冒険者への憧れ(1)
元傭兵団長の父ブルガ・ド・レギオン、元対戦国の貴族令嬢で治癒魔法師として従軍していたところを父が捕虜にして、紆余曲折有って王国から父に賜った母フェニシエ、と言う異色夫婦が営む地方領主の三男として生まれる。
ちなみにレギオンの領地、まんまレギオン領と呼ばれるのだが、母を賜る紆余曲折の際に戦功の褒章として母と一緒に賜ったもので、貴族としては新興も新興、周りの領地からは鼻で笑われるようなニューカマーっぷりだ。
それゆえ、周りの貴族に援助を求めることもできず、求めても鼻で笑われて終わりのため、領地経営はあまり芳しくない。
比較的隣国と近い土地柄のため常設の軍事力を必要としているため、傭兵団の元配下をそのまま戦力として雇ったものの、傭兵団としてもそれなりに大所帯だったため、税収の大半はその維持費に消えてしまい、税収を増やすための開拓等にまわす資金が無い状態。
母が2日に一回、協会で行う治療費でどうにか生計を成り立たせている状態。
ブルガはその父、俺から見た祖父から傭兵団を受け継いだ、生まれながらの傭兵だったため当たり前だが領地経営の経験など全く無かった。
傭兵団の経営も当時、団の副官だったコーツと副官が雇った数人に任せっきりだったため組織の経営と言う意味でも経験を積んでいなかった。
それでは経営が成り立たなそうだが、生来のカリスマと腕っぷしと面倒見の良さで人心は離れなかったので、経営を一手に見ていた副官としては非常にやりやすい組織だったらしい。
そのため、領地の経営もフェニシエとコーツのふたりに任せきりの状態だ。
さすがにブルガもそんな状態では先行きが短いと思ったのだろう。
長男は次期領地経営者として、次男はその補佐官として必要なことを学ぶため王都の貴族学校へ入学した。
だが、貧乏領地にそれ以上の金銭的余裕などあるわけもない。
俺の姉である長女は行儀見習いと称して、礼儀作法と出会いを得るため高位貴族家の婦人付きとして仕事をはじめ、妹の次女も母から行儀作法を学んでいた。
長男と次男は学校を卒業すれば領地経営に携わることが出来る。
貧乏領地とはいえ領地のトップが食い詰めるほどでは無いので二人の将来は安泰だ。
長女は将来の他の貴族との縁を得るために嫁ぐことができるし、婦人付きだってそれなりの高給の上、雇ってくれている高位貴族が嫁ぎ先も斡旋してくれるから将来安泰だ。
次女も然り。
で、3男の俺。
次女がいるので解るように、両親としては領地の将来のために女の子が欲しかったらしいが、こればっかりは授かりものなので生まれてみないとわからない。
で、出てきたのは俺。
貧乏領地で補佐官として養える人数には限りがある。
そもそも、そのための教育を施してくれる学校に入れる金が無い。
そこで親が施してやれる教育はとなった時、選択肢が戦闘と治癒魔法と礼儀作法だったため、治癒魔法をメインに戦闘と礼儀作法の教育を受けることになった。
なえ治癒魔法メインかと言えば、治癒魔法が使えれば従軍の治癒魔法師になることもできる。
その上で基本的には戦闘に向かない治癒魔法師だが、武器による戦闘ができる治癒魔法師を一から育てておけばそのための護衛として戦力を割り振る必要がなくなる。
なにより治癒魔法が使えるようになれば、母親が教会で2日に一回行ってる治療を1日交代で毎日行うようにすればそれだけで家の収入が増えるためだ。
そんな家庭の財布事情により俺の教育方針は強制的に決定した。
まぁ、他の兄弟姉妹に選択肢があったかと言われると、そちらもほぼ強制だが将来の安定感がまるで違う。
ちなみに武官という選択肢はない。
なぜなら領軍の大将は長男、その下に次男が副将として付くし、そもそも学校の教科として軍学もあるため、教育を受けてない俺を武官にする必要は無いわけだ。
魔法については母のフェニシエが治癒魔法師なだけあって一般人に比べればはるかに高い適性があった。
治癒魔法師として長年、それこそ生国に居るころから換算すれば20年以上仕事をしている母に、10代の前半でそん色ないレベルで使えるようになったことからもその適正の高さがうかがえる。
そのため、一度だけ父に向かって「魔法学校に通いたい」と言ったことがある。
