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第三話 夜とプールとスクール水着と 〈6〉

 ぼくのところから一番奥のコースをクロールで軽快に泳ぐ影があった。


 競泳用の水着に白いキャップ。消去法で察するに(まゆずみ)さんのようだ。涼みにきただけなのにこの暗いなかをあんなに一生懸命泳いでどうするんだろう?


 大丈夫かなあ、と心配しながら白いキャップを目で追っていると、案の定「ゴン」と水のなかでにぶい音がして(まゆずみ)さんが無言のまま静かにういてきた。ターンの目測をあやまって頭を打ったらしい。


「泉! (まゆずみ)さん救助!」


 ぼくの指さした方向に気づいたみんながあわてて水面に顔をつけたままぷかぷかとうかんでいる(まゆずみ)さんのところへ集まる。


 泉の手であおむけにされたところで(まゆずみ)さんも気がついた。泉と淡井さんに両わきをかかえられながらプールから上がる。


「すまんなふたりとも。もう大丈夫だ。少し休む」


 スイカのタライから自分のジュースをとり、ゴーグルをはずして首にぶら下げ、白いキャップを脱ぎながら(まゆずみ)さんが云った。長い黒髪はおだんごにまとめられている。


「暗いのにあぶないじゃないですか。どうしてあんなむきになって泳いでたんですか?」


「コースがあると、とりあえず泳いでおかねばならん気になるではないか、神崎司」


 ぼくとおなじく体育会系なニオイを感じたが、意味不明な理屈に同意をもとめられても困る。


 (まゆずみ)さんはプールサイドのすみに置いてあったバスタオルを広げて、ぼくから少し離れたところへ横たわった。


(まゆずみ)さん、どうなさったんですか?」


 腰にフリルのついたピンク色のワンピースの水着を着たコケティッシュな淡井さんがぼくへこっそり訊ねた。なにが起きたのか知らないようだ。


 ぼくはあいまいに笑ってごまかした。学園一のクール・ビューティーにあるまじき失態を吹聴するほどさもしい男ではない。


 そんなドタバタもどこ吹く風でプールにあおむけでうかびながらスクール水着の高城さんがゆらゆらと水面をラッコみたいにただよっていた。


 いつもはふわっふわに広がったくせっ毛が小さな頭にぺったりとはりついて、水にぬれたマルチーズみたいだ。


 高城さんがあおむけのまま小さく手をひらいてつぶやいた。


「……オフィーリア」


「必殺『種をまく人』!」


 夏希さんが水面を片手で払い、高城さんへ水しぶきをあびせた。


「ふにゃん!」


 おどろいた高城さんがバランスをくずしてバシャバシャともがく。


「ミレーつながりなんだね!?」


 みさごさんが感心したように云うと、上埜(うえの)さんと小早川さんが笑った。


 なんの話かと思ったら、絵画の話であるらしい。


 オフィーリアはシェイクスピア四大悲劇のひとつ『ハムレット』に登場する悲劇のヒロインである。


 ざっくり云うと、父の死に発狂し、小川で溺死する。


 ウジェーヌ・ドラクロワやギュスターヴ・クールベ、ダンテ・ガブリエル・ロセッティなどの著名な画家もオフィーリアを画題としてとりあげているが、もっとも有名なのがミレーの『オフィーリア』だと云う。


 ただ『オフィーリア』を描いたのはジョン・エヴァレット・ミレー(文政12~明治2[1829~69]年)。


『種をまく人』を描いたのは『落ち穂ひろい』や『晩鐘』で有名なバルビゾン派のジャン・フランソワ・ミレー(文化11~明治8[1814~75]年)。


 ミレーはミレーでも別人だそうだ。……て云うか、この美術ギャグおもしろいか?


挿絵(By みてみん)


 淡井さんがプールのなかの小早川さんに呼ばれて水中の人となり、泉はジュース片手にぼくのとなりへ腰かけると、足だけ水につけながらパチャパチャとゆらした。


「そう云えば、今年ははじめてだね。一緒にプールとか」


「ん? 云われてみればそうだね。ま、ぼくはプールぎわだけど」


 泉の言葉にぼくは苦笑した。


 小学生の時は夏休みになるとよく一緒に市民プールへ泳ぎにいった。流れるプールを逆泳しようとがんばったりして、へろへろになってプールを出たところで屋台のかき氷を食べるのがお定まりのコースだったことを思いだす。


 中学に入ると、ぼくは陸上部でいそがしくなって夏休みらしい夏休みもなかったが、オフの日には泉の家族旅行にまざって海水浴へつれていってもらったこともある(うちは江戸野菜の農家なのでほとんど両親に休みがない)。


 個人的には夏前の体育の授業でなんどか水泳はしたけれど、クラスのちがう泉と一緒にプールへきたのははじめてだ。


「司ちゃん、どうかした?」


 夏の暑さとともにむかしのことを思いだしていたぼくは少しだまっていたらしい。暗いと時間の感覚があいまいになる。


「……いや。そう云えば小学生の時は泉と一緒によくプールへいったなーって思って」


 あのころは完全に身内感覚だったけど、実際は身内じゃないし、女のコらしくなった泉にドキッとすることもしばしばである。


 とは云え、幼なじみを純粋な異性と見ることにもヘンな抵抗があってふしぎな感じだ。血のつながらない妹みたいな感覚かもしれない。こえてはいけない一線、あるいはこえられない一線があるような気もする。


「みんなスクール水着ってわけでもないんだね」


 ぼくはどうでもいい質問をした。


「授業じゃないもの。今年の水着も買ったけど学園のプールで気あい入ってると思われるのも恥ずかしいかなって」


 まるでスクール水着でない人は気あいが入ってて恥ずかしいみたいじゃないか。


「女のコの水着は見せるため、そして脱がすためにあるのよ!」


 突如、ぼくの前の水面から夏希さんがザバーッ! と勢いよくあらわれた。出たな妖怪エロガッパ。

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