冒険者への憧れ(4)
春になり中央へ向かうための街道の雪が溶けていることを確認して長女はザーラクライン伯爵家へと嫁いでいった。
残念なことにと言うか予想通りと言うか、ザーラクライン伯爵家では第二夫人にも関わらず盛大な結婚パーティーが催されたようだが、父より俺は留守を申し付けられ唯一の本当の家族である姉の晴れの姿を見ることはかなわなかった。
母と姉はギリギリまで俺も参加させるよう説得してくれていたが、俺の普段の行いが悪いこと、母からは教えられているものの正式に貴族学校で宮廷作法を学んでいないこと、領地にレギオン家の者が一人もいなくなるのは良くない事などを理由に却下されたようだ。
姉はザーラクライン伯爵家での準備のため信用できる古参兵を護衛に何人もつけて先に旅立ち、遅れて父母の夫婦がパーティーでの顔つなぎの為に長兄・次兄を伴ってザーラクライン伯爵家へ旅立っていった。
妹はお勤めのため結婚パーティーへ参加できないことは最初から決まっていたのだが慰めにはならない。
だが、家の者が全くいないこの機会に俺は自室の生活用品などを一気に森の小屋に運んだ。
その際に、傭兵団時代から父が使っていたというアイテム袋が倉庫に眠っていたのを拝借したので引っ越しは非常にはかどった。
このアイテム袋というのは、背中に背負う形の雑嚢の形をしているが、見た目以上にものが入る魔道具で、作れる人間が少ないため非常に高価なものだと聞いた。
倉庫でこれを発見した時は、これを売り払って生活にあてれば何年かは豪遊と呼べるくらいの食生活を送ることができただろ!と一人で叫んでしまったが、恐らく何らかの理由で売ることが出来なかったのだろうと善意に解釈してみる。
まぁ、倉庫の奥の方で埃かぶってたし、当面は俺が使ってることにすぐには気が付かないだろう。
小屋は森に入って少し奥まった場所に偶然見つけた小さく開けた場所に、程よい木に寄り添うように建てた。
それほど離れていない場所に湧き水があって水の補給に困らないし、湧き水の周りには貴重な薬草が何種類か群生しているのが最大の利点だ。
正直、貧民街のバラックと言われても文句が言えないほど出来は悪いし、小屋の中はまだ床が張ってなくて内装も手付かずだが、隙間はすべて苔と土で埋めて隙間風は入ってこないし冬まではまだ時間があるからそれまでに少しずつ進めていけばいい。
森の中には魔獣が出て一般人では歩き回るのも危険だと言われているが、せいぜい小型の森狼や緑子鬼、屍喰鳥程度であり、森狼や屍喰鳥はいい獲物だし、緑子鬼は臆病なので自分より強そうな相手には近寄ってこない。
ただ、どの魔物も投石で殺せるほど弱くはないので、これからは武器となるものが必要になるのだが、俺が慌ただしく森への引っ越しをしているのを見て、ジャークスから護衛としてザーラクライン伯爵へ出向いている古参兵たちからの贈り物と言っていくつかの武器や道具をまとめて手渡してきた。
どうやら俺が近いうちにそういった行動に出ると踏んでいたようだ。
小屋の安全についてはいくつか考えており、そのうちの一つとして今まで古参兵に習ったことの一つで魔物除けの臭いを発する植物の種をばらまいてあるので、それらが運良く芽を出せば小屋に魔物が近寄って来づらくなるだろうし、ある程度まとめて採取できるほど育てば町に持って行って売ることもできる。
小屋の内装はまだ全然できていないが、とりあえず入口付近に煮炊きが出来るように竈擬きだけ作ってある。
鍋等の調理器具はまだないが室内に竈さえあれば、とりあえずは雨の日でも獲物や野草を焼くことだけはできる。
雪の降っていた間は湿った木で火を起すこと自体が大変だったので、そのうち裏にマキ小屋を作って木を乾燥させておく場所を作ればより調理も楽になるだろう。
今はまだ手もついてないが将来的には土間と寝床と物置に区切る予定だ。
それ以外にもやりたいことは色々とある。そう、ここが初めての俺の城だから。
森の中の小屋に拠点を移して7日目。
母親がいない間の教会での治療は毎日俺の仕事として指示されているため、朝、日の出る前に森を出て、町との間の平原で狩りを行いながら教会へ向かう。
教会で人が捌けるまで治療を行ってから一度館に赴いて元副団長から一日の報告を受け、それが終わればそのまま町の門を潜って森に狩りをしながら向かって戻っていくと言う生活サイクルで暮らしていた。
治療の内容は季節は春も半ばで暖かくなり病で倒れる者は大分少なくなり、変わって家から出て仕事をするようになるので怪我をして教会に来るものがかなり増えた。
中には森の近くまで採取に向かって魔物に襲われて担ぎ込まれる者もいなくはないが、俺が平原から森の入り口あたりまでを狩場としているため、そういった例もかなり少なくなったし、治療のついでに襲われた場所を聴いておけば俺が行って狩ることによって安全を確保することもできる。
家の出費が抑えられることはチョット業腹だが、レギオン家から冒険者ギルドに依頼を出す必要もない。
逆に言えば俺が15歳になって冒険者登録すれば、そういった魔物を狩ることによって冒険者ギルドから報酬がもらえるようになるのだから、誕生日を迎えるのが待ち遠しいことだ。
病気治療よりは外相の方が手がかからないため、この時期になると比較的早めに教会を後にすることが出来る上に大分日も伸びたため、昨日までは森へ戻る際の狩りの時間をたっぷり執ることが出来ていた。
だが、今日はザーラクライン伯爵領から両親と二兄が戻ってくる予定の日だ。
