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セレスティアオンライン  作者: 椎名 葵
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βテストはお祭り騒ぎ

 ヴァーチャルワールド。それは、機械の中に作られた電子の世界。ここは、誰でも自由に『理想の自分』になれる夢の街。そんな世界で、皆第二の人生を満喫するんだ。

 そう、猫になったり、犬になったり、猫耳の生えた人間になったり、エルフになったり。色んな種族になれる。本当に、何でもありな夢の世界。私の後ろに居る人は、なんと大きな体の悪魔。それも、ただの悪魔じゃない、魔王みたいな貫禄のある悪魔だ。だから本当に何でもありな世界。それが、このヴァーチャルワールド。

 そんな世界で、私はちっぽけな丸い玉の姿をしている。一応言っとくけど、好きでこんな姿をしてるわけじゃない。実の所、このヴァーチャルワールドに来るのは今日が初めて。だから、アバターの設定をしていない。初期設定の丸い玉なんだ。

 初めてだからこそ、私の持ち物もヴァーチャルIDのみ。このヴァーチャルIDは、ヴァーチャルワールドの身分証であり財布だ。そんな物を手で持ってるだけだから、本当に危ない。だって、このヴァーチャルIDは現実の銀行とも直結してる。だから、無くしちゃえば速攻一文無しになる。なら、なんで鞄を買わないの? そう言われると、返す言葉もない。あえて言わせてもらうなら、どうしてもやりたいことがある。

 それは、新作VRMMO『セレスティアオンライン』。

 なんと、夢にまで見たファンタジー映画の世界に入り込める、実体験型オンラインゲーム。自分の足で、ファンタジー世界を満喫できるなんて、夢のようだ。しかも、今日はβテストの日。

 実のところ、これは会社の上司達の会話を盗み聞きしただけだし、性格な情報は知らない。でも、今日からセレスティアオンラインのテストが始まる、それは確かに聞いた。

 だから、応募をしてない私が参加できるんだし、βテストだろう。そう思ったんだ。


「楽しみだなー、どんな世界が広がってるんだろう!?」


 私は今、セレスティアオンラインをやりたい人の行列に並んでる。聞いた話によると、早い人は三日前から仕事を休んで並んだそうだ。凄いなぁ、私なんて仕事を初めて一年立つけど、休んだのは今日が初めてだよ。

 しかも、今日は会社の人達が全員休んでるから、会社自体もお休みなんだって。だから、私も堂々とゲームをしに来れたんだ。実のところ、このヴァーチャルワールドが開いた時もうちの会社は休みだった。でも、そんなことを知らない私と先輩は二人だけ出社して二人だけで仕事をしてた。だから、今回は上司直々から明日は休み、と言われたんだ。

 だからこそ、そんな状況でなければ仕事を休むなんてありえない。だって、私は今じゃ水の訪問販売の仕事をしてるけど、昔はメイドの仕事をしてたから。そりゃもちろん、休みなんてないブラック企業だ。そんな状況でつい最近まで頑張り続けたけど、ご主人様如月(きさらぎ)龍太郎(りゅうたろう)の態度にムカついて、逃げ出してきた。

 私の本名は東雲しののめみやび。花咲ける21歳、可憐な乙女だ。ずっと龍太郎坊ちゃまに飼われ続け、青春さえできなかった。だから、今からでも遅くない。きちんと恋愛を見たい。そして、あわよくば男同士のくんずほぐれつを生で見たい!! そう思って、現在偽名の飛鳥井あすかい吹雪ふぶきと名乗って逃亡生活中。

 同じ会社には龍太郎坊ちゃまが居るし、上司は龍太郎坊ちゃまの親友だから色々とヤバイ状態。でも、資格を持ってない私を雇ってくれるのはここだけ。だから、絶対にゲームのために仕事を休むなんてありえないの。


