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第三話 夜とプールとスクール水着と 〈5〉

    3



 みんなが美術館を出たことを確認してみさごさんが施錠した。


「それじゃ、おつかれさまでした」


 ぼくが車イスのタイヤに手をかけ、ひとり家路につこうとすると、みさごさんへ呼びとめられた。


「司ちゃん、どこいくの?」


「かえるんです。ぼくはプールに入れませんし」


「あ、じゃあ私もかえります」


 泉がぼくに気をつかって手をあげた。それも困る。


「なに云ってんの。司ちゃんもくるんだよ。大事な任務があるじゃん」


「大事な任務……ですか?」


 どんな悪事の片棒をかつがされるだろう?


「はいこれ」


 みさごさんがぼくへ2千円札を1枚さし出した。どうでもいいけど2千円札なんて久しぶりに見た。


「みさごたちが水着へ着替えてるあいだに、ジュースみんなの分買ってきて。今日はおねえさんのおごりだよ」


「おー、さすが部長!」


「やったラッキー!」


「ありがとうございます」


 みんなが口々にみさごさんをほめたたえた。……ひょっとして、こう云う時しか人望なかったりして。


「司ちゃんも好きなの買っていいからね。でも、おつりちょろまかすのなしだよ」


「そんな小悪党じゃありませんよ」


「みんな、飲みたいジュース司ちゃんにリクエストして。みさご、炭酸の黄色いやつ」


 みんながいっせいに口をひらいたので、ぼくはあわててカバンからボールペンをとりだして手の甲へメモした。


「私もつきあおうか?」


 泉が親切にそう云ってくれたが、ぼくは(かぶり)をふった。


「大丈夫。あ、それじゃバッグだけあずかっといてくれる?」


 ぼくはスポーツバッグの中から光琳(こうりん)水紋のプリントされたエコバッグを出した。


 別に買い出し用にもっているわけではない。陸上部時代からちょっとした時に重宝するので入れてあっただけだ。


「それじゃ先いってるから、司ちゃんよろしくね」


 みさごさんの声にみんながプールへ移動した。


 ぼくはサイフとエコバッグをひざに抱えて学園のむかいにあるコンビニへ車イスをすすめた。



    4



 学園の屋外プールはコース両サイドに観客席のついた本格的なものだ。


 外から見えないようになっているので、こっそり忍びこむのに苦労はない。学園理事長の孫娘がマスターキーをもっているのだからなおさらである。


 ぼくが買い出しをおえてプールへつくと、すでにプールではパチャパチャと水音がし、女のコたちの嬌声(きょうせい)があがっていた。


 プールの入口で水着の上からジャージの上着をはおったみさごさんが待っていた。


「おそいっ!」


「すいません」


 ぼくは素直に頭を下げた。


 ご指摘のとおり、たしかに少し時間がかかった。


 しばらくコンビニへいく機会がなかったので気づかなかったのだが、車イスでの買い物は一苦労だった。


 ジュースの棚の扉にはさまってもがいているところを近くにいたお客さんに救助され、手のとどかないところにあるジュースをとってもらってなんとか買い物をすませたのだ。とんだ恥をかいた。


「わざわざ待っていてくれたんですか?」


 そう云いながらおつりをわたすと、


「司ちゃんがこないと泉ちゃんが安心して遊べないじゃん。なかから鍵かければだれも入ってこられないし、ついでにこれも運んでほしかったし」


 みさごさんの足元には大きなタライとスイカがあった。


 タライのなかには木のさやにおさめられた包丁にポリプロピレンのうすいまな板に紙皿まである。


「どうしたんですか、それ?」


「今日のお昼にみんなで食べようと思って、朝イチで教官室の冷蔵庫に入れといたんだよ」


 スイカに「食べるな。みさご」と太い黒マジックで書かれた貼り紙があった。開放日のプールサイドで食べるつもりだったんだろうか? ぜったいムリだろ。


 そんなぼくの心中も察せず、どうだと云わんばかりにたいらな胸をはるみさごさんである。


 みさごさんがぼくのひざの上にタライとスイカとみんなのジュースが入ったエコバッグをのせると、車イスを押してくれた。やさしさではなく、たんなる台車あつかいだ。


 バリアフリーのスロープを通ってプールサイドへ出ると、プールサイドの足元に補助灯が黄色く光っていた。


 遠目から全員の姿を確認することはできないが、シルエットはわかるしあぶなくはなさそうだ。


「おかえりー」


「買い出しごくろう!」


「わ! なにそれスイカ?」


 水の中から出むかえの声がした。泉、夏希さん、上埜(うえの)さんだ。スクール水着の泉がプールから上がってきた。


「泉ちゃん。ちょっと手伝って」


 みさごさんは泉と一緒にタライへ水をはり、そこにスイカとぼくが買ってきたジュースを入れると腰洗い槽へ消えた。


 さて、ぼくはこれからどうやって時間をつぶそうか?


 そう思っていたら、泉が車イスを押しながら云った。


「水際にいるだけでも涼しいよ」


 コース半ばの水際で泉が車イスをとめた。時おり風にあおられた冷気がほのかな塩素のかおりとともに顔をなぶる。


「ホントだ。涼しい」


「ね?」


 泉がうしろからぼくをのぞきこむように云った。ぼくの顔の横にスクール水着の胸の名札がチラつく。ぼくはあわてて顔を泉の顔へむけた。


「ありがとう。ここでのんびり涼んでいるから、泉はプールで遊んできなよ」


「うん。そうするね」


「泉ちゃん、神崎くんプールに落としちゃえ!」


 ラベンダー色のビキニを着た上埜(うえの)さんがはしゃいだ声をあげた。プールで一気にテンションが上がっている。


 泉がプールへとびこんだ。そのまま平泳ぎでゆっくりプールのなかほどまで進む。


 プールの水際で車イスに腰かけているぼくは、さながらプールの監視員だった。みさごさんにおごってもらったジュースのペットボトルに口をつける。


 暗がりに目がなれてくると、みんなの表情がなんとなくわかった。


「呼ばれてとびでてジャジャジャジャーン! みさご推参!」


 黄色にピンクのラインが入ったセパレーツの水着を着たみさごさんが某有名ブランドのロゴが入ったうきわを腰にたっていた。


 シンクロの選手みたいなとび蹴り体勢でプールへ落水すると、はでに水しぶきが上がる。


「もう、みさごさんあぶないです」


 メガネをかけていないため視界の悪い小早川さんが非難した。フリルのついたセパレーツの白い水着で、胸のまわりに不自然な波がたっている。


 小早川さんを六人ならべて上下にゆらせば波のプールになるだろう。巨乳おそるべし。


「えい! 忍法水かけ祭り!」


 背後から上埜(うえの)さんがまわりこんで、みさごさんの顔へ水をかけた。


「うぬれ、こしゃくな!」


 うきわにしがみついたみさごさんが上埜(うえの)さんの姿をさがすが、上埜(うえの)さんは半身の姿勢で音もなくみさごさんの死角へまわりこむ。たしかあれは日本の古式泳法だ。一体どこでおぼえたんだろう?

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