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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

超短編2

がらくたが落ちていた。

作者: しおん

 

 がらくたが落ちていた。


 少し用事があって荷物を床に置いておいたのだが、その付近には僕が居ぬ間にゴミが広げられていたのだ。落ちているものは僕の持ち物ではないし、荷物が荒らされているわけではないのだろうが自分のものが汚されたみたいでとても不愉快だった。


 誰がこんないたずらをしたのかと腹をたてながら荷物に手を伸ばすと


「勝手に触らないで」


 と、制止の声がかかった。

 自分の荷物を取るのに注意されるとは思っていなかった僕は、声のしたほうに恨めしげな視線をおくった。そこにいたのはシルバーフレームの眼鏡をかけた黒髪の少し頭の固そうな青年だった。


 どうやら、ごちゃごちゃと広げられた一見ゴミにしか見えないそれは、彼の持ち物だったらしい。僕の荷物の近くで広げられるのは非常に迷惑だが、ここは自分の場所ではなく公共のスペースだ。そのため、この事について強く文句を言うこともできない。それにこんな奇抜なことをやってのける人には、そんなことを注意しても無駄だと思うのだ。きっと今までにも彼を注意した人物は居るであろうから。


 荷物をまとめてその場を去ろうと試みるも、お店やさんごっこのように物が一面に広げられ、立ち去ることはおろか動くことすら困難だ。仕方なく彼の様子を眺めていると、彼のそばに学生証が落ちているのが見えた。まさかとは思いつつ目を凝らしてその文字を読み取る。そこには彼が僕と同じ大学生であり、なおかつ年上で同じ学部の先輩だということが書かれていた。


 同い年ならまだしも彼は年上、行動がいかに幼かろうと、彼は先輩なのだ。これでますます文句を言いづらくなった僕は先輩にばれずにここを立ち去るため、先輩の広げているガラクタに興味があると話しかけた。


「これはなんですか?」


「ん?......あ、それは僕の大切な色鉛筆だよ」


 ふわりと笑って答える先輩はいわゆる癒し系の男性なのだろう。


「みせてもらってもいいですか?」


「うん、いいよ」


 先輩の了承をとって筆箱の中へ手を伸ばす。その中にあったものは色鉛筆や木の欠片、瓶の蓋など、大学生とは思えない代物ばかりだった。こんなものを集めて何が楽しいのかはわからないが、先輩がこのガラクタを眺めている表情は愛する愛娘の写真を眺める父親のように緩みきっていた。

 そんなに大切そうにしているガラクタに何かあったら、彼はどんな行動をするのだろう。多少の興味が湧いたが、僕の本能はそれはしてはならない事だと告げる。先輩の筆箱の中で握った手をゆるめ、何事もなかったかのように筆箱から手を抜き出した。


「いろんなものが入っているんですね」


 そして僕は当たり障りのない言葉を発した。というよりは、これ以外の言葉が思い浮かばなかったというのが正解だろう。さて、ここからどうやって立ち去ろうか。このままではずるずると先輩の話に付き合っていく展開しか見えない。そんなことを考えたときに新たな人物が登場した。


「お。ゴミ野郎、こんなとこにゴミを広げやがって店でも開く気かよ。まっ、そんなゴミ、誰も買うわきゃねーけどな」


 はははっと笑いながら声をかけてきたこの人も先輩なのだろうか。僕が言いづらかったことを堂々と言ってのける様は、先輩と同等かそれ以上の立場にいるように思える。


「こんなゴミ、手入れしたってゴミ以外になりゃしねえ。ここはボランティアで俺がゴミ掃除してやるよ」


 先輩の大切なものをガラクタと思ってしまっている僕が言えることではないが、ゴミ、ゴミと連呼されれば気にもなる。そりゃ先輩が集めているものは小学生男子が喜びそうなものばかりだけど、ポイポイ捨てるようなものばかりではない。色鉛筆も歪んだ消しゴムも、れっきとした文房具だ。多少形がいびつであろうと使えるものは大切にすべきだと僕は思う。


「必要ない。遠慮する」


 ゴミ拾いと称して伸ばしてきた手を先輩は慣れた手つきで払いのけた。パチンという爽快な音がなり、打った手のひらは痛そうだが、ダメージはそうでもないらしい。平然とガラクタを並べ続ける様子からは先輩が今までに今回と同じような目にあってきたことを想像させる。


「ちっ、生意気だな。何がそんなに大事なんだか理解できねーよ」


 青年は肩をすくませ、ため息をはく。もう諦めたのかと一息つこうとした時に、いつの間に手にしたのか青年の手から色鉛筆が投げ出された。


 カラカラカラ。


 壁へ叩きつけられ床を転がる色鉛筆は、持ち主が誰なのかわかっているかのように先輩の足元へ転がっていった。それを見た先輩は震える手で色鉛筆に触れると、上から下から色鉛筆を嘗め回すように見つめ、