「ねぇねぇジョブは何にするか、決めた?」

「私、回復職ヒーラーがいい!」

「俺も、回復職ヒーラーがやりたいな」

皆回復職ヒーラーなんだ、私もだよ~」


皆口々に回復職と名乗る。でも、私は魔法使いがいいな。――いや、双剣使いもいいな。とりあえず、他人をお世話する回復職なんて、もうこりごりだ。そんなにやりたければ、全員メイドや執事に転職しちゃえば? そう思う。だって、メイドなんていくら頑張っても評価されない。なのに、今の仕事は少し頑張れば評価してもらえる。この差はやはり、職業の差だ。やっぱり、誰かを助けるような目立たない地味な職なんて、やるだけ無駄。


「ねぇ、貴方は何にするの?」

「私は、魔法使いかな」

「じゃあ、一緒にパーティー組もうよ!」

「あ、私も!」

「俺も!」

「悪いけど、ゲーム内で会えたらね」


流石に、一人の攻撃職に三人の回復職はきついんじゃない? だって、回復職ってそれ以外何もできないんでしょ? メイドみたいに、それしかできなくて食いっぱぐれるのが目に見えている。――絶対、回復職にはなりたくない。

 それに、なんで回復職に拘るのかもわかんない。他人を助けて何もメリットはないのに。それなら、まだ目立つ攻撃職のほうがいいに決まってる。だって、回復職なんて攻撃職のおまけ。カレーが攻撃職なら回復職は福神漬けだ。


「ねぇ、なんで回復職に拘るの?」


やっぱり、一人で考えたって問題は解決できなかった。それなら本人たちに聞けばいい。そう思って聞いたけど、私が納得できる答えはなかった。

 辻支援が楽しい。――それなら、ボランティアをすればいい。

 パーティーの生命線を握ってる。――それは、盾職も一緒。

 誰かを助けたい。――だから、ボランティアすれば?

 ピンチな時に回復できると、なんか楽しいから。――普通、そんな状況でポーションを使わないほうが可笑しいよ。

 ちやほやされたいから。――強い人なら、誰でもちやほやされるよ。


「やっぱり、わかんない。ごめん」

「私は、誰かに守られたいなって」

「攻撃職をすれば?」

「わかってないなぁ。戦ってる王子様を後ろで応援するお姫様がいいんじゃない」

「――やっぱりわかんない」


やっぱり、回復職のよさなんてわかんない。何が楽しいんだか。まぁ、一人で戦えれば強いんだろうけど。

 それにしても、暇すぎて欠伸が出てくる。何時間もこうやって雑談をしながら待ってる。でも、そろそろ雑談に飽きてきた。


「ねぇ、まだ始まらないの?」

「うーん、もうそろそろだと思うよ」


それを言って何度目か。それなら、さっさと帰れば? そう言われたらお終いだ。でも、何時間も話し込んじゃえば、話題がなくなるのも普通で。話題がなくなると、やることもなくなる。だから、暇になる。

 おかげで、何度欠伸をしたことか。周りを見ると他の人達も同じように欠伸をしている。さぞかし暇なんだろう。


「ゲートが開いたから、皆ヴァーチャルID用意しててね」


前からの伝言らしい。日本人らしいな。

 その後、すぐに順番がきて、待合室の黒と緑のサイバーチックな部屋で待つ。ここが、セレスティアオンラインの入り口らしい。皆、早く作る人も居れば時間がかかる人も居て。大体は早くキャラクター作成を終えた人ばかりだ。


「次の人、どうぞ」


係の人に案内されて、私はモニターの前に立つ。


【種族を選んでください】

 四種族から選ぶらしい。

 ヒューマンは普通の人間。これといったデメリットがない万能種族だけど、そのぶん何処にも特化してない。所謂器用貧乏。

 エルフは、後衛魔法職専用の種族。ちなみに、打たれ弱いし運動神経もない。

 ドワーフは、エルフとは正反対な種族だ。バリバリ前衛系で、魔法関連は苦手。

 ビーストは、人間に獣耳が生えてる可愛い種族。古典的アサシン専用種族だ。


 私は、エルフをチョイス。


【性別を決めてください】

 ここは、もちろん男。だって、男キャラになって男同士のくんずほぐれつを観察するのが目的だしね!


