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我が家の稲荷に入居希望者が現れました

作者: しろ子

基本的にほのぼのしていますが、一瞬、無理やりの描写があります。

ご注意ください。

「お母さん。福ちゃん見なかった?」


 波留はるは、家に帰ると直ぐに部屋へ行き、制服を脱ぎ部屋着に着替えた。辺りを確認しながらキッチンへ向かうと、母にたずねた。


「見てないわよ。まだ外なんじゃないの?」


 夕食の準備をしている母は、手を止めずに答えた。

 波留の家で飼っている猫の福は、昼間は外に遊びに行き夕方帰宅するという外飼いの猫だ。出入りはキッチンの勝手口からするので、母に聞くのが早い。


「まだ帰ってないの?」

「そのうち帰ってくるでしょう。」

「首輪がくたびれていたから、可愛い首輪を買ってきたのに。」


 波留は手に持った、ペットショップのロゴの入った小さな紙袋を見せた。

 それを見た母は、少しだけ考え込んで言った。


「庭にいないかしら?最近は庭のお稲荷さんがお気に入りみたいよ。」

「お稲荷さんに?変なの。」


 そう言いながら波留は、サンダルを履いて庭に出る。

 祖父の代から住んでいる家は、駐車場を確保してもまだ小さな庭が取れる広さで、昔からある稲荷は、家の西側のすみに庭木に埋もれるようにして建っている。


「福ちゃん。福ちゃん。」


 庭木の影をのぞき込むようにして波留が声をかけると、「みゃーお」という鳴き声が聞こえた。


「どこかな?福ちゃん。」


 繰り返し呼び掛けるが、鳴き声は聞こえども姿が見えない。辺りを見回すとガタガタと物音がした。音がしたのは庭の稲荷のやしろの中からだった。視線を向けるとその社の中から何かが飛び出してきた。

「にゃーん。」

 少々鈍臭く地面に降り立ったのは、ちょっとふくよかな灰色の虎模様の猫だった。


「福ちゃん。もう、帰りが遅いから心配しちゃったじゃない。」

 パッと笑顔になると、波留はずっしりと重い猫の体を抱き上げた。


「新しい首輪買ったから、付け直そうね。」

 そう言うと、楽しそうに家の中へと歩いて行った。





 数日後の学校帰り。

 波留は家の前で自転車を降りると門を開け、自転車を転がして中へ入る。いつもの駐輪スペースへ自転車を置くと玄関へと回り、家の鍵を取り出した。

 鍵についたキーホルダーがチリンチリンと音を奏でる。

 家の鍵穴に鍵を入れる直前。

 物音が聞こえ、波留は庭の奥が騒がしい事に気が付いた。

 騒ぎのする方向を見ても誰もいない。恐らく南側の庭を回り込んだ死角で騒ぎが起こっているのだろう。その方向に道は無く、家と家の境があるだけの場所だ。他人が入り込むという事がない場所なので不審に思った。


「何だろう?」


 波留は眉をひそめて、鍵をポケットにねじ込むと携帯電話を手に握った。

 出来るだけ足音が立たたないように気を使いながら、音の元を探す。一歩一歩ゆっくりと近付いて行くと、庭の西側にある稲荷の辺りだという事がわかった。

 波留は家の壁に体を隠すようにして、少しだけ顔を出して様子をうかがう。

 そこにいたのは、和装の人影だった。

 背中を向けられているので恐らく男性だろう、という事くらいしかわからない。


「コスプレ?」


 波留がそう思ったのも仕方ない。

 人影は狩衣姿かりぎぬすがただったのだ。

 羽織袴はおりはかまですら今時は珍しいよそおいで視線を集めるというのに、狩衣となると神主くらいしか思い浮かばない。その神主ですら普段は略装で、狩衣はほとんど見かけない。