苦虫を奥歯で噛み砕いて口の中にまんべんなく広げたような表情を一瞬した後「そんな金は無い」の一言でこの件は終わった。
その時の父の顔は今でも忘れていない。
戦闘については戦功で貴族になれるほどの腕前の父が直接教えてくれたのかと言えばそうではなかった。
領軍所属の治癒魔法師の訓練の一環と称して母が教会で治療を行う当番の日に領軍の訓練に連れていかれ、そこで兵士としての訓練を受けつつ、怪我をした兵士達を片っ端から治癒していくよう指示された。
ただしこの領軍、元傭兵団をそのまま雇用したこともあり、全員剣を使えるものの、古参の兵によっては剣以外が得意武器と言う者が多数いた。
彼らは現在の領主である元団長の人柄に引かれて現在も兵士をしてくれている人たちで、三男とは言えその子供と言うことで非常に目をかけてくれた。
子ども相手に自分の得意武器が如何に有効な武器であるか説明と言う名の自慢話をいつも聞かせてくれたし、少し育ってそれらに興味を持つと、我先にと俺に教えて(叩き込んで)くれた。
礼儀作法については・・・まぁ必要最低限と言っておこう。
母は元貴族とはいえ他国出身なのでプロトコールが違うし、父や家臣のほとんどは元傭兵やその家族であるため、この国の礼儀作法をまともに出来る人間がいなかった。
領主である父ですら他の貴族の前でギリギリ恥ずかしい礼儀作法しか身に着けてない状態で俺に施せる礼儀作法は母の国で通用する作法+この国のギリギリ恥ずかしい作法だけだったというわけだ。
この国で大人として扱われるようになる12歳の頃に長男が帰領して父の仕事を手伝い始め、その2年後に次男が帰領して長男を補佐し始め、その1年後に中央にほど近い伯爵家の第二夫人として長女が輿入れをするために帰領し、長女の穴を埋めるために入れ替わりで次女が高位貴族の婦人付きとして行儀見習いのために家を出てた。
他の兄弟姉妹の将来が妹ですら先行きに不安なく決まった頃、15歳を目前にしてこのまま親や兄弟に飼い殺される未来に嫌気がさした俺は、今までと比べても素行が悪くなっていた。
親からの義務として課せられた教会における治療と、治療の無い日に行われる戦闘の訓練7日に1回の休みの日。
同年代の子供が遊んでいるころから厳しく続けられたこれらの教育により休みの日はひたすら回復に努めるため遊ぶ暇は無く、貴族学校や自ら希望した魔法学校にすら通えなかったため同年代の友はいない。
幸い、兵士達は非常に良くしてくれたのでコミュニケーションには難が無く成長したがそれとこれとは話が別だ。
貴族によっては10才になる前に許嫁がいたりするものだが新興貴族の悲しさか、縁談自体が少ないものの長男は既に妻帯しており、次男も許嫁がいる。
どちらも相手は今後も貴族として生きていくために中央から自分たちより下位の騎士爵の子女だが、俺には許嫁の“い”の字も無い。
同年代の領民など、もう自らの畑を持ち、結婚して妻を娶り、来春には子が生まれるという者すらいるのにだ。
俺がこの状況で思ったことは「皆に置いて行かれる」と言う漠然とした感情であり、それに端を発して親に反抗するようになった。
とはいえ、世間一般でガラの悪い人間と言うのは王都のような人口密集地で食い物にする相手がいなければ生活が成り立たないため、領都と言ってもせいぜい町レベルの貧乏領地では裏社会の人間がわざわざ根を張りに来たりしないので悪い遊びなどない。
酒を飲もうにも収入源は親からの小遣いなど一切無く、数少ない収入は教会での治療の報酬を親に渡す前に少しちょろまかすこと、狩りの獲物を親に渡す前に少しちょろまかして雑貨屋に売り払うことだけで、ほとんど家にとられてしまい将来の為に貯めようと思えば酒を飲むこともできない。
友人がいないので徒党を組んで見ることもできない中、課せられた教会での治療と言う義務は果たしつつも、空いている時間のほとんどを領都から徒歩であれば半日ほど離れた森の中に自力で掘っ立て小屋を作り、そこで過ごすようになっていた。
そこでの出会いが俺の人生を大きく切り替えることになるとは露とも知らずに。
「し○ら~後ろ~」とか「逃げて~」的な小説を目指してます。