【見た目を設定してください】

 最初は、白髪赤目のクールビューティーなイケメンにした。でも、なんとなくぱっとしなくて少し悩む。

 やっぱり、原点に帰ろう。私がBLで一番何か好きか。

 ――ショタ受けだ!

 金髪碧眼の可愛い系なショタをセレクト。目指せ、あざとい系!


【名前を入力してください】

 長くて、可愛らしく省略できる名前。ふわふわとしたかわいい名前。何かないかな。

 そこで、思いついたのが一番大好きなお菓子。ミルフィーユ。

 入力すると、無事成功。これで、キャラクター作成は終了。

 後は、ゲートを潜ってセレスティアオンラインの世界にログインするだけ!!


            * * *


目の前に広がる光景に絶句した。淡い光の差し込む大きな木々は、建物になっている。樹の枝の途中途中にテラスが作られていて、エルフ達が登りながら生活している。木の中も繰り抜いてあり、絵本の小人が住んでそうな家だ。

 つい楽しい気持ちになり、走りだす。新鮮な冷たい空気。聞こえてくる綺麗なハープの音色。

 そして、目の前に見えてきたのはエメラルドグリーンの美しい湖。泳ぐのが大好きな私は、思い切って飛び込んだ。

 中に魚は居ないけど、色んな人達が潜っている。手を振ると、皆笑顔で振り返してくれた。

 そのまま、皆水の底を目指しているから、私も水の底まで泳いでいく。すると、目の前には宝石の山が見えてきた。

 一つだけ掴んで水から顔を出す。そして、青い宝石を太陽にかざすと、光が差し込んで更に輝いた。

 大切にとっておくのもいいな。でも、鞄を持ってないからすぐ無くすかも。――どうせ、すぐ取れるんだし、この宝石を使って鞄と物々交換できないかな?

 そう考えて、私は辺りを見る。すると、ほとんどの人が白い名前なのに対して、一人だけ緑の名前が居た。これが、NPCノンプレイヤーキャラクターか。

 NPCっていうのは、ゲーム内の住民。普通のキャラクターと違って冒険はしない。でも、ゲームの中で暮らしてるから、助けてくれたりクエストをくれたりするとってもいい人達。


「すいませーん、この宝石の使い方を教えて下さいー」


私は、早速緑ネームのレティシーナさんに声をかける。するとレティシーナさんは、元気そうな笑顔で笑い返してくれた。


「……あー、貴方チュートリアル飛ばしてますよ? もう、きちんとカトリーネと話してから来ないと、駄目なんですから! あ、そうそう。その宝石は私が一旦預かっておきますね?」


レティシーナさんは、にこりと笑って宝石を受け取った。というより、私から奪いとったという表現のほうが正しい。

 そして、私は半ば強引にカトリーネさんというNPCの元に向かうハメに。本当はやらなきゃいけないんだけど。

 元きた道を歩いて戻ると、また綺麗なハープの音色が聞こえてくる。その音色を辿って行くと、そこには……。


 銀色の絹糸のような髪。エメラルドグリーンの綺麗な瞳。ハープを爪弾く細くて長い指。肌も透明感がある。そして、何より笑顔。私のほうを見て、目を細めてふわりと笑った。薄っすらとピンク色に染まる唇が、弧を描く。ゆっくりとした動作で足を組み直す時に見える、白くて美しい太もも。太すぎもせず、細すぎもしない。そんな美しい彼女を彩るのは、緑色と白の綺麗なドレス。そして、何より大切そうに持っている青い三日月型のハープ。