 もう少し様子を見ようかと考えていた波留だが、人影の向こう側が見えた瞬間体が動いていた。


「ちょっと、うちの福ちゃんに何してんの!?」


 その人影は、ちょっとふくよかな灰色の虎模様の猫と争っていたのだ。

 波留は人影が振り向くよりも早く、体当たりをする勢いで猫の福ちゃんを奪い返した。

「ぶにゃーおー、ふー、ふー。」

 抱え込んだ腕を振り切ろうと暴れる猫を抱えて、波留は人影に向き直った。


「大体、あなた、誰ですか! 私の家で何をしているんですか!」

「ほう。この屋敷の住人なのか。」


 切れ長の瞳に薄い唇の若い男だった。その男は波留の言葉を聞いて嬉しそうに言った。


「これは、これは、良い所に。そこの社に、その猫が入り込んでおったのでな。何という不敬なことと思うてな。追い払っておった所だ。」


 悪びれもせず、むしろ良い事をしたと言わんばかりに男は言った。


「だから何なのよ! うちの猫が、うちの稲荷に入ってただけじゃない。何か問題でもありますか!?」

「何と!? 娘よ、知らぬのか? 稲荷は、土地神をまつる社ぞ。社はどんなに小さくとも神の宿る場。そして神の宿っている場にはどんな愚鈍な獣でも入り込んだりはせぬ。」

「だから何!」

「しかし、ここの社には、そこの猫が入りこんでおった。」

「うちの福ちゃんが愚鈍だとでも言いたいの!?」


 波留の変わらない険しい表情に男の顔がわずかに陰った。


「そういう事では無い。わからぬのか? この社には祀られるべき神がおらぬということだ。」

「で?」

「この土地を守る土地神がおらぬと何かと不便であろう。そこで、私が、ここの土地神になって守護してやろうと思うてな。」


 男は胸をはって言った。


「いや、別に困って無いし。」

「え?」

「だから、特に困ってない。」

「何故だ!? 土地神がおらねば、よからぬモノが屋敷の中に入って来るでは無いか!」


 男は否定されるとは思っていなかった様子で、慌てたように言いつのった。


「よからぬ物? あなたみたいな?」

「私は、アッコではない。」

「アッコが何なのかわからないけど、必要ありませんから。出て行ってくれませんか。」

「そんな、このままでは、私は、ヤコになってしまうではないか。」


 またわからない言葉が出てきた。

 大体、この男が何になろうと波留の知った事ではない。


「あなた、ホームレスなの?」

「ほーむれす、とは?」

「家が無い人の事。」

「家か……そうじゃな。私が寝ている間に、社が取り壊されて跡形も無くなっておってな。奇妙な石造りの塔が建っておったのじゃ。」


 男は、少し遠い目をした。

 同じご町内に4階建ての鉄筋コンクリートのアパートがしばらく前に建った事を、思い出した。この男は、引っ越しにでも失敗したのだろうと波留は思った。


「そういう苦情は、そこの人達に言ってよ! うちは関係ないじゃない。」

「仕方無かろう!? 何故か稲荷を備えぬ屋敷が多いのだ! 手入れされていてかつ、神が宿っていない社がここだったのだ!」

「意味わかんないし!」


 波留は腕の中で暴れようとしている福を担ぐようにして片手を開け、男をぐいぐいと押し始めた。


「もう、訳わからない事言ってないで、出てって! 警察呼びますよ!」

「社が、あるのに神がいないというのは、良くないとは思わぬか? 良く無いモノが入って来るのだぞ? 今なら、私が、この社に宿って、守護をしてやっても良いと申しておるというのに!」


 ごちゃごちゃと言いながらも男は、さほど抵抗することなく門の外まで押し出されていった。

 ガシャンと音を立てて門を閉めると、波留は振り向きもせずに家の中に入って行った。




 翌日、波留はいつもの通りに家着に着替えて母に尋ねた。

「お母さん。福ちゃん見なかった?」


「見てないわよ。まだ外なんじゃないの?」


 夕食の配膳をしている母は、手を止めずに答えた。


「だってもう暗いよ?」


 今日は友達とファミレスでお茶をしてから帰って来た。そのため、いつもより少し遅い帰宅となった。日が沈み、太陽の残光が少なくなって茜色から藤色へと変わっていく空を見上げて、波留は言った。