家族が領地に居ない間の報告をする必要もあるため、今日は治療が終わった段階で自宅に戻った。
屋敷に入ると少し前に領主一家が町の門を通過した連絡があったと元副団長から報告があった。
家令と言える立ち位置のこの元副団長については俺にとってどういった立ち位置なのかいまだにつかみ切れていない。
と言うのも、俺の実母については本来この人の奥さんになる予定だったのを俺の実父が連れ出してしまっていることもあり、ぱっと考えれば俺を悪く思っていそうな気がするものの、今まで俺に不都合な対応をしてきたことが無いし、今回俺が森に拠点を構えたことにも一切口出ししてきていないからだ。
それでも父に仕えて仕事をしているし、基本的には父の部下として用心することにしている。
そもそも俺を見るときの切れるような冷たい眼差しが苦手なのだ。
家族が屋敷に到着してすぐに遅い昼食となった。
珍しく俺の分の食事も用意され、その場で報告を行うこととなった。
だが、特に事件が起きたわけでもなかったし、元副団長から俺への報告でも特筆すべきことは無かったため、俺からの報告は特になしで詳細は元副団長に確認してほしいと言って終了した。
久しぶりに家出の節約飯を食ってから何もない自室に戻り頃合いを見計らって執務室へ行き、ノックして扉を開いた。
俺の予想通り旅の疲れがある二兄は執務室にはおらず、恐らくそれぞれの自室へ戻っているのだろう、執務室に入るとそこには自身の執務机に付きながら元副団長から報告を受ける父と、その横で何やら書類を書いている母の姿があった。
元副団長は俺の顔を見ると報告と止めてこちらを覗い、報告が止まったことによってようやく俺の存在に気が付いたかのように父がこちらに顔を向けた。
そこで俺は姉より自分の生い立ちについて聞いた事、二兄よりこれまで受けたような扱いを今後も受け続けることは出来ない事、俺が自分で稼いだ金は今後家には入れない事、まだ15になっていないが今日このままこの家を出ていく事をまくしたてた。
父は苦虫をつぶしたように余計なことをと呟き俺の言を否定しようとしたが、横から母が教会の治療における領民からの治療費の半分を取り分とするからそのまま継続するのであれば構わないのではと父に提案した。
半分を持っていかれるのは納得が行かないと言えば、この領地に住む限り養子とは言えレギオン家の三男なのだから領主一族としての責務をこなしている体裁は必要であり、教会における治療だけは必要だとの事。
また、狩りなどの獲物が取れない可能性のある不安定な収入だけではなく、危険を伴わない定期的な現金収入は確保しておいた方が身のためだ、と母から言われると確かにそうかもしれないなとも思う。
そういった会話を母としていると、突然横から元副団長が父に話しかけ、そもそも領主殿はこのままナインを養うつもりがあるのか、婚約者もない三男を飼い殺すのは外聞が悪いので俺の言う通りにさせればどうか、と、後押しなのか何なのかわからないが少なくとも俺の行動を否定していない話をし始めた。
母と元副団長の話により、最初は渋い顔をしていた父も、好きにすれば良いと言う方向に意見を曲げた。
父の気分が変わらないうちに出て行ってしまおうと、そそくさと部屋を後にしようとしたら、突然、母が俺の実母より預かった剣を彼に渡しなさいと言いだした。
何のことかと振り返ると父が鬼のような形相で母をにらみつけている。
何事かと思って様子を見ていると、元副団長があきれ顔でまだ渡していなかったのか、領主殿が持っていても役に立たないものだろうと問い詰め始め、執務室の雰囲気は一気にピリピリし始めた。
二人から矢継ぎ早に問い詰められた父は、激高して怒鳴り散らしながら執務机の後ろの金庫を開き、そこから一振りの剣を取り出した。
柄頭に装飾がされている以外は地味なその件を乱暴に俺の顔に向かって投げつけ、危うくけがをしそうになりながらも受け止めた。
母曰くただの剣とし扱っても一級の品だが、この剣はそもそも魔法の発動体としても最高級の魔道具であり、魔法の才能が微塵もない父と二兄が持っていても宝の持ち腐れなのだと言う。
他にもいくつか能力があるが、使用者によって発動内容が変わるため自分で学びなさいと言い終わると元副団長の方を見た。
元副団長は意を得たりと言った表情で、倉庫の中にしまってあって現在俺が勝手に使っているアイテム袋も本来は実父の持ち物なのでそれもそのまま持っていきなさい、と言い切ったかと思うと、父がいきなり元副団長を殴り飛ばした。
壁にたたきつけられながらも、そもそもあのアイテム袋は血統登録されており俺以外に仕えるようにするには多大な資金が必要なのだから、本来の持ち主に返してしまった方が無駄にならないと言いつのる。
どうやらアイテム袋の血統登録を解除するには、登録されている血筋の人間が必要であり、そのままでは売ることもできない品なのだそうだ。
剣の方も恐らくそのうち二兄のどちらかにでも使わせるつもりだったのだろう。
父は激高したまま叫ぶばかりで全く落ち着かず、俺はどうすればいいのかわからずに元副団長に視線を向けると、もう要件は澄んだとばかりに手をひらひらさせてサッサと出ていけと言った。
そもそも俺も父の気が変わらないうちに出ていくつもりだったところを呼び止められたため、激高状態の父が落ち着いて言を翻す前にと慌てて退室し、屋敷を後にして森へと向かった。
もうしばらくは会話が無いまま進行します。
今日、この話を書き上げたので次の更新は完全に不明です。