 あまりの美人さに、私は目を奪われた。そして、顔が自然と熱くなるのを感じる。心臓の音が煩く音を立てていた。

 彼女の名前はカトリーネ。名前も緑色だ。

 すると、優雅な動作でカトリーネさんが私の方に向かってくる。ヤバイ、心の準備が出来てないのに。


「ボク、どうしたの?」


カトリーネさんが、私の目線に合わせて腰を屈んでくれる。すると、豊満な胸を両腕で挟む形になり、大きな胸が更に強調される形になる。

 カトリーネさんの甘くていいにおいが私の鼻をくすぐる。


「ふふっ、顔が赤くなってるわよ?」


カトリーネさんが小首を傾げながら、私の頭を撫でてくれる。至福のときだ。

 ショタにしてよかった。こんな美人なお姉さんに可愛がってもらえるなんて、最高!

 もっともっと可愛がってもらえるように、あざとく返事しなきゃ。


「え、えっと……。ボクね、チュートリアルをしたいの」


思った以上に普通になって、かなり残念な結果になった。理想以上にキャラ作りって大変なんだなと実感する。だって、文字を入力するだけのパソコンじゃ、簡単に成りきれてたから。だから、今回も簡単にできると思ってた。

 落ち込んでる私をよそに、カトリーネさんは『大変良く出来ました』と言わんばかりの笑顔で、俯いてた私の頬を触ってくれる。


「それならね、向こうに大きい木があるでしょ?」


辺りを見渡すと、様々な大きな木があった。すべての木に木の実が実ってる。


「もっと奥じゃなくて、近くの木でいいの。そこから一つだけ赤い実を取ってきてくれないかしら? 渡す相手は、木の上に居るユニコーン。私のペットなの」


 カトリーネさんが両手を合わせてお願いポーズをする。しかも、小首を傾げて。そのあざとさに、私は心を打たれる。


「が、頑張ってくるねっ!!」


カトリーネさんに手を振ると、私は勢い良く走りだす。頭の中には、可愛いカトリーネさんのおねだりポーズがぐるぐると回る。

木の実のクエストが終わったら、きっとカトリーネさんから抱きしめてもらえるかもしれない!!

カトリーネさん、カトリーネさん!

何だろう、このふわふわした暖かな気持ちは……!!

カトリーネさんのことを考えるだけで、幸せになる。


「エヘヘ、エヘヘヘヘっ」


自然と顔がにやけて戻らない。今の私は、もの凄くだらしない顔をしてるんだろうな。でも、戻らないから仕方ないよね。


 私は、カトリーネさんのお願いを叶えるために木のほうへと走ってた。木の上には色んな人達が木の実をとっている。結構細い枝にも登ってて、怖くないのかな……? と思いながら見上げていると……。


「おーい、そこのボクー。木の上に登るんでしょ?」


ほっそりとしたお姉さんが声をかけてくれた。名前は白いから、この人は私達と同じプレイヤーだ。


「うん、そうだよー?」

「それじゃ、私の背中に捕まって。上まで送ってあげる」


そう言うと、お姉さんは人の良さそうな笑顔を浮かべながらしゃがんだ。でも、迷惑になるから断ろう。


「いいよー、ボク重いもん」

「いいのいいの、私こう見えてもリアルはボディービルダーやってるんだ!!」

「ボディービルダー?」


リアルとゲーム、何か関係があるのかな? 普通、ゲームはゲームなんだしリアルの身体能力なんて関係ないんじゃ……? それに、関係あるんなら私みたいな何もできない駄目人間はどうなるんだろう。ゲームですら居場所がなくなっちゃう。


「うん、このゲームはね、リアルの能力が反映されてるんだ。ささっ、捕まって」

「あ、うん……。ありがとう……」


サイアク。何の理由があって、リアルの身体能力と繋がってるの? 私みたいな何もできない人が、癒やしを求めてゲームをするのに。

 そんなことを考えているうちに、お姉さんは凄い早さで木をよじ登っている。一応、登り易いように蔦があるんだけど、それでもこの早さで登れるなんて……。この人、本当にかなりの実力者だ。しかも、エルフは力がない非力な種族。そんな、種族のデメリットも顧みずにこの腕力だなんて……。リアルは相当凄い人なんだ。


