日が高くなろうが常に薄暗いので、ここで生活し始めてかなり夜目が効くようになってるので、普通に町で暮らしている人達にとってはまだ暗闇と言って良い程度の明るさではあるのだが。
小屋を出て、昨日の教会での治療を終えて町を出る前に行きつけのパン屋でまとめ買いしたパンと、これも昨日の晩飯に焼いた肉の残りをアイテム袋から取り出しながら、バケットに肉と小屋の近くに生えている野草を挟んだバケットサンドを二つ作った。
そのうちの一つをさっと平らげて残りをアイテム袋に放り込み、そのついでに水筒を取り出してゴクゴクと流し込み、最後の一口でうがいをして吐き捨てる。
焼いた肉の臭いの口をゆすがないと匂いを嗅ぎつけてゴブリンが集まってくるため、食後に水を飲んでうがいをするのは森で狩りをするときには必須だと学んだからだ。
他の肉食の獣は血の匂いにひかれる反面、動物に近いせいか煙の臭いがするとほとんどの場合は逃げていくが、唯一、ゴブリンだけは火を使うため肉を焼いた臭いがすると同族が料理をしているとでも思うのか近寄ってきてしまうのだ。
小屋に寄ってこない理由は料理をする前、火を起した段階で竈で魔物除けの草を乾燥させたものを一つかみ放り込んでいるからだ。
小屋の周りに撒いた種のいくらかは芽を出したのでこのまま根付いて増えてほしい。
今は狩りを終えた後に草を探して摘み取ったものを小屋の中で干して、足りない分は町に行った時に買い足しているため、手間とお金のためにも来年の春には豊作を期待したい。
それは兎も角、狩りと言っても全ての獲物を投石で狩っているわけではない。
投石で仕留めるのは概ね小型の動物や魔物で、ある程度以上のサイズの獲物は投石では狩れない。
森狼の様な獰猛な魔物は投石で気を引き、こちらに駆け寄ってきたところを武器で仕留めたり出来るので数を稼げるのだが、草食の獲物は罠で狩るのが基本だ。
剣猪の様な獰猛で俺一人では太刀打ち出来ない魔物がいたときは罠にかかっているのでもなければこっちがこっそり逃げて刺激をしない。
俺は戦争をしている騎士や兵士ではないし、ましては勇者でもないので、危険を冒してまで魔物と戦って怪我をしては元も子もない、何をするにも安全第一が鉄則だ。
うがいまで済ませると投石用の皮ひもを右腕に巻き、狩りの時の装備をすべて身に着け、最後に家を出るときに貰った魔法の発動体にもなる剣を腰に佩いて、それぞれの装備の付け心地を再度確認してから俺は出発した。
一日を自由に使える日は日の出前に一昨日仕掛けた罠を見て森の中を歩いて回る。
たまに魔物に食い荒らされてしまっている場合もあるが、大抵は1・2個所、多ければそれ以上の場所で獲物がかかっている。
罠にかかっている獲物で一番多いのは短角鹿だが其れ以外の獲物もかかる。
罠に獲物がかかっていればその場で獲物にとどめを刺して罠を回収する。
血を流した場所にそのまま罠をかけなおすと肉食の魔物がかかる確率が非常に高く、大型の魔物がかかってしまうと、俺の使ってる罠では強度が足りずに破壊されてそのまま持ち去られてしまう事があるためだ。
かといって殺してから出ないとアイテム袋には入れることが出来ないし、血抜きをしないでアイテム袋に入れたらほかの物が汚れてしまうし、とどめを刺したらすぐに血抜きをしないと肉が臭くなって美味くない。
朝起きてから森の中に日が差し始める頃合いまでに罠巡りを済ませるため、下生えをかき分けながら罠と罠の間を足早に移動する。
ある程度歩いた時点で残念ながら森狼には遭遇しなかったものの、罠には2個所で狸がかかっていた。
狸の肉は少し臭みがあって俺自身はあまり好みではないが、世の中にはそれが良いと言う人もいるらしく普通に肉屋で引き取ってくれるため、毛皮と合わせて一日の収入としては上々と言える。
残すところあと3つ、そろそろ次の罠というあたりでキュンキュンと言った鳴き声が聞こえ、今日はいい塩梅だと思いながら藪をかき分けた。
そこには既に事切れた森狼とそれを貪り食う赤火熊、それに向かって必死に吠えたてる子どもの森狼が三匹。
赤火熊は凶悪な爪に火を灯して襲い掛かってくるという、本来、その存在が知れたら即逃亡してしばらくその界隈には近寄るべきでない獰猛な魔物だが、肉をむさぼっている赤火熊はかなり若い個体なのか通常言われるよりもはるかに小さいうえに、かなり手傷を追っていた。
狩ることが出来て上手く肝を得ることが出来たらそれだけでかなりの収入だし、多少傷んでいても毛皮は火に対する強い耐性を持っており、魔石はこの格の魔物には珍しく属性付の魔物で冒険者ギルドに持ち込めばかなりの高額で買い取ってもらえる。
なにより肉が美味いのだ。
幸い子狼たちの吠え声のおかげで俺の存在には気が付いていない。
上手く気配を消しながら長武器で一気に首筋を叩ききれば勝算があるように見える。
俺は意を決してアイテム袋から古参兵から送られた武器の内、柄が長めの戦斧を取り出して巻いてあった布を外してアイテム袋に戻し、武器の握りを確かめ、俺は細心の注意を払いながら気配を消して赤火熊を狩るため行動を開始した。
主人公の持つアイテム袋は空間が拡張してあるだけで時間が止まったりしません。
獲物を狩ったら血抜きをしなければ普通にほかの荷物が汚れます。
次話あたりでようやく会話を入れ始める心算。