「そのうち帰ってくるでしょう。」


 外飼いの猫である福は、稀に帰って来ない事か過去に数回あった。しかし、翌日には変わらぬ姿でひょっこりと表れるのだ。

 そういう事があったから、母のその言葉にも頷いた。

 いつもの延長。

 この時は、そう考えていたのだ。




 さらに2日後の日が暮れる前。

いつもより早く帰宅した波留は、制服を脱ぎ捨てると、ショートパンツにTシャツにパーカーという動きやすい服へ着替えた。そして、家の外へ飛び出して行った。

何かを探す様に、しばく歩き回った波留は角を曲がった先で、見覚えのある人影を見つけた。

 一度会っただけだが、非常に目立つ服装をしていたので、同じ人物に間違いない。


「福ちゃんを、どこにやったのよ!」


 ぼうっと立っていた男は、いきなり背後から引っ張られ、そのままバランスを崩し倒れる。尻餅をついたまま、男が見上げてきた。

 細い目が、大きく見開かれ驚きの表情だ。


「誰だ?」

「誰だ、じゃない! うちの副ちゃんをどこにやったのよ! 一昨日から帰ってきていないのよ! 貴方が乱暴に扱ったから福ちゃん怯えちゃったんじゃないの!? まさか何処かに攫ったんじゃないでしょうね!?」


 仁王立ちで凄む波留の問いに、男は心当たりがない様子で首を傾げた。


「人違いではないか?」

「間違うわけない! あなたみたいな服装の人! 私の家の稲荷の前でうちの副ちゃんと喧嘩していたのは、貴方でしょう!?」


 男は相変わらず狩衣を着ていたので非常に目立つ。見間違い様が無かった。


「おお、あの屋敷の者か。」

「覚えているじゃない!」

 ポンと手を叩いた男に、波留は突っ込んだ。


「屋敷の者が何用だ? 私をあの社に迎えに参ったか?」

 男は、ぱっと表情を明るくした。


「不審者を何でうちに住まわせなくちゃいけないのよ。福ちゃんよ! 福ちゃん! あなたが、喧嘩していた猫よ!」

「猫? あの社に侵入していた獣か? そやつがどうした?」


 少し考え込むようにした男が、思い当たったように尋ねた。


「帰って来ないのよ! あなたが隠したんじゃないでしょうね!?」

「知らぬ。」


 きっぱりと言い切った男に、波留は不審そうな視線を向けた。


「本当でしょうね?」

「私は、嘘はつけぬ。」


 駄目押しの様に質問をし、波留はやましい所が無いかと男をジロジロと観察する。真っ直ぐ波留を見る視線に迷いは無いように見えた。男を犯人だと半ば決めつけて、期待していただけに、波留はガッカリと気落ちした。


「探しておるのか? 助力が必要か?」

「一緒に探してくれるの!? ありがとう!」

「現金な事よ。」

「こっちは探したから、向こう側を探したいの! その和服みたいなの汚さないように気をつけなくちゃね。汚れそうな所は私が行くから言ってね!」


 先ほどまでの不審そうな様子から一転、明るく朗らかになった波留は、男の服装にまで気遣いをした。明らかに高いであろう狩衣を汚すのは少しだけためらったのだ。

 男は苦笑いして、率先して動き始めた波留の後を付いて行った。

 ふとした拍子に振り返った波留は、男の服装に驚いた。

 男が、ジーンズのパンツにシャツという服装になっていたのだ。


「ああ、服装を気にしている様子だったのでな。すれ違った男の服を真似たのだ。どうにも体に馴染まないな。」


 男は、ラフな服装だというのに、落ち着かない様子で洋服を撫でた。

 すれ違う通行人は、男に特に注目する様子はない。そして男は、ひょいひょいと物陰やしげみの中を気軽にのぞき込んでいる。着替えただけの成果があったと、波留は思った。





「福ちゃん。福ちゃーん。」


 声をかけながら周囲を確認し、物陰はのぞき込んで、猫が潜んでいないか確かめながら進む。そして、河原まで来た時にはすっかり日は暮れており、深い藍色の空に星が輝き始めていた。