「はい、ついたよ」


そして、あっという間に頂上へ到着。


「ありがとうございました」

「いやいや、気にしないで。降りる時にまた来るから」


周りには3-4人の人が木の枝に登って、木の実を採っている。下を見下ろすと、下にいる人が豆粒サイズに見える。その瞬間、背中が寒くなり腰が抜けて立てなくなった。今から、私もここを登るんだ……。


「あ、近くに小さい箱があるでしょ? そこに、木の実が入ってるから持っていっていいよ」

「あ、ありがとうございます」


またここでもボランティア。何もできない私みたいな人間のために、皆こうして助けてくれるんだ。――私も、何かできればいいのに。

 自分のできることを考えつつ、私は木の実を片手に先へ進む。もちろん、這いつくばった格好で移動してる。――だって、怖くて立てないんだもん。


「お、新しい餌かの……? って、何だ、その格好は?」

「色々と事情があるんです」


目の前にはリアルの私の三倍くらいある、大きな巨体の一角獣が居る。普通の白い馬に角がついてる一角獣とは違う。このユニコーンは、シーズーのような垂れ耳の犬に大きな角を一本生やしてる感じ。色は全身白だ。


「餌をよこせ」

「あ、うん……」


あーん、と口を開けてるユニコーン。その口は大きくて、小さい私なんて簡単に丸呑みできる大きさだ。脳裏をよぎるのは、手まで食べられる自分の姿。ありえそうな創造に背筋が凍る。

 でも、渡さなきゃ今まで手伝ってくれた人達の苦労も無駄になる。だから、私は思いきってユニコーンの口に投げ入れる。すると、ユニコーンは小さな木の実を丸呑みした。


「お主、怖がりじゃの」

「べ、別に怖くないもん!」

「ほほぉ? それなら、もう一度渡してみるかの?」

「い、一回きりだよ! 後の木の実は他の人が使うの!」

「ほぉ、逃げるんじゃな?」


ず、図星すぎて言葉が出ない。私が怯んでると、ユニコーンは勝ち誇ったような感じで笑う。そして、鞄を一つ投げてよこす。く、悔しい……ッ!!


「さ、次は丘の上に居るレティシーナじゃぞ。腰抜け」

「うぐぐっ……!!」


はっ、と人を小馬鹿にするように笑うユニコーンをぎゃふんと言わせたい。でも、あんな大きな口に直接手渡しなんて……、私には無理。

 仕方なく、私はすごすごとその場から逃げるように、下に降りる。


「ハァ……」


上を見上げれば、まだ他のエルフ達は木の実を採っていた。皆、嬉しそうな笑顔で楽しみながら採ってるみたい。


「あ、下に降りるらしいぞー!!」

「あ、すぐ行くー!!」


そして、上に到着したお姉さんは私の格好を見て苦笑する。無理もない。怖くてあまり動けない私は、座ることもせずに這いつくばった格好のまま待ってたから。

 目が合うと、なんとも言えない恥ずかしさで顔が真っ赤になる。


「はーい、いい子でしたねー。降りる時怖いから、目を瞑っててねー?」


さっきまで普通に喋ってたお姉さんまで、この扱い。きっと、私の見た目のせいなんだ。私の行動が原因じゃない。絶対、絶対そうだ。

 そうして、恥ばかり晒した私は抱っこされて下へ降りていく途中。お姉さんは、片手でも悠々と下へ降りていくから凄い。

 地面が近くなると、途端に恐怖がなくなってくる。


「はい、到着」

「ありがとうございました!」

「いやいや、それじゃ頑張ってね」


手伝ってくれた人達に手を振って、私はカトリーネさんのほうへ戻る。もちろん、レティシーナさんのほうに行くけど……、その前に一目彼女の顔を見てから。

 私は、期待に満ち溢れたままカトリーネさんの元へ走る。――しかし、私がついた頃には彼女の膝の上には憎きユニコーンが座ってるではないか。しかも、サイズだって小型犬の子犬サイズになってるし。そんなサイズになれるなら、最初からなっとけばいいのにっ!!

