番外編 ラノベと読本と水滸伝と
「あ、そうだ、みさごさん。北斎が読本挿絵でブレイクした絵師って話をしてた時、ちょっと気になったんですけど、どうして初期の読本って『水滸伝』ばっかなんですか?」
「当時の流行りって云えばそれまでだけど、今のライトノベルにあてはめて考えてみればわかりやすいと思うよ」
「ラノベですか?」
「昨今のラノベって、やたらと題名に〈異世界〉ってつくものが多いけど〈異世界〉の基本設定って、たいがいおなじじゃん?」
「……剣と魔法の中世ヨーロッパ風世界ですか?」
「それそれ。現代日本の〈異世界〉ラノベ読者にとって、グッとくる〈異世界〉設定が「剣と魔法の中世ヨーロッパ風『ドラゴンクエスト』的世界観」みたいに、江戸時代の読本読者にとって、グッとくる〈異世界〉設定が古代中国の「梁山泊」だったってこと。舞台が当時の中国じゃなくて、古代中国ってところも〈異世界〉感アゲアゲだったんだよ」
「江戸時代の読本読者にとって『水滸伝』は〈異世界〉ラノベみたいなものだったってことですか?」
「そう云うこと。今の日本の〈異世界〉ラノベの礎を築いたのは、J・R・R・トールキン『指輪物語』みたいな小説じゃなくて、RPG『ドラゴンクエスト』とそこから派生した「剣と魔法の中世ヨーロッパ風RPG」だから、キャラクターの固有名詞なんかは一緒じゃないけど、剣士・魔法使い・盗賊みたいなパーティーの基本設定とか、ほぼほぼゲームとかわらないじゃん?」
「〈異世界〉ラノベの定番基本設定が『ドラクエ』や『モンハン』みたいに、江戸読本の定番が『水滸伝』だったってことですね」
「そう云うこと。……司ちゃん、歌舞伎にも定番があったって知ってる?」
「歌舞伎の定番ですか?」
「ひとつの設定でいろんな物語が山ほどつくられたんだよ」
「『曽我物語』ですね」
「ちょっと、ダメじゃん泉ちゃん! これから、こたえられない司ちゃんをなじり倒していこうと思ってたのに」
「あんたはお子さまイチゴパンツの悪魔かっ!?」
「だれがお子さまイチゴパンツだっ! ……歌舞伎の世界じゃ年の初めは必ず曽我狂言をかけるのが定番だったんだけど、あの手この手でじゃんじゃん新作が書かれたんだよ」
「ただ〈異世界〉ラノベとか『水滸伝』ものとはちがって、時代とか設定とかはちがっても主人公の正体が実は曽我兄弟でしたって云うとなんでもOKなんですよね?」
「舞台を現代へ移したシャーロック・ホームズとか、ファーストガ○ダムや安彦キャラの世界観を踏襲していないガ○ダムみたいなもんよ」
「バ○ダイやサ○ライズを敵にまわすつもりですかっ!?」
「『Gのレコ○ギスタ』はどうですか?」
「みさごとしてはトミノ作品を尊重したいところだけどフクザツだよね……」
「女子ふたりでなにマニアックな会話してるんですか!? 読本の話じゃなかったんですか?」
「そうそう。語弊をおそれずざっくり云えば、江戸読本の『水滸伝』は今で云う〈異世界〉ラノベだったわけ。で、そんな〈異世界〉ラノベの舞台を日本へもってきたのが、北斎とタッグをくんだ曲亭馬琴の『椿説弓張月』だったんだよ」
「中国の怪異譚をベースに日本を舞台にした作品ってことで云えば、上田秋成『雨月物語』なんかもあったけど、日本を舞台にした『水滸伝』ばりのオリジナル長編に挑戦したのは馬琴が最初だったの」
「ハリウッドでなければ映像化不可能! みたいなアクション超大作を邦画でつくっちゃったようなもんよ。だから大ヒットしたわけ」
「『椿説弓張月』の舞台は日本って云っても、大島とか九州とか琉球って、江戸の人たちからすれば、離島だったり縁遠かったり異文化圏だったから〈異世界〉感も強かったはずですよね」
「……感覚的には〈異世界〉転生モノのラノベに近かったかもしれないってことか。日本人の主人公が横文字カタカナの名前をもつ人たちにまじって剣と魔法の中世ヨーロッパ的世界で活躍する感じなのかな?」
「ざっくり云うとそうかもね。『椿説弓張月』で『水滸伝』のもつ〈異世界〉ラノベの世界観を日本へ移植した馬琴は『南総里見八犬伝』で、さらにもう一歩ふみこんだわけなんだけど、司ちゃん、それがなにかわかる?」
「『椿説弓張月』は室町時代の日本を舞台にした物語ですが……?」
「ちょっともう、ヒントとかダメだって云ってんじゃん、泉ちゃん!」
「なにをムキになってるんですか? ……わかりません。降参します」
「ぬっふっふ、すなおでよろしい。正解は当時の江戸、すなわち〈現代〉を舞台に〈異世界〉ラノベを書いたんだよ。当時としてはかなり斬新だったわけ」
「前世の宿縁につどう戦士たちなんて云うと『美少女戦士セーラームーン』だってそうですもんね」
「現代日本を舞台にした異能力者バトルなんて今のマンガやラノベならいくらでもあるけど、そう云ったエンターテインメントのご先祖さまが馬琴の『椿説弓張月』や『南総里見八犬伝』だったってこと」
「そして、それらの作品を牽引したのが北斎のイラストだったってわけか。なるほど、ガッテンしました」
「……あ、そう云えば、さっきの「正体が曾我兄弟ならなんでもOK」って話だけどさ『仮面ライダードライブ』って、もはや『仮面ライダー』じゃなくて『仮面ドライバー』だよね?」
「い~かげんにしてくださいっ!」
【おわり】