「娘。こんな時間に人気のない場所に一人でいて、危ないのではないか?」

 男は、空を見上げてそんな事を聞いてきた。


「何言っているの? 2人でしょ。2人。あなたが居るじゃない。」

 不思議な事を聞くものだと、波留は首を傾げ振り向いた。


「私が、見える娘が珍しいのだ。普通の者は見えんのだぞ?」

「へ?」


 男は、呆れた顔をして、波留を見下ろした。


「社に宿って、屋敷の守護をしても良いと言ったであろう? うつつの身であの社に宿れる訳が無かろう。 私を何だと思っているのだ。」

「……ただの不審者じゃない? え?」


 混乱している様子の波留に向かって、男は手の平を差し出す。

 ポポポポッポと光が明滅した後、手の平には揺らめく炎が浮かんでいた。

 驚き過ぎると声が出なくなるというのは本当で、波留はただ口をパクパクとさせる事しか出来なかった。


「驚かせ過ぎたかのう。」


 苦笑いした男は、そう言うと炎を消した。


「言わんとすることは解ったか? 他の人間から見たら、娘一人でここに居るようにしか見えないという事だぞ?」


 波留は、男が指示した方へ視線を動かした。

それは痴漢注意の看板だった。


「……帰ろう。」


 猫の福が見つからないのは心残りだし、理解出来ない事も起こっている。しかし、痴漢の出没しやすい場所に、痴漢の出やすい時間帯に一人で居るように見えるのは良くない。

 波留も一人じゃないと思ったから時間を忘れて探していたが、他の人から見たらそうでないという事に不安を覚えた。この辺りは、学校から繰り返し注意を受ける場所であったから。