 ユニコーンは、私を見つけるとにやり、と勝ち誇ったように笑った。くくく、悔しい!!


「腰ぬ……」


カトリーネさんに恥ずかしい姿を見せるわけにはいかなくて、私はその場から逃げるように走りだした。本当は、カトリーネさんに会って話したい。なのに、なのに!! アイツのせいだ……!

 私は、後ろを振り返ることもせずに走り続けた。脳裏には、カトリーネさんに撫でられてるユニコーンの姿。胸が締め付けられる。でも、頭ではきちんとわかってる。――彼女達がお似合いだって。

 私は、悔しさをぶつけるように走りだす。でも、1分も立たないうちに歩き出した。口の中が甘い。胸が苦しい。そうして、私は走ったり歩いたりしながらやっとのことでレティシーナさんの所に辿り着いた。

 さっき、ここまで走ってこれたのはそれほどスピードを出してなかったから。今回もスピードを出さなきゃよかったと後悔をしながら息を整える。


「お帰りなさい、無事にこのチュートリアルを進められますよ!」

「あ、ありがとうございます……」


疲れすぎて、キャラ作りを忘れてることに気がついた。でも、もういいや。何か面倒臭いし。


「はーい、じゃあ湖の底にある青い宝石の他に、緑と黄色の宝石もあるんで一つづつ拾ってきてくださいね?」

「あ、はい……」


疲れて息を整えてるにも関わらず、レティシーナさんはさぁ行ってこいと言わんばかりの笑顔だ。苦笑しながら返すけど、レティシーナさんはその間もずっとさっさと行ってほしそうな仕草をする。

 ――何やら私は、彼女に嫌われることをしたらしい。

  仕方なく、私は湖に飛び込んで指定された宝石を2個拾ってきた。でも、水中に私を除いて2人しか居なくて、ほとんどクリアしちゃったんだろう。


「はーい、これー」

「おめでとうございます! 初のクリア者ですよ!!」

「へ?」


さっきまでかなりの人数がここに居たのに、私が初めてだなんてびっくり。


「ほとんどの人は、クリアできずにキャラ作成をし直したみたいでしてー、データが消えてるんですよ~」

「う、うわぁ……、そうだっだー」


疲れがとれてきた私は、だんだんと『ミルフィーユ』というキャラを思い出してくる。っていっても、まだ完璧に作ってないからあやふやな感じだけどね。でも、近々完成させたいなぁ。


「よかったー、このままエルフが0人になっちゃうとこでしたよー!!」

「へー、そうなんだー。エルフのチュートリアルって大変だもんねぇ」

「そうでもないですよー! 他種族のチュートリアルをお話しましょっか?」

「あ、うんー。気になる!」


私が同意すると、レティシーナさんは嬉しそうな顔で話し始める。どうやら、話し相手がほしかったみたい。そういえば、カトリーネさんの周りには冒険者やペットが居るのに、レティシーナさんは一人だもんね。寂しくなるのも仕方ない。


     * * *


 聳え立つ山の間にひっそりと作られた村、それがヒューマン族の村です。そこは年中雪が降ってる寒い地域なんですが……、絶景が多いことでも有名なんですよ。あ……、正式になればどの種族の村でも自由に行けます。だから、エルフのままでいてくださいね?