「折れていなくてよかったよ」


 と口にしたかと思うと、こめかみに色鉛筆を押しあて、先端をねかせるようにして自分の顔を塗り始めた。といっても、彼の色鉛筆の持ち方だと塗ると言うよりは"擦り付ける"という言葉が適切だろう。ごしごしと擦るように肌に沿わせて動かしている様子は、一風変わった彼なりの頬擦りをしているようにも捉えることができる。


「この子が折れていたらどうしようかと思ったよ」


 眉の下がった笑顔で心配そうに言う先輩からは、本当にそれを大切に思っていたことが伺える。


「折れていなくて良かったですね」


 それ以外の言葉が僕には見つからなかった。


 色鉛筆を投げた青年はというと、先輩にダメージを与えられなかったことが悔しいのか奥歯をギリリと噛みしめ、握られた拳を先輩に向けた。


 殴りかかってきた青年に先輩は迷いなく先ほど取り返した色鉛筆の尖端をむける。折れていなくて良かったなどとのんきに口にしていたのは誰だったか。そんな針のようにとがった先端を人に向けては、危ないし無事だった芯も折れてしまう。そんなことを思っていた僕は次の瞬間、目を見張った。


 それは一瞬の出来事だった。

 ぶつりという音と共に生徒の口の中に色鉛筆が差し込まれ、頬からその先端が飛び出していた。頬からも口からも赤い液体が流れ落ち、床はすぐ血に染まった。


「先生!誰か!早く!」


 いままで出したことの無いような大声で助けを求める。早くしなくては、死んでしまう。


 先に手を出したのは間違いなく青年だ。しかし、僕が今かばうべきなのも間違いなく青年で、色鉛筆が刺さりながらも暴れているがそのまま放っておけるような傷でないのも事実。対して先輩は一発も殴られていないどころか、青年にこれ以上の危害を加える気満々である。どこから取り出したのか先輩の手には、色鉛筆の先とは比べ物にならないほど尖った目打ちのようなものが握られ、そんなもので体を刺したら本当に死にかねない。


 巻き込まれるのも嫌だが、目の前で殺人事件が起きるのも嫌に決まっている。焦るだけでなにもできないまま二人を見ていると、僕の声が聞こえてか誰かがこちらへ近づいてきた。


「どうした!なにがあった」


 なにがあった。そう訪ねてきた彼は僕の答えを待たずして状況を読み込んだらしい。


「おまえら、やめろ!危ないだろ!!」


 力ずくで二人を引き離すと先輩の手から先の尖った凶器を奪い取る。

 凶器を手にしていた先輩と、色鉛筆の刺さった青年と。両者を見比べればどちらが(あく)か、一瞬で判断されてしまうだろう。それが真実と違っていても。


 現にこの人だってそうだ。

 先輩の方を押さえつけて叱っている。散らばったガラクタと、赤く濡れた床と、三人の人間。僕はそのすべてを目に写したまま何もせず呆然と立ち尽くしたままだけど、真実は知っている。でも、この惨劇を見たあとで先輩をかばう言葉など出てこない。


 幸せそうに色鉛筆に頬擦りする先輩。そして、それをためらいなく人に向ける先輩。同じ人間のはずなのに、二つの顔はどうしても重ねて見る事が出来なかった。二重人格だと言われてしまえば納得もできるが、きっとそんなはずはない。 


 キーンコーンカーンコーン。


 こんなことが起きても変わらずに鳴るチャイムにこれは現実なんだとさとされる。授業を終え我先にと廊下へ溢れ出てくる学生たちは、目の前に広がる光景に絶句した。それもそうだろう。頬から色鉛筆が生えた人間が床に転がっていたら出せる言葉も出なくなる。


 しんと静まりかえった廊下では、どこからともなくざわめきが広がる。


 なんか色んなもの落ちてるけど何これ?

 ケンカか?

 事件じゃね?

 やば、関わんない方がいいって!巻き込まれるよ。


 あることないこと想像して人々の口から出た言葉は、的を射たもの、そうでないもの様々だ。

 ただ言えることは、一番近くにいる僕が想像に巻き込まれてしまいかねないということだ。こんな状況だというのに、いや、こんな状況だからこそ僕は真っ先に保身にはしる。事件を起こした人物と関わっていたと知れればこの狭いキャンパス内、広まるのは早いだろう。そして、それが消えるのにも時間がかかる。


 そんなことになれば、僕のキャンパスライフは肩身の狭いものになってしまう。そんな思いをするのはもちろんごめんだ。


 ならば。

 思うのが早いか、僕は騒ぎに紛れて姿を消した。




 後日、先輩の事件の噂はすぐに広まり、そこに僕についての尾ひれは一切なかった。

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