 少しだけ足早に、家に向かい歩き始めた。

 無言で歩いていると、隣を付いてくる男が気になってくる。一度気になると、色々な事に気が付いた。

まず、足音がしないし、地面にうっすらと伸びる影は、波留の影だけだ。

 しかし、こういう時に限って出会いたくないモノに出会ってしまうという事は、多い。


「おじょうちゃん……一人かい? 危ないよ。」


 前から歩いてきた人影が、突然声をかけてきた。

 ちょうど、街灯から離れている暗がりで、辺りに他の人影はない。

 波留は心の中で、悲鳴と悪態を付きながら、無言で男の脇を足早にすり抜けようとした。


「……そんなに、急ぐと、危ないよ。」


 すれ違い様に肩を掴まれ引き倒される。

 手に持っていた鞄を振り回す。しかし、猫の福を捕獲するための餌やお気に入りの玩具にネットといった柔らかい物しか入っていないので、全く歯が立たない。

 うつ伏せに倒された後ひっくり返される。

 恐怖で目をつむると、ライトで照らされたように、閉じたまぶたを通して光を感じた。

 波留は、そっと目を開けた。

 見知らぬ男の顔が、直ぐ側に迫っていたが、その顔の前に炎が浮いて揺らめいていた。炎の揺れに合わせて男の目が、左右に揺れているのが解る。


「ひっ。うわああああああ。」

 波留を引き倒した見知らぬ男が、波留から手を離し地面をはうようにして離れた。


「大丈夫か?」


 そう言って男が、屈み込んで波留の顔を覗き込んだ。

 頷くのが精一杯の波留を確認すると、男は、腕をすっと横に動かす。

 離れた男の周りに、半円を描く様に新たな炎が、揺らり、揺らり、と灯って行く。


「うわあ!ひいいい。」

 見知らぬ男は、慌てて立ち上がると転がる様に闇に消えて行った。


「ああ!捕まえて警察に突き出せれば良かった。」

 せっかく力になってくれる存在が一緒にいるのに惜しい事をしたと、波留は悔しがった。


「まあ、大丈夫であろう。同じ事は出来ぬよ。」


 男は、あっさりとそう言った。

 波留が首を傾げると説明をしてくれた。


「あ奴がやった事と同じことが、本人に帰る夢を見るように使いを飛ばしておいた。」

 波留は、首をさらに傾げた。


「ええと、それは……」

「同じ事だと言ったであろう。あ奴がやろうとした事を、あ奴にやられる夢を見るようにしておいた。」

「……」


 罰にならないのでは無いかと思ったが、説明を聞いて、罰になるのかもしれないと思い直した。


「何時までも罰を与えるのも良くないのでな。心を入れ替えれば、直に夢も見なくなるようにしてある。」


 波留は、男に手首をつかまれると無造作に引き上げられ、まだ微かに震えていた背中をぽんぽんと叩かれると震えは収まり、あっさりと立ち上がる事が出来た。


「あ、ありがとう。」


 手を離した男は、にっと笑った。


「歩けるか?」

「大丈夫。」


 引き倒された時に多少すりむいてはいるが、歩けないほどではない。

 家に向かって出来るだけ足早に歩く。

 無言に耐えかねた様に、波留は声をかけた。


「あの、あの男に、炎は見えたみたいなんだけど!?」


 見えないはずではないかという、波留の問いに、男は苦笑いした。


「見えなければ、追い払えないであろう?見えるようにしたのだ。」

「じゃ、じゃあ、あなたが最初から見えてればこんな事、無かったんじゃないの?」

「炎を見えるようにする方が、簡単なのじゃ。私はヤコの身故、無暗に力は振るえぬ。」

「ヤコ……?」

「ヤコを知らぬのか。野に下った狐の事だ。私は、稲荷の眷属じゃからの。神に祀られなければ野狐になる他ない。野狐が力を使い過ぎれば消滅してしまうのだ。」

「野狐……」

「野狐の後には、アッコとなるのじゃ。悪い狐ということだ。野狐はいずれけがれをまとってしまう恐れがある。野に下って野狐のまま居られる事は少ない。人と同じじゃ。魔が差す事があるのだが、それが、野狐には致命的なのだ。悪狐となれば穢れに苦しむ事になる上、テンコ、天の狐と書く神の眷属にはもう戻れぬ。それに社が無いというのは寂しいものだ。」


 男は、前を向いたまま、寂しそうにそう言った。

 細かい事は良く理解できなかったが、思ったより無理をさせたのかもしれないと波留は思った。


「ね、ねえ。私、鈴木波留すずきはるっていうの。」


 波留は明るく言った。


「ほう。鈴木とな。昔は、神職の者たちが、鈴木性を名乗っておった。だから私を視る事ができたのだな。」


 納得が行ったと頷く男。


「ふーん。ねえ、それより、あなた名前は何て言うの?」

千代見ちよみという。」

「それ、名前? 苗字は?」

「名前だけだ。苗字は無い。」

「ふーん。千代見さん、行く所無いんでしょう? じゃあ、うちの社に来ても良いよ。」

「なに。良いのか!?」


 驚いた様子で千代見は波留を振り向いた。


「他に住めそうな所が無いみたいだし? 仕方ないじゃない。」


 最初に、千代見の言う事を信じずに追い出した手前少しだけ罰が悪いのか、ニコニコと嬉しそうな千代見から視線をそらして、波留は言った。


「わっ」

 波留が視線をそらしている間に背中に回り込んだ千代見に、グングンと背中を押された。


「早く帰らねばならぬ!ほれほれ!」

「ちょっと、やめてよね!」

 すれ違った人が、不審そうな顔で視線を逸らすのを見た波留は、慌てて姿勢を正した。


「他の人には見えてないんでしょう。怪しい人になっちゃうじゃない。それに足の傷が痛いんだけど!」

 波留が小声で抗議すると、ぴたりと押すのを止めた。


「すまん。痛むか?」

「普通にしていれば大丈夫。」


 その後は、会話する事も無く、家路を急いだ。

 家の門を入り、玄関には向かわずにそのまま西側にある稲荷の社に向かった。

 波留は、社の扉を見つめ、首を傾げた。


「この小さな所に入るの?」

 後ろにいる千代見を振り返る。


「手入れの行き届いた立派な社だ。なぜ、神が離れたのかのう。」

 そうつぶやいた千代見の姿が揺らいだと思うと、次の瞬間には最初に見た狩衣へと戻っていた。


「屋敷の守護は任せよ。」


 晴れ晴れとした笑顔で自信満々に言うと、千代見は社に向かって吸い込まれるようにして消えた。


「え、消えた……?」


 辺りを見回すが、誰もいない。


「……千代見さん?」


 恐る恐る社に呼びかけてみるが、反応はない。

 もう、会う事は無いのかもしれないとそんな考えが波留の脳裏を過った。

「にゃーん。」

 代わりに応えたのは、社の影から現れた猫の福だった。


「福ちゃん! どこに行ってたのよ! 探したんだから!」

「にゃー。」

 波留は猫の福に向かって説教を始めたが、当の福はスルリと波留の脇を抜けて勝手口へと向かって行く。


「もう!」

 波留も慌てて後を追う。




 後に残されたのは屋敷を守護する小さな社だけ。

見知らぬ男は、露出狂にしようかとも思いましたが、狐火を出したら余計な光景を映し出しそうなので、作中のようになりました。

楽しんでいただけたら幸いです。

ありがとうございました。


3/6誤字・句読点、訂正いたしました。

3/7ルビ等、追加しました。

3/12誤字・脱字、長文を一部分割いたしました。

以後、誤字・脱字以外の訂正は控えたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 千代見さんと波留さんの会話が面白かったです。 ほっこりしました。 [一言] 「ちょっと、うちの福ちゃんに何してんの。」 のところの福ちゃんの字が違うと思います。
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