 えーと、何処まで話したかな……。ああ、そうです。

 その寒いヒューマン村なんですが、結構厳しい環境だからチュートリアルも難しいと思うでしょう? それが全く違うんです。実は、NPC達が討伐ツアーを組んでくれて、そのツアーに参加するだけでクリアできるんです。

 しかも、寒くないように設備は万全ですし、実際雪山を歩くのではありません。動物に乗って観光気分でクリアできるんです。

 ちなみに、討伐する敵は、ボスイエティと呼ばれる大きなお猿さんです。

 実際に武器を持って参加するんです。でも、ツアーの参加人数が多いので、攻撃する暇もなしにチュートリアルが終わることが多くて。

 あ、そうそう。ゴールドランクになるためには、イエティの目を潰すのと止めを刺すことです。

 なので、誰でもゴールドランクになれるこのエルフ村はとてもいい村なんですよ?


   * * *


「ゴールドランクって何なの?」

「あぁ、ゴールドランクっていうのは冒険者のランクですよ。冒険者のランクが高いと、受けられる支援も増えていくんです。普通の冒険者はシルバーランク。悪いことをした冒険者がブロンズランクですね」

「へー、具体的に何がいいのかな?」

「そうですねー、安く買い物できたり乗り物の運賃が半額、または無料になります」

「おー」


私が目を輝かせて話を聞いてると、レティシーナさんはますます勢い良く話しだす。調子が乗ってきたって感じかも?

 でも、私も聞いててためになるし、とてもありがたい。


「そうですねー、次はドワーフにいきましょう!」


   * * *


 ドワーフの村は地下にあります。具体的な場所を言うと……、ここの真下です。なので、首都行きの馬車はドワーフさんと相乗りなんですよ。

 それで、ドワーフ族のチュートリアルは宝石発掘です。実際の道具を使って、ひたすら掘り進めるんです。

 運がいい人はゴロゴロと宝石を出しますが、運が悪い人はほとんど出ません。

 あ、ちなみに採掘した宝石はすべて後ろの湖に入れてあります。

 ゴールドランクを得るためには、一時間以内でクエストを終わらせることですねー。だから、ここ以上にドワーフ村ってきつい場所なんですよ?


   * * *


「宝石の採掘って肉体労働だもんねー」

「ええ、そうなんです。ドワーフは前衛タイプですから、チュートリアルの宝石採掘を通じて筋力《STR》をアップさせるののが狙いなんですよ」


へー、色々と考えてチュートリアルを作ってるって感じがする。ドワーフ族のチュートリアルはきついんだろうけど、チュートリアルを終えた人は皆実力者ばかりなんだろうな。


「それでは、次獣人ビーストにいきますか」


   * * *


 ビーストの村は、ここより深いジャングルにあるんです。開けた土地なんてなくて、木の上に家を立ててるんですよ。

 それで、試験というのはバナナを採ってくるだけですね。

 なので、ビーストのチュートリアルはヒューマンの次に簡単と言われてるんです。

 ゴールドランクの条件は、設けられていません。これは、ビーストのNPC達の考えなんですが、チュートリアルが簡単だからあえてゴールドランクを作ってないそうで。

 ちなみに、地面はなくて全面底なし沼なんですよ。


   * * *


「ある程度安定してるのが、エルフ村ってわけなの?」

「そうそう、そうなんです!! このエルフ村は助け合いがモットーなので、皆の力を合わせてチュートリアルをクリアしていくのです!!」


レティシーナさんは両手を組んで目を輝かせている。結構嬉しかったみたいだね。

 そう、納得してるとレティシーナさんが私の両手を握ってくる。


「エルフ村のゴールドランクの条件は……、ボランティアです。――後は言いたいことはわかりますね?」

「――あ、うん……」


私は、苦笑すると湖を見る。びしょびしょに濡れてた服がやっと乾いたところなのに、とちょっと残念に思うけど、まぁいいや。

 服はボロボロな茶色い布切れだし、こんだけ薄ければまたすぐ乾くしね。

 私は決意すると湖の中に飛び込んだ。

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