カトリーヌさんと俺。
「・・・わぉ」
魔法の呪文書を目の前の物を目にして思わず声を漏らしてしまったのは仕方がない事だと思う。
この世界に産まれて大体1年がたった。
俺がこの世界で一番最初にしたことは言語を聞いて覚えることだった。
まあ、赤ちゃんって産まれてきてすぐだと目があまり見えないし、首が座ってなくて動けないからそれしかないっていえばそれしかなかったんだけどさ。
若干うろ覚えな言語を理解して知ったことは、この世界の貴族は赤ちゃんが産まれると1年間は親と顔を合わせてはいけないという風習があることだ。俺が今まで生活していたところは俺の家の離れで俺はまだ両親に会ったことはない。
ちなみに俺の世話役兼乳母をしてくれているのは凛とした佇まいが素敵なカトリーヌさんだ。授乳生活も明日卒業するのでカトリーヌさんも乳母から通常の仕事に戻る。よし。
え、いや、別に嫌と言うわけではなくてですね、性欲を感じないんだよ、赤ちゃんだから。寧ろ食欲が湧いてきて妙齢の女性に申し訳ないというか罪悪感が半端ない。
それに、離乳食が終わる明日が両親と再開する日になっているので、カトリーヌさんも俺の乳母から通常の仕事に戻れて嬉しいだろう。一石二鳥だ!あ、なんか空しくなってきた。
・・・え?俺のおむつ事情?知りたい?でも割愛する。誰が聞いても楽しくないし勿論俺も楽しくない。寧ろHPがゴリゴリと削られてくぜジョニー。
そんな俺だが、今朝カトリーヌさんの目を盗んで入った寝室で驚くべきものを見つけた。
魔法。
字が読めるわけではないが、魔法の呪文書であろうことは押絵と難しそうな前書きで簡単に分かった。異世界だからあるんじゃないかと都合のいい妄想をしていたが、本当にこの世界には存在していたのだ!
「ああ、坊ちゃま。坊ちゃまに本はまだ早いですよ。」
ひょいと俺の手元を見て本を取り上げようと覗き込んだカトリーヌさんの笑顔に影が差した。
「・・・治癒魔法ですか・・・、」
どうやら俺が開いたページは治癒魔法のページだったらしい。じっと見つめて続きを催促すると、カトリーヌさんははいはいと苦笑して口を開いた。
「私の母も治癒師だったのですよ。」
だから治癒魔法には若干知識があるのだと言いながら、カトリーヌさんは話し出した。
「治癒魔法とは傷を治す魔法のことです。素晴らしい力だ、と人々は当然喜びました。とはいえ、魔法は誰でも使える訳ではありません。傷を治す力を欲して人々は求めました。結果訪れたのは暴動と大量の死。そこで国が考えたのは治癒魔法師の保護。その見返りに国への派遣の義務を課しました。」
カトリーヌさんのお母さんは国の義務として戦場に行って治癒が不可能な程傷付いてしまい、還らぬ人となってしまったらしい。
「治癒魔法師に治癒魔法は効きません。そして治癒魔法の代償は自らの命。治癒魔法師には短命の運命を背負わされてしまったのです。」
カトリーヌさんはゆっくりと俺の頭を撫でた。
「だから、もし治癒魔法が使えても、無闇に言わない方がいいかもしれませんね。」
それは国への反逆と捉えられても仕方がない発言なのではないだろうか。
「まあ、魔法師以上に治癒魔法を使える人は少ないので大丈夫だと思いますけど、」
それでも気を付けてくださいね、なんていうカトリーヌさんは俺を本当に心配しているようで。
「あーぅ、」
なんといえばいいのか分からなくて咄嗟に赤ちゃんの真似をした俺に、難しくて分からなかったですよね、とカトリーヌさんはただ微笑んだのだった。